« 2005年11月6日 - 2005年11月12日 | トップページ | 2005年11月20日 - 2005年11月26日 »

2005年11月19日 (土)

普通の韓国を探して79 江華島の江華邑 名産の赤蕪漬け

2005_0503newdeca10133

 江華島、インチョン市に属していますが、ソウルの北西にある、かなり大きな島です。ソウル周辺からの手軽なドライブ、もしくはサイクリングコースで、休みの日にはかなり道路が混むとのこと。大衆交通機関だと、ソウルだったら新村の江華方面バスターミナルから頻繁に出ているバスに乗るか、その他、インチョン市内からもバスの便はたくさんあります。

 すぐ近くだからいつでも行ける、そんな気がして、有名な場所なのにずっと行ったことがありませんでした。近世の歴史的名所、古いお寺などもあるようですが、私が見たいのは「ふつうの韓国」ですので、バスターミナルに着いたら、市場を歩いて、周囲の、普通の江華邑をずっと、数キロ、ドライブの車や観光バスの排気ガスを浴びながら歩いたのでした。

 写真はバスターミナルからソウル方面に戻った交差点付近の露店です。江華島名物の赤蕪(パルガンスンム)と、そのキムチを売っている他、マッコリの瓶、植木、そんな、自分のところの自慢の品を売っている、そんな店がたくさん並んでいました。この後、お昼もここで食べましたのでおかずにはちゃんと、普通のキムチのほかに、この赤蕪キムチも出ましたが、私は温海とかの赤蕪漬けのが、、、好きかなぁ、、、 もっとも、市販品は新潟でも甘すぎるのが多いけど、、、好きな漬物なんです。

 この他、ここからすぐの場所に農協の高麗人参センターだか、けっこう大きな高麗人参を売る会館があったり、、、やはり観光地なのだな、という感じの場所でした。でも、大きな島なので、ここまで来る間の風景も、周囲に結構山があったり、でも、広い田んぼもあったり、まるで佐渡の国仲を走っている、そんな気持ちがしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すばらしい韓国の食事59 インチョン市ソレ浦口で、またケブル刺し

2005_0503newdeca10055

 前にソウルの黄鶴洞、中央市場の海鮮屋台でのケブルを紹介しましたが、その際に、色がいろいろ、と書きました。採れた海の底の状態によるのかもしれませんが、かなり白いものから、かなり赤紫ぽいものまで、さまざまです。これは、インチョン市の蘇来浦口(ソレポグ)で、前にアップした「チョゲクイ(貝焼き)」をやった際に、貝は半分でいいからケブルをサービスしてくださいと、店のおばさんに頼んで出してもらったもの。かなり赤っぽい色でしたが、味はいっしょ。簡単に言えば、美味しい貝の味です。

 このときもわさび醤油をお願いして、それでいただきました。有名な話ですが、韓国のわさび醤油(ワサビカンジャン)のわさび、いったいどんな製品なのか、、、かなり毒々しい緑色で、似たような匂いはしますが、、、別物です。実際、ハウスやSBのチューブ入り、デパートや大きなスーパーでは見かけますし、、、韓国の人も、どうも違うな、、と気付いてはいるようです。1つ200円もしないチューブのワサビ、お土産にもいいですし、刺身を食べるぞ!というときには持参する人もいるようで、、、この辺も、似ているけど違う、そんな面白い部分です。

 そうそう、醤油も、違います。ちょっと甘め。まぁ、これは、日本国内でも各地方に、そこの醤油があるのでいっしょかもしれませんが、韓国で刺身を食べる際、ウルサイ人は持っていったほうがいいかもしれません。魚は新鮮で安く、サービスもいいのですが、、、何も言わないと酢コチュジャン(チョコチュジャン、もしくはチョジャン)だし、日本人だとワサビ醤油も出してくれるかもしれませんが、、、日本のものとは、かなり違いますので。

 ともかく、ケブルはお勧めです。美味しいですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月19日

 おはようございます。

 今日と明日は忙しく働きます。新しい記事は、時間があれば、アップします。

 昨日お昼のラーメンを食べながら雑誌を見ていたのですが、大阪のボクシング3兄弟、納豆とご飯が大好きだとか。単純には言えませんが、ご飯は大事だと思います。朝は3パック、夜は2パックを、2合分のご飯とともに食べているだか、、、そんな記事でした。

 前にもちょっと書きましたが島田彰夫さんという方がおられ、ご飯の大事さを熱心に説いておられました。講演会を大阪まで聞きに行きましたが、、昔の飛脚が、馬よりも長距離では速かったとか。これは、大量のご飯のおかげだとドイツのお医者さんが驚嘆していた話とか、前にも書いたかもしれませんが、島田先生が韓国へ調査に行ったとき、韓国の学生は、一緒に働く日本の学生よりも長時間、作業が出来る。さて、にんにくとかが、いいのかな?何を食べているのかな?と思ったら、キムチに、簡単なおかず、でもご飯がたっぷりだったとか、、、この先生の話、すべてが正しいとは思っていませんが、東洋人の元気の元はご飯じゃないか??それは、私も思っています。島田彰夫さん。秋田大医学部の後、宮崎大に移り、定年退官後は兵庫の私立大の先生だったと思います。本も面白いので、機会があれば、ごらんください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月18日 (金)

普通の韓国を探して78 スユリの教会と道峰山

2002_0403olddica20008

 前に、韓国ではキリスト教がかなり盛んで信者も多い、と書きました。どこか本で読んだうろ覚えの話ですみませんが、確か20%以上が信者だとか、、それくらいだったと思います。

 人数的に一番多いのは仏教でしょうが、日本でもほとんどの家庭がお盆、お彼岸及び、法事の時期だけ表面化する感じで日頃は何もしない感じですよね。同様に、韓国でも仏教の人は日頃は特に何もしない、、きっとそんななのでしょう。あまりお寺は目立ちません。

 ですので、町を歩いても汽車やバスで旅をしても、やたらと教会が目に付きます。古いの、新しいの、大きいの、小さいの、夜になると尖塔の先の十字架が赤く光るのでなおさら目立ちます。最初のソウル訪問のときはアジア太平洋矯正歯科学会のソウルでの大会でした。予約していかなかったのでとんでもない高級なホテル(三成のグランドインターコンチネンタル、学会場もそこでした)の高級な部屋(日本円で55000円)にカードで泊まることになりましたが、そこから見えた論ヒョン洞(ノンヒョンドンg)の「忠ヒョン教会」というのはものすごく立派です。わざわざタクシーで教会まで行って見ましたが、新しい建築ではあれ、日本には無い規模の教会建築です。「これぐらい立派な教会なら死んだら天国に連れて行ってもらえるかも、、、」と、不信心な者にも期待させるような迫力がありました。また、華城で有名な水原にも非常に巨大な教会があります。 いろんな宗派がまたあるのでしょうが、とにかく、韓国は教会が多い国です。

 この写真は、4号線スユ駅そばの旅館の部屋から見た夕暮れの西のほうの景色です。教会と、向こうに見える山は道峰山。北漢山ほどではないですが、やはり頂上付近は岩峰が目立つソウルの名山のひとつです。近くに見える教会の後方に、小さく、でも、2つも、別の教会の尖塔が見えるのが、教会の多さを示します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すばらしい韓国の食事58広蔵市場ナンバー1人気店 ハルモニスンデチプ

2005_0921newdeca20194

 前にちょっと広蔵市場の話を書きました。「斜めの十字路」で場所がわかる人はなかなかのソウル通。鍾路5街駅から少し戻るようにして広蔵市場の飲食屋台街に入ると、東大門市場寄りが、スンデ、モリコギ(豚の頭の部分の皮付きの肉を豚足同様煮込んだもの)、チョッパル(豚足、醤油、水あめ、焼酎などに香料を加えて煮込んだもの)なんかの屋台が並ぶ通り、その中でも人気店は「ハルモニスンデチプ」です。中ほどの、北側(鍾路側)なのですが、お客がいつもいっぱいなのでわかるはず。私も何度も行っていますが半分はフられる感じです。

 でも、最近知ったのが、この人気屋台「ハルモニスンデチプ」に固定店が、それもすぐそばに、24時間営業でやっていることです。まさに市場で働く人のための食堂でもありますが、スンデクッの味は保証付き、これはその写真です。屋台のほうではお昼まで限定なのですが、こちらの固定店ではいつでも、美味しいのが食べられます。場所は前述の「広蔵市場の斜めの十字路」から鍾路側に10mか15m行った右手です。ハングルが読めれば簡単。わからなければ「ハルモニスンデ、オディエヨ?」と聞いてみましょう。誰でも親切に教えてくれる、、というか指差してくれると思いますので。

 右上は薬味、辛い練り唐辛子のヤンニョムと、青唐辛子の刻んだの(スンデクッk屋の薬味に使うのは激辛です)、それと、トゥルケッ(エゴマの煎ったのをすりつぶしたもの)。中列は白菜キムチ、カットゥギに、セウジョッ(アミの塩辛)と、「ニンニクの甘酢漬け」。あとは、調味用の塩ですね。

 この小さめのニンニクの漬物、今まで臭いが困るので敬遠していましたが、このとき(9月)は帰国までの時間があったので食べてみました。生ではありますが、臭いは漬け込むことでかなり消えており、その適切な味付け、、、意外にも、美味しかったです。ニンニクの漬物を表現するのに「爽やか」というのは似合わないかもしれませんが、甘酸っぱい爽やかな味で、おかずとしても最高でした。辛くもないし、臭くもない、美味しいです!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して77木浦(モッポ)儒達山頂上より

FH020018

 2月の夜明け、木浦(モッポ)市を象徴する山である儒達山からの市街地です。真ん中辺の水は、海ではなく、栄山江(ヨンサンガン、ヨンgサンガンg)の河口部分で、遠くに、わずかに橋の様に、河口堰が見えます。宝城方面から海南経由で木浦に入り、バスターミナル。そこからタクシーで木浦駅。駅のそばの百済観光ホテルは良かった、と前に書きましたね。他に、新安ビーチホテルと、もうひとつ、駅から新安ビーチへ行く途中に、ホテルがありますが、いずれもちょっと古い感じ。この1月には新しい、河口堰に近いほう、ロッテマートだのができた新しい地区の川辺にあるシャングリアホテルというところに宿泊しました。10万Wでしたが、地方でしたので広くて、きれいでした。

 韓国へ行くと元気になる、そんな人は多いのではないでしょうか? 私も、朝は暗いうちから、夜は遅くまで、あちこち出歩いてしまいます。なんか、ハイになると言うか、、、宿でごろごろしているのがもったいないような気分になってしまいます。運動しに行く、そんな感じもあります。

 98年2月、初めて木浦へ行ったときの朝ですが、暗いうちに散歩に出かけました。適当な道を登っていくと霧積峰の公園があり、そこでは、高校の野球部の選手が朝の基礎練習をしていました。お互いおんぶして階段の上り下りです。そんなのを見ながら山登り。まだまだ元気だった頃ですので確か駅のそばの百済ホテルから40分ほどで山頂に立てたと思います。

 西にありますが日本と時差はなし。九州同様、冬は遅くまで暗いのが韓国です。明るくなってゆく景色を見ながら、ひと休みして、また下り、駅前の食堂で「内臓クッパッ」を朝ごはんに食べたのを覚えています。注文したらば、食堂のおばさん、「内臓クッパッは、豚の内臓だけど大丈夫?」と尋ねてきました。何度か、豚骨豚内臓スープであるスンデクッの美味しさを書いていますが、木浦での豚内臓クッパッはスンデなしのスンデクッという感じで、美味しかったです。

 また、ここでおばさんが何でそんなことを聞いたかと言うと、韓国人でも豚骨スープというか、豚の匂いが嫌いな人がいるからです。やはり焼肉でもそうですが、一番は牛、これはご馳走で、日頃の庶民的な肉は豚、、、そんな感じです。同じような料理でも、地方により、その呼び名が変わるのはその後、あちこち行ってみて気付きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して76 中央市場 アジュマたちの夜

2002_0603olddica50007

 黄鶴洞、中央市場、行けばかならず顔を出す場所ですが、これは、新堂駅側から入ってちょっと行った左側の海産物屋台での写真です。もうシーズンは過ぎてしまったかもしれませんが、銭魚(チョンオ、チョノと発音)という魚、日本だとコノシロ(こはだ)の小さいやつ、韓国の秋の大事な魚です。街角の刺身屋でも水槽に小さなコハダがたくさん泳いでいる風景が、あちこちで。でも、刺身と言っても、頭と内臓を取って、薄く輪切りにして酢コチュジャンで野菜と合えたものを葉っぱに包んで食べる、、韓国式ですが、人気のある魚です。

 基本的に刺身はチョコチュジャン(酢コチュジャン)。酸っぱくて、辛いたれなのですが、どうも、、、この味が勝ってしまって、何の刺身でもいっしょの味になってしまうような気がして苦手です。普通の韓国に飛び込みたい私ですが、刺身のときは、食いしん坊が勝ってしまい、やはり醤油で食うことが大部分です。

 上記、大きくない魚を薄く輪切りにして食べるのは「セコシ」と言います。日本語ですよね。鮎のセコシもあれば、こんな銭魚もセコシで食べているようです。アナゴの刺身も韓国ではたくさん見かけますが、それも、皮をむいて輪切りになったのを食べます。真ん中の太い骨が残っていますのでよく噛んで飲み込む感じになります。単に大雑把、とも言い切れない、韓国の刺身の食べ方のひとつです。

 おばさんたちは、中央市場で働く女性。遅い時間、暇になったので友達同士集まって、隣組の刺身屋台で一杯やっているところで仲良くなりました。働くからお金を持っている、働いた後は楽しむ、そんな、韓国のおばさんたちです。真ん中のおじさんは、よく見るとタスキを持っていますが、市議会議員占拠の候補者です。こんな時間、たぶん日本だと選挙違反になるかもしれませんが、地元を回って挨拶しているところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すばらしい韓国の食事57 大盛チプのトガニタン

2002_1210olddica80040

 独立門というよりも、西大門公園のがわかりやすいでしょうか?仁旺山のふもとのほうの街にあるトガニタン(トガニ=スジ、腱、タンg=湯=スープ)の名店、「大盛チプ(テソンチプ、デソンチプ、デソンチp、チプ=家、屋、店の名前)」のトガニタンです。大通りの裏手、並行して走る細い道に面した、知らない人は行かない場所ですが、ソウルのトガニタンの名店として地元の人々に愛されている店です。

 初めて行ったのはずいぶん前、朝の開店時間が一定せず、フられたこともしばしばですが、年に一度くらいの感じで通っている店です。食べていると、韓国人のお客さんから、しばしば店の場所を尋ねる電話がかかってきますので、たぶん、向こうの美食家にも知られている店だと思います。

 牛のスープ、いろいろありますが、トガニ=腱、これを中心として、いろんな雑多な部位を煮込んだスープです。癖も無く、でも、いかにも、牛の大事な部分を食べている、そんな味の美味しいスープ。ソウルには専門店を含み、牛のスープ、ソルロンタン、コムタン、コリコムタン、ソモリクッパッ、そんなのの自慢の店が幾多ありましょうが、私の知る範囲では、ガイドブックにも載る有名店、大田の「ハンバッ食堂」と並び、この、独立門の「デソンチプ」は、最も美味しい牛スープの店だと推薦することができる店です。

 右手に見える醤油だれにトガニをつけて食うこともできます。ご飯は、これは、今までもしばしば出てきているのでお気づきの方もおられるかと思いますが、雑穀ご飯です。自分で塩を入れ、味を調節していただきますが、こんな文章を打っているだけで、また食べたくなる、そんな、すばらしい店です。また、良質の蛋白質が吸収されやすい状態に調理されたスープですので、精力増強効果も抜群、、、、ではないかと予想されます。

 よくあるソルロンタン屋でも、高級版として、このトガニタン、メニューにある店も多いので、お試しください。ちょっと高い、と言っても1000円もしませんので。また、内臓嫌いの人でも、筋ですので、大丈夫、柔らかく煮込まれていて、コクこそあれ、臭みはありませんので。

 日本でも最近、米に混ぜて炊く雑穀が出始めていますが、韓国のもののほうが安くて、美味しいような気がします。1Kgくらいの小さな袋もありますので、「お土産好適品」です。やや重いのが難ではありますが、ありきたりの海苔、キムチ、そんなのよりも、韓国の雑穀ご飯セット、喜ばれるみやげ物だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月16日 (水)

普通の韓国を探して75 自動小銃とクリスマスツリー

2002_1210olddica80076

 2002年の12月、釜山へ行ったときの金浦空港の写真です。クリスマスの飾りのむこうを警備の警察官が銃床を短くした自動銃を下げて警戒中でした。ツリーの下には、箱がいくつか、、、いかにも素人が包んだような感じですが、韓国の人、結構この、自分で包む、をやるのです。

 何度か行っている方はご存知でしょうが、スーパーでも袋(ビニルポンgジ=封紙)は有料、日本よりも包装が簡単です。誰かに贈り物をする場合、特別なものでなければ、自分で買ってきたものを、買ってきた包装紙で包んで、リボンや飾りをつける、これをやる傾向があります。「心がこもっていれば、中身がちゃんとしていれば、包装がちょっとくらい下手でもケンチャナヨ」という部分、好きです。

 でも、誰への贈り物かはわからないけど、爆弾を置くこともできるかな??すごい銃で警戒している割には、包みの中は、いいのかな?なんて感じた一件です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月16日 

 今日と明日は休みです。雑務がありますが、スーパー銭湯にも行くつもりです。ちょっと晴れてきました。これからの時期、天候には恵まれない新潟ですが、晴れ間を見て自転車にも乗らないといけません。

 昨日、インフルエンザの予防接種の予約をしました。ここ数年、スタッフと私は受けていますが、案外効果があるような気がします。流行を予想してワクチンを配合すると聞いています。流行の予想が外れると意味がないとは言いますが、ひどい風邪をひかなくなったのは確実です。単なる偶然かもしれませんが、、、仕事で休めない方々にはお勧めします。きっと、効果はあります。気分的なものも含めて、ね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して74 消滅しつつある街 長省洞

FH000011

 1965年の本、「20世紀韓国大観」という東亜日報社の分厚い本を持っています。その中の広告にあった取次ぎ書店の一覧。地図好きであり、日本では類を見ぬ韓国地図収集家だと思っている私が、あれれ?!?と思う地名がありました。それが長省です。

 他の、取次ぎ書店がある都市は今でも変わらぬ大き目の地方都市なのに、長省は、、市の名前ではありません。知っていはいましたが、まさか、と思って電話番号を見ると、やはり江原道太白市の一部である長省洞でした。

 昔は日本同様、エナジー源として石炭が主役だった時期がありました。でも、今は、輸入の原油にとって代わられて、炭鉱はもうほとんど残っていません。主な炭鉱地帯は江原道、この太白、それに、道渓などが大きいところで、その他、古い地図を見ると小さい炭鉱があちこちにあったようです。 この長省、前記の本によれば炭鉱住宅が10000世帯以上の大きな炭鉱の町だったとのこと、今もその名残はありますが、住居、店舗とも空家が大半なよう。かつては活躍していた運炭設備の跡は日本の廃鉱同様、物悲しい雰囲気です。

 慶北の栄州から太白へ、山道をバスで行きましたが、その途中も山の中に突然、住む人のいないアパートが数棟、かたまってあったり、、、、やはり、炭鉱住宅です。でも、そういう場所、私は好きなのです。

写真はバスの車窓からの長省洞の風景です。現在の太白市の中心は駅のある黄池という町(こちらも寂しいです)ですが、昔はこの長省だったのでしょう。明らかに一つの「洞=町」の呼び名ながら、数万の人口があったと思われる「長省洞」、若い韓国人では知らない人も多いでしょう。今は消えてしまったようなものです。

 先に挙げた道渓も、実は駅のそばではなく、東の、山の上に今もかなりの規模の炭鉱住宅が残っていますが、そちらは、遠くから見ただけですけど、できたら行ってみたい場所のひとつです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して73黄鶴洞のポジャンマチャにて 2

FH010013

 黄鶴洞 馬場路沿いにあった「コロソハヌルカジ」での写真をもう一枚。

 ピンクの服がご主人のアジュマです。恥ずかしがって向こうを向いてしまいました。自分の夕食である、賄いのチゲを煮ているところです。従業員はおばさん1人なのですが、当然のように、集まっている友達の分も作ります。皆で1つのトゥッペギをつついてご飯をいただきます。

 おじさん2人、といっても私より若いのですが、真ん中は中央市場の八百屋のおじさん、左は、、今でも合いますが、仕事は不明、でも、この黄鶴洞で働いているおじさんです。もう焼酎が入っている状態です。店はまだやっていても夜の10時にもなるともう暇になりますので、すぐそばの行きつけの店に集まって話したり、飲んだり、時には、前に書いたように夕食をご馳走になったり、、、 家族ではなくても親しい友人、、、親しい他人が入れる領分が広いのが、韓国の友人関係なのかもしれません。

 残念ながら、転職、開業、廃業が素早い韓国、この「コロソハヌルカジポジャンマチャ」はなくなり、その後は道の反対側、中央市場側の食器店の前の「ソムンナンポジャンマチャ」に、通うようになりました。その後、そこのおばさんも転業、今は同じ名前で、、居抜きというのかな?、引き継いだ目がきょろっとしたおばさんがやっています。今のおばさんの時期は1度しか行っていません、前に紹介した「三味亭」へ行っているのですが、このへんの知り合いのおばさんおじさん、もう7年ほどの付き合い、行けば、挨拶し、元気ですか?と、コーヒーをおごってもらいながら話をする、、そんな仲間です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して72 黄鶴洞「コロソハヌルカジ幌張馬車」にて

FH010011

 ソウルのコプチャンコルモクの一つ、往十里の西端、黄鶴洞の馬場路沿い、中央市場地下通路(小さな刺身屋がありますが、空きテナント多く寂しい、公衆トイレあり、これは利用価値大)出口そばにあった「コロソハヌルカジポジャンマチャ」での写真です。

 97年頃から韓国語の習得のため、日本人観光客が行かない=お店の人も日本語ができない、そんな町ばかり歩いていましたが、この黄鶴洞はメインの場所でした。たまたま入った「コロソハヌルカジ(コロソ=歩いて、ハヌr=天、天国、カジ=~まで)」のおばさんがいい人で、あ、韓国人、大抵いい人なのですが、そこにまたいい人が集まる、そんな店でしたので、その後行く度に1度は夕食のために顔を出すようになりました。この写真はたまたま出会ったお客さん、会社員の女性2人組みです。

 研修の場所である李準圭歯科の院長先生は日本語が少し出来ますし、それまでに歩いたソウルでも、日本人観光客が歩く場所は、ほとんど、日本語対応が可能だったりします。こちらが下手な韓国語で話し掛けても、結局日本語での会話になってしまいますし、相手が日本語が上手とわかっていると、どうしても一生懸命さが薄れて、甘えのようなものが生じてしまいます。 周囲の誰も、日本語ができない、そんな環境にいると、自分の精一杯の言葉を出そう、そんなふうに自然になりますので、外国語の習得にはベストとは言いませんが、いい環境だとは思います。

 ポジャンマチャのおばさん、市場での仕事がひと段落で、遊びに来た八百屋のおじさん、果物屋のおばさん、時には、注文したコプチャンクイで飲んでいると、店の賄いの「テンジャンチゲ(味噌鍋)」や、チョギ(イシモチの干物)で、ご飯も食べないか?と誘われてご馳走になったり、、、 そんな普通の韓国の人との付き合い、私は、とても性に合う、経験でした。

 でも、「親しくなると他人と自分の垣根がとても低くなるのが韓国人」と言いますが、ある日、その屋台の主人のおばさんから頼まれ事がありました。日本製の圧力鍋のゴムパッキングがだめになって、使えないので、そのパッキングの替えを探して、送ってくれとのことです。人によっては、「いやだなぁ」なんて思う人もいるかもしれませんが、そこは、韓国好きの私。それまでに本で読んでいたとおりのような頼み、二つ返事で引き受けました。残念ながらこのときは製造元が倒産しており、期待に沿えなかったのですが、次回行った時にお土産をもらいましたが、また次のお願い。子供のアトピーの改善に日本の温泉のイオウの湯の花がいいと聞くので、あったら頼む、という話。これは、、、探して郵送しました。すると、次回はお礼にといって、持ちきれないほどの、お土産。

 もともと、「全部の荷物をいつも担いでの旅行」、の私。あまりに多い土産はちょっと困りますので、たとえば、「倒すとダメなマッコリの特別美味しい、手に入りにくいやつ」を6本もらったときなど、宿へ帰るタクシーの運転手さんに「仕事が終わったら飲んでください」と言って2本あげ、宿で2本空け、残りの2本だけをりゅっくに入れて横にしないようにして機内持ち込みでそろそろ運んで日本まで、なんてこともありました。

 親しくなると、日本人の感覚では考えられないくらい、悪く言えば馴れ馴れしく、よく言えば家族親戚のように甘えて接し、またこちらも、そうしようと思えば、それを許してくれる、、、そんな韓国の普通、に触れることができるのは、私には大きな喜びでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月15日 (火)

すばらしい韓国の食事56 ポッサム(配達でも充分美味しいメニュー)

2002_0410olddica30069

 ポッサム=包む、そんな意味です。

 向こうでお世話になっているお宅で、夜、ちょっと飲もうか?というときに配達(ペダル)を頼みました。冷蔵庫にはいろんな店のスティッカーや広告の栓抜きや、ポイントシールの集計用紙。みな配達の店のものです。ピザ、チキン、中華、韓食、それに、ポッサムとチョッパルの店などなど、何でもあります。

 左下、アルミホイルに包まれているのがポッサム。豚の茹で肉というか蒸し肉ですが、それ自体はよく煮込まれて柔らかく、淡白な味。脂肪もかなり抜けた状態です。それを、アミの塩辛である「セウジョッ」につけ、中央少し右上に見える、牡蠣入りの特別製、あまり発酵が進んでいない、甘めの味付けのキムチとともに、葉っぱで包んでいただきます。

 前に、「ウォンハルモニポッサム本家」という名店のポッサムを紹介しましたが、こんな、20000Wもしない配達のやつでも充分2,3人前はありますし、美味しかったです。焼酎1本と、小さなプッチンゲ(お好み焼き)、スティック野菜、それに、黒く見えるのは甘酸っぱいククス(麺)なのですが、これらは皆サービスです。

 単に文章で、「茹で豚をアミの塩辛の味付けでキムチと一緒にサムチュで包んで食べる料理」、というと、たいしたことないように思えてしまいますし、実際、ウォンハルモニ本家のキムチなんかも、それだけで食べると明らかな甘すぎ。でも、これらが一緒になると、、、すばらしく美味しい韓国の味になります。

 茹で豚、と馬鹿にせずに、皆に是非食べて欲しいメニューのひとつです。きっと、多くの人に気に入ってもらえると思います。また、こんな安くて美味しい配達サービス、韓国のうらやましい部分のひとつです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

普通の韓国を探して71 新灘里(新炭里) 現在の韓国側の最後の駅

2002_0410olddica30029

 鉄道分断点の手前、京元線新灘里駅です。新炭里、と書いてる文献もありますが、中央地図文化社の漢字版ではこの「灘」と言う字でした。シンタンリ、となりますが、シンタrリ、というような発音になります。

 ここへ来るまでは、北を向いたトーチカ、軍部隊駐屯地が、沿線のあちこちにありましたが、この駅の周囲はあまり目立ちません。登山が好きな人が多い韓国、この日も平日なのにディーゼルカーから降車するお客さんの半分以上は登山姿の中高年でした。

 韓国の春の花、「故郷の春」という有名な歌がありますが、実際、最初に、山に咲くのがチンダルレという紫色のつつじです。他の樹木がまだ芽も吹かない時期に、山のあちこちに華麗な紫色の花を咲かせます。ちょうどそんな時期でした。

 前に議政府駅での軍用貨物列車の写真をアップしましたが、韓国、特に、ソウルより北では、バスに乗っていても、移動中の軍用車両にしばしば遭遇します。その、前の写真でもわかりますが、移動中、所属部隊の番号、マークなどは黄色の大判のステッカーで隠して、どこの部隊の、どこからどこへの移動かは韓国人にもわからぬようにされています。道路を走行する場合でもそうです。稀に、ソウルの東部のヨジュ方面など、演習場が多いあたりでは、演習帰りのスティッカーなしの車両が突然脇の林道の入り口みたいなところから出てきて一般交通を止める事がありますが、そんな場合は、目隠しスティッカーなしであることもあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して70 幼稚園の遠足 春川

FH030010

 日本以上の大学進学率を誇る韓国、もちろん、幼稚園も一般的です。これは、初めて春川へ行ったとき、同じ汽車で降りてきた幼稚園児です。97年か98年でしょう。

 韓流人気ドラマの舞台となった場所ですが、やはり北韓(=北朝鮮)に近い山間部、駅の前は広大な米軍基地で、日本では見たことの無いような(その後日本でも配備されているのを知りました)幅の狭い戦闘用ヘリコプターがたくさんありました。街へ行くには東か西、どちらかを大きく回って基地を迂回しなければなりませんでした。最近は観光で行く人も増えたようですが、どうなっているのでしょうね?

 そうそう、このときでした!!  春川へ行くには、KRの清涼里駅から京春線の汽車で行くか、でなければ、東ソウル、もしくは忘憂洞の上鳳のバスターミナルからのバスです。 何度か書いているように汽車好きの私、友人の故郷である加平という町も見たくて、行きは汽車にしました。毎回、その晩の宿を決めない旅行でしたので、いつも全部の荷物を持っていますが、この春川行きは日帰りの予定でしたので、清涼里駅のコインロッカーに大きなカバンを入れ、小さなリュックひとつで行ったのです。 春川の街を歩いて、市場を見て、お昼は名物のマッククス(マックkス)。なんか、冷やし中華みたいでした。その後、帰りはバスで、と思い、上鳳行きのバスに乗ってソウルへ戻ったのです。さて、今夜の宿はどこにするかな?ソウルと言っても1000万都市、知らない場所がまだまだたくさん。なるべく日本人の行かない場所へ行くつもりで、地下鉄に乗ったら、、、やけに身軽なのに気がつきました。 そう、、、大きなカバンをソウルの北の玄関であるKR清涼里駅に置いたままソウルでの行動を開始してしまったのです。 我ながら、今考えると笑い話みたいですが、いつもリュックを背負い、大きなカバンを肩にかけ、全部の荷物を常に持ち運ぶ、なんてスタイルでの旅行をしていました。

 最近はあまり使われなくなりましたが「バックパッカー」という言葉がありました。韓国語だと「背嚢旅行」。一番の友人でもあり、兄貴分でもある李準圭先生が大韓矯正歯科学会のニュースレター(隔月刊)に「外国人正会員第1号」として写真入りで私のことを紹介してくれた際の表現も、この「背嚢旅行」でした。

 背嚢(ペナンg)

 旅行(ヨヘンg)  です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して69 韓国の愛玩犬事情(モラン市場)

2002_0403olddica20023

 4と9が付く日に市場が立つ城南市のモラン市場です。市場が無いときは川をコンクリで覆った駐車場。でも、犬の店、屠殺処理工場はやっていて、男性だと「ケソジュ(犬焼酎)」という犬まるごとのエキス、女性だと「フkヨmソ(フク=黒、ヨmソ=山羊、フギョムソ、フクヨンソ)のエキスを買わないか?(実際はそこで犬を選んで作り始める)と店のおじさんおばさんの声がかかります。

 この写真は愛玩犬の露店。こういうところのは病気になりやすく、すぐに死んでしまうことが多い、とは言いながらも、やはり子犬はかわいく、人気の露店です。こんなのが10以上出ていました。でも、市の周囲では食用、もしくはエキス用の犬が檻に入れられて、、、

 まぁ、前にも書いたように、専門の牧場、養殖場、田舎の家でのアルバイト育成などで、それ専用に育てられた犬なのですが、そのへん、韓国の人も割り切っているようで、家で3匹も犬を飼っているお宅の家族と補身湯を食べに行ったりしたこともあります。うちにも犬がいますが、、、どうも、、食欲が勝ってしまう、、、それくらい、犬肉って、おいしいですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して68 タルトンネ(下月谷洞)

2001_1102olddica10023

 下月谷洞のタルトンネ、この時点で、すでに南半分が再開発中。一番最近だとこの9月末に103番バスでこの近くを通りましたが、残りの半分も高層アパートに再開発中でした。この場所も、もうアパートに生まれ変わろうとしていました。

 写真でわかるでしょうか?道は狭く、急坂ばかり。雪のときはつるつるになるし、大雨のときは滝のようになります。韓国の低所得者福祉対策、住宅政策の充実を望んで止みません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して67 ヤンマル(靴下)売り

2001_1102olddica10063

 韓国は物がたくさんある国、何度か、そう書いています。行ったことがある方はおわかりですよね?小さい店大きい店、ありますが、とにかく、物がたくさん、溢れている感じです。前にも大阪に似ている、と書きましたが、ミナミの、あのなんば駅からグリコの橋へ行く通り、551の豚まんのそば、反対側にやたら商品が多いカバン屋さんがありますが、あんな感じが、ソウルです。

 固定店はでも、権利金とか保証金がたくさん必要、というわけで、資本がない人は、露店だったり、地下鉄の中の移動販売だったり、それに、こんなふうにトラックでの行商もいろんな業種、あちこちで見られます。

 これは、永登浦のほうでの風景、靴下専門のトラックです。ヤンマル=靴下。「綿靴下 工場直販 500W」だか書いてありますが、品物は山積み。最近は韓国でも安い品物は中国産ですが、そこそこの品質のものがありますので、1足50円の靴下、私もたまに買います。韓流を意識したパクリものもあるという話。お土産にいかがでしょう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して66長項線長項駅

2001_1102olddica10056

 私も実は鉄道ファンでした。というか、蒸気機関車ファンだったのです。ですので、今でも韓国行って客車列車に乗るとわくわくしてしまいます。

 鉄道ファン含め、多くのHPがあるので内容が重複しますが、これは長項線の終点である長項駅の風景。客車の色でムグンファ号(無窮花=ムクゲ=韓国の国の花)であるのがわかりますね。 前にも書きましたが仕事場である李準圭先生のオフィスが高速ターミナルから近いので、ソウルを離れるときは高速バス、戻るときは汽車ということが多いのです。何度も行っている群山からは、群山線というデーゼルカーの走るローカル線がありますが、ソウル直通の汽車がないので益山(イクサン=イkサン)で乗り換えないといけません。それよりもお勧めは長項群山の渡船に乗って長項へ渡り、長項駅から長項線に乗る方法。時間さえ合えば、早かったりもしますし、沿線風景も昔の日本を見るような路線ですので、汽車の旅も楽しめます。

 全国的に有名でソウルなどにも支店がある活魚刺身の店、群山フェチプ(フェ=刺身、チp=店、家)をはじめいくつもの刺身専門店が並ぶあたりにある群山渡船場と長項渡船場の間は確か20~30分おきに船が出ています。ほんの10分もかからぬ渡し舟ですが、日本でそんな機会が無いのでこれも、楽しめました。長項渡船場から駅は徒歩でも10分弱。他のお客さんについていくか、、まぁ、適当に行けば引込み線がありますので、駅はすぐにわかります。

 最初の頃は、統一号もあり、高校生のたくさん乗るピドゥルギ号もありましたが、今は、たぶん最低でもムグンファ。でも、大きなアメリカ風の機関車に引かれての客車列車の旅は、もう日本では味わうことの出来ない経験です。早く出れば、途中天安の独立記念館なんかに寄ってソウルへ戻るのもいいかもしれません。

 韓国の汽車の旅、お勧めです。2001_1102olddica10056

| | コメント (0) | トラックバック (1)

すばらしい韓国の食事55 黄鶴洞の三味亭

2005_1017newdeca30017

 ソウルにはいくつかコプチャン通り(コプチャンコルモク、コルモk=横丁)がありますが、その中でも古いのが往十里(ワンシムニ)から馬場路に沿って続く「ワンシムニコプチャンコルモク」です。その最西端が新堂駅北側に広がる中央市場の裏手なのですが、前にも書いたとおり、固定店、固定店の店先の屋台、幌張馬車(ポジャンマチャ)、単なる小さい屋台、その形態はいろいろだし、店ごとに自慢の調理方法、材料があります。

 最初に行き始めたのがおばさんの写真をアップした「ヨンミネコプチャン」、それから、馬場路沿いのポジャンマチャであった「コロソハヌルカジポジャンマチャ」、次いで、「ソムナンコプチャン(ソムン=評判、ナン=ナダ=出る)」でしたが、最近、いろいろ付き合いも多いので、軽く食べて飲める店として、「三味亭(サmミジョンg)という小さい屋台に通っています。

 場所は、中央市場裏口に出たところで馬場路を渡り、広いトラックが駐車してある道ではなく、左手、中央市場地下通路入り口の前にある細い昔からの路地(周囲に面白そうな食堂、店、多し)を下ります。150mほどで、先ほどの広い新しい下り坂と交わるのですが、左手、最後の部分、Y字の又のあたりにある小さな固定式の屋台です。

 写真はソウルの定番「長寿マッコリ(ジャンgスマッコrリ)」と、牛の肺の煮込み「ホパ」ですが、これがもう!とても美味しいのです。柔らかいながらも歯ごたえを残した調理、味付けはなかなかのもの。1人前3000W、マッコリも3000W(買えば1000Wだけど)、600円で、いい気持ちになれます。今、これを打っていても、よだれが湧き出るのがわかるくらい、内臓好きには堪えられない煮込みです。

 前にも、広蔵市場の店を紹介しましたが、味はここが今のところ1番。もちろん、こぷちゃんもあり、普通の小腸は1人前8000W、直腸部分は厚くて人気があるので9000W。会社帰りの人が持ち帰りを頼んだりも見られる美味しい店です。

 残念ながら幌張馬車の多くのように、完全な生ホルモンからの調理ではないのが惜しいですが、自慢のヤンニョム(たれ)で焼いたコプチャン、お勧めです。どうも、固定店は、茹で置き、幌張り馬車は「味が売り」なのか、生から、という店が多いような気がします。後日、調理の写真を紹介する予定です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月14日 (月)

日本の中の韓国3 新潟国際空港

2005_0921newdeca20143

 新潟空港です。日本海のそば、新潟駅からバスでも25分ほど、タクシーでも3000円以内で行けるいい場所にあります。少し前から毎日運航になりましたが、航空会社も経費削減でたいへんなのでしょうか、すべて、お昼頃にソウルを出て、午後早く新潟に到着、1時間ほど後にすぐまたソウルへ戻るので、夕方向こうに到着します。乗務員のホテル代を浮かせるためだと思われます。

 でも、そのため、2泊3日といっても初日は夜、ホテル、丸々あるのは中日だけ、帰りは朝飯食べてすぐに出発しないといけません。この冬の価格も出始めていますが、2泊3日で2人一部屋27800円という設定もあります。行きたいなぁ!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して65延世大構内の紅葉

2002_1210olddica80028

 ちょうど今頃のソウルです。麻浦区新村にある延世大の構内、メイン通りに真っ赤なかえではありましたので撮影しました。韓国の紅葉、「丹楓(タンプンg)」と言います。でも、実際には赤くなる気は少なく、黄色が主体のように思えます。市内だと大学路、安国キル(通り)あたりの銀杏が見事に黄色くなっていると思われます。

 この延世大、私の母校でもある新潟大学歯学部の解剖学教室と縁が深く、私も学位論文を第2解剖学教室で面倒見てもらった縁で、むこうの先生がいらっしゃったときに出て行ったりしていましたので、一度、延世大の教授の招待を受け、大学構内にあるなかなか立派なホテルに泊めてもらいました。「大学らしい」非常に広いキャンパスを持つ大学で、またソウル駅前にもでっかいビルを所有しています。資産運営が得意なのでしょうかね??

 そのホテル、しかしながら、遊びに出るのにはちょっと不自由で門限もあり、2泊の予定であったのを1泊で逃げ出してしまいました。鄭ハンソンg教授、ごめんなさい!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して64 全羅線救礼駅前 統一教会のお嫁さん

FH030014

 益山で光州、木浦方面へ向かう湖南線と別れて、全州、南原、順天、麗水へ向かう全羅線の、救礼駅前です。すぐに川があり、目立った町はありません。

 少し前に紹介した河東から、ソムジン江という川に沿って、花渓。さらに上流へ行き、盆地のように少し開けて来ると、救礼です。日本でもそういう例があると思いますが、汽車の線路ができることを嫌う傾向があったのかもしれません。町と、駅、かなり離れていました。また鉄道の直線高速化のために、線路の付け替えを行った都市もたくさんあります。ここ10年でも、けっこう変わった感があります。

 韓国好きの私、できるだけ韓国人に近づきたいと思って、理髪はできるだけ韓国でするようにしていました。この救礼でも、バスを降りたらすぐに床屋というか美容室へ行ったのです。カットしてもらう場合、美容師さんと世間話をすることが多いのですが、田舎ではけっこう日本人が珍しかったりしますので、「他に日本人のお客さんは来ますか?」と、よく尋ねます。「初めてですよ」と言われると、なんか嬉しいんですが、この救礼の町の美容室で聞いたらば、「しょっちゅう来るよ」とのことで、びっくり。

 訳を聞くと、統一教会の合同結婚式でお嫁に来た日本人女性がけっこういるそうです。日本でも韓国でも、山間部、特に農家の嫁不足は深刻だとのこと。信仰で結ばれたお嫁さんなら、どこへでも来てくれる、というわけで、案外統一教会の信者さん、田舎の農家の人も多いとのことでした。意外でもあり、、、頷くこともできる一件でした。

 私の知人でも何人か信者がいますが、まじめで優秀な人が多い感じ。でも、韓国の、また田舎へ来て、大変なことはないのかな?なんて要らぬ心配をしてしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

普通の韓国を探して63 論介の故郷 長水

2001_1102olddica10006

 論介って、「ノンゲ」って読みますが、昔の、朝鮮時代のキーセンの名前です。美人で名妓だったのでしょうね。でも、何で有名なのかと言うと、慶南の晋州にある晋州城で、日本人の武将を自分も道連れに川に飛び込んでやっつけたという話があるのです。秀吉の戦争の時の話ですが、占領した城で、日本軍が宴会をやったとか、、、本当なのでしょうかね?でも、韓国人なら知らぬものはいない女性の一人です。

 この写真はその論介の生地である全羅北道長水郡長水の邑内です。光州から南原、また南原からバスで、山奥に入った場所です。りんごの名産地という話です。バスを降り、町を一回り、、、小さな川を渡ったほうの小高い山に登っての撮影です。2月でしたので、寒そう。でも、南部なので雪はあまりありません。消えかけたのが少しだけあった程度でした。実際の生家はさらに山奥にあるそうですが、彼女を祀ったお堂はここにありました。

 この後、またバスで、2度目の鎮安へ向かったのですが、田舎の小さなバスターミナル、切符を売る窓口が1つしかなく、並びました。でも、田舎のおばあさんとか、割り込みも平気。「老人を大事にする」といいう韓国の美習がありますが、それに甘えすぎ、のように、人をおしのけて窓口へ、、ちょっとだけ呆れました。まぁ、ソウルでは、そんなことはないでしょうけど、人を押しのける、、、には遭遇したことがありますね。人と人の間が近い国でもあります。

 さらに、、、鎮安経由全州行きのバス、定刻になっても来ません。市外バス、いくつかの町を経由して、ということで遅れることも無くはないのですが、よく見ると、ターミナルの敷地に確かに全州行きが停まっています。3分過ぎても、5分過ぎても、動かないので、私が走って行ってドアを叩き、運転手さんを起こして、やっと乗り場へやってきた、なんて経験をしました。のんびりしたものです。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本の中の韓国2 韓国からの漂流物

2005_0921newdeca20172

 ハングルで江陵国道、と書いてある反射標識です。自転車で乙まんじゅうを買いに行った時にありました。

 聖籠インターで新潟バイパスを降り、左へ。旧中条町の築地とか乙とかへ向かう抜け道的国道の道路っ端で見かけ、撮影しました。普通の農家の庭先に、針金でくくりつけられていた反射標識です。

 新潟の田舎で、こんなのを見つけるとは!!と、ちょっと嬉しい出来事でした。海岸も割合近い場所なので日本海(韓国では東海)をはるばる流れて来たのを、拾ってきて再利用したのだと思いますが、ちょっとびっくりでしょう?私も暇なとき、海岸へ行って、こんな韓国の匂いのするものを探そうかな、なんても思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すばらしい韓国の食事54楽安民族村バス停前の食堂のコムタン

FH020015

 ちょっと古めのAPS写真です。楽安民族村はちょっと作り物の感じというか無理があった、と書きましたが、飯は、良かったです。麗水を一番の汽車で出て筏橋。郡内バスで楽安に着いて、、、時間はまだ8時前だったと思います。まずは腹ごしらえということで食堂に入りました。韓国の食堂、専門店も発達していますが普通の食堂はチゲ、ペッペン、そんなのがいろいろに、焼肉もあり、だの、なんでもある店が多いです。また、かなりの田舎の集落でも1つは食堂がある、、、さらには、家の人が起きている時間であれば、極力、お客が来れば応対してくれる、そんなのが有難いです。

 ここも、多分、開店前、私が行ったから開けてくれた感じで、コムタンかチゲしかできないけど、、とのおばさんの話でしたので、熱いスープのコムタンを注文。ほどなくして煮立ったトゥッペギ(1人用の素焼きの土鍋)で出てきたコムタンです。食は全羅道にあり、といいますが、おかずの盛りの良さ、、、まったく、有難い限りです。上に錦糸玉子が載っていました。自分で塩や胡椒、好みでカットゥギなんかを入れて、好きに食べればいいのです。ご飯を初めから全部ぶっこむのもあり。別々に食べるのもあり、途中からご飯をスープに入れてもよし、何でもいいのです。そのへん、朝から美味しい食堂がやっている国、好きなように美味しく食べればいい国、韓国を好きな理由のひとつです。

 この後、大きなカバンを預かってもらい、小一時間、民族村を歩いたのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して62三一節当日のタプコル公園

FH040016

 おはようございます。「三一節」、日帝時代に起きた独立運動のスタートの日で、韓国国民にとっては大事な日です。祝日にもなっている日です。

 場所はタプコル公園、昔はパゴダ公園と言っていました。ソウルの心臓、韓国の心臓とも言える鍾路にある公園です。日頃からお爺さんたちが暇を持て余して集まってくる場所で、周囲には安い食堂、床屋、キリスト教団体による無料給食などもあります。日がな一日、お爺さん同士で将棋、囲碁、世間話、そして、韓国人の好きな政治の話なんかをして時間をつぶすそうです。

 出身地、支持政党、支持する大統領ごとのグループによる口論もしばしばだとか、、、  これは学院の先生に教わった話ですが、今でも統計調査をすると朴大統領が一番人気があるそうです。普通の日本人の知識だと、軍事政権でおっかない独裁者みたいなイメージがありますよね。金大中拉致事件もあったり。でも、人気は、一番なのです。

 60年代、韓国戦争(朝鮮戦争)による疲弊でまだまだ韓国は貧しかった。春には食べ物がなくなってしまい、山菜やら雑草を食べたとか、、、 そんな時代、朴大統領は「自由はちょっと待ってくれ。国民みんながお腹一杯ご飯を食べられる国を作るから。」と宣言して、セマウル運動(基本的な産業基盤の整備、特に農村の現代化)を始め、以後、着実に発展する基礎を作ってくれたとのことです。

 私は56年生まれ。やはり小学校高学年、中学時代には「韓国は農業と軽工業中心、北は豊富な資源を利用した重工業が発達」なんて社会で教わったような気がします。北の話は、すでに、ちょっとインチキが混じっていたのだとは思いますが、60年代の韓国が貧しかった。これは、確かなようです。服とか、韓国製=安物、というイメージを持ってしまっていますよね。

 以後、70年代、80年代に目覚しい発展をとげたのは皆が知るところですが、前にも書いたように、急激に伸びた歪みが、、、ちょっとあるなぁ、でも、好きだ、と、そんな国です。

 三一節の話に戻りますが、大統領も出席して、記念の行事が行われます。日本大使館前ではデモもあったりするでしょう。でも、別に普通の日本人がいちゃもんつけられて、、、なんてことはありません。ただ、露骨に韓国をばかにしたような言動は、慎むべき日ではあります。たくさんの人の中、記念行事もたくさん、このタプコル公園でも行われていました。日本人だとわかったら、、なんて、ちょっと恐怖感も当時はありました。でも、多分、自分がちゃんとした人間であれば、大丈夫だと思います。

 韓日のいろんな歴史、、、相互理解のためには、日本側がもう少し勉強すべきだとは思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年11月13日 (日)

普通の韓国を探して61 韓国の象潟? 群山近郊

FH030005

 10回は行っている地方都市、群山からバスで数十分、沃溝邑の新坪というバスの終点の風景。大抵のバスは、地方交通の中心であるバスターミナルを通りますので、どこへ行ってもバス停を見つければ大丈夫。でも、日本のように何か立っているとかではなく、集落の中心のよろず屋風の店に「停留所」とか「売票所」だの、書いてあるだけだったりが多いです。

 群山、日帝時代の米の積み出し港として開発される前は小さな町だったとか、、もしかしたら中心はこの沃溝だったのかな?なんても思いますが、写真のように低い山が、平野の中に点在しています。もっと小さい山というか、丘がたくさん写っている典型的な写真があればよかったのですが、象潟のようです。昔はたぶん海だったのでしょう。今は水田と、、あと、海辺には塩田がたくさん。また、南側の金堤市萬傾面との間の海の干拓事業なんかをやってるみたいです。田舎の風景は、日本と変わりませんね。

 韓国でも自然保護運動が盛んになっており、そんな干拓によって干潟がなくなるのに反対、なんて新聞記事、しばしば見ました。西海岸は世界最高の干満の差が大きい海ですので、広大な干潟が出現します。映画「オーハピーデイ」でも、干潟(ケッポル)を保存しよう、なんてデモが描かれていましたが、豊かな西側の海岸、大事にしたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して60慶尚北道奉化の旅人宿

FH000007

 マツタケの名産地というと東海岸ヤンgヤンgが有名ですが、韓国の人に言わせると上級品が取れるのはこの辺だとか、、、慶尚北道の一番北、太白山、小白山の麓です。高麗人参、りんごの産地でもあります。

 金浦にお昼に着き、瑞草洞の李準圭先生のオフィスで用事、清涼里駅を夕方に出て慶北は栄州へ。なかなか趣のある地方都市です。スンデクックが美味しかったです。翌朝、早起きして、バスターミナルへ。太白の旧炭鉱地帯を目指してバスの旅。最初の大きな停留所がこの奉化でした。

 写真は「旅人宿」という、一番安いクラスの旅館。10000Wか、それ以下とのこと。「普通の韓国を見て、普通の韓国人と話したい」という私の旅ですが、さすがに泊まったことはありません。実際、お客がいるのかどうか?? 特別ぼろっちい旅人宿(ヨインスk)でした。

 しかし韓国、駅のそばよりもバスターミナルのそばには、どんな田舎でも旅館があり、まず特別なお祭りとかの季節でなければ、予約無しで泊まれます。新しい宿はきれいで設備もそろい快適で、安いホテル以上だったりします。少しの言葉を覚えて、地方へ!!お勧めです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して59亥安北韓館

2002_0403olddica20003

 「地雷注意」の薬水で紹介した亥安盆地です。パンチボウルの底に亥安の邑があって、ちょっと東へ行ったところに北韓館があります。韓国戦争(朝鮮戦争を韓国では韓国戦争といいます)関係の小さな博物館というところ。最大の激戦地の一つでしたので、記念碑やらもありました。11月の平日、訪れる人もなく、タクシーの運転手さんが館長に頼んでくれて鍵を開けてもらい、見学できました。

 むこうの稜線は北との国境、両国とも立ち入りが禁止された区域です。第4洞窟、本当なのでしょうかねぇ??ここまで来る峠の道の両側も地雷原だのですから、あのへんの山も地雷だらけなのでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して58せっかくだから雲住寺

FH030021

 前に、どんどん建築が再建されて、、と書いた雲住寺です。左奥に見える本堂が出来ていた時期です。とある本、これも後日紹介しますが、昔は「寺の跡」だったとのこと、そんな時代に訪問することができたら、、、もっと良かったのでしょう。

 でも、他の、観光地化されたお寺なんかよりも「何もない」のがいいところです。いつの時代のものかはわかりませんが、他の韓国の仏教遺跡に比べ、風化が進み、また、もともとも稚拙な感じの石仏、石塔です。また、ひとつひとつが皆違う形だったり、有名な自然石をそのまま利用した臥仏も、、、観光的なのが嫌いな私でも楽しめました。

 地元の人だけが知っていたお寺の遺跡、、、日本だと有り得ないと思うことがつい最近まで残っていた、そんな韓国、大好きです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して57 慶全線河東駅

FH030012

 慶尚道と全羅道を結ぶので慶全線です。釜山の鄭ハイk先生を訪問するため、金浦から国内線で金海空港、釜山市内へ行きました。その後、高速バスで晋州、晋州に宿泊して、お城や町を見て、翌朝、汽車で西へ向かいます。

 朝一の汽車は統一号だったかな?機関車も小さいし、客車も少しだけ、1時間もかからず、河東駅です。この写真は一番最後に降りてこようとするおばあさん。韓国の地方交通の主役はバスです、と前に書きましたが、お年寄りは汽車が好きな人が多いようです。また、等級別運賃制ですので、統一号だとバスよりも安かったと思います。でも、今はもうほとんど統一号もなくなってしまいました。ピドゥルギ号に至っては、とっくにありません。汽車ファンとしては「ピドゥルギに乗ったことがある」というのはちょっと自慢です。

 河東はシジミで有名。駅から少し歩いた場所にあるバスターミナルでもジェチョpクッk(しじみ汁、塩味です)専門の屋台がありました。すべて貝殻からむいた剥き身なので、手間が大変そう。前に紹介したカワニナスープもしかり、また、豆もやしの根をむしるアルバイトを朝早い路地なんかでおばあさんがやっているのを見かけることもあります。そういう「細かい人の手」が美味しい韓国の料理を作るのだと思っています。

 この後、バスで花渓(昔の歌謡曲で有名)経由、ずっとソムジン江に沿って全羅道の救礼という街に行きました。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すばらしい韓国の食事53何でも干物にしてしまう

2002_0603olddica50024

 インチョン空港のある永宗島の東端、インチョン市内のウォルミ島と目と鼻の先の船着場です。干物屋です。裏手、というかここが裏なのですが、向こう側には小さな市場があり、活魚、貝、ナマコ、ホヤなどが売られていますが、人通りの多いのは船から降りた人や車が通るこちら側。いろんな干物を売っています。イシモチ、アナゴ、でっかえエイ(カオリ)、日本では見たことも無いような大きな舌平目、なんでもかんでも干してしまうのは、食いしん坊というか、、、見事と言うか、、、

 今年の初め、木浦への3度目の訪問でしたが、そのときは駅前の市場でコウイカのするめを見つけ、買いました。スルメイカ、ケンサキイカ、アオリイカなんかのするめはありますが、身が厚いコウイカのするめは日本では多分ほとんど無いでしょう。寒いのがいいのかな? ともかく、写真を撮らずに、また焼かずにちぎって食べてしまいましたが非常に美味しかったです。ソウルでは見たことがないでのすが、コウイカのスルメ、見かけたら「買い」ですよ。

 韓国の海、西と南、東、とありますが、一番豊かだな、と思うのは西の海。魚、貝、その他、漁港へ行くと、海産物の豊富さ、型の見事さに圧倒されます。東の海は主にすけそうだら、スルメイカ、ズワイガニ、そんなで、地味な感じですね。釣り場としては、行く人もいますが、美味しいものを食べるなら、断然韓半島の西側のほうがいいでしょう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2005年11月6日 - 2005年11月12日 | トップページ | 2005年11月20日 - 2005年11月26日 »