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2006年8月29日 (火)

普通の韓国を探して637 嶺東線鉄道風景のハイライト7

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 急坂を登りきったあたり、桶里(トンリ、トンgリ)駅だと思います。ここらへんも炭鉱地帯ですので、いろんな、他の土地では見られない鉄道風景に接することができます。

 この先、ペクサン駅付近では、地図では書いてありませんが、江陵、墨湖から道渓ときた鉄道、ソウルへ向かう近道の太白線に入るので、そのための短絡線があったと思います。ペクサンから春陽(チュンヤン、チュンヤンg)までの区間は韓国の鉄道の中でも最も「秘境」ぽい場所で、途中のスンブという駅のヘンには、道路では行けず、鉄道が唯一の到達手段だとか、そんなセマウル車内雑誌の記事を見たことがあります。

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2006年8月28日 (月)

普通の韓国を探して636 嶺東線鉄道風景のハイライト 何番目だっけ?

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 乗鞍の自転車大会のコースの如く、山肌を蛇行しながら登るので車窓の右左は変わりますが、どんどん高度を上げて行く中で風景を楽しむことができます。

 1枚目、奇怪な岩峰、少し形を変えて、でも、低く見えて来ました。2枚目では再度、うんと遠くになった道渓の町が見えます。3枚目、2枚目の写真の右側の風景ですが山のかなり高い位置に開拓地でしょうか、農地らしき部分が見えます。ここも、下からはぜんぜん見えなかった場所、行ってみたい場所です。高原野菜の畑からこの汽車がゆっくり登っていく風景を見てみたいです。

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2006年8月26日 (土)

普通の韓国を探して635 嶺東線鉄道風景のハイライト5

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 2つのスイッチバックの後は、南への急登。そして、ジグザグ、という言葉では表わせないような蛇行を繰り返して山肌を登って行きます。先の深浦里駅はその山肌を横へ走る部分にあるのですが、その先で右へ急旋回して、また西へ登っていきます。

1枚目2枚目は急旋回中の写真、3枚目は再度、うんと遠くになってもまだ見えている道渓の町です。あそこから登って来たのだと思うと感慨無量。 いい景色を見て感動すると、いい脳内ホルモンが出て、身体にいいと言われますが、私の場合、こんな風景もすばらしい景色のひとつです。

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普通の韓国を探して634 嶺東線鉄道風景のハイライト4

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 1枚目、道渓の町は右手下方になります。さくらももこさんの本「富士山」の書き下ろし「コジコジ」のトップに出てきたような格好の岩山がありました。私、元、山屋でもあります。

 2枚目は深浦里(シムポリ))駅。交換のために停車しました。3枚目はシムポリ駅のカエデ。新緑の時期でしたが赤いのと緑のと、ちょうど私の席の窓の前で、その対比が絶妙でした。

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2006年8月25日 (金)

普通の韓国を探して633 嶺東船鉄道風景のハイライト3

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 1枚目、望遠での撮影ですが、少し前に通った線路がはるか下になっています。奥が最初に通った部分、左から右へ走り、スイッチバックして、手前に見える線路を右から左へ。もう一度スイッチバックして、この写真の時点では右方向へ上っています。

 2枚目、道渓の町からはどんどん遠ざかりながら登って行きます。こんな風景が見たくて、この汽車に乗る感じです。道路も一部で並行しますが、かなりの坂道であることがわかると思います。

 3枚目で一時、町が見えなくなります。でも、さらに続き、峠の頂上付近でも道渓の町が見える部分があります。お楽しみに。

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普通の韓国を探して632 嶺東線鉄道風景のハイライト2

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 道渓駅付近からははるか上に見えた運炭施設の頂上駅鉄塔に近い高さになってきています。かなり道渓に近づいた場所から、またスイッチバックで南へ登って行きます。

 ここ数日の写真は全て順番どおりの掲載です。

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普通の韓国を探して631 嶺東線鉄道風景のハイライト

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 今まで登ってきた線路がだんだん下になっていきます。川床もだんだん離れて山肌を登ります。3枚目、下からは見えなかった山腹にも大規模な炭鉱アパートと思われる住宅がありました。道渓から離れた距離の半分くらいは戻る感じです。

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2006年8月23日 (水)

普通の韓国を探して630 羅漢亭のスイッチバック2

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 1枚目は前回の写真の農家です。羅漢亭駅(たぶん客扱いは無し)の先で列車は反対方向に戻りますので、再度、さっきの家の前を、前回よりも高い位置で通過できるため、もう一度撮影できました。こちらは望遠で撮ったので大きく写っていますが、前の写真で畑から帰ってきたと思われるおじさんが土間で作物をひろげ、整理しています。

 2枚目の写真も先ほど通り過ぎた小さな谷の入り口の農家、先ほどは撮り逃したのを撮影できました。

 3枚目、下の線路で、向こうから来て、このときは一段上の線路で戻っている写真です。韓国人は花が好き。いろんな場所で花が、木が大事に世話されている、そんな風景が見られます。真ん中の電柱のむこうに羅漢亭駅のものと思われる駅名表示があり、低いホームが見えますね。

 写真のファイルからもってきて、簡単に文章を打ち、アップ。実際に大きくした写真をもう一度見て、少し書き加える、そんなふうにして、作っています。

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2006年8月22日 (火)

2006年8月22日 本を買いました

 もうすぐお昼です。今日はオープンデイ、のんびりです。お盆休みでなまった身体で、金曜から土曜、日曜と忙しかったし、連日36,37度なんて猛暑が続いた新潟でしたので、夏ばて気味なのか、、、ともかく、ゆっくりできるのが嬉しい火曜日です。

 先ほどアマゾンで頼んだ本が2冊届きました。

 1冊目は韓国関係、鄭銀淑さん著、光文社新書の「韓国の美味しい町」という本。なかなかいいです。あまたあるガイド本、韓国ブームに乗じた、あまり内容の無い、他の人の話を焼きなおしてくっつけて作ったような本も多いのに、この鄭銀淑さんの本はハズレがありません。「ソウル本当に美味しい店100」というオレンジ色の食べ歩きガイドが出たときに、こりゃいい!本物だ、と思って以来のファンです。

 「韓国力」という言葉、わたしがつくったのですが、韓国を普通に歩いて、紹介できる力のことですが、前に紹介した神谷丹路さんとともに、この鄭銀淑さんも、日本語、韓国語ともに上手であろう、私が尊敬するライターさんです。 今回の本も、あまり他では見ない深い話がたくさん。すごいな、と思います。

 もう1冊は学生時代に買って、さんざん地図と照らし合わせて読んでいたのに行方不明になってしまった本の増補復刻版、「昭和二十年東京地図」という本で、ちくま文庫のものです。最初の本は立派な、学生だと躊躇してしまいそうな高めの本でしたがこれは文庫でしたので気楽に注文しました。 東京の戦後間もなくの時代の話とその名残り、そんな内容ですが、またしばらくこれで楽しめるな、と思いながらぱらぱらめくって見ています。

 この2冊、韓国好き、地図好きの方々だけでなく、全ての大人に推薦できる、そんな本ですので、本屋で見かけたら立ち読みをオススメします。きっと買いたくなる人、たくさんいることでしょう。

 さ~て、お昼です。

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普通の韓国を探して629 羅漢亭の最初のスイッチバック

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 道渓駅を出発した列車はごとごとゆっくり走ります。もともと客車列車が多い韓国ですので、加速はゆっくりなのですが、特にこの嶺東線、太白線、中央線はゆっくり走ります。山岳地帯を走るのがほとんどであるためなのでしょうが、初めて乗ったときはその低速に驚きました。

 当時は幹線である京釜線、湖南線も電化されていないのに、この中央線、太白線、嶺東線は電化路線でした。速い鉄道が得意なフランスの機関車が走る線ですので、バンバン飛ばすのかと思っていたら、すごく遅いのです。まぁ、速く走るのがえらいというわけではありませんが正直、期待はずれでした。

 でも、この道渓とペクサンの間の路線は本当にすごいです。前にも書いたとおり、道渓を出ると車内放送で、この先は○○キロの間で○○○mを登るとか、スイッチバックで汽車の方向が変わるけど大丈夫、だの、そんなアナウンスがあるくらい。しばらく、そんな写真が続きます。

1枚目は駅を出てすぐの場所、進行方向左手の山の上のほうを撮影。運炭用のケーブルカーの頂上駅のへんに鉄塔が見えます。この時点でははるか山の上にあるのですが、汽車が進むにつれ、この鉄塔が下に見えるようになります。

2枚目は民家。おじいさんが農作業を終えて帰宅したところでしょうか?この家も、また後で出てきます。

3枚目、左端にちょこっと見えるのがその民家、この先で列車は停止し、逆方向に進み始めます。

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2006年8月21日 (月)

普通の韓国を探して628 嶺東線道渓駅

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 炭鉱の町、道渓駅です。貨車に石炭を積載する設備、山から駅まで石炭を運ぶ設備、そんなのを見ることができます。

 私も小さいころは石炭の世代でした。学校のストーブ、家の風呂、蒸気機関車。液体である石油はパイプで運べるけど、石炭はそうはいきません。置いておく場所も必要だし、燃えかすがたくさん出るし、その処分も必要。やはり便利さでは石油にはかないません。でも、酸っぱいような煙の匂いは案外好きでした。

 大人になって、筑豊の炭鉱地帯を何度か歩いていますが、もうその痕跡もなくなりつつあります。でも、石油資源の枯渇とかの可能性もあるし、、、これからどうなるのでしょうね?日本、そして世界は。

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2006年8月20日 (日)

普通の韓国を探して627 道渓の町3

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 もしかしたら前にもアップしたかもしれませんが、道渓(ドゲ、ドギェ)の町です。山の中の、ちょうどいい大きさの町です。左手、山の上に見えるのも鉱業所かもしれません。このあと、むこうの谷に登って行きます。

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普通の韓国を探して626 道渓の町2

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 低いアパートがあります。炭鉱住宅でしょうか??冬寒く、夏は暑い、そんな田舎。「桜咲く春が来れば」、ビデオCDを買ってきましたがまだ見ていません。主演のチェミンシクはいろんな役柄ができる俳優さんですね。

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普通の韓国を探して625 江原道道渓の町

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 墨湖から乗った汽車の窓からの風景です。2人乗りのバイクのむこうにはかなり立派なお寺?? 教会であれお寺であれ、熱心な信者が多いのか、立派な建物が多いように思えます。

 ここ、江原道の山岳地帯、慶北の聞慶、忠南の保寧、そして、全南の花順、昔の勧告の中学生はこの4つの炭田地帯を覚えないといけなかったのでしょうが、今はここ、道渓、太白地区だけしか採炭は行われていないと思います。

 この道渓から先は、韓国最大の鉄道名所。連続スイッチバックですごい山登りをする路線。ちょっと連続して写真をアップしたいと思います。

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2006年8月18日 (金)

2006年7月韓国出張13 

 勝手知ったるスユリ、バスを降りて、まずはイテウォンの駅にある観光案内所に電話を入れました。初日、17日にいろいろ面倒をみてくれた男性係員はおらず、代わりに女性が出て説明してくれましたが、私がなくした財布、届いているとのことです。一安心するとともに、韓国の人の仕事、とてもありがたく感じました。

 インチョン空港からのリムジンバス、今回はイテウォン、漢南洞線の高級リムジンです。乗ったのは17日月曜日。その前の週末、15,16日あたりに江原道方面で降った大雨のため、大きな被害が出ており、漢江も大増水。春川の昭陽湖ダムも数十年ぶりに放水をしているだのいうニュースが入っています。 普通ならばインチョン空港を出て、空港新都市、空港大橋を渡り、仁川市北部、そして、地下鉄車両基地を過ぎれば、もうすぐ金浦空港が見えてくる、、、そんな経路ですが、バスの運転技士さん、頻繁に無線で同僚と連絡をしています。

 全部はもちろん聞き取れませんが、自由路、88道路、オリンピック道路だのいう言葉が聞こえました。いずれもソウル市内、漢江に沿う道路だったと思いますので、予想はしていましたが、金浦手前で高速を南へ。ケヤン、富川方面へ転進。京仁高速道路に入り、陽川区木洞からソウル市内に入りました。案外スムースにヨンドゥンポ経由でヨイド。ここまでは良かったのですが、大増水の漢江を渡ってからは大渋滞です。普通なら1時間くらいのソウル市内中心部まで、結局2時間近くかかってイテウォンに着きました。

 ヘミルトン前でバスを降り、一息、、、、、、と、ここで、青くなりました。尻ポケットのうち、右に入れていたはずの韓国国内用財布が無くなっており、ポケットの手触りは空虚なまま。 いつも、到着出口手前の銀行で両替し、人が少ない中で現金の整理をします。 そこまで右ポケットに入れておいた日本国内用財布から、メインのカードを韓国用財布に移し、当面必要な現金数万Wも韓国用財布に。日本用財布はパスポートとともに左の尻ポケットに移動。まとまった現金はデイパックの中の貴重品袋に入れ、到着出口に出るのです。

 バスのお金、2万あれば足りるので、それは右ポケット。それで、切符を買ってバスに乗ったのだから、落としたとしたら、到着出口からバス乗り場までか、バス乗り場か、でなければバスの中です。一番可能性があるのがバスの中。あれこれ記録をつけたり、もう一度韓国国内で使うカードの整理、移動などをしましたから、その時にしっかりポケットへ戻さず、座席の下に落としてしまった、、、そんなだと思います。 テンセル素材というのでしょうか?新しく買ったつるつるする布のズボンで来たのも財布がするりと抜け出してしまう原因だったかな?とも思いましたが、とにかく、ここはイテウォン。向こうの先生に連絡しなければいけませんし、財布がありません。

 前記の通り、韓国Wに両替すると、現金が8倍くらいに膨らみます。たとえば受け取ったお金が98万Wとかであれば、当面使いそうな分として6万を財布に、2万数千Wは切符代としてポケットに、残りの90万はザックに、そんなふうにしていますので、多分財布の中の現金は4,5万W。でも、運転免許証、ビザカード、マイレージカード、Tマネー、そんな、韓国で使うカード類も入っています。使用停止やら、再発行やら、、、そんな面倒を考えると頭が痛くなります。 その朝の寝坊といえ、デジカメを忘れるは、財布落としたりで、、、トラブル続きでかなりガックリ。

 でも、ここは韓国、幸い航空券と旅券、現金はあるし、できることをして、でも、できるだけ韓国を楽しまないといけません。貴重な休みでもあります。 まずは会う予定だった先生に連絡。1時間も遅れたのに、大雨の渋滞のことは知っていたのか平気な声、ありがたかったです。でも財布のことを話したら、、現金は出てこないかもな、なんて話。バス会社に連絡してみろとのことですが、電話番号などわかりません。とりあえず約束場所と時間を決めて一旦切り、善後策を講じにイテウォン駅にあったはずの観光案内所へ降りました。

 そこで、世話になったのが、ソウル特別市観光協会 梨泰院観光案内所の韓承ホさんです。年齢は私より少し上か、50台前半という感じで、胸には英語案内というバッヂ。幸い韓国語がけっこう通じたので事情を話し、可能性の高い、また、戻る確率の高いバスの中を探してもらうよう頼みました。中に入っているであろう物についても話しました。とりあえず、旅行を続けられることも話しました。

 手がかりは「インチョンから乗った漢南洞線の青い高級リムジン」、ここで幸いしたのが、前記「漢江の洪水により道路が浸水したため、別経路を相談するためにさんざんやっていた技士さん同士の無線連絡」です。二村洞あたりの渋滞のときにもさんざん無線をやっており、自分の乗っていたバスの記号が805(パルペゴー)号だったのを覚えていたのです。また、どこに805号と書いてあるのか下車後に気になったので探したのですが、805というのは車体に書かれた番号ではなく、車のナンバーが1805だったのを覚えていたのです。

 漢南洞線の高級リムジンバス、車両番号が805(1805号)、前の2列目の1個の席、そんなのをバス会社に連絡してもらったのです。しかしバスはすでにインチョン空港へ向かっているとのこと、でも、技士さんに連絡はするので、できるだけ早く探してみる、そんな返事をもらいました。 韓さん、もしもバスの中で落としたのであれば、きっと技士さんが探してくれるか、その席に座ったお客さんが技士さんに渡してくれるだろう。でも、バスはインチョンとソウルを往復していて、また営業所というか車庫は別の場所なので今日は絶対戻らない。でも、見つかったらイテウォンの観光案内所でなんとかするから、明日、明後日、電話をするように、と言ってくれました。

 最初はどこに泊まる?という質問だったのですが、私の宿が、馬山とも、全州とも決まっていない、だから、こちらから連絡する、というふうになったのです。韓さん、ちょっとびっくりした風でしたが、この時はバスの中で無事見つかることを祈るだけ、、、あとは、今心配してもどうにもなりません。結局、向こうの先生との会談、ちょっと土産を渡し、龍山駅へ向かったわけです。馬山方面の汽車は満席、前にも書いたように長項線のセマウルに乗ったのですが、外国で一応貴重品を入れた財布を落としたってのは、結構ショックでした。でも、出てきたときの喜びも大きかった、そんなです。

 もう一度頭の部分に戻りますが、18日夕方にソウルで電話したときに、バスの中で見つかったことはわかっていました。でも、イテウォンにはなく、もう一度19日に連絡するように、ということでした。そして、19日、スユリから電話したら、届いているとのこと、とても嬉しかったです。バスの中、それも車両番号がわかっていたので、スムースにみつけてもらえたのでしょうが、本当に良かったです。

 このあと、イテウォン駅へ地下鉄で向かい、案内所で女性係員から財布を受け取り、中身も確認、旅券と免許証の名前を照合して、無事、戻ってきたわけです。 しかし、バスは地上、営業所はどこか別の場所、、、バス会社の人からどうやってこの地下深い案内所まで届いたの?と尋ねたら、当の女性が電話を受けて、その技士さんのバスがイテウォンに来たときに地上まで上がってバス停に行き、受け取ってくれたとのこと。 まったくもう、感謝感謝です。 いいかげん、なんてイメージ、私は持っていませんが、仕事をきちんとこなす韓国の人、本当にありがたいなと感じました。 あまりに嬉しくて、結局中にあった現金は4万W(約5000円)でしたが、全額、無くなったものと思い、今回韓国を移動中、常にニュースが流れていた洪水の被害者への誠金(ソングム)として寄付することにしました。さて、どうやって?と思ったのでこれも尋ねたら、ヨイドのKBSだとのこと。時間があればきっと行こう、と思って次の約束のある葦院区方面へと地下鉄に乗った私でした。

 常にオンライン書き、下書きも修正もしないので読みにくい文章になりすみませんが、外国で落とした財布が無事出てきて、戻ったこと、すごく嬉しかったことです。韓国がなおさら好きになった一件でもあります。 結局翌20日、インチョン空港へ行く前にヨイドまで行き、KBS本館で4万W、誠金として寄付してきたこと、ここに報告いたします。

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普通の韓国を探して624 浦項のルームサロン「カラ(Color?)」

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 浦項バスターミナルそばのモテル街、前にも何枚か紹介していますが、飲食店や、こんな飲み屋が混在している新しい繁華街と言えるかもしれません。ルームサロン「カラー」です。

 韓国の飲み屋の最高峰、「料亭」と「ルームサロン」なのでしょうが、1人で行く場所ではありませんし、非常に高いという話ですのでなかなか機会がありません。映画「ペミリ(ファミリー)」に出てくる店はすごい内装ですので、たぶん、この「ルーム」。「僕の彼女を紹介します」で、主人公が犯人逮捕のため乗り込んで失敗するのも「ルームサロン」、「海賊、ディスコ王になる」に出てくる、イムチャンジョンの妹が借金のかたに働くのは「歌謡酒店」でしょうか?? いつか行ってみたい、そんな場所ではあります。

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普通の韓国を探して623 議政府地域での米軍による事故

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 明洞のメインストリートで署名&募金活動をやっていたときの写真です。議政府のほうで、女子中学生2人が米軍の装甲車に轢かれてしまった事故のもの。日本では犯人、被害者、双方の写真が出ないことが多いですが、韓国は犯人の取調べ中の写真だの、こんな被害者の写真が出たりします。自分の家のそばの道路を歩いていて大きな戦闘車両に踏み潰されてしまった中学生2人、確かに、かわいそうです。「見えなかった」では済まされません。

 この事件が契機となって(韓国語で「きっかけ」というのは漢字語である「契機」が使われます)、駐韓米軍に対するデモの炎がかなり燃え上がりました。「北の侵略から守ってくれている」という意識はあまり若い世代には無いようです。 やや古い本ですが「駐韓米軍犯罪白書」という本も持っていますが、日本の沖縄同様、いろんな問題があるようです。

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2006年8月15日 (火)

2006年8月15日 お盆休みです

 おはようございます

 13日、長岡方面へ墓参りに行ってきました。1人なら自転車ですが他にも人がいたので車です。帰り、思ったのですが、日本の高速道路の料金所、みんな男性の、それもけっこう歳をとられた方が多いですよね。

 韓国の高速の料金所はほとんど女性の係員です。赤い制服で、しっかりしたマスクをしている人が多く、若い人もいれば、アジュマもいます。重労働ではないし、女性でもできる仕事ですよね。

 ここで考えたのが、天下りというか、なんらかの利権があるのかな?なんていうこと。たとえば日本でも一般的に募集すれば、かなりいろんな年齢、もちろん、若い人も、女性も応募するでしょうが、なんでみんな男性で中高年なのか??? 世界一高いという話の日本の高速。無駄な建設も多いとか言われていますが、職員の採用についてもヘンな差別というか、特権みたいなのがあるのではないか? そんなふうに勘ぐってしまいます。

 今は女性でも夜間、それに、いろんな分野で働ける時代になりました。お盆の高速道路で、ちょっと日本、おかしいんじゃないの?なんて感じた一件です。

 韓国の高速、もちろん料金所、という呼び名も使われていますが英語の「トール」という言葉がけっこう生きています。「トール費」なんて高速料金のことを言う事もあります。

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2006年8月12日 (土)

普通の韓国を探して622 浦項市外バスターミナルの男性用化粧室

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 ポハン市外バスターミナルのトイレです。

 韓国のバス、トイレはありません。もっとも、私、あの狭い高速バスのトイレなど使ったことはありませんが。狭いのはイヤです。ですので、飛行機のトイレも、めったに使いません。お酒は好きですが、飛行機の中のビールはまず飲みません。

 日本では少なくなってきましたが、韓国ではこういう境目の無い小便器、あちこちで見られます。中国のトイレはすごい、と聞いてはいますが、まだまだ韓国、大丈夫な範囲です。公の場所の公衆トイレは掃除が行き届いている場合がほとんどです。

 いろんな本に書いてありますが、韓国の風呂ではタオルで前を隠す人などいないとか、、、この話を聞いてから、私もしばしば行くスーパー銭湯ではカギは足首に、そして、堂々と歩くようになりました。こういう便器も、男同士、隠さないといけないものなど無い、という国民性の表れなんでしょうね。

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2006年8月11日 (金)

2006年7月韓国出張12

 江原道漣川郡史倉里の小さなバスターミナル、周囲は軍人ばかり。あとはターミナルの売票所が入っている建物のスーパーのおじさん、おばさんと近所の常連さんくらい。めったに日本人など来ない田舎でした。次のバスで二東へ、と決め、乗車券を買います。

 乗ってきたバスはまだ停車していて、技士さんは休憩中。どうも別のが来るようです。のんびり待っていると、少しだけお客さんを乗せたバスが到着。前に掲示された行き先、経由地の札の中で「二東」とあるのを確認して乗り込みます。またも軍部隊の存在を示す看板、中には師団本部の看板、そんなのが多い、でも、きれいな川の流れる中を広徳コゲへ上り、峠を越えるとまたも白雲渓谷の下り。本当に滝のかかる崖の下にある「瀑布カルビ」の店を見ながらあっという間に二東でした。

 「二東」というと「イードンマッコリ」、そして「イードンカルビ」で有名です。どこかの本で読みましたが、韓国の大学の語学堂に韓国語を学びに来た定年後のおじさんが韓国語の腕試しに一人でバスでこのイードンへ行き、カルビを食べて、というのがありました。もしかして1人でもオーケーならば、水原カルビとともに韓国でも有名な名産のカルビを食べようかと思っていました。古い集落の中の道と、昔は裏手だったのでしょう、西側、けっこう大きな川との間のミニバイパスにイードンのバス停があります。そしてその周辺は、大型のカルビ屋が何軒か並び、それぞれ元祖、本家を名乗っているようです。 まずは少し歩いてみてと思いましたが、1人客でもどんどん客引きの声がかかります。多くの店は川の景色を楽しみながら食事ができるよう、2階建てで1階は駐車場、そこに車を置いて2階へあがってカルビを食べる、そんなふうになっています。 あまりバス停から遠くてもめんどうだし、どこでも一緒だろうと思い、感じのいいお兄さんが声をかけた店に入りました。

 韓国の店、どこでも計算台のところに店の名刺というかカードがあります。それによれば、

有名業所 炭焼きカルビ 「二東全州カルビ」代表ソンヨンソン 

京機道抱川郡二東面ジャンアム(長岩?)4里508 

団体予約時温泉経由無料バス運行 大型バス、15人乗りその他車両常時待機

 とあります。

 二東なのに全州カルビ?なんて思いましたが、私が1番客、24000Wなりのカルビ1人分を頼んで、川を望む一番いい席に座りました。いろんな無料のおかずが登場、そして集成炭のおこったコンロが来て、ボウルにはいったカルビが到着です。

 水原カルビは1人前が幅広の大型の肉1枚、ここはそれに対して幅の狭い切り方のカルビが8切れで1人分。話に聞いていたとおりです。最初の2切れはおばさんが焼いてくれました。 まずはトングでコンロの網の上に載せて広げ、少し焼けたら鋏で切り、端の火が弱いほうに寄せ、葉っぱに包んでいただきます。「自分でゆっくり焼いて食べるよ」と言って、以後は放置してもらい、のんびりいただきます。端に骨が付いたカルビの1切れが大体5,6切れになりますので8個のカルビ、ちょっと多かったかな、とも思いましたが、何とか全部食べ、食後のコーヒー、本当はセルフなのですが暇な時間でか、おばさんがもってきて くれました。食べ終わるころには他のお客さんもちらほら。常連さんのようで、最初はでていなかったご主人と思われるおばさんも挨拶に来ています。 昼間から焼酎で乾杯などしていますが、運転、いいのかな??なんても思いました。

 なかなか1人だと食べられないカルビ。超有名な二東で食べることができ、よかったです。やはり日本人の感覚だと甘めの味付けではありますが、それだけで食べるのではなく、ネギのあえもの、味噌、いろんなものと一緒に葉っぱで包んで食うのが韓国の焼肉です。うん、美味しかったです。

 24000Wの計算を済ませてバス停へ。時間表も見ませんでしたがすぐに来たバスは上鳳ターミナルではなくスユリ行き。4号線のスユから、こっちのほう、北に近いほうへのバスが出ているのは聞いていましたが、かえって好都合。お金は降りる時、ということで、7000Wを握り締め、ちょっとうとうとしながら抱川(ポチョン)経由で、スユへ。6時間ちょっとの遠足でした。やや早めでしたが、イテウォンの観光案内所に電話で初日になくした財布が届いていることを確認し、地下鉄で向かいました。

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普通の韓国を探して621 浦項市外バスターミナル

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 インチョン空港から金浦空港、大韓航空でウルサン、市場を見て、お昼を食べて、ホテルロッテウルサンのそばの市外バスターミナルからバスで浦項へ到着したときの写真です。

 市外バスターミナル、降車場は案外いいかげんで、ターミナルのどこか適当な空き地だったりします。大型バスが行き来する中を歩いてターミナルの建物に入ったり、ちょっと日本の感覚だと危険?なんてところもありますが、韓国のお客さんたち、平気で歩いています。

 まずは、目的地へ付くと、ターミナルで小用を済ませてその日の宿を探す、、、そんなのが私の旅行です。大抵、バスターミナルの周囲にはモテルがたくさん。鉄道の駅よりはバスターミナル、そんなのが韓国の安宿事情です。鉄道の駅周辺はどっちかってばアガシコルモクがある傾向あり。晋州しかり、この浦項しかり、群山しかり、全州も、、、昔の鉄道駅の辺、今は市庁裏ですが、全北の名門である全州高等学校のそばに、堂々とピンクの蛍光灯が灯る一角がしっかり残っています。

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2006年8月10日 (木)

2006年7月韓国出張11

 19日、夕方、見つかった財布を受け取りにイテウォンへ行かないといけないこと、また、夕方、葦院で友人と会うこと、そんな予定があったが昼間は空き。ソウルからの1日の遠足で適当な場所はないかな?ということで、北のほうへ行ってみることにした。

 鐘路3街のヌヌモテルをチェックアウトし、全部の荷物を抱えてタクシーに乗った。行き先は上鳳(サンgボンg)バスターミナル。東方向、北方向へのバスが出るソウル特別市東部にあるターミナルだ。早い時間なので渋滞も無いだろうと思い、タクシーにした。ところが、「サンボン」と言ったのに技士さん、東大門で右折、南に向かう。あれれ?!?と思って、「サンボンシウェボストミノルヨ」と再度行き先を告げると、原因判明。ソウルの南郊外、軍浦市のほうに「山本新都市」というのがあるのだ。こちらはどちらも「ニウン」、「上鳳」はどちらも「イウン」。日本語は「ん」は1つしかないが、韓国語のハングルでは「ン」に近い音が2つあるし、中には「m」の音、口を閉じて終わる似た発音もある。

 技士さん、てっきり、結構遠い「山本」だと思ってこいつぁ朝から縁起がいいわい、と思ったのかもしれないが、行き先変更、5000Wちょっとの上鳳バスターミナルへ無事つれていってもらえたが、危ないところだった。土地勘が無かったら、ぜんぜん違う方向へ行ってしまっただろう。前に、カナタ韓国語学院に少しだけ行ったとき、「ホンデイpk」のつもりが「コンデいpk」に行きそうになったが、私の発音もまだまだなのだ。

 さて、春川なんかの行き返り、何度か来ているサンボン市外バスターミナルだが、やけに閑散としている。後で気づいたのだが、15,16日の江原道方面の大雨のため、江原道の東方面へのバスがみな運休していたのだ。バスが行かない場所には行けないし、ということで、とりあえず、近い時間に出発するバスに乗ることにしたが、「サチャンリ」という場所へ行くやつがもうすぐ出発だ。どこだかわからないが料金は10000W弱、遠すぎず近すぎない場所であることも明らかなのでそれに乗車。少ない乗客で走り出した。

 ミョンモク洞から九里市、そこらへんから北へ向かい、退渓院(テゲウォン)方面へ走る。郊外とはいえ、韓国の道路は立派だ。前方には見事な岩山、、、と思ったら、ここでも何度か写真をアップしている佛岩山の裏なのだった。その先、水落山も立派な岩峰だ。だんだんと軍部隊が目立つ道を北へ。少し晴れ間もでてきた朝、緑が目に眩しい。デジカメを忘れたのを悔やみながらバスは進む。この辺も、日本の山好きなら嬉しくなるような岩峰がいくつもある。樹木苑で有名な光陵、内村面、花ヒョン面を過ぎ、一東面、そして、マッコルリの名前でも有名な二東(イドン、イードン)。山井湖水への道を分けると都坪里、そこから右へ、白雲渓谷という谷間に沿って山を登り、峠を越えると江原道、史内面、最初にちょっと開けた集落が史倉里なのだった。

 この辺も韓国戦争の激戦地だったようで、狭い谷間に部隊がたくさん。師団司令部もある。でも、一般人は少ない小さなターミナルへ到着した。 少し周囲を歩くが民家も少ないのに、軍人がうろうろ。結局、ターミナル前にあった軍装品の店で記念のTシャツを買って、また次のバスで二東まで戻り、マッコルリとカルビのご飯を食べることにした。買ったシャツ、DMZポリスだの、なんか勇ましい漢字語、そして歩兵27師団の盾型のマークに、「イギジャ!(勝つぞ!)」なんて模様の賑やかなものだ。韓国国内ではちょっと着られないが、こちらでしばしば重宝している。

 ここへ来るまでの道、あちこちに、温泉施設、焼肉店、瀑布カルビというのが有名らしいが、また、白雲渓谷沿いにも屋外でカルビを食べるテントやバンガロー型の焼肉店が非常に多い。平日午前なのでどこも客は見えなかったが、「屋外でカルビ」というのは韓国人、大好きなのだと思う。また京機道と江原道の境界の峠にも休憩所と、いろんな農産物販売の露店があった。ソウルから2時間弱、てごろな観光地なのだろう。

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2006年8月 8日 (火)

普通の韓国を探して620 ナイトクラブの広告

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 真ん中の女性歌手、なかなか歌も上手でパワフルです。韓国が好きになり始めたころ、東京のTBSまでコンサートに行きました。出演者は、当時人気最高だったクローン(クロン)、オムジョンファ、そしてこのパンミギョン(朴ミギョン)、あとは、ワンタイムとかいう若者のグループでした。

 当時ニフティの韓国会議室でアクティブだった関根辰夫さんという方と知り合ったのもこのころです。レコーディングエンジニア?、ま、レコードをかっこよく作る人で、仕事で行っているうちに韓国好きになったという方です。手元にあるオムジョンファのCDとかにも名前が記されていますが、サビの部分とか、どこか日本風だったり。彼の腕が生かされているのかな?なんて思いながら聞いています。「後愛」という曲など、その最たるものです。

 日本で最初に行われた「地下鉄1号線」、渋谷のコクーンシアターの公演のときにお会いすることができましたが、きれいな韓国女性とご一緒でした。業界人らしくてカッコよかったです。

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普通の韓国を探して619 浦項 モテルから見た朝の風景

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 浦項のバスターミナルそばのモテルから見た朝の風景です。

 韓国の地方交通の主役はバスですが、昔は街の中心部にあったターミナル、だんだん郊外へ移転する、そんな傾向があります。 移転した場所も時節が過ぎ、街中になんてケースもありますけど。 たとえば、ソウルのバスターミナル、昔は東大門にあったそうです。あのへん、有名な鶏鍋屋なんかがありますが、ターミナル周辺の食堂だったとか。確かに、市場で働く人のお昼に、という料理ではありませんものね。

 江南の高速バスターミナルも今や、街中。ソウルだともう移転先も無いのでしょう。プサンではどんどん郊外に移転して、今はノポドンでしょうか。

 そんなわけで、バスターミナルの周囲、開発中というか、なんか、昔からの街という感じではないことが多いのです。 この写真でも、空き地があったり、、、左手の建物はルームサロンでした。

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2006年8月 7日 (月)

2006年8月7日 つまらない自慢ですが

 とある掲示板で「芸術新潮」という雑誌の韓国特集のことを知りました。紀伊国屋で見たら1980円。高いな、とは思いましたが、購入しました。

 最近はガイドブック、個人の旅行本など、韓国関係、いくらでもありますが、この本、前にこの人だけはすごい!と紹介した神谷丹路さんも登場、各ライターさん、かなりの「韓国力」を持った人が集まってできた本であることが伺われます。私が行ったことない場所、知らなかった場所もけっこうあるし、写真もきれい。 韓国好きの方、特にありきたりの観光韓国はもういいから、もっと本当の韓国を見たい、そんな方にはオススメです。

 103ページと107ページ、広蔵市場のユッケ専門(ハンチもあるけど)店と、屋台のハルモニスンデチプが紹介されていますが、へっへっへー、、まさか私のブログを見て行ったんじゃないの?なんて、ちょっと嬉しく思いました。韓国のおじいちゃんの紹介で、となっているのでそれは無さそうですが、「私のが先だよ」という、ちょっと嬉しい気分になりました。見事な赤身肉のユッケ、新鮮で甘い肝フェ(レバ刺し)、本当に美味しいですし、似たような店が2,30も居並ぶスンデやモリコギ、チョッパルの屋台の中でも、「ハルモニスンデチプ」は特に美味しい店だと思います。もっとも、最近は前からおばぁちゃんの写真まで出している「コヒャンチプ」へ行くことが多いですけど。

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すばらしい韓国の食事230 「ソウルチョッパル」のテジクッパプ

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 ウルサン中央市場の食堂、「ソウルチョッパル」のテジクッパプです。 左は出てきたところ、右は食べる前にスープの上に載っている「タデギ」という合わせ調味料をスープに溶いたところです。主成分は唐辛子とニンニクですので、かなり辛くなります。昔はこれを、混ぜずにスプーンで全部すくい取って灰皿(ティシュを敷いて水を張ってある)に捨てて食べたりもしましたが、見た目の量ほどは辛くなりません。

 釜山など慶尚道名物のテジクッパプですが、前にも紹介したように、スンデクッパプのひとつと言えましょう。骨や内臓をさんざん煮込んでできた白濁した豚骨スープに、肉を入れればテジクッパプ、内臓やスンデを入れればスンデクッパプであり、ネジャンクッパプです。地方により「テジネジャンタン」という名前をつけることもあります。 いずれにしろ、韓国の美味しい豚肉のすべてを味わえる感じがする美味しいスープです。豚骨スープが苦手な方には「店の前を通るのもイヤ」というかんじですが、大丈夫な方であれば、安くて美味しいご飯です。

 韓国では牛が上等、豚は下品、そんな感覚があるようで、豚の味のスープ、食べないよ、臭いから、なんていう人も多いのです。案外日本人のが、これ、ダメな人は少ないのではと思います。釜山のとある店ではテジクッパプは4000W、ネジャンクッパプは4500W、もちろん、同じ値段の店も多いけど、「肉より内臓のが美味しいから500W高い」、そんなわけです。ニラや小ネギをいっぱい入れて、カットゥギやキムチも食べれば、やはり野菜たっぷりの健康的なご飯になります。 これを食べなれると、薄いばっかのソルロンタンがつまらなくなること請け合いの、美味しいスープ料理です。

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2006年韓国出張10

 さて、広蔵市場の屋台で店仕舞いを遅らせてまでのハルモニとの再会を果たし、電車で宿がある鐘路方面へ戻りました。 しかし、そういう人、私以外にもいると思うのですが、日ごろは9時には寝てしまうのに、旅行に行くと夜遅くまで元気になります。ヌヌモテルのある鐘路3街で地下鉄を降りましたが、まっすぐ宿まで行かず、インサドン、寛勲洞方面へ歩きます。

 昼間はガイドさんに連れられた、また、自由行動の日本人観光客で賑わう仁寺洞も夜は韓国人の若者の街に姿を変えます。ここも、、、実は観光っぽくてあまり行きたくなかった場所でしたが、最近はいろんな顔を持つ町であることがわかり、ホテルソンビを拠点としたりしています。この日は久々に前にも屋台の写真を紹介した鐘路のポジャンマチャ、カタルシスへ行ったのです。

 一見、学生にも見えるようなご主人、3,4回しか行っていませんが私のことを覚えていてくれました。これも韓国語のおかげかな?でも、目的地はすまないけど、ちょっと別の場所。前にここで会った日本人女性が始めたという居酒屋「和(ファ)」です。 自分の店のことじゃないのにも拘らず略図まで書いてくれてその店の場所をおしえてくれました。目標は「ケンマウルミルパッチプ」というカルグクス屋。けっこう有名な店ですのでガイドブックなんか無しでも行けます。 ところが、、、なんと満員。それも、嬉しいのはお客さんの全部が韓国人みたいであったこと。 なんか、韓国を好きになった日本人女性が韓国に居着いて店を始める、、なんて話を聞くと、ネット関係なんかの知り合いの日本人がぼちぼち集まるだけで、旅行客の少ない時期には閑散、、、長くもたないで閉店、なんて失礼な心配もしていたのですが、韓国人のお客さんで一杯の店を見て、入れなかった残念さはありましたが、それ以上に彼女の成功を喜ぶ気持ちが起きました。外国で仕事をする、、、好きだからとはいえ、簡単なことではありません。いろいろ苦労もあったことと思いますが、とりあえずの成功、自分のことのように嬉しく思いました。 結局、またカタルシスに戻り、冷蔵ケース前の定位置の席で焼酎1本。嬉しい気持ちでしたので、美味しい酒でした。また、肴に頼んだチュクミ(イイダコ、ナクチと混同されやすいがぜんぜん足の長さが違うタコです)、普通はコチュジャン炒めですが、さっと湯がいて出してもらったのがとても美味しかったです。韓国の海産物、料理法の違いなどありますが、かなり、新潟から見ると美味しく、うらやましく思えます。

 結局何時に宿へ戻ったか、どの道で戻ったかもわからずに寝てしまった夜でした。

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2006年8月 6日 (日)

普通の韓国を探して618「ソウルチョッパル(豚足)」という名のテジクッパプ屋

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 ウルサン、中央市場近くの食堂で遅い昼飯を食べました。店の名は「ソウルチョkパル」、チョkパル=豚足ですね。しかし、店内にも豚足は見当たりません。向こう側のガラスには「20年伝統テジクッパプ専門」とあるように、テジクッパプの店です。

 「○○専門」とか、「○○年伝統」とかいう宣伝文句、旗、幟、看板はよく見かけますが、案外いい加減に使用しています。要は店のご自慢のメニューってことなのだろう、くらいに受け取っておかないと後でがっくりすることもしばしば。あまりその辺、看板や広告、厳格ではないのが韓国です。

 そういえば、先日むこうでちょっと食事したときに出た話なのですが「ジュース」といっても、「~ドリンク」という感じで日本のように厳密に100%果汁とかを意味するわけではありません。このことを韓国の人に話したら、「でも、日本の100%ジュースは美味しくない」という答えが返ってきました。確かに、100%のジュース、なんか苦味があったり、味がしつこい感じで飲みにくいことがありますし、実際、果汁50%とかのもののほうが爽やかで飲みやすく、美味しい、そんなこともありますよね。

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2006年8月 5日 (土)

普通の韓国を探して617 美人村の広告ビラ

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 「ヨボヨボ美人村」の開業広告です。こういうビラの写真、大抵は日本の雑誌から無断借用したものであることが多いです。美人村という名前の他、ミッシー村だの、寡婦村だの、いろんな名前がありますが、個室で飲んで騒ぐ、そんな飲み屋のようです。

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2006年8月 4日 (金)

2006年7月韓国出張9

 さて、ヌヌ(ヌーヌー)モテルの部屋で一休みの後、外出だ。約束時間は7時にイテウォンのヘミルトゥンホテル前のボゴキン(バーガーキング)の前。歩いて鐘路3街駅。3号線で薬水駅乗り換え、6号線でイテウォンだ。 前にも書いたとおり、昔は行ったこともなかったし、ここ数年もどっちかといえば嫌っていた街だ。地下鉄駅から階段を上がりハミルトンホテル前。T字路の向かい側にボゴキンがある。

 この日、会う約束をしていた観光ガイドさん、昔団体で行ったときに知り合った人で、その後も空港の到着出口でたまたま会って挨拶したり、食事を一緒に(お昼のチャジャン麺です)したりしたこともある友人でもあり、韓国語の先生でもある人だ。女性なので年齢は聞いていないが、30台後半の女性で、その後会社を替わり、今は韓飛旅行社という旅行者に勤めている。とてもまじめな人で、最近はスレてきた客も多い日本人観光客にいじめられないか心配になるような人だ。この日は同僚のガイドさんも一緒に軽い夕食を、との約束だったのだが、7時になっても現れない。いままで、コリアンタイムなんて言葉を感じさせることは一度も無かった人なのだが、、、ま、仕事が長引いているのだろうと思って待つと、、、息をきらしながら三角地方面からの横断歩道をわたってやってきた。嬉しい再開だ。

 一緒に連れてきてくれた男性ガイド1人、女性の先輩ガイド1人と挨拶。と、そこで、男性ガイドさんにHPで急用発生。結局女性2人といっしょの夕食になった。場所は、イテウォンの通りの南側すぐを並行して走る裏通りのスンデ屋だ。イテウォンでスンデクッを食べるならここ、と言われる有名な店だとのことだが、とても小さい店。でも、よくあるようにテレビの取材を受けたときの写真だの、芸能人の色紙だの、たくさん貼ってある。女性2人はスンデクッ、私はスンデとビールを注文して、話しながらの食事、楽しかった。

 2人とも日本語担当だとのこと、いろんな日本の地方、県毎の客のタイプ、扱いにくさなんかのことを話したり、日本の団体旅行の料金の安さなんか、お土産屋のことなどを話したが、なかなか面白かった。最も嫌なお客さんが多い県についても聞きましたが、答えはここでは内緒にしておきます。 結局、30分近くも遅れたので、ということでこの夕食は彼女たちのおごりでした。再会を約束して、駅で別れました。

 時間はまだ9時、傘はささないでもいい天気だし、宿で寝るには早い時間だったので、地下鉄で鐘路5街、広蔵市場の「故郷チプ」か「ハルモニチプスンデ」へ行きました。広蔵市場の屋台群、半分ほどは店を閉めていましたが、例の斜めの十字路のあたりはまだまだ飲む客で賑わう店がたくさん。でも、人気店、「ハルモニチプ」はもう店仕舞い後、「故郷チプ」も、お客さんはおらず、手伝いの娘さん(とはいえ50台)もおらず、おばぁちゃんだけ。挨拶をしてマッコリとモリコギを頼むが、もうマッコリは無いとのことで、焼酎。美味しい肉に美味しい酒、そしてもう80近いと思われるおばあさんとの話。幸福な一瞬です。私が座った直後、隣におじさんが1人来て、その人とも話します。ここでもまた「何年住んでいる?」という質問。でも、外人だと容易にわかるってことだよなぁ、、、と酔った頭で考えながら韓国語への精進を誓いました。時間は10時過ぎ、おばあさんに、ここ、何時まで?と聞くと9時という話。後でわかったのだが、もう店仕舞いをしていたところに座ってしまっていたのだった。でも、そんな、知り合いならどうにでもなる、そんなところも韓国なんだよな、と嬉しく思いました。酒が3000W、肉が5000W、合計8000Wでした。

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普通の韓国を探して616 ナイトクラブの広告

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 韓国、日本とは比べもにならないくらいの「ビラ」が使われます。けっこう昔から集めている中の1枚です。

 ナイト(ナイトゥ)というのは1人で行く場所ではないので行ったことがほとんどありませんが、けっこう有名な芸能人が実際に出るそうです。左の女性みたいな人はハリスという性転換をした元男性。軍隊の後に、そういう手術はするそうです。 

 昔、新沙洞のハイウェイジャン(荘)旅館という宿に泊まった翌日の朝食を、やはり有名な荘旅館であるピンク荘というモテルの前の食堂でとりました。なんでその店に入ったかというと朝の早い時間なのに、若い女性のグループが食事していたからです。やはり誰もいない店よりはそばに他のお客さんがいたほうが楽しいし、聞き取り練習にもなります。若い女性であればなお結構というところです。 でも、入店して隣のテーブルに座ったときにやっと気づきました。全員、女装した男性だったのです。

 後で韓国人の友人にこの話をしたら、新沙あたりの変った飲み屋には、そんな店があるとのこと。そういう店のホステス(ホスト?)さんの、仕事の後のご飯だったのです。ちょっとがっくりした朝でした。

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2006年8月 1日 (火)

普通の韓国を探して615 嶺東線墨湖駅

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 上りの汽車を待つ墨湖駅のホームです。ソウルのようなアパート群はなく、あってもぽつぽつ。港町らしい雑多な雰囲気は感じられない、静かな東海沿岸の都市でした。灰色の服の女性は尼さんですね。 旅客列車は1時間に1本も無い路線ですが、セメントなどを運ぶ貨物列車はかなり頻繁に走っていて、駅ごとに列車の交換があると言ってもいいくらいです。 次回、機会があれば、泊まってゆっくり街を歩いてみたい場所です。

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2006年7月韓国出張8

 群山から益山までは通勤型ディーゼルカーの3両編成。すぐ後ろの席には女子大生風2人。かなりお洒落っぽい。ところが、持っている本が「口腔外科学」。まずこの辺で歯科大学というと益山の円光大歯科大か全州の全北大歯科大。思い切って話し掛けると前者のほうの学生でした。日本から韓国の食を研究しに来ている歯医者だと自己紹介、ちょっと嬉しい一件でした。

 ディーゼルカーは田んぼの中を走ります。けっこう途中駅からも乗客が乗ってきて益山に着くころはほぼ満席。買い物に行くおばさんが多い感じです。何度か降りて歩いている益山ですが、なんか、特徴のない街。円仏教の街、宝石加工の街だといいますが、なんか面白くありません。簡単に全域を歩けるというほど小さくはないし、ということで、円光大の先生にも特にアポイントはありませんのでソウルへ直行することにしました。なくした財布のこともありました。

 益山からソウル、龍山。KTXもありましたが座席は狭いし、特室だとかなり高くなるし、ということで少し待ってセマウル号です。このときはディーゼル動車のセマウル号。ぎりぎりで切符を買ったからか1号車でした。先頭の機関を積んだ部分の車両ですので座席は普通の車両の半分程度。うるさいかな?とも思いましたがあまり騒音は気になりませんでした。韓国の鉄道車両、あまり洗わないのか、ディーゼルのすすで汚れていますが、そのへんもまた韓国らしい部分です。うとうとしていると何時の間にか永登浦。漢江の水量は変らず川幅いっぱいでしたが、河岸の道路はだいぶ通行可能になってきたようです。タンク車で道路の泥を洗い流す作業も見ることができました。

 この日は夜、観光ガイドをやっている人と合う約束をしていました。まずは宿を決めて荷物を置く予定。でも、何の予約もしていません。まぁ、ソウルならどこにでも宿はあるのですが、交通の便のいい場所に、と思い鐘路3街へ。韓国観光HPで知った新しい目できれいげなモテルということで「ヌヌモテル」というタプコル公園脇の大きいモテルに行くことにしました。鐘路からもよく見える灰色の新しい建築です。どこから入るのかわからなかったのですが、看板を頼りに鐘路の宝石店街の裏手のピマッコルから入りました。ビニールのビラビラを掻き分けて細い通路を進みます。すぐだと思いましたが曲がっていてけっこう歩きます。周囲には南洋風の飾りつけ。韓国ではラブホもビジネスホテルも一緒、とは思っていましたが、なかなかディープでありました。3,40mも歩いてやっとモテル入り口。フロントには男女1人ずつ、2人も人がいます。1泊いくら?と聞くと6万だって!! 場所が良く、新しい宿とはいえ、ちょっと高いなぁ、とは思いましたが、荷物を抱えて歩くのもいやなのでここに決め、カギをもらいました。部屋は狭目でしたが、大画面のプラズマテレビもあり、エアコンも効くし、ちょっとベッドで休憩です。

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