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2006年7月28日 (金)

2006年7月韓国出張5

 さて飯だ!といったが、雨も小降りになってきたし、少しこの保寧の町を歩いてみた。ご存知の通り韓国人は夜更かし。10時くらいになっても家族連れが歩いていたり、シュポの前で涼んでいたりする。下着を買った店のおばさんの話では今の新しい繁華街は少し離れた川向こう、東岱洞というほうにできているとのこと。歩いても20分くらいだとのことだが、足元は濡れているし、タクシー乗ってまでとも思うので旧市内をぐるぐる。

 と、面白い建物を見つけた。石造りの15mくらいの高さの塔。水原城にこんなのあったかな?それとも、慶州の町にあったかな?なんて思うような不思議な建築が町の中にあった。そばにある立て札に寄ればちゃんとした文化財で「旧保寧警察望楼」とあった。でも、朝鮮時代とかのものではなく、韓国戦争の時に作られたものだとか。夜だったし、カメラが無いのが残念だったが、不思議な建物なので、保寧へ行く方にはお勧めです。

 結局ぐるりと回ってまた駅前の市場付近へ戻りました。しかし、田舎の市場、汽車で到着したときはまだ通路で談笑する人たちがいたのに、さらに店が門を閉め、唯一あった店に入店。スンデとテジ内臓湯の店でした。しっかり食べたいのでテジネジャンタンを注文、そして焼酎も1本。隣ではいかにも忠南の田舎のおじさんという感じの日に焼けたアジョシが2人で飲んでて、そのうち1人は帰宅。そこらへんで話し掛けてみました。大雨のこと、この地方の被害のことなどずっとニュースを流しているテレビを見ながら話しました。そのうち、店のアジュマも加わって韓国のこと、私のこと、どうしてこんな田舎に来たのか?韓国に何年住んでいるのか?なんていう嬉しい質問も出ました。 結局新しいお客さんが2人入ってきたところで話が途切れ、私も眠いので宿へ帰ることに。内臓湯が4000W、焼酎が3000W。楽しい時間でした。

 小雨になったけどまだ雨。駅前広場のコンビニで缶ビールと、これは別のブログで見かけて面白そうだなと思ったうずらの卵(メチュリアル)の燻製真空パック3個入り500Wを2つ、翌朝用のポカリを買って宿へ戻り。シャワーして、ビールをやりながらテレビ。相変わらず大雨の話ばかりですが、勉強になる単語をノートにメモしたり、また、地図を見ながら明日どうやって仕事が残っているソウルへ戻るかなど考えながらの就寝でした。

 うずらの卵の燻製、美味しかったです。手軽でいいですね。

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2006年7月27日 (木)

2006年7月韓国出張4

 さて、暗くなってきた時間の保寧駅前。まずは今夜の宿を決めないといけない。なんたってかたつむりのように全部の荷物を担いでの旅行が私のスタイルなのだから。

 小さな駅前広場があり、いくつか荘旅館のネオンが見えた。駅前通をまっすぐ進んで最初の信号のある交差点まで行く。右手の裏通りは市場みたいだったので食事はそこでなんとかなるだろうし、また反対側へ渡って(市場側)駅のほうへ戻り、結局駅前広場、駅から向かって右手すぐの「ヒルトゥン荘(旅館)」に決めた。建物は新しく、地下と2階はクラブ仕様だがテナントが入っていない、そんな感じだ。

 入り口を入ると感知装置があるのか、ピンポーンと帳場に知らせられる方式、家族経営の旅館ではこうなっていることが多い。空きはあるに決まっているが一応、「今夜、空き部屋はありますか?」と尋ね、1泊いくらか聞くと3万W。ま、相場なので、1泊お願いする。部屋は506号、最上階の駅前広場に向いた部屋。外は雨だが、大事な飯を食わないといけないので、一休みして傘とデイパックを持って外出だ。おあつらえ向きに駅前広場の反対側にはコンビニもあるし、、、、、、「食事しに出かけます」と言って外出だ。カギは無くさないように注意すれば持って出てもいいよというので持ち出す。

 例によってまずは市場。でも、地方の小さめの都市の市場、もうほとんどの店は門を閉めているようだ。ところどころ明かりが点いて、仕事を終えたおじさんおばさんが談笑している場所なんかは食堂のようだ。と!!ここで思い出したのだが、大事な買い物を忘れていた。服だ。寝坊したため、着替えはぜんぜん持ってきていない。韓国の服、ちゃんとしたのは結構高く、中国製の安いのは安い、そんな、日本と同じような状況なのだが、まずは今夜着替える分の服を探すことにして、駅のほうへ少し戻り駅から見て右手へ行く、明るい繁華街に入る。ざっと見て、男性用下着もあるな、とめぼしをつけた店で下着上下。BYCを張り込んだ。

 日本でも昔BVDというのがあり、中学生など、下着自慢を聞いたことがあったが、それの真似であろう「BYC」というのがある。それと、私が知っているのでは「try」がスタンダードのブランド。ちゃんとした良質な下着、というイメージがある。Tシャツは5000W、パンツが15000Wをおまけしてくれて10500W。これを購入。 面白いなと思ったのが、日本だと男性のパンツ、「トランクス型」と「ブリーフ型」ってなるのが、韓国では「四角」と「三角」と分けているのでした。なるほど、形がそのままですものね。

 続いて駅前へ戻る道で無条件10000Wという掲示がある店でシャツを1枚。靴下は幸い1足だけ大きなカバンにあったのでそれを使い、明日またソウルへ戻って、どこかで買おうと決め、次は飯だ。(つづく)

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2006年7月韓国出張3

 さて、ゆっくりと龍山駅のホームを離れる長項線客車セマウル号、相変わらず雨がぽつぽつ降っているソウルだ。出発してすぐの漢江鉄橋の水量は前に書いたとおり川幅いっぱい。河川敷に建てられた公園の事務所やらなんやらも1階部分は水没している状態。何度も書くが、こんな状態の漢江を見たのは初めてだった。

 水原、烏山、平澤、天安、、、、、、すでに何回も通っているので特徴が感じられない路線だが、ひとつだけ、目に付いたのが天安までの複々線化による1号線直通電鉄線の延長だ。ソウルをはるか離れた京機道の田舎を清涼里行きの電車が走るのは、、、なんか不思議だった。各駅停車だとかなりの距離、時間になる。運転手さんは大変だろう。 天安で京釜線と分かれ、ローカル線ともいえる長項線に入る。新しく変ったな、と思うのは天安、駅前とかバスターミナルのほうは変っていないと思っていたのだが、この長項線にそった市街地がかなり発展し、ロッテだかEマートだかカルプだかは忘れたが、KTXの駅へ行くほうの線路沿いに大型マートができていてその周辺に新しいきれいなモテルが林立していた。 日本同様、地方都市も駅前とか旧来の繁華街がさびれ、郊外の、車で行けて駐車料がかからないような地区に新しい繁華街が形成されているのだろう。

 汽車ごとごと走り、温陽温泉。温泉といっても多くのガイドブックに書かれている通り、温泉情緒とかは無く、普通の街のあちこちに温泉ホテルと称したホテルや旅館があるという感じ。テレビのニュースで見たのだが、ここのホテルも、旧来の温泉客だけを相手にしているのではだめで、会議場とかリゾート施設、そんなのを備えたホテルに変ってくだの、そんな様子だそうだ。

 余談になるが、我が新潟空港、韓国から来るお客さんは少ないが韓国へ帰るお客さんが多い。「ふるさとのなまりなつかし停車場に、、、、、、」ではないが、休みの日など飛行機の時間に合わせて韓国人と話したくて空港へ行ったりしていた私、今でも早めに行ってチェックインしてお土産を買うアドバイスをしたり、いろいろ韓国の観光客と話すのだが、多くは那須を朝早く発って新潟へ来た、というケースなのです。 日本も物価が上がり、国内の旅行の人気が低下。テーマっぽいものがあるならいいけれど、それがない温泉地、特に社員旅行などでもっていた大都市近郊の温泉ホテルなどが客が減って、と聞いてはいたが、そういう宿に、韓国人の団体が安く泊まっているようなのです。 例をあげると、ソウルから関西空港に入って入国、大阪城と京都を見物した後、泊まりは大都市ではなく、その郊外の滋賀県あたりのホテル。翌日は名古屋周辺を観光して、泊まりはやはり名古屋ではなく、豊橋だののあたりのホテル。翌日はまた富士山、箱根を見て、熱海あたりのホテル、翌日は東京を観光して、長躯那須あたりのホテルに泊まり、最終日はえらく早起きで新潟まで走り、新潟から出国、そんなツアーがあるようです。

 日本は物価が高い。大都市のホテルの宿泊も高い。そこで、客が減少している大都市のそばの観光地のホテルと契約して、安く、、、、、、というわけです。温陽温泉のホテルがお客が減って、、、というところからの余談でしたが、韓国の旅行者も、そして旅行社も、けっこう苦労しているみたいです。

 汽車は雨の中、道高、礼山と走ります。水原にもあるのですが、この礼山にも、たぶん日帝時代の遺物でしょうが駅構内に蒸気機関車用の給水塔があります。なかなか趣のあるものですので、鉄道ファンにはお勧めです。そういえば、前に写真をアップしましたが晋州には赤レンガの機関庫があったし、腕木式の信号もあったし、手動の転轍機もあちこちにあるし、、、韓国の鉄道、楽しいですよ。

 で、洪城、廣川(駅前にセウジョッの専門市場がたくさんありました。面白そうな場所です)と過ぎ、薄暗くなるころ、雨の保寧駅に到着、下車したのでした。

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2006年7月25日 (火)

普通の韓国を探して613の写真

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 紫の文字は外来語、「チップ」で、チップが3万W。右上は清涼里ポムルソm(宝物=ポムル、ソm=固有語で「島」)、左下赤い文字はポムルソm美人宮とあります。ちょっと行ってみたい気持ちもあります。

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普通の韓国を探して613 美人村の広告

 やっと新しいほうのデジカメのメモリーを読み込ませました。

 清涼里の「美人村」の広告です。「今夜はあなたのために存在する」なんて書いてありますね。 韓国の繁華街、こういう飲み屋の広告、サラ金みたいな貸金業の広告だの、すごくちらかっています。毎朝掃除する人はいるのですが、また午後から夜にかけてばら撒かれるのでしょう。こういうチラシ広告の量は日本の費ではありません。 北韓での窮乏を考えると、電気であれ、こういう資源であれ、再生をしているとはいえ、韓国の浪費文化はちょっと考えさせられます。

 失敗失敗!! 久々なので写真の添付を忘れました。ちょっと仕事があるのでまたあとで追加アップします。ごめんなさい。

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2006年7月韓国出張2

 さて、タクシーで到着した竜山(龍山)駅、昔はしょぼい駅で、駅前広場ばかり立派だったのだが、今は電気店やEマートなどが入った立派な駅ビルになっている。でも、大通りと駅前の通りの間のアガシコルモクはまだ残っている。あの、大騒ぎした923法(性売買防止特別法)は何だったのだろう? 会社員、学生、親子連れ、じいちゃんばぁちゃんなんかがたくさん通る道からちょっと入ればピンクの蛍光灯の輝くアガシコルモク。どうも韓国、わからない部分もあるが、「そういうふうになっている」、というさくらももこさんの言葉の通り、これも外国なのだと理解すべきだろう。日本だって東京とか、風俗街はあるのだし。

 今回の出張、余った時間、できれば馬山に行きたかった。釜山から晋州へ行く高速道路から見たことがあるだけの都市だが、けっこう大きい都市で、やはり釜山同様、深く陸地に入り込んだ湾の奥にできた街で、山腹を走る高速道路からの風景はなかなかきれいだったのだ。 しかしこの大雨。17日の時点ではチャンマ(梅雨)前線は南下し、これからは南部地方での雨がひどくなるという予報だった。また、空港バスの渋滞、財布紛失事態などで時間もとってしまったので、もう少し近くに泊まることにした。龍山駅からだと、湖南線、全羅線、長項線。あまり遅くならずに、かつ、在来線で行ける場所というと、大田、論山、益山、全州、井邑、群山、温陽(牙山)、瑞山、、、、、、みんな行ったことがある。そこで浮かんだのが何度かここでも書いている長項線の車窓風景。あの40年前の日本みたいな田園、山、そんなのを見たいと思い、何度か歩いているけど泊まったことがない保寧へ行くことにした。幸い4時55分のセマウルがある。もしかしてもっと進んで長項から群山という線も考え、切符は長項まで購入。水と、車内食用の剥き甘栗を買って汽車に乗った。

 何度も韓国を旅行しているが、自分なりの体力維持方法として、「ちゃんと食べる」というのがある。汽車やバスで移動しているとお腹がすいても食べずにガマン、なんていうことがあったが、あまり食事の時間がずれてしまうと何か調子が悪くなることが多い。 美味しいものをちゃんとした(きれいな、という意味ではない)食堂で食べたい、というのもあるが、あまりの空腹は良くないのを経験的に知っているので、バスや汽車に乗る場合、「行動食」みたいなのを用意するのだ。バスターミナルではスルメやチィポ(カワハギの圧平した干物)を売っているし、季節ものだが、焼き栗も売っている。あれも、昔からの韓国人の旅行の智恵なのかな?とも思う。 そんなわけで、最近の行動食は剥き甘栗が多い私なのだった。

 ホームへ降りると、セマウルの銀色の車体。今回は客車列車だった。ディーゼル動車のセマウルに比べると加速が悪いが、座席はゆったり。楽しい在来線の旅だ。韓国は西に位置しているので今の時期はかなり遅くまで明るいからほぼ全線、景色が見える。相変わらず雨模様だが、傘はもらったし、どんな宿があって、どんな町で、どんな市場で、どんな食堂があるか??? そんなのが私の楽しみなのだった。

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2006年7月24日 (月)

2006年7月韓国出張1

 7月17日、寝坊してぎりぎりで新潟空港発のKE764便に乗れました。ほぼ満席。目立ったのは姉妹校である道峰区の白雲中学校を訪問する新潟市の鳥屋野中学校の中学生の集団。賑やかでした。 前に患者さんで鳥屋野中学校で合唱をやっておられる方がいて、その人からこの白雲中学校とのことは聞いていました。

 その中で、妙にテンションの高い男の子、、、ちびまるこに出てくる、あの、学級委員、ちょっと皆から敬遠されがちな、あの登場人物にイメージぴったりな中学生が自慢げに英語で客室乗務員に無用な話し掛けをしていたのが可愛かったです。

 機内食は今回も四角いプレートにのった熱々の「八宝菜トッパプ(~かけご飯)」、量は少ないけれど、なかなか美味しかったです。周囲の中学生からも「かなりうまいんじゃない?」なんて声が聞かれました。そんなこんなでインチョン空港へ着陸。預けた荷物もありませんので、入国、税関、内側の銀行で両替を済ませ、到着出口へ。 今回は梨泰院で向こうの先生と会う約束があったので13000Wの漢南洞行き高級リムジンバスに乗りました。青いバスです。

 ソウルの天候は曇り。韓国も大雨で、嶺東地方では大雨でかなりの被害が出ているというニュースを聞いていましたので、なんか拍子抜け。でも、大雨の影響はちゃんとソウルにも及んでいたのでした。バスの技士任、やけに頻繁に無線で他のバスの技士任と連絡しています。全部は聞き取れませんが、自由路もオリンピック道路も通れないので、、、だのいうのがわかりました。結局空港高速をソウルへ向かっていたバス、金浦空港の手前で南へ。富川市方面へ行き先を変え、京仁高速道路でソウルへ入りました。木洞からヨイド、漢江を渡って竜山。このへんから度々渋滞にはまり始めました。

 漢江の水量もすごいです。もう何回韓国へ行ったか、数えていませんが、あんな漢江は初めて。広大な川幅全部が泥水で、河川敷の公園だのの施設が全部水没していますしところどころ道路も冠水。いつもはたくさんの車が通る南岸、北岸の道路とも、通行止め、1台も車が見えません。 ということは、、、漢江周辺のほかの道路へまわることになるのですから、大渋滞。 昔、月末の夕方、西大門区丁あたりからの内部循環路が大渋滞でやはりインチョンから双門(サンムン)まで、道峰葦院線リムジンで3時間近くかかったことがありましたが、今回もイテウォンまで2時間20分もかかってしまい、約束していた先生をだいぶ待たせてしまいました。 しかし誰が悪いわけでもない、こういうときにも「ケンチャナヨ」の一言で理解してもらえるのが韓国のいいところです。

 結局梨泰院のコーヒーショップで用件を済ませ、まだ学会関係の用事はありますが、それは明日以降に回すことにして、さて、今夜はどこで泊まろうか??? 東部地方は水害で交通網も混乱してて帰れなくなる可能性もあるからよしたほうがいいという先生の助言を考慮し、ひとまず竜山駅へ行くことにしました。KTXも在来線も、ソウル駅は京釜線の発着駅。その他の湖南線、全羅線、長項線の列車はKTXも在来線も竜山駅がターミナルです。梨泰院からは割合近いため、タクシーで向かうことにして先生方と別れました。「これ、もって行きなさい」と、折りたたみ傘をくれたのが、なんか、ありがたかったです。

 バスの中に財布を落としたのは、上記、漢南洞行きの高級リムジンです。梨泰院についた後、30分ほどこの財布関係で奔走しましたが、その話はまた別に書きます。多くの親切な韓国の方々、仕事はきっちりやる韓国の方々に感謝いたします。たぶん、見てくれることはないでしょうが、財布の中の現金も免許証も、カード類も全部無事でしたので相談したとおり、ヨイドのKBSへ行き、現金の全額を水害の被害者への誠金として寄付させていただきましたので、ここに報告いたします。

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