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2008年4月21日 (月)

普通の韓国を探して1631 変わり行くソウル 黄鶴洞あたり

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 朝鮮時代のソウル、現在の旧市内中心部は城郭に囲まれていました。南大門とか東大門はその出入り口だったわけです。私がよく行く新堂洞とか黄鶴洞はその外側、東大門市場のさらに東側になります。郊外の農村などからの産物が集まる市場がその始まりだったのではないかな?なんて思っています。

 今回はそのへんを東西に流れる清渓川路沿いの風景ですが、少し前の項に書いたように高架道路が撤去され、その両側に壁のように並んでいた古い商街の建築もほとんどなくなり、明るく、広くなった大通りです。ただ、道の整備、河川公園化が進むにつれ周囲のいろんな小さな店がやはり再開発のためにどんどん消えてしまいました。誰が買うのかな?と思うようなガラクタ、怪しいエロDVD,ビデオ、大量に生産したけど売れなかったアイデア商品、亀やなんかのあやしい韓方薬材料、輸入食品の露店、そんな店はもうほとんど残っていません。その辺、ちょっと残念に感じるのは外国人の勝手な感傷なのかなぁ?

 1枚目は新堂駅と東廟駅の共同出口あたり、バスを降りた場所からの写真でこの先の交差点がチョンゲチョン路。左へ行けば東大門運動場東大門市場方面、右側は黄鶴洞、城東機械工業高校の一角です。

 2枚目は清渓川路に出たところ、清渓6街と7街の間でしょうか、そこらへんから黄鶴洞方向です。右手が城東機械工業高校、撤去された店が一部、仮設というか露店で少しだけ残っています。先のほう、建設中の建物のあたりも、いろんな店がずっと並んでいました。

 3枚目は東大門市場方向、ドゥーサンタワーが見えますね。旧市内どこからでも見える漢字の東大門のランドマークです。

 4枚目はチョンゲチョンの河川公園。かなり掘り下げた位置にあるため、川べりに下りると周囲の景色は見えにくくなってしまうので実は一度も降りたことがありません。人工的に流している水とのことですのでうまく流れるようにするには傾斜が必要、そこらへんの設計上の理由でこんな深い場所を流れる川になったのではないかと想像しています。

 1枚目は東廟アプのロッテキャッスル、2,4枚目は黄鶴洞のロッテキャッスル、旧市内にもこんな高層アパートが増えつつあります。

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