« 2008年3月16日 - 2008年3月22日 | トップページ | 2008年3月30日 - 2008年4月5日 »

2008年3月29日 (土)

すばらしい韓国の食事393 焼酎の広告ポスター

296 294 295

 韓国で飲む酒というと、私はまずはビール、そしてマッコリ、焼酎というところでしょうか。日本式の缶チューハイもコンビニなどでは輸入品が見かけられますが、一般的ではありません。日帝時代の名残ともいえる清酒、正宗の類、「清河」とか「白花」とかいうのも残っていますが、「甘すぎる」というイメージがありめったに飲みません。新しくできた薬酒とも言える「百歳酒」なんかもまぁまぁの人気でしょうか、でもけっこう高い部類に入ります。

 総合的に考えるとやはり韓国の代表は焼酎と言ってもいいのではないでしょうか?で、今回は清涼里在来市場そば、現代コアビル脇の飲食店通りにある我が「スグレハルモニチプ」の店内にあった焼酎の広告です。

 各社力を入れて売りたい商品ですので、季節ごとに、また新製品が出るごとに芸能人を使った広告をテレビでもそしてこんな店に配布するポスターでもがんばっています。3枚目は何という女優さんか、メモ代わりの1枚ですので、勘違いなさいませぬよう。

 混むときには壁にくっついた幅の狭いテーブルも使うのでしょうか?隅っこに置いてあるトイレットペーパーのストック、いかにも韓国の安い飲食店、という感じです。でも、ここ、頼めば1人前でも2種に分けて盛ってくれたり、いいアジュマの店です。寒い時期でなければ店頭の外の席が一番気持ちいいかもしれません。ソウルでは珍しい「スグレ」という牛の皮下結合組織の煮込みを看板にした店。ここもお勧めの店です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1590 10年ぶりくらいの東豆川の街

070 072 071 073

 1枚目、ヒルトンモテル、韓国式に読むとヒルトゥンかな? モテルの名前、ヒルトンとかハイアット、そんな高級ホテルの名前を冠したり、バリ(バッリ)だの、世界的な観光地の名前を付けたり、なかなか面白く感じます。昔からの「荘」という字がつくところは新しいところではあまり無いかもしれません。ヒルトン荘、リージェント荘、そんなのもありますね。

 昨日の続きですが、ターミナル周辺につきものであるモテルも、ソウルから近いこの辺ではあまりありません。できれば安くて清潔できれいな宿をと思いますが、新しめのところは市内中心部ではこのヒルトンモテルくらいしか無さそう。でも、どうも、泊まる気がおきませんでした。もう少し歩きます。

 2枚目、ごく普通の道。市内の中心部でありながら前回も書いたようにどうもこの東豆川、元気がなく、人通りも少ない感じです。新しく開発されたアパートとかにはそれぞれ店があるからでしょうか?米軍基地の街であった東豆川、中心部に限ってはさびれてきている感じです。

 2枚目の赤い看板は「ノエル美容室」というもの、その先の小路が3枚目の写真。旧ターミナル裏手の青少年24時間通行禁止区域が残っていました。韓国関係の名著「ディープコリア」の増補版でも紹介していたこのあたり、9.23特別法以後はどうなっているのでしょう?前に来たときは議政府でバスを乗り換えて夜の到着。ターミナルから見えるような場所にピンクの灯りが皓々とともる東豆川、少なくとも今よりも人が多く、キラキラしていたように思えます。

 4枚目、そんな区域を隠しているシート越しに見えるヒルトンモテルです。新しく発展する地域もあれば、さびれてしまう場所もある。日本も韓国も一緒ですが、変化の速い韓国のほうがそれを感じる頻度は高いように思えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月28日 (金)

すばらしい韓国の食事392 眞露ゴールド 25%

178 179

 漣川郡全谷邑のちょっと大きなスーパーで見かけたので買いました。昔からある基本の眞露、ゴールドというやつです。

 思えば初ソウルの95年当時から焼酎のマイルド化がすでに相当進んでいたふう。「チャムナムトンマルグンソジュ」という字がたくさんラベルに書いてあったやつあたりが走りかもしれません。でも、脈々と生き残ってきた眞露ゴールド、なんだか嬉しい気持ちで、モテルの部屋で5050の水割りで飲みました。はっきり言って韓国の焼酎、みんな同じような味がすると思います。甘さとかの違いはあるかもしれませんけど。

でも、この眞露ゴールド、懐かしいと思う韓国の方も多いのではないかと思います。ソウルのコンビニではまずありませんし、出す店もほとんど無いと思いますので。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

普通の韓国を探して1589 동해물과 백두산이~

008  最近中古ビデオを入手して聞き取り練習のために見た映画です。「愛国歌」の歌詞がタイトルになっていますが、東海の水が干上がり、白頭山が磨り減ってなくなったとしても、というこの歌、毎朝テレビ放送の開始前にいろんな韓国の良い所、良い文化、産業、そんなのの画像とともに全部の局の画面で流れます。本来は胸に手を当てて立って聞かないといけないのでしょうが、大抵はベッドの上でパンツいっちょうで見ています。

 内容は北韓海軍の将校と退役間近の下士官がボートで魚釣りしながら酒を飲んでいたら嵐になって南朝鮮の東海岸の海水浴場に流れ着いて、というコメディ。主役の2人も面白く、韓国語と韓国文化を知る者には面白い作品でした。韓国映画によく出てくるのが警官の腐敗とか、だらしない様子。この映画でも有名な俳優さんではないですが、主人公2人とともに刑事2人が最後のほうまでどたばた役で出演しています。また女主人公お父さんがお偉方といパターンも、他でもありそうな話です。

 ラストは韓国脱出のために手漕ぎのボートでまた海に出た2人、行き着いた場所は、、ネタバレなので内緒にしておきましょう。 題名の「トンヘ」も、「ペクドゥ」もこの2人の主人公の名前、あとは、、全国ノレチャラン(のど自慢)の名物司会者のおじさんも特別出演、お勧めします。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1588 東豆川の旧市街

065 066 067 068 069

 경기도 동 두천시(京機道東豆川市)、ここに泊まる可能性を含め、久しぶりに歩いてみました。少し前の記事の通り、バスターミナルはなくなっていましたが、郊外にはどんどん大規模なアパートが建設されています。電車線化された京元線の線路も、ほぼ走る場所は一緒ですがかなりの部分で高架化され、駅も新しくなっています。昔は1時間に1本、気動車が走るのんびりした路線。朝晩こそ通勤通学の人がたくさん乗りますが昼間は登山に行くおじさんおばさんがちらほら、そんな線でした。

 基地の町として有名でしたが市街地の北、保山洞方面にたくさん駐屯していた米軍もかなり縮小、烏山だの、ソウルの南の基地に統合、移動した感じです。同様の理由でこの辺の中心部と基地の間、町の北端部にたくさんあった米兵相手のいろんな店、飲み屋などもかなり減った様子。通ったのは昼間でしたがもともとどこか埃っぽい感じがした東豆川、なおさらくすんで寂しくなった感じがしました。

 1枚目、市場のそばでの1枚ですが、商品を荷下ろししているところでしょうか?なんかいい加減、ただ落っことしただけのようにも見えますが品物はちゃんとしたものですので商品なのでしょう。

 2枚目、ターミナルがあった場所の裏手の通りです。昼間は人通りも少ない感じです。でも、看板、読める方はおわかりでしょうが、飲み屋というか遊興酒店系、もう一度この東豆川に宿泊して、、とも思っていましたが夜はどんなふうな街になるのでしょう?

 3枚目、むこうに入り口が見えるのが中央市場、在来市場です。ちょっとのぞいてみましたが、ここもなんだか閑散とした感じです。新しい住民で人口は増えたのでしょうがこの昔からの町の中心部はかえって寂れたような感じを10年ぶりくらいの訪問で感じました。

 4,5枚目は、なんていうのだろう?空き地というか、そんな場所。4枚目に見える看板が、前に宿泊したモテル「カラ」の裏口の看板です。日本のラブホテル同様、街中にある宿ですので、表口の他にこんな裏口もあったのでした。 このモテル、前に泊まったときはターミナル前の薬局のご主人の紹介でしたが、できたばかりのきれいなモテルでしたが、10年くらいでかなり古びてしまっていました。たぶん経営者は同じでしょうが、まだ韓国語もあまりできなかった時代ですので、日本人の1人客、覚えていてはくれないでしょう。

 さて、どこに泊まるかな?お腹すいたな、なんて思いながらもう少し東豆川を歩きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月27日 (木)

普通の韓国を探して1587 충남 서산の夜を歩く 2

088 089 090 091

 3枚目はアップしましたっけ?髪を切ってもらった美容室です。理髪は韓国、もしくは東京、大阪、名古屋などにある韓国人用の美容室でするようにしています。 これからちょっと外の用事がいろいろ、先生も忙しい年度末、月末です。用を済ませて帰宅して、文章をアップしますね。 行ってきます。

翌日になってしまいました。打っているときは2センチの3センチくらいの小さいサイズ、クリックして大きくして観察、時にはメモして文章を打つこともあります。案外ここ、人がいますね。地方都市の中心部の昔からの繁華街、中央市場へ続く道です。2枚目では市場の入口のアーチ型の看板が見えます。

 1枚目、左手は果物屋に、次が間口の狭いシュポ(スーパー)、赤い看板はタバン(茶房)ですが、地下かな?大家さんは1階の薬局で、2階は美容室になっているようです。子供の服を直してあげているお母さん、世界で見られる光景でしょう。

 2枚目はもう少し先、靴屋と、あとは何だろう?今回はメモしていません。店に商品がぎっしり、というのは韓国の特徴です。右手はオレンジ色の看板はこれまた美容室、次は鶏屋、上の看板は「オッサンチプ」とありますが、「オッサンの店」じゃなく、「オッ」=服、「サン」=安い、「チp」=店、で、やけにストレートな名前の店、その向こうは肉屋です。

 3枚目はモデル美容室、髪をカットしてもらった店です。韓国の美容室、常連さんというか近所のアジュマの溜まり場になってたり。閉店時間もその日によって違います。配達の食事を摂っていたり、顔見知りのアジュマが通ると一緒に食べようと誘ったり。そこに私が入っていくと別に嫌な顔もせず仕事に取り掛かってくれたり、鷹揚でおおらかなのが韓国の商売という感じかな?

 4枚目は2枚目の左手の明るい店、BANGBANGペッションでした。韓国全土にある若者向けの割合安い服の店です。日本で言うとライトオン?店の形態は違うけど売り物の線、お客さんの層はそんな感じです。 「80%から30%割引、 セールは停まらない」とあります。いい意味で若い、悪く言うと年甲斐の無い服装であることが多い私、いくつかこのベンベンファッションの服を持っていますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1586 韓国のバスの話

527  1枚の写真で韓国の話、15分くらいはできると思っています。今回の写真は一般空港リムジン605-1、明洞行きですが、なんとなく5000Wというイメージがあるのに今は確か9000W。IMFで一時的に物価上昇が鈍ったようにも思えますが、また最近の韓国、いろんなものが値上がりしている感じです。

 初めて行き始めた90年代後半、なんか行く度に地下鉄料金が50Wずつ上がる、そんな風に感じました。95年は300Wでしたから。また、バスも、当事はここでも紹介した5円玉をもっと小さくしたようなトークンで乗ると380W、現金だと400Wだったかな?もっとも、この頃は言葉もできず、読みも遅かったのでほとんど一般バスは乗っていませんでした。

 さて、交通費だけはまだまだ安い韓国、今朝4時過ぎの寝床の中で、考えました。高速バスは優等、一般の2種類があるとどのガイドブックにも書かれていますが、実際は多くは優等高速バス。路線にもよるでしょうが3分の2は優等バスという感じです。一般バスは日本同様1列が2+2の4席、優等バスは2+1の3席です。料金は約1.5倍ですが、多くの韓国人、お金がないから一般バスを待って乗るという人は少ない感じで、若い人も軍人さんもアジョシもアジュマも子供連れのお母さんも「次のに乗る」という感じです。

 この2+1シートの豪華な優等バス、3席が8列で、最後列だけ2+2という座席ですので定員は27名です。日本の高速バスでも1X3の3列だったりの長距離バスがありますが、普通は2+2。我が新潟からの路線、東京行きは300キロ以上の距離を走りますが、2+2で、座席表を見ると最後部に化粧室がありますので4X8+2の34席でした。あまり変わらないじゃん、と思われる方もおられるかもしれませんが観光のバスは幅も少し広めだと思いますし、長さが違うため、同じ9列でも座席間前後のピッチはかなり違う感じです。優等バスに乗ったことがある方はわかりますよね?これ。

 で、その寝床の中で考えたのは満席のときの売上合計のこと。前に群山線のところでこの話をしましたが、日本との比較はどうなんだろうと思って起きてから時刻表を調べました。新潟東京間に一番近い路線、300ちょっと、ということで見つけたのが務安行きです。ソウルから務安、蓮の花で有名な町、新しい空港で有名な全羅南道の町ですが、そこまでの走行距離は320キロ。新潟東京と同じくらいです。そして料金は優等の場合24300W。最近また10対1になったという話ですので、計算上10倍としましょう。

新潟東京線  5250円X34=178500円=1785000W

ソウル務安線 24300WX27=656100W=65610円

 同じ距離を満席で走ったバスの運賃売り上げの合計でこれだけの差があります。

 やはり1/2.72という感じ、ガソリンや軽油の値段、日本も高くなりましたが、1,2割は韓国のが高いです。これを考えると、この運賃の安さはバスの運行のために働く韓国の人に関する費用の安さによって維持されてる、まぁ、他にも理由はあるでしょうが、主因はそれだと思います。

 常々日本でも韓国でもバスを降りるときには「ありがとうございました」と運転手さんに声をかけるわたしですが、「감사합니다」は、しっかり声を出し、心をこめて言わないといけないなぁ、って感じます。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月25日 (火)

すばらしい韓国の食事391 「混ぜる」のが韓国?

277 421

 いつか数回に分けて韓国料理論を書きたいと思って準備しています。その中で1項を設けるつもりなのが「混ぜる」という話。有名なビビンバ、ビビmバッp、비빔밥は有名ですが、他のメニューでも、出てきたときは材料の一つ一つが区別できますが、食べる前には均一に混ぜて、なんてのがあります。

 「目で食べる」、「目で楽しむ(愛でる)」のも大事にする日本料理、「混ぜたほうが美味い」といわれる韓国料理、共通点はあっても、違う点も面白い、そんなふうに思います。

 1枚目は初登場、有名チェーン店「ノルブプデチゲ」のプデチゲ。2枚目は既にアップした事がある「マボンニムトッポッキ」の「トッポッキ(トッポギではない)」です。それぞれいろんなサリ(追加の具)が入っていて共通するものもたくさん。特にラーメンの麺は大事な役割を持っています。決定的な違いはゆで卵くらい。味も、辛くてちょっと甘くてしょっぱい、総合的にはラーメンのスープがちょっと複雑に、そして少し甘くなった、そんな味です。

 トッポッキとプデチゲ、どちらも韓国人にも人気、日本人にも有名になってきた気軽な安いメニューですが、見た目、そして味、いずれも「具が豪華な韓国ラーメン」という感じです。前者で主役であるはずの棒状の餅、トッk(トックではない)よりも、主張が強いのはラーメンの麺ですし、後者も主役は部隊の肉と言われるスパムとかソーセージよりも麺のような気がします。

 まぁ、どちらも美味しくて安いからどうでもいいのかもしれませんが、この2つの料理、「ごちゃ混ぜにする」という点から考えるとほぼ一緒のような気がします。取り皿に分けて出された場合、まさに前記の「具が豪華なラーメン」、同じ料理のように見えてしまうのではないかなぁ?と韓食好きの日本人代表の私は思うのです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1585 瑞山の夜を歩く1

0781 079 081 082 087

 서산の夜を歩く、といってもHな話はありません。ターミナルに着いてなるべく新しくてきれいなモテルを探して歩いて、部屋に荷物を置いて身軽になって夕食をとる店を探してぶらぶら歩く、そんなです。

 1枚目、街の中心にあるターミナルの前の交差点、角に延世歯科という歯医者さん。手前の角は薬局ですね。韓国で多く見かけるのが花屋と薬屋、「꽃」という看板と「약」という看板、「○○薬局」という通常の看板の他にそういう一文字の大きな看板を備えていることが多いです。でも、日本同様、歯医者もどんどん増えていっているのでしょう。 「延世」というのは有名私立大学の名前。出身校なのだと思いますがソウルなどにはたくさん、また一つの市には一つずつくらい「연세치과」があるような気がします。又聞きですが「母校を誇る人にはなるな、母校が誇る人になれ」という言葉があるとか。ま、そんな堅い事言うなよ、というところなのでしょう。

 2枚目はターミナルが右手に見える写真。タクシーがずらりと待っています。交通費の安い韓国、バスでソウルから戻り、家まではタクシーという人が多いでしょう。女子高校生のスカート、最近どんどん短くなってきています。韓国の流行が先だったり、日本での流行が韓国でも流行ったり、やはり似ている国です。でも、やはり韓国が日本を意識している方向が強いかもしれません。今やネット含め、なんでもすぐに見る事ができる時代ですものね。

 3枚目は2枚目の写真の左側の小路。旅館の看板が見えます。韓国のバスターミナルの周囲には必ずと言っていいくらい旅館、モテルがあります。ただ、古いものも多かったり。ここも、もともとの繁華街であるこちら側、ターミナルの北の旅館は古めで、南側にはその後からできた旅館、モテルがあります。でも、全体に古め。これはターミナル自体がかなり前からここにあり、移転していないためでしょう。ここらへんとは別に市の南西部に新しいモテルがたくさんある歓楽街があるのを翌日、萬里浦、泰安からの帰りに見かけました。

 4枚目は2000年くらいから流行りだした看板。小さなコンプレッサーをつないで常に空気を送り続けて膨らませて立たせるタイプのもの。強風時には倒れやすいので使えないようです。

 5枚目、周囲の商店。「モノがたくさんある国」、韓国。その通りの店です。

 この後、市場へ行って、また戻ってきて最初の歯科医院のほうへ行き、ずっと前にアップしたヘムルトゥッペギ、一人用海鮮鍋の夕食をとりました。次回は市場かな?

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年3月24日 (月)

2008年3月24日 嬉しいメールその後2

 おはようございます

 「残念ながら4月は行けない」と返事した後にまた届いた台湾の先生のメール、しばらく彼自身は日本へは来られないけれど、その私を誘うように言ってくれた自転車好きの友人は北海道なんかも走っている熱烈な自転車乗りで、もしかしたらこの9月に日本へ、そして新潟へ来るかもしれないという内容でした。

 昔は英語、けっこうイケルつもりでしたが韓国語を始めて上手になるにつれ、忘れてしまっています。自分では英語のつもりがだんだん韓国語が混じってきてしまったり。今回のメールのやり取りも辞書を時々引きながらでした。 中国語はこれからですし、多分、台湾の友人の方との言葉も英語になりそう。でも嬉しい知らせでした。 ここでも韓国の自転車店の訪問については何度か書いていますが同じ自転車好き同士だと外国人で、しかも初対面でもすぐに打ち解けることができるのを何度か経験しています。

 先のことを心配してもしょうがありませんし、これから少しでも中国語を勉強する、そう決めたのですから、「自転車乗り同士、きっと大丈夫」って考えて準備を進めるほうがいいに決まっています。

 予定が決まったらできるだけ早く連絡を、とまた返事を打ちましたが、台湾の大事な友人のそのまた友人、自転車乗り、きっと大丈夫です。どうやって新潟へ来るかはわかりませんが、できるだけの歓迎、そして、できれば一緒に走れればと考えています。

 今週はちょっと忙しいです。更新できない日もあるかもしれません。おまけに、そんな時に限って車関係のトラブル。あ、事故とかではありませんが、かなり頭の痛いことが生じてしまいました。気付いたのは今朝の4時半頃、急いで自動車屋に連絡を、と思ったら月曜定休。まったくこんな大事なときに!!とちょっと頭にきそうになりましたが、怒ってもダメ、何にもなりません。

 明らかに車屋のミスに起因することなのですが、マイナスのことを考えるのは良くありません。今できること、やらなければならないことを確実にやるしかありません。 韓国もちょっとは関係している話なので、少し先にこの話もアップしたいと思います。うまく片付いた後に、笑い話として。通常、有り得ないような話ですので。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

普通の韓国を探して1584 東豆川市外バスターミナル跡地

062 063 064

 韓国の全部を見たいと思っています。行った場所、自分の足で歩いた町をマークした地図を見せると大抵の韓国人が驚いてくれます。でも、「どこそこへ行った」というのを自慢するためだけの旅は面白くないと思いますのでついつい何度も訪れた場所もあります。ソウル、釜山は当たり前ですが、木浦、全州、群山などは何度も行っています。この他、ここのところ紹介している南原とか光州とか大田とか、2度3度と行ってみている場所を訪問して感じるのは、やはり韓国、変化が速いということです。「5年でもけっこう変化するし、10年経つとぜんぜん違う感じの街になっている」、そんなふうに感じます。

 今回の東豆川も、ずいぶん前、90年代後半に行って、泊まって、歩いたところですが、まず到着してびっくりしたのが小さなバスターミナルがなくなっていたことです。1枚目の写真にある小さな四角い空き地が昔のバスターミナルでした。多分1960年代の本、「20世紀韓国大観(東亜日報社刊)」でも、ちょっと流線型の旧式のバスが写った写真があったと思いますが、昔からあったターミナル。京元線の電車線延長とかのせいでしょうか、消えてしまっていました。

 2枚目が新しくできた停留所、名前は「旧ターミナル」です。3枚目も、これはターミナル跡地から新しい停留所を見た写真。後ろの塔は何でしょう?

 「バスターミナルは非日常への出発点であり、ハレの場所」と前に書きましたが、それがなくなり停留所になっても「議政府へ行く」、「ソウルへ行く」、バスを待つ人の顔はなんだか明るいように思えました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1583 荒山大捷碑 「破碑閣」

339 342 340 341

 황산대첩비  파비각

 神谷丹路さんの本にあった破碑閣はこちらです。現在の荒山大捷碑は新しく作られたもので、朝鮮時代の李成桂の倭寇撃退大勝利記念碑として最初に建てられた記念碑は割れてしまっていたのでした。

 2枚目の説明文、英文もありますので読める方は読んでみてください。

 日帝時代の最後、日本の敗戦、韓国の光復の前に官憲の手により碑文を削り落としたうえで爆破し、壊してしまったそうです。官憲といってもどのレベルの指示だかはわかりませんが、日本が負けた記念碑は面白くないということでの蛮行と言っても差し支えないと感じます。しかも、実際に手を下したのは当事の朝鮮人(現韓国人)の刑事だとのこと。そして光復後にはその人、リンチにあっただか、神谷さんの本に記載があります。

 「복잡하다」という韓国語の表現、日本語の「複雑だ」というのよりも広い意味を持つように感じているのですが、ちょっと複雑な気持ちにならざるを得ない歴史の事実。やはり神谷さんの本の話ですが、日本統治時代の日本人でも、平等に、誠実に接し、敗戦後も慕われている人もいれば、さんざん横暴な行為をしていた人が仕返しを恐れていち早く逃亡してしまったりという話もあります。また、韓国朝鮮の人でも日帝側に付き、横暴な振る舞いを同じ民族に対して行った人もいるようですし、、まさに、複雑です。

 日帝時代のいろんなことに対し自虐論者ではない私ですし、今の韓国社会の基礎のなかに、日帝時代に築かれた良い部分が残っている部分が残っていると思います。でも、、どちらかといえば日本が悪かったことのほうがずっと多い、それは確かだと考えています。

 日本統治時代の文化財についての蛮行は韓国の歴史探訪の本などにも少し記載があり、石仏、石塔など気にいった文化財を自分の豪邸の庭に持ってきてしまった話を読んでいます。また陶磁器などの収奪もあったのではないかと想像しています。でも、面白くない歴史ある記念碑の碑文を削り取って爆破して捨ててしまうのは世界から批判を受けてもしょうがない、そう思います。

 韓国の名所旧跡(古跡)へ行くとしばしば目にする韓国語での案内板の文章に、「壬申倭乱(文禄の役)」もしくは「丁酉倭乱(慶長の役)」で破壊された、もしくは焼かれたという文章があります。戦国時代の末期、戦争に明け暮れた日本の武士の蛮行の話です。

 でも、もっとずっと後、数十年前にも日本による韓国の文化財の破壊が行われたというのを神谷さんの本で知ったときはちょっとショックでした。実際にその証拠を見に行って思ったのは、今後こんな歴史が繰り返されてはいけない、それ一つです。

 追加

 神谷さんの本を見てみたら破壊されたのは昭和20年1月となっています。2枚目の説明文では昭和18年(1943)との表示。どっちが正しいかはわかりませんが、ぶっ壊したのは事実ですのでケンチャナヨ、というところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月23日 (日)

普通の韓国を探して1582 황산대첩비

336_2 337 338 3461

 前にも書いたように90年代くらいまでは本屋で韓国関係の本を見つけると必ず買う、そんな状態でした。ただ、ワールドカップが近づいて韓国に行く人、興味を持つ人が増えてからは内容の無い、既存の本の記事を焼きなおしたり、寄せ集めたり、そんな「良くないな」と思う本が旅行ガイド、韓国紹介本などにたくさん出てきたのでそんなに買わなくなりました。また、自分で韓国各地を歩いてしまって、「私のほうが知っている」なんていう気持ちも生じていたのかもしれません。

 ただ、ここでも何度か紹介している神谷丹路さんの本は本当にいいです。琴線に触れるというか、そんな感じ。もともと長く留学しておられ、語学にも堪能、また歴史地理にも深い知識を持っている方で、自分の目標みたいに考えていたのかもしれません。 本を見て、どこどこへ行きたいなんてはあまり思わなくなった私ですが、割合最近買った本、明石書店刊神谷丹路著、「韓国歴史漫歩」という本の記事にあった南原の「荒山大捷(大勝という意味)碑」、見に行きたくなりました。

 南原というと有名なのは春香伝の広寒楼。10年も前にそこは行っていますが、郊外の雲峰邑にあるこの碑と、秀吉の戦争で亡くなった軍人、一般市民を弔うお堂、万人義塚を見に行ったのです。

 南原から30キロくらいでしょうか。バスで1時間もかからない場所にある雲峰邑のことは前にもちょっとアップしました。でも、何も無い邑事務所前のバス停で降りてしばらく途方に暮れ、歩いて昔の邑の中心部に行ってタクシーを捕まえ、荒山大捷碑往復5000Wと交渉して目的の地へ行けたのです。

 1枚目はタクシーを降りて歩き始めた場所からの全景。2,3枚目が「現」荒山大捷碑を収めたお堂です。ことさら「現」と書いたのは、前述の本を読んだ方ならご存知しょうが、「旧」の황산대첩비が別にあるのです。それが4枚目。「破碑閣」という名のお堂。神谷丹路さんがテーマとして取り上げたのもこの「旧荒山大捷碑」のほう。私が自分の目で見てみたかったのもこちらの「旧」のほうでした。

つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1581 城南市盆塘区スネ駅前

150 143 1601 146 147 162

 何もかもが新しい街、盆塘、韓国的なものというと、派手な看板、ネオンと、、やはり露天の店が少しだけあるくらいです。

 2枚目、ピンクのテントは占いでしょうか? 占い好きの韓国人、お寺を称したものから、普通の家みたいな所、また、こんなふうに小さなテントのもの、そんなテントがたくさん集まった占い村もあります。また方法も西洋風、東洋風、韓国風あり、無いのは日本風くらい。老若男女、皆好きなのかもしれません。

 3枚目はスリッパというか室内履きの店、晩秋の写真ですので、ちょうど時期の売り物。たぶん違う季節には違う商品を売るのでしょう、ご主人。とはいえ、周囲にも誰もいませんでした。品物が品物とはいえほったらかしで食事でもしにいったのでしょうか?泥棒の少ない韓国だからこその風景です。

 4枚目はちょっとしゃれた店の前の自転車。飾りとして置いてあるようですが、走れそうなやつです。日本だと道路を走れるかは微妙かもしれません、これ。

 5,6枚目、けっこう前からある高級アパート群に加え2000年以後はどんどん超高層アパートも増えているソウル。当然お金持ちの街であるこのブンダンにもどんどんできているのでしょう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2008年3月16日 - 2008年3月22日 | トップページ | 2008年3月30日 - 2008年4月5日 »