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2008年5月10日 (土)

2008年5月10日 ウォーキング、始めました。

 おはようございます。

 うちにしては忙しい土曜日です。天候は曇り、ここ数日肌寒い新潟です。

 ちょっと前に書いたランニングシューズのこと、連休の最後にウォーキングを始めました。夕食の後ちょっと休んで、その靴を履いて出かけます。やはり自転車に比べると遅いので最初の10分くらいはなんだか面白くない感じですが身体が温まると気持ちよく歩けるようです。腕を振りながらできるだけ早足で歩くことを心がけて1時間弱、家の近所を歩いています。昨夜で3日目ですが、昨日は万歩計も購入、降らない限りはできるだけ夕食後に歩こうと考えています。

 ブログでも勉強会でもなんでもそうですが、「長続きの秘訣は無理をしないこと」、というのが尊敬する先輩である登坂邦彦先生の言葉です。でも、ランニングハイという言葉があるとおり、自転車でもそうですが同じペースでの適度の運動、続けると良い脳内ホルモンが出て気持ちよくなるといいます。なんだかそんなのがすでに解り始めた、そんな感じです。 今朝起きたらちゃんと歩数がゼロにリセットされています。消費カロリー、燃焼脂肪g数なんかも出るしメモリーで少し前の数値もわかるようになっています。今日は自転車で出てきましたので今の歩数は1292歩。寝る前は何歩になっているか?そんなのも楽しみですね。

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とうちゃんの自転車日記98 やっぱりありました。 越後線出雲崎駅

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 越後線出雲崎駅です。新潟と柏崎を結ぶローカル線で、大昔、私も内野駅まで通学のために使っていました。今は電化されましたが前はディーゼルカーがごとごと走る、そんな田舎の路線、なかなか味がありました。線路の規格が低く、大きな機関車が走れない線だったためC56などの小さい機関車が走っていたと聞いていますがその時代は流石に知りません。

 寺泊で自転車を組み立てて前から地図上で目星をつけていた場所を回り、のんびり出雲崎へ。自転車をたたんで、輪行袋に入れて、電車を待ちます。1,2,3枚目、駅舎と待合室ですが、やっぱりありました、ジェロさん応援のポスター。駅前には「地震に負けるな」だのいう看板もあった出雲崎、少しですが仮設住宅もあったり。がんばって復興してほしいものです。

 4,5枚目はホームに出ての写真。ここもレンタサイクルがあり、えちごワンデーパスだかいう普通列車乗り放題の切符を買えば無料で借りられるそうです。電車代も安くなり、自転車も無料。重い思いをして担いできた最後にそんなのを知りました。JRさん、もっと宣伝してよ、というところです。まぁ高性能な愛車で気持ちよく走れたのでよしとしないといけません。でも、次回はそのワンデーパス利用の県内輪行をやってみたいです。乗り放題は魅力ですので。

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普通の韓国を探して1658 京機道漣川郡全谷へ到着

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 議政府までバス、乗り換えて東豆川。お昼を食べてからまた東豆川でバスに乗り全谷へ着いた最初の3枚です。終点はちょっと前に紹介したターミナルなのかもしれませんが旅館のありそうな駅前で降りてみました。駅前通りの十字路のようで1枚目は駅の方向の写真です。やはりソウルに比べると人が少ない議政府、さらに少ない東豆川でしたが全谷駅前は人もまばらでした。 赤いバイクは何を運ぶのでしょうか?荷台に箱をつけてさらにそこに丸い、あの韓国の赤茶色の桶を載せています。

 2枚目は1枚目の向こうに見えていた建物。邑民(町民)会館のようです。いくつか町の公共団体の看板が出ていましたが使われていないふう。あとで近隣公園の邑事務所へ行きましたが、そこに併設されていた新しい町民会館みたいなのが今はメインになっているのかもしれません。

 3枚目は左手にあった全谷郵逓局。韓国はまだ民営化されていないのでしょうかねぇ?何枚か전곡읍の写真をアップしていきたいと思います。

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2008年5月 9日 (金)

とうちゃんの自転車日記97 ミナミプラザ解体中

117  新潟を代表する橋である万代橋上からの写真です。新潟駅よりの橋のたもとにあるミナミプラザというビルの解体工事をやっていました。新潟でも最も交通量が多い交差点の一つである場所にあったホテルやサウナ、ボウリング場、飲食店なんかが入っていたビルです。

 なんか行きにくい場所で数えるほどしか入ったことはありませんでしたが、毎日のように目にしていた建物がなくなるのはなんだか寂しい気もします。 大昔はその左手には丸い体育館のような屋根の「キャバレー香港」だのもありました。新潟へ来て32年かな?若い人が知らない昔の街を知っている、そんな年齢になった私です。

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普通の韓国を探して1657 中部市場の南側へ

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 壇一雄さんだったかの言葉、「知らない国(土地)へ行ったら市場へ行って、それから女を抱け」だか。後者は別として「市場へ行け」は言えてると思う私です。「海産物中心の乾物の市場」であるウルチロ4街の中部市場、なかなか面白い場所です。

 「韓国は物がたくさんある国」でもありますので、雑貨店の店頭は1枚目の写真のような状態。見ているだけでも面白いです。 また2枚目の写真のように少しだけ野菜関係の乾物の店もあります。多くは北韓産ですが、丸く藁で縛って干したわらび、韓国ではよく見かけます。今頃の時期、山で遊ぶ人は休みごとに山菜とりに出かけていることと思いますが韓国も日本に負けずいろんな山菜を利用しています。

 冒頭の言葉、「市場へ行け」は「その土地の食べ物を見て、食べてみろ」という意味だとも解釈できます。ただ、この中部市場、市場で働く人向けの食堂は周辺にいくつかあり、ここのところ掲載してきた写真にも看板が写っていましたがあまり観光で訪れた人が食べる場所というのはありません。そのへん、まだ観光観光していないのが魅力とも感じられます。 でも、ご心配なく。南側、ホテルPJの前を左へ行った通り、中区区庁の交差点を渡ったあたりには3枚目のような牛ホルモンの店や、前にちょっと紹介した釜山カルビ、それに、4枚目の写真にあるような冷麺の有名店が並ぶ場所なんかがあります。

 韓国の市場、いつ行っても楽しい、そんな私です。

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2008年5月 8日 (木)

普通の韓国を探して1656 乙支路4街 照明器具商街から家具商街へ

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 商街、상가というと一つの建物の中にいくつもの店が入っているタイプのものをいうこともありますし、同じ種類の商品の店がたくさん集まる場所を言うこともあるようです。乙支路4街の大きな交差点の周辺は家具の店がたくさん集まる場所になっています。他にソウルだと忠正路駅周辺、あとは江南のノニョン洞(ノンヒョン洞)あたりにも家具店が多いですし、イテウォンの下、普光洞あたりには中古輸入家具の店が集まっていたりします。

 新聞の広告などでも、またケーブルテレビの通販チャンネルでも家具なんかのものがたくさん。韓国の人、家具とか寝台とか、そんなのが割合好きと言うか、凝る人が多いのかもしれません。

 1枚目は乙支路の様子。黄色いジャンパーを着たアジョシは、ここ最近しばしば見かけるようになりました。よく知りませんが駐車違反の取締りではなさそう。一定時間の指定場所での駐車を許可するパーキングチケットの販売なのかな?とも思います。ソウル在住の方とかでご存知の方がおられましたら教えてください。  安寧ハセヨ? ムオルハシヌンブニセヨ?って尋ねてみればよかったですね。

 2,3枚目は家具の店。やはり外装もちょっと凝っています。でも、商品を見ると韓国ならではのちょっとやりすぎのような趣味のものもあります。ずいぶん前から流行っていますが背もたれがいくつにも分かれたタイプの事務椅子など、もちろん世界的にあるものでしょうが、凝りに凝ったやつの広告をよく見かけました。事務用家具専門のFURSYS(ポーシス、綴りちょっと自信なし)とかいう店もあちこちで見かけます。 

 大きなものですから簡単には買えませんが、アンティークの韓国家具とかが好きな方もたくさんいるのでしょうね。

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父ちゃんの自転車日記96 新潟市の坂

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 関東平野を除けば、国内でもかなり大きな平野の中にある新潟市、合併で新津や巻なども一緒になったのですが、もともとの新潟市はほぼ平らです。坂といえば海岸部の元は砂丘だったような20mくらいの高くなった場所への坂があるくらいです。 ですので自転車で走るにはとても適した街といえましょう。

 今回の写真、1枚目はどっぺり坂。半ば観光地でもありますのでいわれとかは検索してみてください。いくらでも出てきます。自転車ですと階段は無理なのでこの道を行くのですが右へ行って、また正面の茶色の建物の端で急激に左へヘアピン状に曲がり、階段となっているどっぺり坂の上に至る道になります。結構、短いけれど急な難所です。

 2枚目は我が新潟大歯学部の病院前から医学部へ上る坂です。ここも、慣れていない人が自転車で上がるのはきついかもしれませんが標高差は10mちょっと。真ん中に医学部外来入口の交差点を置く、ほんの100mちょっとの距離です。高校生なんかはぐいぐい自転車で上るのではないかな?私ももちろん、大丈夫です。

 「新潟市の坂」、ほかにもいくつか紹介しますね。連休最終日、楽しみます。

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2008年5月 7日 (水)

2008年5月7日 連休

こんにちは

 日曜が仕事でしたのでちょっとずれて始まった連休、明日まで休みです。けっこう自転車に乗ったので腕や顔がかなり陽に焼けました。ヘルメットを被らないでのポタリングが中心だったため帽子を着用。このため額にもくっきりと線ができてしまいました。

 今朝見たテレビの宣伝のコピー、健康茶のものでしたが「できない誓いを立てるよりも、できること(そのお茶を買って飲んでね、ということです)から始めてみよう」だか、そんなのがありましたけど、上手いなと感じました。人間、みんなけっこう大変なのですから何かをやりぬくのはなかなか困難です。何度かここでも書いている「シジャギパニダ」のとおり、まずはできることから始めてみる、大事なことだなぁと思います。

 前にここで書いたでしょうか?昨年暮れに買ったランニングシューズ、まだほとんど履いていません。昼間は自転車ですけど、夜はランニングとまでは言わず、まずはウォーキングあたりからでも始めてみたいです。

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普通の韓国を探して1655 乙支路4街・中部市場を歩く

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 何度か紹介している中部市場です。主に海産物の乾物・干物を扱う大きな市場です。煮干しとかミョルチ、クルビ、ミヨク(わかめ)、タシマ(コンブ)、ファンテ(干したスケソウダラ)、スルメ、前に紹介したタコ(ムノタリ、ムンオの足)、チィポ(平らに干したかわはぎ)、タタミイワシなど、安く買える場所です。店によってはあまり少量だと渋い顔をされるかもしれませんが、最近は日本人観光客も増えているので割合買いやすいと思います。

 3枚目は鬼婆が持っていそうな曲がった分厚い刃の韓国包丁を買ったことがある荒物屋です。調理器具など何でもあります。

 4枚目は商街の建物の中のトイレの中にあったストーブです。寒い韓国、冬の市場の化粧室ですが、ありがたいものです。

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とうちゃんの自転車日記95 学校町通り・三献刑場跡

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 新潟大学歯学部そば、昔はバスも通っていたという学校町通りです。1年ほどこのへんに住んでいたこともあるのですが、三献刑場址というのがあります。昔はもっと大きな木が茂っていたりしたので、ちょっとおどろおどろしい雰囲気もあったのですが、今はアパートができたりでだいぶ明るくなりました。江戸時代の新潟の街、タイムマシンがあったら自転車を持っていってあちこち見て歩きたいものです。 まぁ、それも無理ですので気軽なポタリングであちこち、そんな歴史の跡を見て歩こうと考えています。

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2008年5月 6日 (火)

普通の韓国を探して1654 乙支路3街の猫

593  ウルチ路3街のあたり、いろんな部品の店がたくさんありますが、裏手の小路に入ると小さな鉄工所という感じの店がたくさんあります。乙支麺屋の裏なんかもそういう小さな金属加工工場が並んでいます。 そんな町工場の一つの入口に紐でつながれた猫がいました。最近は日本でも猫の室内飼いが主流になってきましたが、韓国では昔から猫は繋いで飼うものだったようです。でないと韓方材料になってしまう、というのは本当かウソかわかりません。

 大事にされているようで、きれいな猫でした。

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普通の韓国を探して1653 乙支路4街あたり

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 ごく普通の韓国、ソウルの街の写真です。乙支路の3街と4街の間、いろんな品物の問屋街という感じですが、特に目立つのが1枚目、照明器具の店です。こんな店がいくつも並んでいる街です。

 2枚目は大林商街とありますね。何度かここでも紹介している鍾路から退渓路まで、4つに分かれて南北に連なる商街の建物のひとつです。本当に目立つ、でも、古くなってしまった建築です。昔の本、80年代くらいの本では電子商街=電気製品の店が集まる場所があったとのことですが今は照明器具と細かい部品の店が多い、その程度になってしまっています。

 3枚目はホテルPJからウルチ路に出た角にある郵便局です。間口は狭いけど商街側にも奥は広がっているようです。

 4枚目は旧国都劇場跡にできたホテル国都。空港バスの停留所が近く、また最新のホテルですので日本人はじめ観光客に人気が高いようです。すぐそばのホテルPJよりも格上の特2級ですが団体だと安く泊まれるのでしょう。

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とうちゃんの自転車日記94 旗竿支柱のこと

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 前に安曇族の里に近い松本市里山辺の自然石をそのまま立てて作った旗竿支柱が大陸、半島由来の由緒を持つのでは?と書きました。先日の寺泊出雲崎輪行の際の写真ですが、通常は1枚目のように石の柱を立てたタイプが新潟県では主流だと思います。でも、2枚目、神社の前ではなく、集落の入口に立てられたちょっと松本タイプに似たのを見かけました。

 日本全国に渡来人の里と言われる場所はありますが、安曇野へは新潟県、日本海側からやってきたという説が有力だとか。新潟県内にも無いかなぁ?と考えながら探しています。한국식당간지주(韓国式旗竿支柱)の分布はどうなっているのでしょう?

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2008年5月 5日 (月)

普通の韓国を探して1652 全谷バスターミナル

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 京機道漣川郡全谷邑のバスターミナルです。普通は「市外バスターミナル」と付くのに建物の掲示はただの「全谷バスターミナル」、行き先の掲示もありますが遠くへ行くバスのターミナルではなく近郷近在へ行く緩行バス、郡内バスの発着場のようです。遠くへ行く場合は頻繁に来るバスで議政府とかのターミナルへ行ってそこで乗り換えるのでしょう。

 普通はターミナルにある売店とかは2枚目の写真、コンビニがその役目をするのでしょう。3枚目のようにすぐ前にはタクシーがたくさん。 料金の安い韓国、ここまでバスで来てあとは自宅前までタクシーという人も多いようです。 一般にソウルに比べ、地方はタクシーの料金が高いことが多いようです。

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2008年5月 4日 (日)

普通の韓国を探して1651 坂の町・中渓本洞

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 ノウォン区の山の町、中渓本洞、数少なくなりつつある古い町のひとつです。黄鶴洞、スユ里、そんな場所とともに韓国へ行くとしばしば訪問するところ。いずれは再開発されることと思いますが、懐かしさを感じることができる古い町がなくなるのは寂しくも思えます。

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とうちゃんの自転車日記93 新津の오일장(五日市)

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 今は新潟市になりましたが旧新津市の駅前の線路脇の大きな駐車場に立つ五日市です。日頃は駐車場という場所に立つ市場というとモラン市場と一緒ですね。年齢層は高めになりますが「ハレ」の場である五日市の市日、売る人も買う人も楽しそうです。

 今の時期、目立つのはやはり苗、割合郊外の地区ですので買う人もたくさん。これも韓国でも今頃の時期は一緒だと思います。あと、目だったのは川蟹、モクズガニで、やはり新潟の特産物ですが、これも韓国のチャムケとほぼ一緒の種類です。起源は別かもしれませんが日ごとに各所に立つ五日市、とても似ている韓国と日本です。

 4枚目、「キムチ」という看板。農村にお嫁に来た韓国人のおばさんがやっているのかもしれません。夏は温度管理が大変そうですが、この漬物、もとい김치も完全に日本に定着したようです。

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普通の韓国を探して1650 東廟裏から鍾路への路地

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 ソウルの旧市街、地理を把握するには東西に続く大きな道を覚えるのが一番です。北から順に鍾路、清渓川路、乙支路、そして退渓路。そして、西の端の世宗路とかの側から1街、2街と数字が付いていて東大門のあたりが6街とかになります。南側の2本の大通り、乙支路と退渓路は東大門運動場のあたりで1本になるので、7,8,9街あたりは鍾路、清渓川路、そして2本が合流した往十里キルの3本です。

 今回の写真は清渓7街から鍾路へ抜ける崇仁洞のあたり、東廟の裏手から鍾路へ抜ける道です。1枚目はいろんなもの、多いのは内装材料だのの問屋が集まる東廟の裏のあたり、2枚目は左が東廟の壁で、3枚目が鍾路に出たところ。新しい高層アパートと古い建物、朝鮮時代からのものもあれば日帝時代あたりのものもある、そんなソウルの面白さを集約した町のひとつです。

 普通のソウル、いくら歩いても楽しみは尽きません。

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