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2008年6月21日 (土)

普通の韓国を探して1725 東海市墨湖・武橋美人村の裏手

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 日本と韓国、似ている国ですが女性のいる店でお酒を飲もうとすると韓国のが高いかもしれません。江原道の東海市の旧市街、墨湖駅裏手、ガードをくぐった向こう側のムギョドンミインチョンの昼間の様子です。セメントのサイロがいかにも江原道の港町という感じ。嶺東線の本線以外に引込み線もある駅裏です。1枚目、店の名前は「ピンクレイディ(ピンクレディ)」と「密愛」。後者は90年くらいの映画の題名かもしれません。

 このときは無窮花号で原州だったか、堤川だったか、そんな内陸部の都市へ移動。ですので昼間の誰もいない静かな飲み屋街の写真です。

 前回書いたように韓国にはいろんなもの、いろんな店、日本人から見ると多すぎるように感じます。男性天国と言えば言えるのかもしれませんが、お金は日本以上にかかってしまう。訪韓回数は多いとはいえ夜の街に関しては知っているのはポジャンマチャクラス。やはりおばちゃん相手のスナックとかでもいいので、日本のほうが気軽に遊べる感じがしますよね。

 2枚目の遠くに見える山が香炉峰、そのすぐ手前まで引込み線がある、そんな古い港町がこのムクホ(ムッkホ)です。

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2008年6月21日 「機内食」

 こんにちは

 ちょっと手が空きました。 このニフティのブログ、どんなキーワードで来てくれたかの検索がかなり詳しくできます。「機内食」とかも多いのですが、検索サイトをたどると最大2つくらいまでしか掲載されていません。

 右下の、ちょっと目立たないニフティ内の検索で「このブログ内での検索」を▽で選び、下のところにキーワードを入れると何件もの記事が出てきますのでどうかご利用ください。

 今日は夕方まで仕事、明日は休みですが墓参りに出かける予定です。自転車で行くかどうか、考え中です。天気次第ですね。

 それでは皆様、よい週末をお過ごしください。

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普通の韓国を探して1724 瑞山の市街南側にできた新しいモテル街

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 忠南の地方都市、ソサンです。市外バスターミナルそばのモテルに泊まった翌朝、1番のバスで泰安、萬里浦、その帰りにソウル直行のバスに乗り同じ道を引き返す途中の写真です。

 私が泊まった市内中心部、市外バスターミナルの周囲の旅館街とは別に市街地の南側に新しいモテルが集まる場所ができていました。大昔に瑞山に泊まったことがありましたがその時はずいぶん歩いて街をまわりました。新しい飲み屋、ナイトクラブができているな、と思った地域がありましたが何年か経ってこんな街ができたのでしょう。今も新しいモテルが建設中、そんな風景も見られました。

 2枚目は遊興酒店が一杯入ったビルです。もう少し行って左へ曲がれば市外バスターミナルのある中心部というあたりです。「モノがたくさんある国」である韓国、店の数も多すぎるように感じます。それほど大きな街でもないこのソサンに、どれだけこういう店で豪遊する人がいるのかな?と思います。これはこのソサンだけでなく全国どこでも言える事だと思いますが、韓国の男性、女性のいる遊興酒店はすごく高いはずなのに、そんなに遊ぶのかな??

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普通の韓国を探して1723 全州観光ホテル

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 全北の全州、古い繁華街と全州川の間にある全州観光ホテルです。90年代の後半、地方を歩き始めた比較的早い時期に全州へは行きましたが最初に泊まったのがここでした。 まだ当時は安くて便利なモテルや荘旅館よりも、ホテル、そんな感じでした。ガイドブックの数少ない情報の中で安いホテルを探して泊まっていた、そんなです。

 全州の名前を冠したホテルですので多分もっとも古いホテルなのでしょう。それほど大きくはありませんが、夜はナイトクラブ(ディスコ)の音ががんがん、周囲にもいろんな夜の店がありました。市内の観光地をひととおり昼間に回って、夜になって、おっかなびっくりでカペに行って経営者である若い女性とその友人とビールを飲んでお喋りした記憶があります。韓国では普通にある店の名刺も残っています。「エクスピール」という2階にあった店。もう無いだろうな、と思ってちょっと探しましたがやはりありません。全体にこのホテル周辺の飲み屋街もさびれ気味、そんなふうに感じました。

 ソウルに比べれば地方都市の観光ホテル(観光公社の認定したムクゲマークの付いたホテル)は安めではあります。治安が、とか言う心配は少なくとも男性の場合不要だと思われる韓国、やはり今は安くてきれいなモテルのがいいね、そう思う私です。

 1,2枚目はその全州観光ホテル、3枚目は周辺の繁華街です。コアホテル前から市内中心部を歩いて豊南門、南部市場を見て、周辺に適当な宿が無いので引き返す途中の写真です。大きなカバンをかかえたままの徒歩でしたのでこの後、全州川沿いの道に出てタクシーをひろい、結局市外バスターミナルへ行ってモテルシドニー(シドニーモテル)に泊まったわけです。でも、韓国の地方都市、いくら歩いても趣は尽きることがありません。1枚1枚が懐かしい風景です。

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2008年6月20日 (金)

2008年6月20日 昨日は完全休養日

 おはようございます

 水曜は雑用であちこち自転車で飛び回りましたし、夜はウォーキングで万歩計は30000歩近くを記録しました。さすがに疲れたので昨日はコンピュータにも触らず、仕事から離れて完全な休みにしました。まだそんなに暑くもないので自室のベッドで昼寝したり映画を見たり。 しかしちょっと前に紹介した「ラジオスター」、私の中では韓国映画の最高傑作かもしれません。

 韓国語の聞き取り練習のための韓国映画。コメディを見ることが多かったのですが、韓国、よくここでも書く「最初から最後まで暗く悲しい作品」だの、「ちょっと荒唐無稽すぎるストーリーのもの」、保護政策があるとかで、ハズレも残念ながら多かったりしますが、「最初から最後まで坦々と進み、でも、見終わると良かったなぁ、とほのぼの感じる作品」、案外好きなんです。「ネマウメ風琴」とか、「花咲く春が来れば」とか。

 この「ラジオスター」も、パクジュンフンとアンソンギという韓国映画界の大物2人を主軸に、でも、特別盛り上がりも無く江原道の山の中の町、寧越での話が続く作品ですが、主人公2人、寧越支局の支局長、技師さん、女性PD、ロックバンドの4人、ソウルの大物局長、寧越の人々、それぞれいい味を出している映画です。思うに、登場人物全員がいいやつ、そんな感じの映画です。スターファクトリーの社長も悪いやつじゃないと思うし、冒頭のミサリのライブカペのお客(映画「ファミリー」でも活躍した島田伸介さん風の男)も悪い人ではありません。後半、ちょっとだけ出てくるキムパプ屋をやっているアンソンギの奥さんの台詞も泣かせるし、、結局2度も見てしまいました。大事な役をやっているタバンアガシの人も魅力的でしたし、実際に何度も通り、また自分の足でも歩いたことのある町、寧越へまた行きたくなる、そんな気持ちを起こさせるいい映画です。

 思うに、韓国の「ウリ関係」を象徴する作品かも。主役の2人、チェゴンとパンミンスもウリ、苦労かける奥さんとパクミンスもウリ。最初はバラバラだったヨンウォル支局のスタッフと主役2人もだんだん気持ちのいい「ウリ」の関係になる。寧越の人々もだんだんと主人公2人を「ウリ」と認めてファンになってくる。関係の濃度は違いますが、ウリってそういうものだと考えてます。唯一スターファクトリーの社長さんが「ウリ関係」とは無縁の仕事第一のドライな人物として描かれています。

 「人間ってお互いに迷惑を掛け合うのが当たり前、助け合うのが当たり前、それがウリの間柄」、「甘え、甘えられは当たり前」、日本人にはうっとうしいと感じる部分があるかもしれませんがそんな韓国の「ウリ」という言葉がうまく描かれていると感じます。「サラン」という言葉、日本語だと「愛」と訳され、ちょっと大げさになってしまいますが、韓国人は気軽によく使います。「好き」がもっと濃密になった感じ。チョコパイにも書いてある「情」という韓国人が好きな言葉もありましたし、、とにかくそんな気持ちが満ち溢れる韓国の濃い人間関係、「ウリ」をよく表した作品だと思います。

 最後のほう、「ビデオキルザラジオスター」のバックの映像も秀逸。古いけど色あせていない懐かしい曲と韓国の各地の映像、ここだけでも何度も見たくなります。大韓民国万歳です。 映画の舞台である寧越に始まり全州のあの門の形の歩道橋(湖南第一門とかかれた額があり、幅広いので驚くが実は歩道橋を兼ねたものなんです。ご存知の方、おられますよね?)、広大な光州綜合バスターミナル、釜山の海雲台に広安大橋、そしてソウルの江南と漢江。韓国ファンには堪えられない絵でした。 日本でも売っているのでしょうか?ぜひともお勧めしたい、そんな名作ですよ。

 追記:あまりに気分が良かったのであれこれ推敲もせずに文を追加してしまい、まとまりの無い文章になってしまいました。すみません。また、映画を見ていない人にはよくわからない話になってしまいました。でもホント、「ラジオスター」は全ての韓国ファンに見てもらいたい映画です。「韓国映画」+「ラジオスター」とかで検索してみてください。多くの人のサイトがあり、けっこう皆さんいい評価をしてくれています。そして、可能であればレンタルで探してご覧ください。一人でも見てくれたら、私も嬉しいです。

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普通の韓国を探して1722 무궁화삼천리화려강산

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何度か撮っている画像ですがここでは初の紹介でしょうか、朝の6時、テレビ放送開始のときの愛国歌と一緒に放映される韓国の良い所、よい風景なんかの画像です。

 冷暖房完備のモテルの部屋で見ることが多いので大抵はパンツ一丁だったりしますが、胸に手を当てて愛国歌を口ずさんで私の韓国での一日は始まります。時には何の絵がどういう順で出てきたかメモしながらだったりもします。昔は日本語、でも、漢字を書いていると追いつかないので最近はハングルで。確かに簡単に、速くメモできるのがわかります。

 余談ですが国家や国旗に対する敬礼、私服のときは胸に手を当てて、でも、制服の時は初等学校の生徒であっても手を上げての敬礼なのだそうです。道徳の教科書に書いてありました。

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普通の韓国を探して1721 益山インターから全州市内へ

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 仁川空港と全北全州のホテルコア前を3時間半で結ぶ空港リムジンバスの車窓風景です。ただの韓国の田舎の風景、たくさんの方が見てくれることに嬉しく思い、かつ感謝いたします。

 1枚目、湖南高速道路の本線上からのイクサンインターです。やはり京釜高速に比べると車は少なめです。場所は全羅北道の完州郡。前に新潟韓国教育院で韓国語を教えてくれたチョデヒョン先生の故郷はこのへん、飛鳳面という場所になります。故郷自慢が好きな韓国人、それぞれの心の中に故郷の山河があるようで、村から良く見える山などの話を聞かせてもらったこともあります。村ごとにそこを守る山や川がある、そんな感じなのでしょう。

 2、3枚目はイクサンインターの停留所があるガソリンスタンドを出てすぐの道路です。このあたり、他に乗り物など無いので家族や友人の迎えの車などがないとどこへ行くにも苦労することと思います。普通のバスターミナルとは違う、車の便がある人のための停留所です。 韓国の地方、道が非常に整備され、広い道路がちゃんとあります。これだけの広い道が田舎のあまり人家も無い場所にできているのは大したものです。

 4枚目は一般道を全州に向けて走る途中。村の入口にある大きな木なども大事にされている感じがします。あずまやがあってお年寄りがお喋りしていたり、時には雨宿りの場所になっていたり、韓国全土にそんなふうに愛され続けている大きな木がたくさんあるのでしょう。停車している白いトラックは「現代宅配」とあります。日本同様、宅配便は盛んに利用されているよう。その割りに街中での取り次ぎ場所とかは目立ちません。自宅などの集配が多いのかなとも思います。日本とよく似た国、国情も似ているせいか日本で流行、発達したものがそのまま韓国でも同じように、という部分は確かにあります。お互い見習うべき点が多い2国ともいえましょう。

 何度も通っているこの道、終点である全州のイメージと期待感が大きいためかあまり風景を気にしたことがなかった道です。ちょうど眠くなるあたりなのもその理由かもしれません。普通の韓国の田舎の風景でした。

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2008年6月18日 (水)

普通の韓国を探して1720 ソウル駅・西部駅側の風景

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 前にも紹介したかもしれませんがソウル駅、西口のことを西部駅、「서부역,ソブヨk(ソブヨク)」と昔から言うようです。旧駅舎の南にできた新しいガラス張りのソウル駅、表から通り抜けると西部駅側へ出られます。山の多いソウル、萬里洞コゲとか淑明女子大とかのあるほうの山です。表側は南山公園とか南大門市場など、旧ソウルの城郭都市の入口ですのであまり普通の家が無い感じですがこちらの側は小高い山の斜面に一般の家々がぎっしり建っている、そんな風景を望むことができます。

 ここでも写真集の紹介をしたキムギチャンさんが主に古い町の撮影で歩いていたチュンリム洞(중림동,中林洞?)もそんな町のひとつですが、再開発で古い家々は姿を消してしまいました。再開発待ち地区は以前アップしたアヒョン洞の南側の地区がちょっとだけ残るのみです。

 1枚目、3枚目のビルはソファ児童病院という小児科の専門病院のようです。소화にあたる漢字語が思い当たりませんがもしかしたら「昭和」かな?とも思います。違うかな?昭和の「昭」という漢字、今の大人は皆知っている文字ですが「昭和」という年号以外にはほとんど使われない漢字だそうです。年号のためにやたら古い漢字を持ってきたとか聞いています。確かに他に「昭」という文字を使う一般的な言葉、思い当たりません。

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普通の韓国を探して1719 京機道漣川郡全谷邑・在来市場

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 大型マートとの競争で衰退が進んでいると言われる在来市場、今回はチョンゴクの町の中心部にある市場の写真です。ソウルの北、議政府からさらに北、東豆川を過ぎてもう少し行った場所ですので大型マートなど無いと思う場所ですが、やや寂しい感じでした。がんばって屋根を付けたけど、夕方の時間、人通りはあまりありません。宿に荷物を置いて軽装で出かけて歩いたときの写真です。

 2枚目、市場の中心部の角の店、「전곡닭집」。土俗タk、参鶏タkとありますので、鶏屋さんのようですが、氷屋も兼ねているようですし、この時は、季節柄、練炭も商っているようです。韓国の店、商売熱心なところでは本業の他にも売れるならば何でも売る、そんな一生懸命な姿勢があります。ソウル市内なんかでも、急な雨のときは数多くの店、露店で傘が売られています。最近では日本でも傘は安くなりましたが韓国、あまり雨具を持って行った記憶がありません。雨になればどこでも傘が買える、そんな便利な国です。

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2008年6月17日 (火)

とうちゃんの自転車日記132 松本市の中山を一周

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 新潟平野、かなりの大きな平野です。日本地図で見ると一番大きいのは関東平野。でも、細かい台地とか、そこにある谷だの、傾斜が無くもありません。新潟平野は信濃川に沿ってほぼ平ら。たとえば70キロ弱ある長岡市まで国道8号線を走っていった場合でも、途中にある明らかな上りは大きな川の橋の取り付け部分だけ。黒埼の橋、三条の橋、中ノ島の橋、その3箇所で10m弱の上下があるくらいで、70キロずっと平ら、そんな感じです。

 今回も松本市ですが、市内の南東部にある中山という小さな山へ行ってみました。松本駅前から川に沿って旧道を南へ。平田というあたりから東の山のほうへ入り、西友で一休み。緩やかな坂を川に沿って上って行きます。松本カントリークラブ入口の橋でまた一休み。そのゴルフ場へ行く道はまっすぐな坂道、ちょっとこれは平地育ちの自転車乗りには無理だと思い、市街のほうへ引き返すことにしました。しかし来た道を戻るのは芸がありません。上ってきた道の上には中山という墓地公園のある山がありましたのでその裏の峠を越える道を選びました。私にしては大きな決断でした。

 1枚目、その中山の裏の峠に上る道の途中です。6.9%という標識がありますが、100m進んで6.9m上るという坂の表示です。写真でみると大したこと無さそうですが私には充分すぎる坂、なんとか上りきって越えたあたりが2枚目です。歴史博物館だのの前、3枚目にあるような道祖神が1基。そこからちょっと行くと松本市街が見えてきました。でも、中山の北への稜線で市内中心部は見えません。4枚目の遠くの丘は松本駅北側の丘陵です。

 さて、数十分かけてここまできて、稼いだ高度に満足しながらゆっくり下ろうかと思いましたがこの先中山小学校前交差点からはかなりの急坂。ブレーキをかけながらあっという間に下ってしまいました。しかしそんな坂道もロードレーサーの練習の人、地元の中学生なんかが上ってきます。とてもかなわないなと感じながら友人との約束のある松本市内へ戻った私です。

 後で聞いたのですがこの中山のあたり、牛伏寺断層という有名な断層があるとか。じっくりそんなのを観察してくればよかったとも思いました。水の豊富な扇状地にできた松本市、好きな町です。

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普通の韓国を探して1718 全北・全州市の南部市場

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 전주시내 풍남문 근처에 있는 남부시장입니다.

 全州(チョンジュ)の豊南門の近くにある南部市場です。旧市街の真ん中、道庁とか豊南門、そして韓屋が多く残る町のあたりを流れる全州川のほとりにある在来市場です。 全国的に在来市場の衰退が進む中、割合いお客さんもそこそこ、シャッターを下ろしたままの店はそんなに無い感じ。夕方の遅めの時間でしたのでややフォーカスが甘い写真があるかもしれません。 ぐるりとひとまわり見学した後、全州名物피순대(ピスンデ、血スンデ)の夕食をとった場所です。1枚目はけっこう大きく広がる市場の中。2枚目は全州川沿いの道に出たところ。3枚目は川沿いの通りに広がる部分で、4枚目は夕暮れの全州川です。 他の韓国の町でもそうですが、街中の川の川原は駐車場として整備されていることが多い感じ、ここもそうでした。地方へ行くと日本とは異なり人工的な護岸の無い自然なままの川が多い韓国ですが国土が狭いせいか街中は瓦が駐車場。ちょっと興ざめする部分でもあります。

 しかし、この南部市場も、光州のあの良洞市場も川のそば。ダムとかが無かった朝鮮時代、案外半島の中にまで水運の便があったのは有名ですが、もしかしたらここも、船で産物を運ぶ点から形成された市場なのかもしれないなとも思います。 良寛の里訪問で訪れた新潟県の島崎という町も水運の町。でも、今は川の水は少しだけ。昔の自然な川は町の形成とか市場の成立に大きな関わりを持っていたのだと思います。

 1枚目と3枚目、「젓집」という看板の塩辛の専門店が見えます。水運と関係あるのかな?キムチとかの料理にかかせない材料であり調味料、いろいろな種類の塩辛が売られている韓国で、専門店がいくつもあります。

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2008年6月16日 (月)

2008年6月16日 チャドルペギは牛のどこの肉?

 こちらでもずいぶん前に三角地にあるチャドルペギの名店「ボンサンチプ(봉산집、鳳山チp)」のチャドルペギの写真、店の外観をアップしました。あれを食べたのは2000年ころだったと思いますがその後の韓国ドラマブーム、韓流などで韓日の行き来が増え、最近では日本でも大久保あたりで食べられるようになったようですし、HP,ブログなどの書き込みもけっこう見かけるようになりました。

 半分凍った状態の棒状の牛の肉を包丁で慎重に薄くスライス、それを炭火で軽く焼いてネギの入った醤油だれでいただく焼肉の一種ですが、さて、あの肉、真ん中が赤身で周囲に一見脂肪のようにも見えるけど脂肪ではない肉がくっついたチャドルペギ、いったいどこの肉なのでしょう?

 右下、ちょっとわかりにくいですが検索機能があります。上の三角で「このブログ内の検索」を選んでキーワードを入れれば整理の悪い我が大ブログの中での言葉による検索が可能です。

05年11月22日 すばらしい韓国の食事62がチャドルペギの写真

06年1月7日 普通の韓国を探して240がボンサンチプの写真です。

 で、そのときにも書きましたがボンサンチプのご主人の話では「脂肪ではない」とのこと、「これがもしも脂肪だったらすぐに火が付いて煙もうもう、食べられたもんじゃないさ」との事でした。

 でも、他のHP,ブログでは脂肪だという誤解(?)が横行している感じ、実際その店で食べた私の感じでは確かに脂肪ではない、でも真っ白でしっかりした歯応えがある、いったいどこの肉なのだろうという疑問はずっと持ち続けていました。小学館の辞典もこのチャドルペギの正体に関しては頼りになりません(肋骨の間の肉だか記載があります)。

 先日、新潟大学歯学部の解剖の教授、彼と仲のいい延世大歯科大学の解剖の教授と話をする機会があり、そこでも尋ねてみたのです。あれこお二人で話し合って出た結果、韓国の大学の解剖の先生のお話では「大腰筋」ではないか?とのことです。骨盤の中の筋肉だが、最近スポーツの面からも注目されている筋だとのこと。さてさて、やっと正解が出たかな、と思いメモのノートに書いて、その後はいろいろお話ができました。

 しかし、後日日本の検索で見たところ、大腰筋=ヒレとなっています。ヒレはおなじみですが、じゃぁあの白い部分は?という疑問が残りますよね。そこで解剖の教科書を引っ張り出して自分で勉強、まずは大腰筋を見ます。背骨の各椎骨の内側から発した(起始)筋の束が下へ行くほどまとまって太くなり、骨盤の中を通り、最後は腿の関節のところで足の骨にくっついている筋で、足を持ち上げるのに重要な筋だとのことです。いろいろ考えたのですが、上のほう、太くまとまった部分がヒレで、一番下のほう、まとまった束が骨にくっつく部分(停止)に近い部分、当然大きな力を発揮するために強い腱に移行する部分があることでしょう。そこではないかな?と思いました。

 チャドルペギの白い部分は脂肪ではないというボンサンチプのご主人の話、実際食べた食感、味、確かにあれはただの脂肪ではありません。またチャドルペギ、必ずうんと薄く、2mmくらいまでに削いで切ります。あれは、硬い腱の部分を食べやすくするための薄切りなのかも、と気付きました。

 チャドルペギの正体はヒレ肉の一番下の部分、足の骨にくっつく部分に近い腱を含むヒレの薄切りなのではないか?という私なりの結論になりました。 一番正確なのは韓国の食肉加工業者の方に直接頼んで見せてもらえばいいのでしょうが、なかなか難しそう。私の答えが正解だとは限りません。 どなたかチャドルペギの正体、ご存知でしょうか?コメント大歓迎です。

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とうちゃんの自転車日記131 松本の古い町を走る

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 松本市、戦災がほとんど無かったからか、昔からの町がまだまだ残っています。落ち着いた城下町の風情がまだまだ楽しめます。

 1枚目、割合駅のそば、でも静かな通りにあった銭湯です。銭湯が残る町って、全国共通してどこか風情がある、昔の雰囲気を残している、そう思います。自転車はお客さんのものでしょうか?時間があれば入りたいところですが友人との約束がありましたのでパスしました。松本市内、ここ以外に案外銭湯が残っているみたいです。

 2枚目は有名なヒカリ食堂の前。左手、小さな看板のところを入ってく路地もあります。どこの店も入ってみたい、そんなふうに感じてしまう私です。

 3枚目はその2枚目の奥を左に入る路地を抜けた場所のこれまた路地。きれいな水草の豊富な川が流れている通りです。向こうの赤い看板の焼肉屋さんの煙と匂いがあふれる通りでした。焼肉も食べたいなと思いましたが友人との待ち合わせ時間はすぐ、我慢です。

 4枚目は昨日紹介したうら町通りへ行くほう。やはりここも古い店のあとはコインパークになってしまっていますが、夕陽をあびた古い建物を狙って1枚です。もう少し粘って日が傾くともっといい感じになったかもしれません。

 このときに乗っていたのはドイツのブランドのBD1という小径車でした。自転車好きの友人、ふにゃふにゃ感の強いBD1のスプリングを一番硬いのに交換してということでしたが、やはりケイデンスを上げると前後のピッチングが加わって、「踏んだだけ走らない」という感じが出てきます。硬いけどKHSのほうが、私は好みですが、持ち主の友人の話では私の体重が重すぎるからだ、とのことでした。ウォーキングもちょっとここのとこサボリ気味ですので今夜はたくさん歩こうと思います。

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普通の韓国を探して1717 高架化・直線化・複線化された全羅線

379 イクサンで湖南線と分かれ、全州、任実、南原、救礼口、順天、麗水と走る全羅線、もうすぐのKTX開業に備えてだいぶ前から線路の工事、一部は路線の付け替えが行われてきました。 このため、現在の在来線の列車も少しスピードアップされましたが、地形に沿ってのどかに走るという感じの汽車の旅はできなくなり、高架線とトンネルの旅みたいになってしまったのはちょっと残念。でも、ソウルが近くなるのは地元の人にとっては良いことなのでしょう。

 写真は南原から全州へ戻るときのもの、鉄道に沿って走る市外バスからの写真で、ちょうど高架線上の駅があったので撮影しました。全州から南原まで、ほぼこんな感じです。周囲の農村、田畑はそのままなのですが、鉄道だけは新幹線のようです。在来線がそのまま残るソウル=大田間も「のどかな汽車の旅」という風情は都市化が進み、あまりありません。となると昔からの風景の中の汽車の旅という感じが残るのは南部では長項線、慶全線、あとは東の中央線、嶺東線、太白線、そんな路線だけになりそうです。

 私のお勧めは長項線。バスで群山、帰りは錦江の渡船で長項にわたり在来線でごとごとソウルへ、というパターンは何度もやりましたが、長項から天安までの汽車の旅は最高です。昔は朝晩の統一号、窓が小さくたくさん分かれているオハ31みたいな旧型の客車にドアを開けたまま高校生が鈴なりに乗っている、そんな姿も見られた路線です。

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普通の韓国を探して1716 清涼里在来市場・現代コアあたり

616  またまた夜明けの写真です。祭基洞駅辺りから清涼里駅あたりまで続く広義の京東市場の東の端、東西市場だの清涼里在来市場だのの中にある現代コアビル、何度か食事の紹介をしている「スグレハルモニチプ」、「楊平ヘジャンクッk(チェーン店とは別)」のあるあたりはこの十字路を右、左がアーケードになっている在来市場、24時間営業の店もありますので朝ご飯を食べに行った時の写真です。すでに店を開けているところでは皓々と灯りが点いています。

 果実市場からこちら側、道路が不規則で、斜めの通りがあったり三叉路があったり、でも、そういう町のが古いままの姿を残していることが多いのは日本も一緒でしょう。365日、24時間、常にどこかは眠らないで動いている、そんな点ではソウルは東京以上だと思います。

 市場のアジュマ、食堂のアジュマ、ほとんど休みなしでの16時間くらいの労働をしている人はたくさんいるでしょう。今は禁止されたといいますがバスの中での踊り。年に1,2度の婦女会の一日旅行なんかでストレスを発散する働き者の韓国アジュマのパワーを感じる話です。毎日スポーツクラブや汗蒸幕なんかでゆったり時間を過ごせるサモニムもたくさん。働きづめのアジュマもたくさん。でも、働くアジュマと、あとはバスの運転技士さん、タクシーの運転技士さんなんかを見ていると、労働条件だとかにうるさい日本とはだいぶ違う感じがします。

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2008年6月15日 (日)

とうちゃんの自転車日記130 松本の古い繁華街・うら町あたり

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 何で長野県松本市で自転車日記?と思われるかもしれませんが全部自転車にまたがっての写真です。駅近くの繁華街は再開発で全く新しい町になってしまいましたが、お城の東、まだまだ趣のある街が残っている松本です。

 1枚目、飲み屋が並ぶ通りの路地の入口に「鯛萬の井戸入口」という表示がありました。どこでも行けるのが自転車の魅力、さっそく細い道を進むと数十mで2枚目のような整備された泉と懐かしい井戸野手押しポンプがありました。「鯛萬」というとちょっと行った場所に蔦がからんだ有名なフランス料理の店がありますがどう関連があるのでしょう?このほかにも松本市内、いろんな泉、湧き水があります。冬はちょっと寒いけれど気候がよく、大昔から人が住んでいた地域なのでしょうね。

 3枚目はその「うら町通り」の様子。夕方でしたのでまだ酔客はおらず、子供が遊んでいました。昔は車に乗るのが好きだった私、夕飯の後新潟を出て長野、松本と走り、この先にある「三福」というラーメン屋で醤油ラーメンを食べて帰ってきた、なんてのをやったことがあります。韓国語の看板もありますが、実際のところ韓国の店は壊滅状態とのことでした。

 4枚目はその先、夜になるとタクシーが客待ちするあたりの広告地図です。手書きの感じが面白く、1枚です。角にあったコンビニも閉店しており、この辺もだんだんすたれてしまっているのかもしれません。

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普通の韓国を探して1715 清涼里・果実市場

484  チェギ洞駅から清涼里駅のすぐそばまで、広義の京東市場は広がっています。清涼里在来市場を抜けた辺りは果実市場、果物好きの韓国ですので季節を問わず大量の果物が売られています。これは比較的品物の少ない時期である冬の小売の露天ですが、韓国、ほんとうに「モノが豊富な国」だと感じます。

 冬の果物と言うと、どんどん生産量が増加したミカン、温室みかん、あと、特徴的なのは渋柿、はちやとかいう種類が日本でもありますが、ああいう尖った形の大型の柿をとろとろになるまで熟成させたのをずるずるすするようにして食べるのがけっこう盛ん。柿も飲み物になるという感じです。また干し柿も、日本ではなんだか衰退気味ですが、いろんな形の干し方があり、贈答品としてもかなり使われているようです。有名な尚州はじめ、韓半島の真ん中辺ではかなりの量の干し柿が生産されている、そう感じます。

 韓国の普通の家庭に招かれると、食事の前後なんかにもお茶を飲みながら果物を食べる、そんな習慣があるみたい。またポジャンマチャで暇な時間に談笑していても果物が出てきたり、嬉しいサービスです。

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普通の韓国を探して1714 夜明けの大田駅・駅前広場

445  「夜明けの~」というのが多いですが、西にある韓国、案外7時ころの写真だったりします。でも、やたら元気に早起きして歩き始めるのも韓国旅行の特徴、今回は大田駅です。

 ちょっと前に全州駅の項でも書きましたが地方の駅の駅前広場、人がそんなにいないのにすごく広いケースがあります。新しくできた南原駅もそうだったし、なんかセレモニーをやるとか、そんなのも考えて作ってあるのかなとも思います。タクシーや車が入れるのは駅舎まで4,50mくらいまでだったり。重い荷物の時には大変かもしれません。

 日帝時代、鉄道の要衝として発展したといわれる한밭(大きな畑、という意味)。テジョンという漢字の名前を付けたのは日本の総督府だと聞いています。これだけ大きくなってしまうと「日帝の残滓」として改名するわけにはいかないのかもしれません。

 韓国の真ん中というと忠州に「中央塔」という石塔がありますが、事実上の真ん中はやはりこの辺なのかも。政府庁舎の移転もありますし、前は別の街だった儒城とくっついてしまうように西側に発展している大田市です。

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