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2008年7月 5日 (土)

普通の韓国を探して1746 イクサンから全州へ

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 仁川空港からのリムジンバスの車窓風景です。チャチャンプンギョンという言葉、韓国語にもあるのかな?「チャチャン(車窓)」はありますし、「プンギョン(風景)」もそれぞれある言葉。有名な「南行列車」の歌詞にも「フンドゥリヌン車窓ノモソ」だかいう部分がありました。

 韓国の田舎、基本は田んぼですので日本と似ています。外国情緒を期待して行くとがっくりするくらい日本に似ています。違うのは2枚目にあるようなアパートが田舎にもあることとか、3,4枚目にあるように、川の護岸が割合自然に近いままであったりすること。あとは、唐辛子の畑が多いこととか、そんなです。1枚目はボウリング場を撮ったのだと思いますが、日本同様、固定したファンは残っています。

 今回は冬の風景ですが、緑の季節にまたこの辺、行ってみたいものです。

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普通の韓国を探して1745 全北南原・万人義塚5

368  念願の1つだった万人義塚へのお参りを済ませて、また何段もの階段を下りました。途中のお堂の1つに記名する帳面がありました。私も韓国語で記名です。日付、名前、住所の欄の次に、一言、と言う感じの欄があります。 西大門刑務所の落書きは有名ですが、ちょっと調子に乗りすぎとも思える子供の日本への悪口などがあるかな?と思って少しめくってみましたが、見つかりません。ちょっと嬉しく思いました。

 日本は悪い国、そんな感じに思ってしまっている人、どれだけいるのかな?と思います。好き嫌いはそうしようと思ってそうなるのではないのでしょうがありませんが、日本のやった過去の乱暴な歴史を強調して教える余り、、日本が嫌いになる子供がいたら困るなと考えています。

 実際、今はテレビ新聞以外にもなんでも情報は入ってきます。でも、友好関係の構築に一番友好なのはやはりここでも何度も書いているとおり、1対1の、顔が見える範囲での話し合いだと思います。韓国へ行ったことが無いのに韓国の悪口を言う日本人もいますし、その逆もいますが、「知らないがゆえのこと」、である場合が多いように思えます。

 あえて、訳をしませんが、読んでみてください。

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2008年7月 4日 (金)

普通の韓国を探して1744 韓国のモテルによくある非常用緩降器

138  安いホテルにもあるかもしれません。火事のときなどに客室から脱出する器械です。火事の心配をしたことはあまりありませんが、なんかこういう防災面、ちょっとケンチャナヨが入ってしまっている部分があるかもしれません。先日歌舞伎町の40何人が亡くなった火災の裁判の判決が、というニュースを見ましたが、日本でもそういう部分、あるのかもしれません。特に非常口の確認をしたこともありません。

 まぁ、心配してたら眠れませんが、こういう器械を使う機会が無いことを祈るばかりです。大体、韓国、暖房効率をよくするために2重の窓で基本的にはちょこっとしか開かない場合が多いのに、どうやって窓を破ってこれを使うのか??? あ~、やはりお祈りするだけにしておきましょうか。

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普通の韓国を探して1743 全北南原・万人義塚4

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 また階段です。それを上りきると、やっと頂上、万人義塚がありました。待たせているタクシー技士さんには10分くらい、なんて言って出てきましたがもうそれくらい経っているかもしれません。小広い頂上にかなり大きな韓国式の墓の形の塚がありました。自願奉仕(ボランティア)による清掃が行われてるのか、韓国にしては珍しく(미알합니다> 한국인 여러분)ゴミ1つ落ちていません。

 正面へ回って合唱、説明文を写真に収めました。殴った側は忘れるけど殴られた人は忘れないといいます。まぁ、昔のことだからいいじゃないか、と思う日本人は多いでしょうし、私も半分はそんな気持ちもありますが、そういう歴史上の事実があったことを知っていることは大事です。加藤清正は日本人なら誰でも知っているでしょうが、小西だの宇喜多だのなんだの、どうして韓国の人が知っているの?と思う武将の名前が会話に出てくることがあります。韓国の地方ごとに、そこで大暴れした日本の武将の名前、その土地の人は知っているのです。

 もう1つ、ついでになってしまいますが、韓国の南部のあちこちにある倭城、日本の研究者にもとても興味深いものだそうです。現在日本の各地に残っている城はどちらかといえば戦争のためというよりは権力を誇示するための意味が大きいものなのだそうです。実際の闘いのための城と言うと、私が思い出すのは名護屋城とか。ところが、韓国に残る倭城は戦争慣れした戦国時代後期の武将が実際の戦争のために築いた城であり、国内には大規模なそういう城は無いのだとか聞いています。 私もまだ倭城訪問は経験がありませんが、いつかはどこかの城跡を訪問してみたいと考えています。

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2008年7月 3日 (木)

普通の韓国を探して1742 全北南原・万人義塚3

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 前の項でも書いたように、この万人義塚、かなり広い敷地です。南原城の攻防で結局戦いに慣れた日本軍に破れ、全滅したという朝鮮軍、一般市民の慰霊にかける韓国人の熱意を感じながら階段を上りました。前に写真をアップした京都の耳塚も、多くはこの南原のあたりで集めた鼻を埋めたものと言われています。

 またお堂があり、線香を上げるようになっています。お堂の中には市長の名前の花が奉げられていました。さらにこの先、1枚目の写真にあるように、階段がありました。

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2008年7月 2日 (水)

とうちゃんの自転車日記135 新潟市・鏡橋跡、鳩の行水

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 昔はたくさんの堀(運河)があったという新潟市の中心部、秣川岸通りという道路と万代橋の道の角に「ここに鏡橋ありき」だかいう石碑があり、小さな公園と言うか、こんな噴水があります。自転車で通りかかったら鳩が何羽も飛んできて噴水に着地、水浴びを始めました。雀では見たことあるような気がしますが大きめの鳩では初めてかな? なんだか珍しく感じてカバンからカメラを取り出しました。

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普通の韓国を探して1741 南原・万人義塚2

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 チョンユ倭乱の戦没者の霊を祀る万人義塚、階段を上るとまた歩いて、また階段、そんな感じでけっこう上ります。タクシーの運転手さんを待たせているので、なんだか急ぐ気持ちになりましたがなかなかたどりつきません。 当時の敵国の人間に簡単に見せてはあげないよ、なんて感じがしました。冬の平日、大きな駐車場を備えた公園になっていますが人は少なめです。

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2008年7月 1日 (火)

2008年7月1日 面白い韓国語

こんばんは

 7月になりましたがいい天気なのに気温は低め、過ごしやすいいい日だった新潟市です。

 面白い韓国語、と銘打ってしまいましたが、大したことないし間違っている可能性もあるのですが、

  보금자리

という単語です。小学館の辞書には漢字語としては出ていないのですが「巣」という意味。

  보=保

금=禽

자리=場所という意味の固有語

 こんなふうに漢字語と固有語がくっついた言葉ではないかと思うのです。保禽場所、でなんとなく意味が通るでしょう?

 この言葉、日本語と同じで「愛の巣」=「사랑의 보금자리」なんて使われ方もします。

「ポグmジャリ」、一発で覚えた単語です。

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普通の韓国を探して1740 忠武路は印刷出版と映画の街

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 3号線と4号線の駅である忠武路駅、テゲ路側に大韓劇場があります。前に大鐘賞受賞の記念写真が地下鉄駅に、というのをアップしましたがこの辺、映画の町といわれているみたいです。

 1枚目は駅から出てすぐの場所にあった地名票。筆洞1街とあります。

 2枚目は北へ向かう道、印刷、製本、出版関係の大小の店が多く、そこで働く人たち向けの飲食店も多い場所です。真ん中のむこう、いろんな色の装飾がある建物はミョンボ劇場、明宝って書くのでしょうか?さらにウルチ路を越えて鍾路方面へ向かえば鍾路3街。旧ソウル劇場のソウルシネマタウンとか、団成社、ピカデリー劇場もありますし、ホテル国都になってしまった場所には国都劇場もありました。 ピル洞、チュンムロ、昔からのソウルの賑やかな街の1つなのでしょう。

 何度か泊まっているホテルPJ(旧豊田ホテル)もこのへんです。あまり観光的ではありませんが、また治安が~なんて心配する書き込みが観光掲示板に出たりしますがマジメに働くソウルの人たち、そうそう悪い人がいる訳無いと思っています。

聞き取り練習のため、中古ビデオをたくさん集めていますが箱に大きく「○○劇場開封作品」とか書いてあります。ここらへんにはそんな韓国を代表する有名な映画館が集まっています。

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とうちゃんの自転車日記134 新潟市道路原標

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 柾谷小路と本町通の角、第四銀行本店のそばにある新潟市の道路原標です。だいぶ前に気付きましたができたのは割合新しい時期だと思います。でも3枚目には大正時代に~と書いてありますね。本当にここにあったのかなぁ??

 2年ほど前に京都から滋賀県を自転車で走りましたが、あちらのほうでも国道8号線が走っています。私の頭の中では8号線は新潟から白根、三条を通って長岡へ至る道というイメージです。近江八幡市内で8号線の交差点があり、2車線のなんか狭めでごちゃごちゃした雰囲気の道。新潟県の道路がよくできていること、それと、8号線もここまで来ているんだぁ、とちょっと不思議な感覚を持ちました。

 2,3枚目は標石の両側にある説明を書いた銘板です。

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普通の韓国を探して1739 ソウルのパーキングメーター

440  けっこう韓国を歩いているほうだと思いますが、これは初めて見ました。けっこう古い機械のようですが初めてです。場所は4号線の終点であるタンコゲ駅前。パーキングメーターです。

 国土の狭い韓国、人口が集中しているソウル。広めの道ではチケット制の路上駐車があったと思いますが、街中には何故かパーキングメーターが見かけられません。どちらかと言えば郊外の、こんな場所、それも駅前にこんなのがあるとは意外でした。後ろに見えるクレーンゲームはやっぱ韓国ですね。

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2008年6月30日 (月)

とうちゃんの自転車日記133 速報・2008年蒲原祭り

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 信越本線の列車が新潟駅に入る手前の右側、新潟市長嶺町にある蒲原神社のお祭りが蒲原祭りです。毎年6月30日から7月の1,2,3(3日は境内のみ)日に行われ、数百の露店が栗の木バイパス沿いの旧道に並ぶ大きなお祭りです。

 本来は30日夜に行われる今年の新潟の米の出来を占う行事がメインで、神輿や山車は特別出ず、とにかく露店の多さで勝負と言う感じですが新潟市の小中学生、今頃は授業も上の空かと思われます。

 1枚目はその露店が並ぶ旧道、夜になると自転車など押して入るのも無理なくらいの大混雑になります。道路には仮設の電線と電灯。かなり前から準備しています。すでに店ごとの材料、機材の搬入は済んでいる感じで、露店商の人たち、ちょっと暑そうに待っていました。

 2枚目が神社入口、ここも、夜になれば思うように歩けないくらいになる場所です。露店の売り上げ、あまりに混む場所よりも露店の列の端のほうが売れるという話も聞いています。

 3枚目が境内の本殿前、すでに警察、消防の詰所ができています。露店の業者さんとかテキヤというのかな?お祭りを取り仕切る人たちでしょうか、派手な格好の男性なんかが参拝中。祭りの成功と商売繁盛を祈っています。皆寄付の1升瓶を3本くらいずつ社務所に納めているふう。宮司さんはお医者さん、副宮司さんは歯医者なんです。

 4枚目は本殿裏手のお化け屋敷の小屋がけなど。昔行きつけの飲み屋で前売りの券をもらったことがあります。駅周辺の飲食店など、景気づけというかお祝いの意味で券を購入しているのかもしれません。前は500円でしたが、今はいくらなのかな?

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普通の韓国を探して1738 大田の駅前繁華街

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 大田駅前、大通りの左手にはかなり大きな市場が広がっています。右手は飲食店だの映画館だの、そして旅館などがある区域、そちら側の写真です。この後会った韓国の先生の話に寄れば今は土地の広い西部のほうへどんどん町が広がり、アパートや公共施設もそちらに発展しているとのことでした。地下鉄も出来ましたので移動も便利、そして新しく広い道路、やはり中心街の空洞化が進んでるようです。

 1枚目はそんな古い繁華街の1本裏手の通りです。前にちょっと侘しい荘旅館に泊まったら、という項がありましたがあそこのあたりです。大田には2回泊まっていますが、2回ともこの辺、女性の勧誘をするアジュマ、ハルモニの声がうるさくかかる、そんな場所です。旅館の形で、まぁ、宿泊も出来るけど女性を置いている、そんななのだと思います。

 2枚目は1枚目の通りを少し行って左へ折れたほう。前にも食事を紹介しましたがソルロンタンの全国的有名人気店、「ハンバッ食堂」です。1階のほとんどを占めるかなり大きな店です。美味しい雪濃湯を出す店ですがこのあと、上記の先生との約束が会ったのでこの時は通過、地下鉄大田駅へ向かいました。前夜に泊まった全州よりもさらに大きな都市、日本人もけっこう住んでいると思われる韓国中部の交通の要衝です。

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普通の韓国を探して1737 남원 만인의총1 合ってるかな?

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 雲峰邑の荒山大捷碑の後、タクシーでそのまま南原へ戻り、またちょっと交渉して少しのプラスで万人義塚へ寄ってもらうことにしました。お金で時間を節約する「大人観光」ですね。

 昔は南原駅のあたり、朝鮮時代に南原城があったあたりに作られた丁酉倭乱で南原城にたてこもって戦った朝鮮軍人、それよりも多くの民間人の慰霊の塚です。大きな駐車場を備えた公園のようになっていました。

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2008年6月29日 (日)

普通の韓国を探して1736 大田地下街と地下鉄駅

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 韓国の真ん中にある都市、大田。鉄道が日帝時代に出来てから大きく発展したと言われています。1枚目は駅前の大通りの下に広がる地下街。なんと地下街の中にも、これは寒い時期だったからか、コーヒーだのの飲み物を売るワゴンの商売がありました。1杯500Wかな?自販機のより高いけど量はたっぷり、アジュマがすぐに作ってくれます。だんだん本格派コーヒーの店も増えていますけど、庶民の生活に根ざしたカピはインスタントコーヒーなのでしょう。本格派コーヒー、4000Wくらいもしますから。

 2枚目は地下鉄駅構内。やはりソウルに比べ人は少なく感じました。車両も細いというか、小さめです。ソウル以外の各都市の地下鉄はみなそんな感じですね。KRとの乗り入れが無い、独立した路線だからお金の節約もあり、小型なのかもしれません。

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普通の韓国を探して1735 全州・南部市場周辺4

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 南部市場シリーズ、残りをまとめてアップです。何度か書いたように、韓国でも日本でも、昔は河川の水運がもっと活躍していたのでしょう。ソウルもそうだし、この全州も多分全州川に沿って発展した都市のように思われます。 冬の夕暮れ時とはいえ、旧市内中心部のあたり、人影はまばらでした。

 全州、何回も行っていますが大きな町なので観光名所と市内中心部を歩いたくらいです。落ち着いたいい町ですので、自転車で見て歩けるといいな、と思います。

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