« 2008年9月21日 - 2008年9月27日 | トップページ | 2008年10月5日 - 2008年10月11日 »

2008年10月 4日 (土)

とうちゃんの自転車日記192 新潟弁では「い」と「え」が逆です

015  行く手に見えるのは角田山ですが、赤塚から越前浜に行く道で、道端にこんな看板がありました。

かなり前に亡くなった我が父もそうでしたが、新潟の一定以上の年齢の人、「い」と「え」が混同されるというか、話すとき書くとき、よくわからない人が多いです。

 前のボス、花田先生が学部の学友会雑誌に書いていた記事だったでしょうか、事務の人と話すときに学部の建物の話で「イートウ」が「A棟」、「エートウ」は「E棟」の事だったなんて笑い話がありますが、なかなかに難しいものがあります。 ある程度以上の年齢の女性の名前なんかでも、「ヤイ」さんだの「タイ」さんだのは、それぞれ「やえ」、「たえ」と読まなければなりません。 この看板も旅館の広告のようですが、「ああ、ここは新潟県なんだな」と思って見ていただきたい微笑ましい1枚です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1845 チムジルバンの鍵を持ち出さないでください

243  「警報器設置案内文」とあります。イクサン駅前の中央サウナチムジルバン・モテルのエレベータの中の掲示ですが、思い起こしてみるとなるほど、1F帳場の入口にドラッグストアなどで見かけるような万引き防止装置のようなアンテナが立っていました。

 出るときには必ずタオル、チムジル服とロッカーのキーを返納してくださいね、持ち出そうとすれば警報機が作動しますよということでしょうが、そのまま持ち帰ってまたただで利用するなんてことができるのでしょうか? 地方都市のことですのでモテルの帳場に人がいないのはしばしば見かけますので、そんなこともあるのかもしれません。下の広告は時計型のロッカーキーで館内のお金の記録、清算ができるよ、というものです。

 ちなみにここ、モテルの宿泊者には無料でサウナ、チムジルバンのキーも貸与してくれました。円光大の先生と会食の後、寝る前に大浴場へ行きましたし、翌朝も6時過ぎにまた風呂へ行きました。お湯が抜かれている浴槽もありましたが充分のんびりと疲れと二日酔いを癒すことができました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

とうちゃんの自転車日記191 西蒲区旧巻町稲島の民家

053  何年前のお家でしょうか。今作るとしたらものすごくお金がかかりそうです。稲島という旧北国街道の宿場町の中ほどにあるカギ型に曲がった道の突き当たりにあった民家です。 古いものならなんでもいいというわけではありませんが、日本の美のひとつに出会えた感じがします。

 この後、もう少し行ったところにある稲島バス停で小休止したときに地元の方と思われるおばさんに話を聞きましたが、150年くらいたった家に住んでおられるとのことです。少し前に萱葺き屋根がだめになり、修復できる材料や技術者もいないので屋根だけ直したと言っていました。お金をかけて保護修復した古民家よりも実際に普通に使われている家にどちらかと言えばひかれる私です。もちろん、ここもちゃんと住んでおられる方がいるお家です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1844 全州の繁華街を歩く7

225 226 227

 全北、全州の市内中心部、繁華街の夜の様子です。時期は1月中旬。寒い時期でしたが内陸で風があまり無いためか、寒さとかはそれほどでもありません。気温はずっと高い日本の日本海側の冬の気候よりもずっと過ごしやすく感じます。

 1.2枚目、青いネオン看板は荘旅館のようです。 南部市場周辺を探し、結局市外バスターミナルそばに宿をとりましたが、こんな街中にも旅館がありました。ここらに泊って地元の若者がちょっと飲むような店に行けば面白い出会いがあったかもしれません。

 3枚目、1Fはコーヒーショップ、ソウルでいろいろ増えてるのは知っていましたが全州にもこんな店ができています。2Fはポケットボールの撞球場。「ダンクジャン」という看板、昔は「卓球場」とよく間違えました。韓国、最近は減ったかもしれませんが「卓球場」も90年代には流行っていたみたいです。「撞球場」は、ずっとずっと人気を保っているようです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年10月 3日 (金)

とうちゃんの自転車日記190 新潟駅6時12分発越後線で越後赤塚駅

007 008 009 010

 10月1日、早起きして小径車で新潟駅へ。南口の駅前広場で畳んで、専用の袋に入れて駅へ。6時12分発の越後線に乗りました。

 この列車、西新潟方面からの通勤列車で、無人駅の越後赤塚でそのまま折り返すようです。高校生、会社員、新潟市へ通勤する人々が改札を通る中、再度袋から出して組立て本当の赤塚集落のほう、国際情報大学のほうの道へ走り出しました。4枚目、途中の橋からの写真ですが、これから向かう角田山、弥彦山が秋の朝の光の中できれいに見えました。天気も上々、午後早めに帰る予定でサイクリングをスタートです。

 前にもちょっと書いたように、この辺まで10キロちょっとしかないと思いますが市内の走りにくい道ですので電車を利用したのです。この日の目的は旧弥彦街道のさらに古い道、北国街道の宿場町とお地蔵様、石仏などを訪ねることです。地図上での予定は赤塚集落から厚生年金スポーツセンターの北を抜けて越前浜、湯の腰温泉というあたりから昔の道をたどり稲島集落、福井集落、岩室集落という予定でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1843 韓国のどこにでもあるもの・モテルとカムジャタン

167  イクサン市外バスターミナル、イクサン駅の南、全羅線と湖南線が分岐するあたりの全羅線高架線の下にあります。ちょくちょく移転するバスターミナルですがここはずっと前から、90年代から同じ場所です。

 ターミナルの東、東イクサン駅前にかけては大モテル街。たぶんナイトクラブやルームサロン、そんな飲み屋もたくさんあるのでしょう?何度も全羅線の汽車から眺めた風景です。 今回の写真はターミナルの湖南線側、大通りを隔てた場所にあるモテルとカムジャタン屋です。この2つ、韓国のどこへ行ってもありますよね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

普通の韓国を探して1842 変化の速いソウル 

711  ロッテの小公洞本店、南の方の建物にも広がって映画館と高級ブランド品の店が入ってる別館ができました。アヴェニュエルでしたっけ?高級感あふれる場所です。

 偽ブランド品の宝庫でもある韓国ですが、最近は本物の店もあちこちにあるようになっています。新世界にもルイヴィトンはあったはずだし、このロッテ本店の店も別館に移って大きくなったのでしょう。

 月収100万W以下の世帯の窮状が報道される中、数百万Wもするブランド品がどんどん売れているのもソウルなのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 2日 (木)

すばらしい韓国の食事401 清涼里・スグレハルモニチプのレバ刺し

690 691

 日本だとレバ刺し、出す店も少ないですし高いですよね。うすっぺらいのが8切れくらいで800円だのもしたり。ソウルでの楽しみの一つがいやになるくらいの量のレバ刺しです。ソコプチャンの店やユッケ専門店(前にアップ済み)などではツキダシとしてセンマイ刺しと一緒に出てきますが、ここは単品1皿5000W。1人なので少なめにして、と頼んでこの量です。日本の1人前の4~5倍の量のブツ切りです。生ニンニクを脇によけて食べ始めましたがさすがの私も少し残してしまいました。

 朝の8時前だったので看板アジュマはまだ出てきておらず息子さんでしょうか、いろいろ世話を焼いてくれました。この後食事をして少し待ちましたがアジュマは出てこず、よろしくお伝えください(安撫伝ヘジュセヨ)と言って店を出ました。食事の写真はまた別にアップします。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1841 明洞、小公洞、無くなったもの

709  明洞には一歩も足を踏み入れない場合が多いですがロッテのある小公洞はたいてい友人がいる地下食品売り場に顔を出します。4号線で吉音から南大門市場へ。眼鏡の店でちょっとフレームを修正してもらってロッテへ行く途中、新世界前の地下歩道、そしてロッテのすぐ前でも一度地下歩道を通らないといけません。その2つ目の地下歩道での写真ですが、階段の途中のキムパプと粉食の店を撮りました。

 新しいものができると、割合わかりやすいです。でも、前からあったのがなくなると、案外気付かないことが多いと思います。 この辺、ソウルのど真ん中の地下道の階段、昔であれば餅菓子を売るアジュマ、トドッkを手で剥きながら小さな山にして商うハルモニ、得体のしれない健康器具だのを売るアジョシなんかがたくさんいたのに、すっきりさっぱり誰も露天商がいなくなっていました。

 少し前、ポジャンマチャの規制がというニュースをコメントで教えてもらいましたが露天商の排除、禁止、そんなのも気づかぬうちに着々と進められているのかもしれません。南大門駅の階段ではちらほら物売りのアジュマが見られましたがそういう風景もだんだん消えていくのかもしれません。なんだか寂しいですよね、露天商のいないソウルの街。外国人の勝手な感傷かもしれませんけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 1日 (水)

2008年10月1日 久々のサイクリング

 こんにちは

 シャワーを浴びて、さっぱりしたところです。

 新潟駅6時12分の越後線で越後赤塚駅。ここで自転車を組み立てて走り出し、赤塚、厚生年金スポーツセンター裏から越前浜入口。湯の越温泉の旧道に入り角田山の麓を稲島へと走り、少し前からの希望だった旧北国街道の宿場である稲島、福井、岩室、石瀬と走ってきました。石瀬からの帰りは自走で戻り、古町の三越の上でやっている院展を見て本町市場でザーサイを買って戻りました。休憩、食事を含み7時間弱。ひさしぶりに「乗った」と言えるくらい乗ったので気持ちいい疲れです。

 今日は小径車、KHSのF20Tという折りたたみ車でしたのでスピードよりも好きなところで停車しての旅。庚申塔だの道しるべだのお地蔵様だのの写真を撮って、時には来た道を振り返って、時には地図を見て、そんなゆっくりした行程。江戸時代からあった古い道を走って楽しみました。

 近くにありながら行ったことが無かった稲島宿もいいところでしたし、何度か車で行っている福井宿そばの三根山藩の跡、その小藩の殿様のお墓がある寺、旧道から入る岩室。何度もすぐそばを通りながら行っていなかった種月寺だの、、車では行きにくい場所を中心に走って、見て、写真を撮ってきました。データはまだカメラの中ですがおいおいアップして参ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1840 ロッテ百貨店彌阿店 

625  ロッテデパート、今ではあちこちに支店ができています。これはソウル市のミアサムゴリ駅のそばのミア店、割合新しいほうの店です。ノウォン店のように他のデパートを買い取ってというケースもありましたが、ここはけっこう長い間工事をしていた様子を見ています。

 このミアサムゴリ、スユとかノウォンとともにソウル市北東部の交通の要で、駅からこのロッテデパートへ行く途中には昔からマウルボス専用の小さなターミナルというか乗降場があり、地下鉄や幹線バスが走っていない周囲の住宅地への足となっています。

 今日は休み、お昼すぎくらいまでどこかへ自転車で出かけるつもりです。それでは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月30日 (火)

とうちゃんの自転車日記189 田舎のコンビニの必需品?

11  最近コンビニの閉店をよく見かけます。歯医者が大変なのは有名ですが、どこの業界も厳しいのでしょう。

 写真は旧巻町松野尾の交差点にあるコンビニです。内野から角田山の麓を通って弥彦へ向かう旧弥彦街道、116号と違って車が少なめなので弥彦方面へのサイクリングのときにはよく走ります。佐潟からゆるい上り下りを走っていつもの交差点へ、と思ったら右手前角にあったセブンイレブンがやっていません。で、右向こうの角に新しくセブンイレブンです。単なる移転かもしれませんが、どうしたんだろう?と思いながら停車。ちょっと飲み物を買って休憩しました。

 弥彦ヒルクライムの見物に行った時ですので9月の21日の写真かな?店の入り口に大型の扇風機が置かれビュンビュン風を送っていました。何だこれ?と思いながら休んでいて、気づきました。

 すでに夏は終わった感じでしたが、このへん、集落をはずれたら山とか田んぼです。夜になると虫がすごいのでしょう。店内への虫の侵入を防ぐために入口に風を送っているのだと思います。都会の人にはわからない問題ですね。 最近は車でのドライブをほとんどしなくなりましたけど、昔は走り屋でした。夏の夜、田舎の道を点灯して走ると車の前面、ライトの周囲だのフロントガラスだのぶつかってつぶれた虫の死骸でものすごい状態になります。清掃が大変ですが、それだけ自然が残っている、と解釈しましょう。これも町の人にはわからないことかもしれません。

 この後弥彦ヒルクライムの登録の場所まで行って登録やらセンサーの点検、選手たちのウォームアップなどを見物した後、帰宅しました。出ろという周囲の声もありますが坂に関してはからっきしダメな私です。ちなみにこの時も軟弱にも車でした。前日の雨で路面が濡れていましたので、ね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

とうちゃんの自転車日記188 ポタリングの帰りには・山小屋のやきとり

004  新潟市のやきとり屋、「山小屋」という店があります。沼垂四つ角の店と駅前の店、それに、ここ、中山のはちのす商店街に売店があるのですが、昔から人気の店です。 市内ポタリングの後、その売店へ寄ってすなぎも塩焼きとあご肉(カシラでしょうか?)塩焼きを少しだけ焼いてもらって、帰宅後いただきました。美味しかったです。

 最近、つとめてご飯と野菜を摂るようにしているのですが、やはり肉って美味しいです。若いころほど有難みはなくなったし、たくさんは食べられなくなりましたが、「人間の欲望」のひとつなのではないかな?って思いますよ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

とうちゃんの自転車日記187 新潟市・沼垂地区ポタリング

001 002 003  

 最近、出張で休みがつぶれたり、天気が悪かったりでとんと遠乗りはしていません。 仕事が早く終わった日曜日、暗くなるまでの時間、ちょっとだけポタリングに出かけました。

 1枚目、何度かアップしている新潟臨港貨物線の山木戸あたりです。信号が黄色だったので貨物列車が来るかな?とちょっと待ちましたがその様子もなく、移動です。

 2枚目はすぐそばにあるコンクリート造りのお寺の門の脇にあった石造物です。塔の先っぽだけなのか?もともとこれだけってことはないと思うのですが、新しい立派なお地蔵さま、お不動様、観音様よりも、得体のしれないこういうのに興味があります。このお寺、何で新しいのかと思ったら由縁を書いた板がありました。昭和30年ころに石油会社の工場を作るため沼垂寺町の一番東にあったこの寺が会社の要請で立ち退きに応じ、その代わりに立派な建物を作ってもらったなんてのがありました。

 3枚目はその沼垂寺町の東の入口ですが、北越製紙の工場のすぐわきの小さな公園で町内のお祭りをやっています。いかにも9月の風景ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1839 장항선 열차가패 長項線列車カフェ

276 272 270 274 275

 1月の時刻表を持っていったのですが、群山での長項線と群山線、繋がっていたのですね。飛行機の機内で見つけてインチョン空港で入国後KRのブースへ行って若い女性に確認しました。鉄道ファンならずいぶん前から知っていたこと、ちょっとがっくりですが初めての新線、ぜひ乗ってみたい気持ちが出てきました。

 写真はイクサン駅。最初は8時のセマウルの切符を前日に購入しましたが、当日朝、早く起きたので7時55分のムグンファ号に変更、少しお金を返してもらってホームへ出ました。すると、、列車カペなるものがあります。1両丸ごとそれで、まだ時間が早いせいかロックされています。しょうがないので外から覗いて写真。大型のゲーム機、コンピュータのコーナー、そして長いカウンターがあります。食堂車ではなく簡単な飲み物と食べ物を提供するのでしょうが、さすがは韓国、何でもやってみようの国です。

 発車後はとなりにアジョシが乗ってきたのもあり、眠いのもあり、見学には行きませんでしたが、ジャンハン線カペヨルチャ、また機会があれば見物してみたいものです。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年9月29日 (月)

普通の韓国を探して1838 韓国焼酎「チャミスル(チャmイスr)のポスター

683  清涼里の行きつけの店、「スグレハルモニチプ」の店内です。現代コアというビルの脇に並ぶ市場の店です。夕方だとマッコリを飲んだりもしますが、これは朝食のときのもの、8時過ぎの写真です。でも、市場での仕事を終えた人でしょうか、アジョシ2名、隣のテーブルではホパ(牛の肺)の煮込みで焼酎で1杯やってました。

 韓国の国民酒ともいえる焼酎、ナンバー1ブランドである眞露のチャムイスルのポスター、また新しいのが出ていました。この女性、ずっと前に見ていた「ウェンマンヘソンクドゥルマグルスオプタ」だかいうシットゥコムでイホンリョルなんかと一緒に出ていた小柄な人です。その後もペヨンジュンなんかと共演の映画にも出ていたけど、名前は知りません。まったく、韓国芸能界にはいまだにうとい私です。ちょっと韓国人ぽくない感じの顔ですよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1837 절라북도 익산시 익산역 앞 풍경

183  韓国の写真です、って当たり前ですが、真ん中の店、「ハラールフード」の店でした。

 場所は全羅北道n益山市、イクサンと読みますが、本来は「益」とはちょっと違って、「皿」の上は「分」がもっと複雑になったみたいな字です。

 この全北のイクサン、湖南線と全羅線の分岐点で、さらには西へ行く群山線の分岐点でもある鉄道の要衝です。自分の足で歩いたのは3回くらい。全州から群山へバスで行く途中だったり、他の地方から来て鉄道に乗り換えたり、そんなでしたが、久々に歩いてみたら駅前にこのハラルフードの店。韓国も国際化というか、外国人労働者が増えているのだなと感じました。

 ハラルフードというのは、肉を食べてはいけないとかいろいろ戒律が厳しいアラブ系の人のために、お祓いみたいに儀式をやって、食べていい状態にした食品、主に肉だと思いますが、そんな食品のことです。アメ横なんかにもハラール肉を売る店はあったと思います。

 ソウルとその近辺、京畿道地域ではだいぶ前からいろんな国からの労働者が見かけられましたが今年の冬に行った全州でも中国人はじめ外国人の労働者がいましたし、ここイクサンでもハラール肉の店があるということはイスラム教徒、アラブ系の外国人がいるということになります。出産率世界最低、去年はちょっと上がったとはいえ子供の少ない韓国、外国人労働者に頼る部分が増えているのでしょうし、この傾向は今後も続くと思います。

 前に書いたとおり日本も同じような状況、犯罪などは困りますが、ちゃんと言葉がある程度できて、基本的な決まりを守れる人ならどんどん受け入れるべきだと思うのですが、日本政府、あまり深刻に考えていないような気がします。後手後手に回る傾向、日本ってありますよね。その辺身軽な韓国政府のが動きは早そうです。

 細い道、左に赤い看板の中華の店が見えますがかなり前にここで三鮮チャジャン麺を食べました。駅前の中華、ちょっと期待しましたがちょっと、、私の感覚では標準以下だったのが残念です。チャジャン麺ってたいてい美味しいものですから。

 コンピュータが昨日の昼からおかしくなりネットにつなげなくなってしまいました。今朝時間をかけて復元してホッ、というところ、忙しいので今日はこの1項だけか、時間があればまた来ます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月28日 (日)

とうちゃんの自転車日記186 ソウルの働く自転車

638  韓国の自転車事情、何度かここでも紹介しています。重量級の実用車、荷物の運搬に使う自転車については三千里自転車のJUMBO号がほぼ独占かと思っていましたが、他の機種も少しだけあるようです。

 フレームの中央、斜めに走るパイプが特徴あるこの実用車もそのひとつ、機種までよく確認しませんでしたが、ジャンボ号に匹敵するロングボディのロングホイールベース。乗ってみたいしできれば買いたい、そんなふうに思う自転車ファンの私です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1836 全州の繁華街を歩く6

220 222 223 224

 食の全羅道、ビビンバ(ビビmパp)で有名な全州ですが、要はおかずが豊富で素材自体から美味しい、そんな点に人懐っこい全羅道サラム(人)の人情が加わる、、そういう味だと考えています。もともとはご飯にありあわせの野菜中心のおかずをのっけてコチュジャンを加えて混ぜ合わせたご飯。「宮中~」なんてのはあるのかな?王宮の料理をする人のまかないの食事という意味なのかな?と思っています。 ドラマでもボウルでちゃちゃっとビビムバッpを作ってかきこむシーンなど出てきますし、実際焼き肉屋での食事の後小さいお椀(クルッ)でコチュジャンをもらって簡単に混ぜてという韓国の方の食べ方も見ていますので。

 ソウルとは異なり、遅めの時間になると人がまばらになる地方都市。でも、店の照明は煌煌。あまり服飾には興味がない私ですので寒い中、宿への道を急ぎました。4枚目、道路標識の右の印が全州市の市章のようです。民族舞踊の時に使うブチェ(扇)でしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

普通の韓国を探して1835 現代TUCSONとKIAのSPORTAGE

035 036 110

 日本では人気のない韓国車に乗っています。ヒュンダイの日本名JMという車で、韓国名はTUCSON(ツーソン・トゥサン)、私が研修で滞在したことのあるアリゾナ州の都市の名前です。大きすぎず、でも横幅は1.8m、まぁまぁいい車だと思っています。 少し前まではCMキャラクターがイヒョリだったのでなんだか嬉しかったのですが、最近は変ったみたい。でも、まだまだ韓国では売られている、そんな車種です。

 1枚目がそのツーソンなのですが、2枚目、KIAのスポーテイジというの。大きさも格好もそっくり、でも外装で違う部分がけっこうある、でも、似ているな、と感じていたのですけど、やはり一緒のよう。KIAは現代の子会社なのでした。3枚目は京釜高速道路での写真ですが、3ライトというのでしょうか、ドア毎の窓の他にツーソンではふさがれている荷物室の側方も窓になっています。また2枚目でわかるようにボンネットもちょっと起伏があります。どっちかといえば名前のとおりKIA車のがスポーティというか派手な感じがします。断然国産が強い日本での販売、スポーテイジを投入した方が売れたのではないかな?なんても思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月21日 - 2008年9月27日 | トップページ | 2008年10月5日 - 2008年10月11日 »