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2010年12月21日 (火)

普通の韓国を探して3069 忠南廣川を歩く2

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 市場はさらっと通り抜けて、町へ出ました。フェンス越しに、バスターミナルが市場のすぐ先のあたりにあるのを確認できたためです。また、戻ってきて見ればいいという判断でした。2枚目のように町の真ん中にけっこうな川が流れています。塩辛の町というと、昔は水運にも利用されていたのかもしれません。

 3枚目は茶房(タバン)の入り口。「約束タバン」という名称、あちこちで見られます。左右対称のデザインに、お姉さんの絵が面白いでしょう?この後でもこの意匠をタバンの看板で見かけました。配達を頼むと飲み終わるまで話相手になってくれるという韓国のタバン、店に入ってコーヒーをおごっておしゃべりをという経験は何度かありますが、モテルの部屋とかで、というのはなんだか勇気が無くてやったことがありません。どなたか経験者、おられますか?

 4,5枚目はメインストリート。案外広くゆったりした道です。一応一通りの店はある感じでした。最後は細い道に入っての1枚。更地になった空き地の中、隣の建築の外側にくっつくようにして小便器が残っています。使用可能とも思えませんが、なんだか面白く感じてシャッターを切りました。韓国、決してばかにしてるわけではありませんが、見ただけで面白い、そんな風景があちこちにある国でもあります。ソウルの江南とかヨイドとかの新しい街にはそういうのが少ないんですよね。ですので、面白みの無い街って思ってしまいます。

 廣川の写真、もう少しありますので、お楽しみに。

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コメント

コピの出前、昔、一緒に滞在していた先輩に教えてもらって、旅館の部屋に呼んだことがありました。

食い物の出前だったら有っても不思議じゃないとは思いましたが、まさかタバンからコピも出前してくれると知って、心底驚いたものです。

お盆にカップとインスタントのコーヒー、クリープ(向こうでは確かプリーマって言ってたかな)、砂糖、それにポットを載せたのを風呂敷で包んで、部屋まで来てくれました。

先輩は身振り手振りと筆談で、部屋まで来てくれたアガシから言葉を教えてもらっましたが、私はそういうの苦手なんで無言。
何でカネ払って、気まずい思いまでしてコピ飲まなアカンのか、と思ったもんです。

当時は確かコピ1杯が500Wくらいだったような気がします。
タバンで飲むのと、部屋に出前してもらうのと値段変わらなかったような記憶が・・・
確か市内バスが200W、食堂で食べるラーミョンが500W、カルビタンが1000Wという物価の時代だったんで、決して安いもんじゃなかったんじゃないでしょうか。

投稿: モハ52形 | 2010年12月22日 (水) 00時12分

コメントありがとうございます

 昔のお話を聞かせていただけるのはとてもうれしいです。タバン、今度頼んでみますかねぇ?田舎に泊まる1日が次回はある予定ですので。

 今でも、ソウルではあまり見なくなりましたが、風呂敷に包んだコーヒーのセットを載せたスクーターに乗るアジュマをたまに見ます。Hなことなど全く浮かばないアジュマであることが大部分です。うん、今度、きっと頼んでみましょう。

 そういえば、手元の古い雑誌に出ているこれまた昔の話で71年当時は釜山は「水営」飛行場だったという記事を見ました。よいど飛行場の話は聞いていましたが、まだまだ知らない事がある私です。またコメント、よろしくお願いいたします。

投稿: おとう | 2010年12月22日 (水) 08時43分

たかとうさん こんにちは。
今日は お仕事もお休みですか?
この、小便器に笑ってしまいました^^まだ使ってるんでしょうかね?これだけを残した 意図は?・・・・と考えると想像がふくらんで楽しいです。

タバン・・・昔「金芝美」主演の映画で タバンの出前アガシが ソウルの大学に通う彼に援助して 卒業後結婚する約束だったのを 「汚らわしい、貧しい女」として その彼に殺されてしまい、タバンの女主人だった 金芝美が 復讐として その男を殺してしまう・・・・という タバンを舞台にした 映画がありましたが その映画で タバンのアガシ達の生態を 切り取って描いていました。

私も 70年代のタバンを経験していますが オシャレなカフェというよりは 薄暗い淫靡な夜の世界の 雰囲気でした。写真を 隠し撮りして1まい 手元にありますが・・・

私が当時宿泊した 鐘路のYMCA(今もありますが)
がシングル1泊 600Wでした。やはり 米軍の兵士が
韓国人女性を伴って 利用するのが多かったです。

投稿: こめつき | 2010年12月23日 (木) 11時48分

コメントありがとうございます

 70年代のソウルをご存知である先輩のお話、光栄です。韓国の暗い部分、今も残っているのでしょうが、駐留米軍の影はもうほとんど無い感じですね。昔、「基地村」があったという東豆川も、90年代後半と2年ほど前とでは大きく変わっていました。沖縄同様、基地で働く仕事の人もいるはず。知人のお父さんも群山の米軍勤務でしたけど、仕事、大丈夫なのかな?

 タバン、上にも書いたように、比較的新しい映画でも地方ではそういう店が残っているように描かれていますし、栄州で大昔行った店は若い女性がたくさんいました。そういう商売をやっているとは考えたくないのですね。 悪いことでなければ一度きりの人生、何でも経験してみようと言う昔の学院の先生の言葉、、、配達はやってみようと思っています。

投稿: おとう | 2010年12月24日 (金) 08時28分

たかとうさん、ご無沙汰しています。
検索していたら懐かしい話題が・・・w
タバンといったら、真っ先に浮かぶのが「定本ディープ・コリア」です。私が初訪韓した頃出たバイブルでした。チト毒が強い内容でしたが、共通する何かが興味をそそられました。木浦の旅館のアジョッシとコーヒーのペダルを頼んだことがありますが、良い韓国語の勉強になりました。
もう20年も前のことです。
そうそう、88オリンピック頃までは、キョンドン市場周辺にも伝統?タバンがあったんですよ。知らないで入ったら、カーテン閉めてコンパートメントになるシステムで・・・??

投稿: kelly | 2013年4月 4日 (木) 01時33分

ディープコリア、両側が表になっている新版しか手元にありませんが、断捨離後も手放せない本の一つになっています。

ソウル市内でもまだ、ぽつぽつ茶房はあります。地方都市の物とは違い、健全なハラボジアジョシの暇つぶしの場所みたいになっていると思います。


またお時間があれば見にいらしてください。よろしくお願いいたします。

投稿: おとう | 2013年4月 4日 (木) 07時42分

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