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2011年7月12日 (火)

普通の韓国を探して3254 スクリーンドア 詩が大好きな韓国人

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  行く度に変わるソウル、3月には無かったのに5月の時は地下鉄駅のスクリーンドアにこんなふうに詩が紹介されているのでした。

 大きな本屋へ行けば詩集のコーナーがかなりあり、平積みされている新刊詩集がどんどん売れます。なんか日本人の一般的な韓国に対するイメージからすると「韓国の人は詩が大好き」というのは失礼ながらあんまり浮かばないでしょう。でも、ほんと、韓国の人は詩が好きなんです。

 前にも書きましたが10年も前でしたでしょうか?全州から大田へ向かう夜汽車の無窮花号の指定席で、隣りの会社員風の若い男性が読んでいたのが詩集で、タイトルが「涙が出たら汽車に乗れ(ヌンムルナミョン、汽車ルルタラ」だか、そんな本。その日は大田泊まりでしたが翌日ソウルへ行ってその本、私も買ってみました。

 詩って、広告とか同様、少ない言葉で表現するものですので、初心者のハングル読みの練習にもいいかもしれません。韓国ファンの方、次回、本屋で詩集のコーナー見てみましょう。

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コメント

この言葉は日本語でしか表現できない!場合と
この言葉は韓国語でしか表現できない!場合がありますよね?
そんな時、両方分かる喜びを感じます。
と言うことは、その他の国のすばらしい《言葉》がわからないんだわ^^;と思います

投稿: こゆみ | 2011年7月12日 (火) 19時18分

たかとうさん こんにちは。

韓国のひと、本当に詩集を良く読むと思います。

私の大学のチャペルの横には 「ユン・東柱」の「序詞」という 詩碑があります。かつて彼が 延世大からこの学校に留学し、逮捕され 福岡で獄死したことへの慰霊の意味もあるのだと思います。その時の 逮捕要因になった 詩を書き付けたノートが 行方不明になってしまいました。残っていれば・・・残念です。
今、後世に残っているのは 親族が密かに隠し持っていたノートに書かれていた物と言われています。
ソウルのロッテホテルから 市庁よりに行ったところにも 「序詞」の詩碑が 建っていたのですが 最近見たことがありません。どこかに移転したのか、私が見つけられないのか・・・

投稿: こめつき | 2011年7月13日 (水) 08時46分

コメントありがとうございます

 こゆみさん、これ、さらっと読めますか?おっしゃることはよくわかります。勉強すればするほど、韓国語のこと、韓国・朝鮮のこと、面白くなってきます。旅行する分には大丈夫だけど、まだまだの私。がんばります。

 ユンドンジュさん、名前は聞いていますが、一つも詩は知りません。詩集と言えば本文の「ヌンムリナミョンキチャルrタラ」は誰かにあげてしまい、古本で買った金芝河さんの本が1冊、そんな私です。わかっていただける方がおられて嬉しいです。

投稿: おとう | 2011年7月14日 (木) 08時47分

たかとうさん こんにちは。

私は ソウルで 金芝河さんに お会いして お話を伺ったことがあります。私が属していた小さなサークルに
講演にきてくださったんです。
会場は、鐘路5街の キリスト教500年記念館でした。目の前で拝見して いくつもの艱難辛苦を経験されたんだと、感慨深かったです。

所で 今夏、初めてゴーヤを 窓辺で育ててみて もう3mほどになりましたが 葉が小さくて まばらでとても日陰にはなりません。(泣)やはり、土が悪かったのでしょうか?おなじプランターに植えた これも初めてのキューリは 良く育ってもう何本も収穫しているのですが・・・
難しいです・・・・

投稿: こめつき | 2011年7月14日 (木) 13時22分

すごいですね、金芝河さんに会ってるなんて。何度も投獄された方ですよね。まだお元気なのでしょうか?私が若いころ、捕まった話とか聞いていますのでもうお年でしょう。

ゴーヤは摘芯しないと長く伸びるだけという話です。今からでも切ってみてはいかがでしょう?あとは水をとにかくたくさん吸うそうです。プランターでは毎日2階はじゃぶじゃぶにしておかないといけないそうです。

投稿: おとう | 2011年7月14日 (木) 14時44分

 書棚の奥から出してきました。金芝河の「民衆の声」、サイマル出版会刊。

 60年代、70年代、自分はソウル大卒のエリートながら炭鉱で働いたり、政府批判の運動をしたり。このへん、自分が中学生、高校生だった時代の韓国のこと、まだまだ勉強不足です。

 41年生なので70歳くらい。今の韓国を見て、どう考えておられるのでしょう?次回、韓国で、そんな時代を知る方の話を聞いてみたいものです。

投稿: おとう | 2011年7月15日 (金) 08時56分

スクリーンドアの詩のすばらしさと同時に,ドアというある意味無機質なものについてもデザインする力は我が国以上のような気がいつもします.なくてもいいけど,あってもいい,なんていうものが韓国にはたくさんあるのだと訪韓して毎回感じています.ところで2枚目の写真の右側のカラーシールなんですが,韓国語にほとんど接したことのない方に興味を持っていただくときに使えるものだと思っています.’カバン破損’’アチャ(叫び声?!)’’無理な乗車は事故の原因になります’という短文ですがとても勉強になると思います.

投稿: さいとう | 2011年7月15日 (金) 18時52分

コメントありがとうございます

 細かい所まで見ていただき、感謝です。半分になってしまっていますが、そう読めますね。何度かここでも書いていますが、「動きが速い」こと、「遊び心」がある部分、韓国の良い点だと感じています。

投稿: おとう | 2011年7月16日 (土) 08時26分

たかとうさん こんにちは。
ゴーヤの件、ありがとうございました。朝夕2回浴びるほど水をやることにします。摘心は すでに高すぎて・・・

金ジハさんは、97年にお話を聞いたのですが 「将来世界平和の大きな役割をアジアが果たす。そのために 韓国、日本、中国の3つが 東アジア共同体を作り、力を合わせて・・・」というような話だったと思います。まだ50代でしたが 壮絶な人生を送って来られたひととは思えない(私たち学生時代は 抵抗詩人として カリスマ的な存在でしたから)柔らかな印象でした。

最近の発言にも えっ?と思うような 体制より?な発言があったりして 人って変わるんだなと思いました。
立派な方には 違いないですが。
すごい拷問が そうさせたのでしょうか?

私たちの学生時代は 学園紛争が華やかで 東京大学の入学試験がなくなったり、私も 4年生の時は 大学側のロックアウトで 1年間学校には入れませんでした。もちろん卒業式もなく 何のけじめもなく社会人になりました。もっと勉強したかったのに・・・は、あとからのこじつけかも知れませんね。

たかとうさんの ブログ、いつも楽しみにしています。
視点がユニークというか、自分と似ているというか、
いつも申し上げることですが ブログ上だけの文にしておくのは もったいない紀行文です。

投稿: こめつき | 2011年7月16日 (土) 08時58分

 「詩」の話でコメントがたくさんになり嬉しいホストです。

 「普通の韓国」の良さ、だんだん多くの人がわかってきているのではないかと思います。楽しんで見ていただければそれ以上の幸福はありません。こめつきさんのとこも毎日見に行っていますよ。薬をあげた先生の話も読ませてもらいました。

 神谷丹路さんの本にもエピソードとして紹介されていますが、日帝時代の韓国で、たくさんの日本人が生活していたわけです.
その中には日本人にも韓国人にも平等に接し、公平を貫いた日本人だってたくさんいたはずです。「嫌だった話」ばかりが伝えられる傾向がありますが、正しかった日本人の話、とても嬉しい私です。

 これからだって、日韓の往来がもっと盛んになって1対1の顔が見える関係、平等な付き合いが増えれば「世界で最も仲がいい2つの国」になれると思うのです。

投稿: おとう | 2011年7月16日 (土) 10時42分

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