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2011年9月30日 (金)

普通の韓国を探して3459 ソウル 黄鶴洞歩き1

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 ソウルの中央市場を抜けて退渓路の続きの往十里キルへ出ましたが、また裏道に入ります。この黄鶴洞、厨房機械器具、それと食器などの関係の店が集まる地域もあれば、中古家電、がらくたのような古物雑貨を扱う店が多い地域もあります。今回の写真はそれらとも違う、家具の店が多い地域。業務用のものも多い感じです。

 前に中央市場の屋台で食事した時、たまたま知り合った美容師さん一家も、開業準備のため、ここに椅子だのなんだのを買いに来たと言っていました。彼の店は長渓市場のすぐそば。その後一度行ってみてカットしてもらったことがありましたが、次に行ったらすでに店は経営が変わって、元の経営者はオーストラリアへ移住したと聞いて驚きました。新しく事業を始めてもうまく行かなければすぐに畳んで、というのはしばしばあるでしょうが、豪州移住というのはちょっとびっくり。バイタリティのある韓国人らしい一件でした。

 そんな道を歩きつつ、久しぶりに黄鶴洞のノリトへ行ってみることにしました。ノリ=遊び、トは一定の面積を持つ場所のことを示す固有語ですので、「遊び場」=児童公園というところです。ちょっとした規模で木がたくさん。夜は照明も明るく、公衆化粧室もあるので、昔からよく利用させてもらっていた場所です。黄鶴洞に住む人なら知らぬ者が無いそんな場所、まさか無くなってはいないだろうな、と思いつつ歩みを進めました。

 黄鶴洞のノリト、行ったことある方、おられますでしょうか?

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普通の韓国を探して3458 慶北尚州の普通の町2

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 ソウルの鍾路にある地図専門の出版社である中央地図文化社、韓国語の地図は毎年更新されますが、漢文版という漢字のものは5年どころか8年か10年に一度の改定です。手元にある最も古いのは80年代後半に初版が出た物。以後、地方都市の詳しい地図がだんだんカットされる傾向にあり、貴重なものとなっています。

 その漢字の地図の尚州の部分をコピーしての旅行でしたが、白花寺というお寺の表示が町中にありました。そこでちょっと寄り道。すぐに見つかりました。韓国の寺、大抵山の中にあるのですが、ここは平らな町の中。新しく郊外にできたターミナルよりも内側です。普通の家のような敷地にお寺の建築が。日本でも税金対策でなんて話も聞かれますが、ちゃんと地図に載っているこのペkファ寺、どんないわれがあるのでしょう。

 1枚目は小さな集合住宅。地方へ行くとこんなのに出会うことができます。アパートとは言えないのでしょうが、なんか親しみを感じるこぢんまりしたアパートでした。

 寄り道ついで、細めの通りを歩いて尚州の中心部に向かいました。

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2011年9月29日 (木)

普通の韓国を探して3457 釜山 チャガルチ ヘリム荘モーテル

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 今回の出張、私にしては長い4泊5日の日程でしたが、1泊も宿の予約をしませんでした。秋の観光シーズン、ソウルの宿はほぼいっぱい。まぁ連休がらみの日程ですのでしょうがないのかもしれません。

 直前に連絡を取った釜山大学校の先生とは今年すでに何度かお会いしていますが、いずれも西面だの駅前あたりに宿をとっていました。釜山市の南部、昔からの市街地である南浦洞、チャガルチ方面は10年ぶり以上かもしれません。久々、チャガルチの様子を見たくて、駅から地下鉄で南へ。 しばしばコメントいただく釜山のベテラン、エクスプローラさんの定宿であるヘリムジャンへ行ってみました。コピーも何も持たずに行きましたが、大体の目星は地図でつけておいたのですぐわかりました。農協ハナロマートのところを入って細い裏通りを左へ行った場所、写真の1枚目です。

 予約していないのですが、3泊できますか?と聞いてみたら、若いアジョシ、いろいろノートをひっくり返してみて、大丈夫という返事。ただし、初日のみ101号という道路沿いの部屋。2泊目からはもう少し静かな102号に、ということでした。写真は101号のもの。6枚目のとおり、すぐ外はその通りです。

 外観から、ちょっと古そうだなぁと思い、また101号に入った時も狭いなぁって感じました。1泊35000Wなら、大都市だしいい場所だしということでまぁ納得。浴槽もありますし、コンピュータもあるし寝るのは1人。便利な1階ですし、昼間の若夫婦も夜のアジュマも感じがよく親切です。のんびり3泊いるうちに、なかなかいい宿だなぁと思い始めました。

 何と言っても場所がいい。2枚目、すぐわきの駐車場なのですが、向こうに見えるのは旧チャガルチの市場というか刺身センターです。地方を歩く場合、沙上の釜山西部市外バスターミナル、老圃洞の釜山総合バスターミナル、どっちもちょっと遠いと言えば遠いけど、古い街、特にチャガルチ好きには絶好の場所。次回も釜山へ行くときは第1候補かもしれません。

 しかし今年だけでも3度目になる釜山ですが、、、チャガルチ埠頭から見た南のほう、松島のあたりかな?新しい長い海上橋ができてるし、影島大橋のそばにロッテができているし、まさに「隔世の感」というのはこのことだなぁと思った釜山訪問でした。

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普通の韓国を探して3456 昌原蹴球(サッカー)センター

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 慶南の道庁所在地は釜山ではなく昌原です。鎮海と馬山の近くに計画的に作られた新しい都市で、今回初めて車で昌原市の昌原地区を走りましたが、新しい単独住宅とアパートばかり。それと南部は工業団地になっているということで、古いものが一切無い、そんな場所でした。たとえばソウルの江南、城南市のブンダン新都市みたいな感じ。ちょっと普通の韓国とは違うなぁって感じがしました。

 ここへ行ったわけは、9月21日夜に行われた韓国国家代表対オマーン代表のロンドンpリンピック最終予選を観戦するためでした。写真は試合開始2時間前くらいかな?釜山大学校の先生の車に乗せてもらっての訪問でしたので、講義の時間に合わせての昌原到着は試合の3時間以上前。競技場の周辺の街を歩いておやつを準備したり、街を見たり、そんなことをして時間をつぶしました。

 この昌原には総合運動場という競技施設のコンプレックスもあるのですが、それとは別に、サッカー専門の競技場をということで新しく作られたコートだとのこと。なかなかきれいでした。入場前、女子高校生のグループと話をしましたが、香川選手が人気のようでした。

 医院のコンピュータが不調、家のもあんまり。代替機を用意してはあるのですが、どっちに入れるか?これは家の器械からのアップです。

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2011年9月27日 (火)

2011年9月27日 ディカメモリーからの写真再読み込み できませんか?

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 写真は我が家の美人犬、あさこです。14歳を過ぎたのに、毛艶、目、歯、お尻の穴まで若い時のまんま。あまり散歩で遠出しなくなり、寝ている時間が増えましたが来客時とご飯の時はまだまだ元気でいてくれてます。

 最近、コンピュータの調子が悪く、一発起動しなかったり。膨大な写真データが原因?とも思い、昨日ほとんどの写真を捨てました。その後、また今回の釜山、ソウルのデータを読み込ませようと思ったら、一度読みこんだ写真、なぜか読みこんでくれなくなってしまいました。

 大きなメモリだと1000枚くらいが入ります。旅行ごとに、それを読み込ませる際、一度読みこんだ前回の写真などは除外して、新しい写真だけを読み込んでくれて、よくできているなぁと感心していたのですが、さて、今回のように一度読みこんで、それを消去したのに、その後は再度読みこめない。ちょっと困りました。

 コmチ(コンピューター音痴という韓国語)の私が考えたのは別のメーカーのもしくは同じメーカーでも新しいバージョンの写真管理ソフトを入れて、再度トライする方法。でも、なかなか面倒です。

 一度読みこんで消去した写真の再読み込み、何とかこのままうまくできる方法は無いのでしょうか?ご存知の方がおられましたら、ご教示いただければ幸いです。写真ソフトはフジの昔のもの。それでキャノンのディーカ(これも韓国語)で撮ったのを主に扱っていました。

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普通の韓国を探して3455 日本建築が残る町 江景 ラス前

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 3枚目が江景初等学校です。下調べもしないでの行き当たりばったりの旅。帰ってから神谷さんの本なんかをみたら、ここの体育館、煉瓦造りの日帝時代のものが残っているそうです。また、伝統ある江景商業高等学校だかも、少し名前が、今風に「情報」なんたらとかなっているのですが、そこも古いものがあったとか。まぁ、でも、それが私のやり方です。

 4枚目の倉庫なんかも古そう。また7枚目の川も、昔は水量があって運河みたいに量されていたのかもしれません。

 最後の写真は私が足をつって休ませてもらった町内会館。敬老会、婦人会なんかの開館を兼ねているそうで、助けてくれた色街のアジュマの話ではシャワーも使っていいとか。韓国人の親切、ありがたいもんです。

 塩辛と展望塔と玉女峰と日本建築の町江景、次回でおしまいです。ソウルからの1日の遠足に、カンチョク寺と合わせていかがでしょう?

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2011年9月26日 (月)

普通の韓国を探して3454 ソウル 中央市場 2号線新堂駅前

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 1枚目は中央市場のメイン通路の北口。馬場路に面した場所で、写真は清渓川路方向、大きなビルはロッテキャッスルアパート。この辺もごちゃごちゃしていたのですが、小さな運動公園ができたり、15年の変化はものすごいものです。でも、夜になればこの辺、コプチャンポジャンマチャが並ぶ、そんなソウルの下町です。軽トラックの荷台で焼くトンタクの露店もまだいるのかなぁ。

 2、3枚目はその市場のメイン通路。昔は屋根が無くて、でも、その方が「市場」って感じがしました。雨が降ると時々アジュマが棒でテントのへこみに貯まった水を持ち上げて流すの、古い韓国ファンならみたことありますよね。あんな不規則なテントだらけの市場だったんです。そのせいで、今でも韓国、この辺もそうですが、「○○天幕社」だのいう店をよく見かけるのでしょう。

 4枚目は、何でここが紹介されるの?と大昔から想っていた新堂洞中央市場刺身センターの入口。しょぼい店がいくつか残っていますが、どんどん刺身屋は減少しています。なぜかガイドブックには書かれていたりで行ったことがある方もおられるかと思いますが、ここで食べて韓国の刺身を語って欲しくない、、そんなふうに思っています。

 残りは往十里キル側のメイン入口付近。地下鉄2号線がこの大通りの下を走っています。右へ行けば東大門歴史文化公園、左へ行けば上往十里、往十里。往十里もほんと、新しい駅ができて大きく変わりました。昔の国鉄駅といったら、、、本当に影が薄かった記憶があります。

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普通の韓国を探して3453 한번 가도 두번은 없다.

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 韓国でも「イェギ コッシ」、「話の種」という言葉があるみたいです。最初の日、研究打ち合わせの後、釜山大学校の先生と会食。チャガルチの古いほうの市場棟の店で刺身でした。釜山出身の大学院生がいても、なかなか交渉が難しく、一軒の店ではなかば押し売りのような感じのアジョシもおり、話に聞いていたとおりです。

 楽しく飲みながら話をして、翌日の空きの日の私の予定のことを聞かれました。ネットでちょっと見かけた店へ行ってみようかな?と話したら、今はみんなスマートポン、すぐに検索してみたり。けっこう上位をにぎわせている店のようでした。

 翌朝はちょっと寝坊。タクシーでササン、釜山金海軽電鉄で金海の金首露王陵。市外バスターミナルが近くにある駅です。そこから市外バスで出かけて行った街。今年2度目の訪問になるのですが、目的の店に行ってみました。

 そこで頼んだのが写真のメニュー。海産物の具がたっぷり入ったチャンポンです。もともと韓国のチャンポン、けっこう豪勢に海産物を入れた物をよく見かけますが、ここはそれの最たるもの。12000Wの一番豪華なやつを頼んでみました。1枚目のけっこう大きな鍋は貝殻だのしゃぶったカニなんかを入れるもので、1人前にも関わらずかなりの大きさの空の鍋が登場します。さらには3枚目のように蟹をさばく鋏も出てきます。

 で、勇んで食べ始めたのですが、とにかく海産物の量はたっぷり。特に安い紅合(ホンハp)は嫌になるほど入っています。写真で見えるのは小さいあわび、タイラギ、コッケ、コマク、ソラ(韓国、巻貝は皆ソラになってしまいます。2種類ありました)、、結局たくさんあったホンハプは残すくらい。海産物は残して麺を食べ終えました。

 しかし感想ですが、どうも肝心の麺とクンムル(スープ)があんまりです。麺はツルツルすぎてスープを弾く感じ。もう少し馴染んだ麺のがいいと思います。スープも、海産物の味はしますが、辛さの他は案外単純。特に美味しくはありません。麺料理、やはり大事なのは麺とスープ、あとはその馴染み方だと思いますので文章の初めの「話の種」という感じでした。

 21日にまた釜山大学校の先生と一緒になったときに写真を見せて感想を言ったら、19日の検索の時にもいくつかそういう意見があったとのことでしたが、タイトルの言葉、「一度は行ってみるけど2度目は無い」、そんな言葉を教えてもらいました。ちょっとマイナスの話になりましたので、店名、場所は公開しません。メールいただければお教えします。

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2011年9月24日 (土)

2011年9月24日 東海の水が乾いて、白頭山がすりへって無くなっても

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 今日の新潟は快晴。暑くも寒くもないいい秋の日です。3連休の真ん中の土曜日、遊びに行く人も多いでしょうし、法事なんかもあったり。当日連絡での変更がいくつかありました。午前は時間のかかる患者さんが2人、午後は割合時間のかからぬ方が1人、どうなるか?と心配になるほどだったのが楽になり、ホッとしています。

 さて、今回の韓国行き、21日夜は釜山大学校の先生の車に乗せていただき、合計4人でサッカーを見てきました。昌原蹴球(サッカー)センターという新しいサッカー専用スタジアムで開催されたロンドンオリンピック最終予選、韓国対オマーン戦です。昔は映画館でも上映前に起立して手を胸に当てて国歌斉唱があったと聞いていますが、今でも残るスポーツ試合前の国歌斉唱、ちょっと感動ものでした。それに合わせてメインの応援団が陣取る場所のスタンドでは巨大な太極旗がするすると広がってというのも実際にこの目で見たのは初めて。韓国人の愛国精神には敬服です。

 戦後の日本では「愛国」という言葉は意識して遠ざけられてきた感があります。学校なんかではそういう教育はほとんど無かったし、、、 でも、自分の国を愛するというシンプルな感情は誰でも持っているはず。率直な韓国の愛国心の発露、いいなぁと思うのは私だけでは無いのでは?

 昨年のワールドカップ、対アルゼンチン戦を市庁前広場でスクリーン観戦しましたが、やはりライブは違います。かなり寒かったけど気持ちは熱くなる、そんな夜でした。帰りは一度に競技場を出て帰って行く車で大渋滞。釜山の宿に送ってもらった到着時間は12時直前でした。感謝합니다.

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2011年9月19日 (月)

2011年9月19日 本日休診

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 おはようございます。

 夜半から大雨、そして今朝はえらく涼しくて起きてしまいました。ぽつぽつ雨が降っていますので、自転車は無理かな? まぁ、のんびりできればと思います。写真は、、、わかりますよね?韓国好きの方なら。今週後半はこんな場所にいる、かもしれません。

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2011年9月18日 (日)

普通の韓国を探して3452 慶尚北道 尚州散歩1

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 尚州市外バスターミナルから少し南へ下り、左のほうへ、尚州市の中心部の方向へ歩きました。それほど大きくはない地方都市ですので、地図はあまりありません。古い中央地図の韓国道路地図漢文版の後ろの方にあった市街図をコピーしてきたのが頼りです。市外バスターミナルは変わっていましたが、幸い他の市内中心部は大きな変化は無いようでした。

 ごく普通の韓国の地方都市の静かな午前の写真です。東へ歩き始めてすぐの場所にお寺の印がありましたので、そっちの方へちょっと寄り道。何て事の無い、普通の韓国観光とは程遠い写真ばかりですが、珍しい写真であることは確かです。尚州の2度目の訪問、北川戦績地の他にもいくつか面白いことがありました。韓国式の弓道のアジョシ選手との出会い、日本人花嫁さんのグループとの出会いはすでに紹介していますけど。

 最近、写真などに関するハングルの解説は省略しています。読めれば面白いのになぁ、ということでも、読めないとただの風景。韓国が好きなら読み、簡単な挨拶、勉強することをお勧めします。できればできるほど、旅行も楽しくなります。

 いくつか見える看板の文字、何だかわかりますか? ガードゥンは日本語だとガーデンですが、牛の焼肉屋によくある名前です。特に郊外、地方の国道沿いなんかではガーデンと名乗る店が目立ちます。他にもポシンタン、タバン、いちいち日本語を載せると検索にひっかかりやすくなるとは思いますが、どうも面倒でそこまでやる気が出ません。

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普通の韓国を探して3451 忠南江景 また町の中心地へ

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 旧日本人町を通り抜け、昔からの江景の邑内を通るメインストリートに出る手前が3枚目の江景初等学校です。あとで帰国後に知ったのですが、ここの体育館が日帝時代からの伝統ある建築だとのこと。見学しないまま駅の方へ進んでしまいました。

 4枚目の大きな倉庫もたぶん日帝時代のものを補修しつつ使っている感じ。5枚目の商店もなんだか日本建築のようです。邑事務所、論山警察署の前を過ぎ、戻ってきた市外バスターミナルが6枚目。この直後、右脚の痙攣が起きたのでした。暑い暑い7月末の亜韓国の写真です。

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2011年9月18日 忙しいです、今日も。

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 おはようございます

 今日も忙しく働きます。写真は尚州ロータリークラブが作った石碑。日本だとあんまり見かけませんよね。やはり韓国人、石碑とかが好きなようです。場所は市外バスターミナルの出口すぐの場所。2枚目後方はテナントがら空きの新ターミナルになります。

 1、真実であるか?

 2、皆に公平であるか?

 3、(ちょっと読めないです)

 4、皆に有益であるか?

 こういう「よい言葉」も韓国、好きですよね。あと、標語とかも。

 さて、がんばります、夕方まで。

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2011年9月17日 (土)

普通の韓国を探して3450 黄鶴洞 中央市場北口あたり

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 清渓8街のEマート前からウォンハルモニ本家前、小さな峠を越えて黄鶴洞、馬場路へ出て中央市場北口への道です。やはり目立つのは1、3枚目に見えるロッテキャッスルの威容。上層階からの眺めはどうなんでしょう?かなり見てみたいです。

 4枚目からが馬場路へ出ての歩行。東大門市場からずっと往十里の北、馬場洞まで通るそんなに広くないけど大事な道です。「往十里コプチャン」という言葉の通り、この東にはコプチャンクイの店が集まる場所がありますし、さらに進めば大都食堂本店のあるあたり。大昔、田豊観光ホテルに泊まった時、ずっと寒い中歩いたことがある道です。

 5枚目の車はダイナスティ。最終型デボネアのニューグレンジャーをベースに、無理に大きくしたという話を聞いたことがありますが、90年代後半の高級車です。李準圭先生も一時乗っていましたが、FFのため、後席は広大でした。

 7、8枚目が中央市場の北口。この辺の路上にも午後8時くらいからコプチャンクイのポジャンマチャがたくさん並びます。何度か書いていますが、私の韓国語、この辺で覚えたと言っても過言ではないでしょう。

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普通の韓国を探して3449 尚州で出会った韓国縦断ウォークの学生たち

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 慶北尚州の市外バスターミナルの南側の交差点です。最近ソウルでも横断歩道が復活してきて助かっていますが、やはり車優先のという感じがしてしまう韓国、歩行者用の青はなかなか来ない、そんなふうに思います。しゃがみこんで信号を待つハルモニがいたので1枚です。

 と、その直後、南の方、市庁のほうからおそろいのTシャツを着た若者のグループが続々歩いてきます。信号待ちの間に話を聞くと、韓半島を南からずっと歩いてきたとか。スタートは鎮海だとのことでした。何日目か聞くのを忘れましたが、ずっと北との軍事境界線目指してのウォーク、私も時間が許せばやってみたいと思いました。

 挨拶しながらすれちがって、次の目的地は市内中心部にある石仏です。なるべく古そうな、曲がった道を探して歩きました。6枚目はすれ違った後。地方都市の昼間はまぁこんな交通量です。

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2011年9月16日 (金)

2011年9月16日 바쁜 주말 먼 곳에서 오래된 친구 온다. 

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 こんにちは

 お昼を食べてきました。今日は夜間診療。午後からの仕事です。通常なら最後の受付時間は8時なのですが、遠来のお客さんがいらっしゃるので、少し早く上がって会食の予定が入っています。「朋遠方より来たる」というところ、楽しみです。

 明日明後日は超多忙。大体の患者さんの予約は4週間おきが普通なのですが、なぜか日曜もやる週末に予約が集中してしまっています。忙しいのは喜ぶべきことなのでしょうけど、約束の時間にスタートできず、お待たせしてしまうのがちょっと心配な私。自分も待たされるのが好きじゃないのでかなり気にかかってしまうのです。その辺、もう少し気楽にしていたほうが良いのかなと思ってます。

 そんなわけで、しばらく更新を休むことがあるかもしれませんが、悪しからず。写真はF550のテストのために撮影した「定額券」。Tマネーのさらに前の交通カードができる以前は皆が便利に使っていた地下鉄の切符です。これを知っている人は結構昔からの韓国ファンだというのがわかる物の一つでしょう。それでは皆様、よい週末をお送りください。

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普通の韓国を探して3448 これも日帝残滓??

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 地図が大好きです。一時は個人では並ぶ者はいないのでは?と思うほどの地図帳を集めていましたが、あげたり、泣く泣く処分したりでかなり減りました。少し前に書いたように地図と時刻表でかなり楽しめますし、いい酒の肴、また睡眠薬にもなります。

 営利目的ではありませんし、ごく部分的な、地図としては役立たない程度の範囲の引用なのでご勘弁ください。1,2,6枚目は1987年初版発行の中央地図文化社の「韓国道路地図」、3,4,5枚目は1999年発行n成地文化社の「7500分の1釜山道路地図」の一部分です。

 1枚目、「高遠見山」という山があります。なんか3文字です。韓国の地名も「院」がつく場所と東西南北が付く場所以外は大抵2文字。飛鳳山とか月岳山とか、天冠山とかの韓国の山の名前っぽくないなぁ、、、日本の山の名前みたいだなぁ、と思っていました。2枚目ではアルファベットの読みが出ていますがこれは韓国式で、「고원견산」と漢字そのまま。 ところが、比較的新しい3枚目、別の地図帳では「엄광산」。ほぼ同じ場所の同じ標高の山、東義大学校のそばのそこら辺では一番高い山なので一緒なはず。山の名前が変わったのです。

 思うに「たかとおみやま」と日帝時代に日本側が名前を変えてしまったのを元の名前に戻したのでしょう。「厳光山」かな?予想ですが。これも、神谷丹路さんの本からの知識ですが、日帝時代に村の名前など、勝手に日本が「西面」だの、「南面」だの、昔からの地名をなくして簡略化してしまったのを90年代に元の名前に戻したという話があります。山の名前でもそういうのがあるのだなぁ、とちょっと面白く感じた一件です。

 5枚目6枚目はおまけ。珍島に「高頭山」という山があります。ちょっと行って、見てみたいです。6枚目は「韓新中工業」。これは多分漢字の誤訳か誤植。韓国語では「重」も「中」も「중」ですので、「ハンジン重工業」が正しいのでしょう。「中工業」なんて漢字語、聞いたことありませんから。

 さて、新デジカメである富士のF550ですが、欠点が一つ。「バッテリーがすぐ無くなる」こと。メインを入れるとストロボが出るし、画面はやたら賑やかです。また、設定で枚数だけ考えて決めたら16:9、細長いフレームでした。そんなの変更できなくていいのになぁ、と余計な機能で失敗です。手ぶれ防止は流石で、この写真、みな明るい窓際でのマクロ自動(発光なし)、すごいカメラですけど。

 昼間はG10,夜と室内はF550というふうにしようかな。

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普通の韓国を探して3447 パワーレイド まだまだ暑い9月です

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 ちょこっとずつ書いていますが、江景の町をさんざん歩いて駅へ戻る途中、右足がつってしまって歩けなくなりました。玉女峰を上り始めたあたりから汗がぽたぽた垂れる状態、できるだけ水を飲みながらの行動でしたが、日本人町を抜けて現在の江景の中心部に戻ってきたあたりです。その前から指が痙攣しかけたり、肋間筋が痙攣しかけたりで、おかしいな?と思ってはいたのですが、とても歩けるような状態ではなく、色街の片隅の敬老堂で30分ばかり休ませてもらいました。

 わざわざ数十m先のヨインスクから駆け寄ってきてくれて、ここで休めと勧めてくれたアジュマはたぶんピキアジュマ。次回行ってお礼に遊んで行くというわけにはいきませんが、嬉しい韓国の普通の人の親切でした。

 写真はパワーレイドという韓国のイオン飲料。少し歩けるようになってからすぐに買ってちびちび飲みました。帰国後にたぶん、、、と思って調べたら、やはり熱痙攣というやつだったようで、「激しい運動時、ナトリウムやカリウムを考えず、水分だけを大量に摂取したために、体液の塩分(広い範囲での)が希薄になって発症する」とのこと。

 水をたくさん飲んでおけばいいと思っていた私の失敗でした。後で、自転車の先輩の先生にこれを話したら、やはり夏場は塩分の補給も考えないととのことでした。50過ぎて、少し賢くなりました。

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普通の韓国を探して3446 江景 日本建築が残る町4

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 6枚目の写真に韓国の新住居表示、通りの名前が出ていますが、今は小さくて読めません。江景の旧日本人町、かなりたくさんの日本家屋が表通りだけでも残っています。神谷さんの本の後、こちらは塩辛関係で韓国の方が日本語の本で紹介しているので訪問した日本人もけっこういるでしょう。私も「行く甲斐がある場所」、「行ってみて良かった場所」として推薦できる町です。

 湖南線の汽車の窓から何度も見ていた江景タワーへ行ってみようというのがここを歩くきっかけでしたが、タワーからの風景、玉女峰、この日本人町、最近稀にみるヒットでした。

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2011年9月15日 (木)

2011年9月15日 괜찮아요 綴り、あってるかな?

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 これは機能の記事の再掲。忠烈祠の一つ下の段、下から上がって行くと右側の建物、この写真では左の建物が尚州 壬乱北川戦績地の資料館です。韓国のこういう場所のいいところとして、フラッシュ、ストロボを焚かなければ写真オーケーのところが多いこと。かの国立中央博物館だってオーケーです。

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 それほど大きくない資料館は無料で見学できます。私が興味を持ったのはこんな昔の地図。尚州、聞慶という地名はありますが、今の聞慶市の中心である店村という地名はありません。後になって、もしかしたら日帝時代あたりにできた名前なのかもしれません。有名な鳥嶺はしっかり載っています。また、嬉しかったのはその北の方、小白山のほうに竹嶺という名前の峠が載っていたこと。今年の初めに店村→醴泉→栄州→丹陽の大崗面長林里へと越えた峠の名前でした。やはり朝鮮時代から大事な陸の道だったのでしょう。

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 尚州市民が本当に大事にしているこの北川戦績地。何度も書いているように多分毎朝の清掃が徹底的に行われているのだと思うのですが、唯一、この資料館の展示物、こんなふうになってしまっていました。ストロボ無しでの撮影ですのでちょっとフォーカス甘めですが、まぁ、写真も、展示パネルもケンチャナヨということで、本日の記事は〆させていただきます。これから宅配便の営業所へ荷物を受け取りに行き、帰宅。今日も留守番の時間が多くなりそうなとうちゃんです。

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2011年9月14日 (水)

2011年9月14日 本日休診 午前がとうちゃんの休みです

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 おはようございます

 今日は休み、しかしながら今年の9月は連休が1つの週に重なって、給料日がえらく早くなる上に「3営業日前までに」という要請があるのです。このため、早めの給与計算、手続きに出てきました。9時に銀行へ行って提出し、あとは雑貨の買い出し、そして沐浴湯(スーパー銭湯)、早めのお昼を食べて帰宅し、家で留守番です。

 写真は韓国の時刻表、正しくは「観光交通時刻表」といいますが、韓国の地方歩きには欠かせない1冊です。なぜか前の月の名前を冠したのを売っているので、これは7月下旬に買った私が持っている中での最新号。次回、どこをどう歩くか?地図とともに見ているとアッという間に時間が過ぎてくれます。

 韓国最大の名節の一つ、秋夕休みも昨日まで、ソウルのみんなもきっと今日から普通の生活。いろいろ連絡もとってみるつもりです。まずは釜山大学校の先生からかな、、、

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普通の韓国を探して3445 慶北尚州 壬乱北川戦績地 一番奥へ

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 やはりこの北川戦績地の一番大事なものは、「충렬사」という、壬辰倭乱で国のために戦って亡くなった方を祀るお堂でした。尚州の町を見晴らせる小高い山の中腹にあるこの戦績地公園、何度も書いているように整備清掃が徹底され、尚州の人がいかに大事にしているかがはっきり感じられる場所です。神谷丹路さんが訪問された日にはちょうど年に一度の儀式が行われた日だったとか。旅の神様の恵みでしょう。でも、私が行ったこの日も気持ちの良い晴天、私にだって神様はついています。こんなにいい場所に来ることができたのですから。

6枚目、8枚目に見える注意書きは「静粛」、儀式のとき以外でも騒ぐ場所じゃないぞ、ということでしょう。8枚目のお堂の芳名録に記帳して、見学を終えました。

 次回、資料館についてちょっとふれて、あとは尚州の普通の街、2度目の町歩きになります。

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普通の韓国を探して3444 江景 日本建築が残る町3

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 大正、昭和の時代の江景、たいへん栄えた町であったことがうかがえますが、いったいどんな日本人が住んで、商売をしていたのでしょう?どうしても「朝鮮人」を下に見てしまう傾向があった我々の父母、祖母の時代、公平に、平等に接する日本人だってたくさんいたはずと信じたい私です。

 しかし、今の観光客でさえ、あまり韓国語朝鮮語を学ばず、韓国人の日本語力のおかげで旅行している人が多いのに、70年前、80年前、言葉はどうだったのだろう?やはり強制的に教え込み、使用を押しつけた日本語で暮らせた時代だったのかと思うと、ほんとうに申し訳ない気持ちになってしまいます。

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2011年9月13日 (火)

普通の韓国を探して3443 江景 日本建築が残る町2

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 5、6枚目は再掲になります。2枚目の2階建ての建築もまず日本建築。壁の店名を消した跡があります。3枚目の2階建も日本統治時代、日帝時代の日本建築でしょう。表通りだけでもこんなにあります。

 ソウルはだいぶ減ってしまっているでしょうが、地方都市の日本建築を尋ねてゆっくり歩いてみたいものです。日本人が作った街である新馬山というのにちょっと興味を持っています。また、21日、昌原で開催されるロンドンオリンピック男子サッカー2次予選、韓国対オマーン戦20時より、も見てみたいのですが、どうなることでしょう。

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普通の韓国を探して3442 ソウル 黄鶴洞歩き1

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 ソウル地下鉄2号線新堂駅の北に広がる中央市場北口で馬場路を越えたあたり、食器とか厨房機器、はては鉄板や屋台のオーダーメイド、そんな「食」の商売に関係する店が多い街が黄鶴洞です。90年代からの知り合いである、アジュマも多い街、夜になるとコプチャンポジャンマチャが並ぶ町です。

 いつもは新堂駅から行くのに、この時はチョンゲチョン路のEマート側からの訪問。ロッテキャッスルの麓のような町ですね。ロト6が当籤したら、このアパートの小さめの部屋を一使って別荘にするつもりなのですが、もう少し先になりそうです。

 6枚目はトルソッパプ、石がま釜飯の機械かな?日本の釜飯屋でもそうですが、圧力をかけて早く炊きあがるようにした専用の機械があるのです。

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普通の韓国を探して3441 江景 日本建築が残る町1

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 玉女峰を降りた場所の教会から日本人がたくさん住んでいたという町に入ります。案外広い道路ですが、不規則な感じがします。スイカ売りのトラックの後を歩いて行きました。

 本来韓屋は平屋だったそうで、古い家で2階建てというのは日本建築の特徴です。日韓併合の前から一旗揚げようという日本人が集まる場所→大きな市場があった商業の中心地のひとつだったということによるのでしょう。

 6枚目、韓国でもほとんど見られなくなった「角グレンジャー」です。日本ではデボネアの最後の一つ前の型。80年代の車です。デボネア最終型の「ニューグレンジャー」は今でも結構走っています。黒くて大きい車が好きな韓国人、最近はちょっと意識も変わってきたためか、グレンジャーもいろんな色のがありますね。

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2011年9月12日 (月)

普通の韓国を探して3440 清渓8街の先も再開発中

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 清渓9街ってあるのでしょうか?1枚目、清渓8街の再開発でできたEマートの前です。この写真だけで場所がわかったら大したものです。その先、右へ曲がった場所が2、3枚目。ここは有名店、通称「清渓8街のポッサム屋」だった「ウォンハルモニ本家」ですが、その向かい側(2枚目)すでに建物が撤去され、工事用のフェンスに囲まれていました。ちょっと見ないうちにソウル、どんどん変わります。2枚目の看板を拡大してみると「往十里2区域」だのいう文字が見えます。となると、この通りの先は清渓9街ではなく、往十里と町名が変わるのかもしれません。

 4、5、6枚目はその先を右へ、黄鶴洞へ向かう小さな峠の道で、厨房機器、食器類の店がたくさん集まる場所。Eマートの裏手にあたる街ですが、私としてはずっとこのままであってほしい、そんな町です。90年代から見てきた場所の一つです。

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普通の韓国を探して3439 尚州 壬乱北川戦績地 さらに奥の階段へ

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 1枚目は壬辰倭乱の慰霊塔、前回の続きです。さらに奥へ進むと、この公園のメインの建物でしょうか、階段の上に立派な門を備えた建築があります。ここで、神谷丹路さんの本を読んでおいてよかったな、と思うことがありました。

 韓国のこういう施設の階段、3つに分かれているときは、上がる時は右手、下る時は左手を通るのだそうです。要は右側通行ということ。これ、ちょっと前にがらりと変わった地下鉄駅の階段の規則とは別です。真ん中は「神位」と呼ばれる、このお堂に祀られた亡くなった方の霊が通る道で、生きた人間はその両側の階段を通るのだとか。別に誰も見ていなかったのですが、その通りに上がって行きました。もし、これを知らなかったら、失礼な日本人になってしまうところでした。

 何度も書いていますが、ここ、本当にきれいに整備、清掃されています。昔は韓国のお寺だの、みな秀吉の戦争、韓国戦争で焼かれて再建したものばかり、そんなふうに思ってしまっていましたが、最近はすなおにいいなぁ、きれいだなぁと感じることができます。

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普通の韓国を探して3438 江景 玉女峰からかつての日本人町へ

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 大汗かいて上った玉女峰、錦江の絶景を楽しんだ後は昔日本人がたくさん住んでいたという町の方へ下ります。

 赤い階段は新しく整備されたものですが、中腹に建つお宅への階段、そして石垣は昔のままのよう。韓国の古い街を歩く時の楽しみの一つです。6枚目、9枚目、私が子供だったころには日本にもあったのではないかな?というちょっとした風景も嬉しいものです。

 東京よりすごいのではないかとも思える江南の新しい街、仁川新都市だのの周囲に建つアパート群、そんなのとともに、私が40年前に見たような風景、そんなのが混在するのは韓国の魅力の一つです。

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2011年9月10日 (土)

普通の韓国を探して3437 江景 玉女峰公園の石碑群 

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 前に、交際をスタートして100日目に赤いバラの花を100本プレゼントする、そんな話を書いたことがありました。韓国、普通の花屋も多いし、ネットでの注文で宅配する花屋もあったり、とにかく、一般人がしょっちゅう花を買うので安く売られているようです。日本で赤いバラ100本なんて贈ったらへたすりゃ10万円オーバーですからね。

 同様に、石も、日本より身近でポピュラーなのではないかな?と思うのです。日本人だと立派な庭園を持つお金持ち、もしくはがんばって趣味にお金を使う風流人以外、普通のもんは墓石以外で石屋さんのお客になることはまず無いと思います。韓国でも、庭園に石灯籠なんてのはあまり無いでしょうが、集落の入口の巨大な石、「龍賢2里」だの刻んだやつは韓国全土、どこの村にもありますし、ロータリークラブなんかが寄贈した石碑だの、公園、街角、とにかくそんな石造物、すごくたくさん見かけます。村の発展に寄与したハラボジの石碑だの、それこそいくらでもありそうです。たぶん花同様、石屋さんの品物も日本よりずっと安いのではないかな?と想像しています。

 今回の写真はカンギョンのオンニョボンgの続き、頂上下の小広い平地に8枚目のような遊具とともに、ずらっと石碑が並んでいました。1枚目はこの山の名前といわれを記したものでしょうか。2枚目は「敬老会長?」、あとは、たぶん、「号」を持つ町の名士のものでしょうか。そして6,7枚目はこの江景でも立ち上がった「3.1抗日運動」のものです。こんな石でできた碑だのも、「昔のことを忘れない」という韓国人の姿勢というか方針みたいなものの現れかなぁと思っています。

 次回の江景はいよいよ玉女峰を降りて昔の日本人町、日本家屋のたくさん残る通りへ歩いた時のものになります。

 すみません、アップして写真を見たら、2枚目、「敬老会長」ではなく、「敬老憲章」でした。謹んで訂正です。

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普通の韓国を探して3436 ソウルのとある街の歩道の敷石

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 私の歩いた場所なので想像がつくかもしれませんが、ソウルの街を歩いていたら、歩道の石にこんなのが刻まれていました。壬辰倭乱がらみの小ネタです。帰国後、本を見ていたらこれ、韓国では有名な言葉なのでした。ご存知でしたか?あ、漢字ですね。みんなわかるでしょう。所在地もわかる方がおられたらスゴいです。

 本日午前は忙しいです。がんばります。

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普通の韓国を探して3435 北川戦績地から見下ろす尚州市街

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 1~3枚目は昔の高級公務員の出張時の宿だった「商山館」という客舎。大きすぎて1枚のフレームに入りません。尚州の街を見下ろす小高い山の中腹にあるこの「壬乱北川戦績地」、何度も書いてしまいますが、ものすごくきれいな公園です。多分毎日毎日整備されているのだと思います。

 さらに上ると尚州の街がもっとよく見えるようになり、これは新しい、壬辰倭乱で国のために戦った朝鮮の人たちの慰霊塔がありました。これもきっと日本というか九州、名護屋城の方を向いているのでしょう。韓国の人たちの「忘れないぞ」」という気持ちがよくわかります。

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2011年9月 9日 (金)

普通の韓国を探して3434 ソウル またまた鍾路夜景 ソウル劇場の通り

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 おんぼろコンピュータ、画像を入れる画面が凍りついて動かないので、切り捨てアップロードです。またあとで追加するかもしれません。

 よく旅行掲示板で「南大門市場の屋台はボられるから鍾路へ」だのいう話が出ていますが、鍾路と言っても広うござんす。前に何度か紹介した鍾閣駅の裏手、マクドナルドとかホテルソンビの前の小さな屋台群、ポジャンマチャ村もあれば、鍾路3街の北の通りの子の間紹介した場所、さらには今回の南側の通りにも幌張馬車がたくさん。まぁ、どんどん韓国語を学んで、屋台にも進出してほしいものです。

 1枚目はカムジャタン。鍾路の北に並行するピマッコルは有名ですが、南側にも一部、大通りと並行する飲食店の多い細い通りがあります。通称「南ピマッコル(私が付けた名前)」ですが、そこの店でネットを通じて知り合った日本人のご夫妻との夕食でした。マッコリ飲んで、で、私は2軒目で早起きもあり眠くて、1次会だけでおしまいになった夜、その帰り道の写真が2枚目以降です。映画館がたくさんある鍾路3街、鍾路の南にあるのがこのソウル劇場。その前の通り、3街を南へ下る道にもポジャンマチャはたくさん。朝まで営業しています。日本語は通じにくいでしょうが、店主アジュマ、普通の韓国人のお客さんと話しながら食べるのはきっと楽しいですよ。来たれ日本人、というところです。

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普通の韓国を探して3433 尚州 壬乱北川戦績地の中へ

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 1、2枚目は入口にある案内図、自転車は清掃奉仕のアジョシ、アジュマ達のものです。流石は自転車都市と言われる尚州です。

 3枚めが入口ですが、入場無料、でも、前にも書いたようにおそろしくきれいに清掃が行き届いています。ゴミ一つ落ちていません。何だか、この公園に対する韓国の方の執念みたいなものまで感じるきれいさです。

 5枚目が商山館という客館、入れませんが、とても立派な、韓国ファンにはうれしい建物です。7枚目の楼閣の上でもアジョシが丁寧に雑巾がけをしていました。たぶん毎日やっているものと思われます。壁が無いのですが、とてもきれいに保存されています。大袈裟ですが、この北川戦績地、私には竜宮城に迷い込んだみたいに感じる場所でした。

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2011年9月 7日 (水)

普通の韓国を探して3432 ソウルも好き

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 おはようございます

 今日明日は休み。日頃は自転車ですのでちょっと大きな荷物を運びに車で出てきました。午後は家内が買い物に行きたいということで、午前中がとうちゃんの休み。これから帰宅して自転車で出かけるつもりです。楽しみです。

 写真は新しくなった長寿ソウルマッコリのボトル、あとはバスの中、バスからの車窓風景、みなソウルでの写真です。なかなかきれいでしょう?ソウルへ行きたくなる写真です。

 1泊2日でもけっこう居る時間がとれる新潟便、過去に1泊2日の経験も2~3度ありますが、やはり飛行機代がもったいないです。次回、ちょっと私にしては長めの日程で航空券を予約しました。少し前に書いた矯正材料のこと、11月の学会のこと、そんな用事を済ませて、さて、どこへ行こうか?午後は留守番しつつ、そんな計画を考えるつもりです。 「計画を立てるのも旅行のうち」、よく言ったものです。

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普通の韓国を探して3431 慶尚北道 尚州市 壬乱北川戦績地へ

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 サンジュのターミナルから北へ、1キロも無い場所に尚州壬乱北川戦績地があります。「目の覚めるような美しさ」ってあるのだなぁと思いながら歩いて北川(シンプルな名前ですね)を渡ります。神谷丹路さんの本ではさらっと書かれていて、戦争で亡くなられた方の遺徳をしのぶ行事のことが中心でしたが、この公園(?)すばらしくキレイです。

 川もきれい。魚がたくさんいました。また、ああ、韓国らしいなって思ったのはハラボジハルモニの自願奉仕、川岸の公園、遊歩道の清掃行事が行われていました。朝の街角、公園、韓国では日本以上に元気なお年寄りのボランティア(自願奉仕といいます)の清掃、しばしば見かけます。最近は書かなくなりましたが「日本も昔はそうだったであろう美点が今も濃厚に残っている国」が韓国と台湾だと思っています。良くない事ばかりあげつらって書かれてしまうことが多い韓国ですが、いい所、たくさんあるのですよ。

 6枚目は入口の看板。読める方は読んでみてください。ここでも、たぶん奉仕活動で日常的に行われている戦績地の掃除を終えて帰る様子のアジュマとハラボジがいました。

 1,3枚目の立派な建物は朝鮮時代の客館。王様や政府のお役人が地方で宿泊する施設を客舎というそうで、有名なのは全州にあります。でも、ここは客舎の上のクラスの「客館」という建物だとのこと、それだけ、この尚州が昔の朝鮮という国の中の重要な場所だったということです。 これも神谷さんの本からの受け売りですが、別の場所にあって荒れ放題だったのを移築、整備さたとの話です。いい天気の青空の下、本当に韓国建築の美という感じです。

 韓国好きの方なら「イムジンウェラン」という言葉はご存知だと思いますが、ここ、丁寧に2度の戦争のうち、片方だけの名前がついています。韓国、案外そういうのに律儀です。

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2011年9月 6日 (火)

2011年9月6日 オープンデイです

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 こんにちは

 午前はいろいろ雑務をこなし、お昼を食べて医院へ戻りました。午後はスタッフが研修のため、休診。院長が電話番をしていましたが、節電もしないとで、もうすぐ帰宅、家で転送電話で変更、初診相談、トラブル応対などを受け付けます。

 午後からは日当たりのいい当院、窓を開けた方が涼しいくらいです。留守番電話を仕掛けて帰宅して、転送電話を設定するまで、空白の20分くらいがありますが、ま、ケンチャナというところです。 それでは、今日は先に上がらせてもらいます。クロム。

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普通の韓国を探して3430 久々に韓国の犬 

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 前に額に三日月形の黒い毛がある新潟古町の猫をアップしましたが、今回は片方だけ眉毛がある韓国の子犬です。両方あったらテレビに出られそうですね。

 2枚目と3枚目は別の写真。「ん?!何?」という感じでこちらを見てくれました。4本足があって毛が生えていて目も耳も鼻もあって、お腹がすくとご飯をおくれよ、とせがむ動物、やはりかわいいもんです。鳥や爬虫類も飼えばかわいいのでしょうが、やはり哺乳類への親近感は大したものです。珍島犬かな?きっと今はもうかなり大きくなっていることでしょう。幸福な犬生を送ってくれることを願いつつ、散策を続けました。

 本日はオープンデイ。会計関係の資料提出です。

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普通の韓国を探して3429 ソウル 忠武路 繁華街の朝

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 続きです。明洞の東、昔は清渓高架道路の支線があった通りを越えた忠武路の街です。大通りを渡っただけで日本人はぐっと少なくなる街ですが、この辺から忠武路駅のあたりまで、けっこう有名な、これは観光客にも、地元の人にも有名な飲食店があるようです。

 1、2枚目に釜山ポクチプの看板が見えますが、この店も有名店。韓国でふぐ、ということで、日本人でもちょっと研究熱心な方は探して訪問したりしてるかと思います。この忠武路の繁華街の中でも確か昔は3軒あった店で、医院旅行の際に一度だけ行ってみました。ふぐにも種類があって、黄ふぐ、カチ(かささぎ)ふぐ、チャム(真の、良い)ふぐ、それぞれに辛くないチリと、辛い鍋があったはず。せっかくなので辛いのを食べましたが、もともと淡白なふぐですからニンニクと辛い味が勝ってしまって、、、まぁ、やはり高くてもふぐは日本かなって思ったのでした。

 1枚目左の大都食堂忠武路店も有名店のチェーン店、ちょっと高級な韓牛専門の焼肉店で、上往十里の本店に行ったことが一度だけあります。

 最近、韓国で目立つのが「日本式」を謳う居酒屋。「こころおでん」という店が写っているように店名もけっこう日本語が増えてきています。大抵一人ですのでほとんど入ったことはありませんが、どうなんでしょう?前に新川で行った店はみんな冷凍だのレトルトだの、、、ちょっと期待外れでしたけど。

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普通の韓国を探して3428 忠清南道 江景の玉女峰の頂上から

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 茶店とか、記念碑、アスレチック設備などがある平らな部分からもう一上り、オンニョボンgの頂上です。低い山とは言え、やはりてっぺんは気持ちがいいもの。木陰もあり、ベンチもあって、何人かの人が景色を楽しみつつ休んでいました。挨拶をしてちょっとお話。あとは私も雄大な景色を楽しみます。

 何度か「本当にプヨの山が見えるのか?」という疑問をここでも書いてきましたが、見えそうなくらい、低い山々と平地が遠くまで見晴らせます。朝鮮時代はここにものろし台があったようで、そのレプリカも置かれていました。

 8枚目は東方向、新しい江景川の流れと、遠くに大屯山でしたでしょうか?ひときわ高く見える忠南を代表する岩山が見えています。さんざん汗をかいたけど上ってきて良かったと想わせる絶景を楽しむことができました。気持が大きくなりました。

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2011年9月 5日 (月)

2011年9月5日 (주)광명데이콤に問い合わせ

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 グヮンミョンデイコム、韓国の歯科材料商社で、大韓歯科矯正学会の業者展示でも最大級のブースを持つ会社なのですが、わが日本のTOMYという会社と提携して日本製の矯正材料も扱っているのです。

 我が新潟県、3月の地震では幸いさしたる被害はありませんでしたが、矯正材料のことで日本中の矯正歯科医が、ちょっと困っています。というのは、上記、TOMYの主力工場の一つが福島第一原発のすぐそば、大熊町にあるのです。大学勤務時代の最後の頃、工場見学に行きましたが、大熊町最大の企業は東電、2番目は大差でTOMYということでした。 地震、原発事故の後は当然立ち入り禁止だし、勤務していた人たちも各地に避難でばらばらに、ということで、主に金属製の矯正材料、矯正技工材料等が在庫切れ、それぞれ工夫してなんとかしのいでいる状態です。

 昨日、スタッフに、「先生、田舎ばかり回らずに、韓国行った時に不足している材料を探して買ってきてください。」なんていわれてしまいました。う~んそうだね、ということで、先程韓国のグヮンミョンデイコムに電話、TOMY製矯正材料のことについて尋ねてみましたが、日本も韓国もほぼやっていることは同じである矯正歯科治療。日本で売り切れの材料が韓国では買えるなんてうまい話などありえず、やはり韓国でもTOMY製品の不足で矯正の先生方、困っているそうです。

 もうすぐ地震から半年。最近原発の事故のニュースはあまり聞かれなくはなってきましたが、どうなっているのでしょう? 新しい総理大臣のもと、皆で協力して復興を目指さないといけません。

 TOMYと、販売会社であるトミーインターナショナルの皆さんもがんばってください。一部、すでに他社製品を買わざるを得なかった材料もありますが、生産力が戻ったら必ずTOMYに戻りますから。

 写真はグヮンミョンデイコムのあるソウル特別市中区南大門路5街のそばの、旧韓国銀行本店前です。新世界本店前というほうがわかりやすいかもしれませんね。

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普通の韓国を探して3427 ソウル 忠武路の繁華街 이바토해2000のあたりです

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 3街の通りをずっと南下、中部警察署の先まで来ると忠武路の繁華街です。大小の会社があるこのあたり、退勤後の1杯を楽しむような店がたくさん。食堂もあれば飲み屋もあります。

 昔のガイドブックでこのあたり、マルンネキルの南側、釜山ポクチプが3つくらいある忠武路の繁華街を勧めていた記事を見た覚えがありますが、明洞と背中合わせなのに、日本人観光客はずっと少ない、そんな街です。

 前に小ネタ、「イバトヘ2000」の写真を紹介したのもこのあたり、何度か韓国へ行って、韓国語も少しはできる、そんな方、こっちの方へ脚を伸ばしてみてはいかがでしょう?ガイドブックに出ている店より美味しいとこ、たくさんあると思いますよ。

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普通の韓国を探して3426 慶尚北道尚州 市外バスターミナルから壬乱北川戦績地へ

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 久しぶりに訪問した尚州、慶尚道の「尚」のもとになった古い街で、昔は釜山の東莱からソウルへ向かう交通の要所だったという都市です。京釜線など無かった時代の話です。

 新しく少し郊外へ移転した市外バスターミナルに到着。バスの中から場所を確かめておいた北川戦績地は少し戻る感じですが、幸い大した距離ではありません。ターミナルで小用をたし、水を買って歩き始めます。1枚目がターミナルを出たところから北を望む風景。2枚目が振り返っての尚州市外バスターミナルです。さすが「自転車都市」と言われる尚州、自転車博物館もあるくらいで、歩道には自転車レーンが設けられています。

 凄みのあるくらいの大陸の青空をバックに教会の芸術的(?)写真を1枚きめて、町の北を流れる橋のほうへ歩きました。5、6枚目、橋の手前からも壬乱北川戦績地、よく見えます。非常にきれいに整備された公園のようになっており、神谷さんの本で読んでいた通り、いくつかの歴史的建築が移築されています。

 国のために命をささげて戦った先人の遺徳をを偲ぶ施設として、なかなかそういうものが少ない日本から見ると、ちょっと驚きです。歴史を大事にする韓国、いい意味でも、逆の意味でも、昔のことをしっかり心に刻む韓国人の国民性を感じます。

 数十万の秀吉の軍隊が侵入して各所で地上戦が行われ、一般人もたくさん犠牲になった韓国。 外国の軍隊が国内に攻めてきた経験が沖縄戦と空襲以外無いとも言える日本とはやはり違うのは当たり前かもしれませんが。

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普通の韓国を探して3425 충남 논산시 강경읍 옥녀봉공원

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 江景の名所、玉女峰です。「オンニョボンg」と読むのかな?山全体が公園になっており、昨日の写真にもありましたが、韓国ではおなじみのアスレチック設備もありました。

 頂上の手前、少し広くなった部分には、たぶん、江景の町のために貢献した人の記念碑、いわれのありそうな木と、不思議なドーナツ型の石、そしてこれは意外にも茶店のような売店がありました。休日平日を問わず、けっこう人がやってくる場所なのでしょう。アジュマが1人と、お客さんだと思われる暇そうなアジョシが1人談笑していました。

 てっぺんはもう少し先ですが、あまりに汗をかいたのでこの茶店でアイスを買ってしばし休憩。店の裏からも錦江が望める景色のいい場所です。扶余の扶蘇山が見えると言うけれど、距離は20キロ以上あると思います。さて、どこらへんなのかなと思いつつ、どんどん溶けて行くアイスが棒から落ちぬよう注意しながら食べました。

 次回、カメラを交換して、玉女峰頂上です。その後は別の道を下り、いよいよ日本家屋が残る旧日本人町へ向かいます。

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2011年9月 4日 (日)

普通の韓国を探して3424 ソウル 鍾路夜景ふたたび

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 初夏の夜の鍾路です。 場所は5号線の鍾路3街駅の上。楽園商街東口から3号線の駅の方へ続く国楽の楽器の店が多い通りを御存じだと思いますが、あの短い道、夜になるとこんなふうに幌張馬車でいっぱいになります。

 寒くない季節ですので、幌張の幌=ビニール製のテントはなく、そのまま露天の飲み屋になってて、かなりのお客さんで賑わっていました。韓国語ができないとなかなか行きにくいかと思いますが、これだけ人がいれば日本語がわかる人もいるはず。2人以上であればきっと地元の人とふれあいつつ、楽しいお酒を飲めることと思います。

 あれ?!と思ったのは6、7枚目。やはり飲み屋の看板ですが「m&m」と小さく店名の下に表示があります。何度か書いているように、この辺、男性の店が多いと聞いていますので、m&mというのはその目印なのかもしれません。どなたかからコメント頂いたように、「ごくライトである」とのことですので、機会があれば一度行ってみようと思っています。

 よく観光掲示板で鍾路の屋台、鍾路の露店という話が出ますが、酒を出す店が多いのはこの鍾路3街の北側の通りと、只今進行中の大韓劇場前から清渓川3街へ行く南への道の2本だと思います。韓国語を学べば、韓国旅行、もっともっと楽しくなります。ボラれるなんてのが心配なら最初に予算を3万なり、5万なり、告げて飲めば大丈夫だと思います。2人で3万W、料理2品と焼酎2本、充分なはずです。

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普通の韓国を探して3423 江景 玉女峰公園へ上る

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 江景の町の北寄り、錦江の川岸にある50mほどの高さの小山が玉女峰です。公園のようになっていて、上がると見晴らしが良さそう。また、日帝時代に神社があっただか、建設しようとしただか、神谷さんの本にも出てきましたが、暑いけれど上がってみます。

 江景の朝に着いてもう数時間、この頃には気温も上がり、汗だくでの歩行でした。シャツも、ズボンも内側からの汗で濡れ、額からぽたぽた汗が落ちる状態です。水の補給に関しては気をつけていましたが、この辺での大量の発汗が1時間ほど後の脚のトラブルの元だったのでしょう。

 しかし、高い所、景色がいいです。江景の町、ゆったりと流れる大河、錦江、そして朝一番に上がった江景タワーのある山(こちらは黄山という名前らしいです。7枚目の写真に見える橋は黄山大橋です。))、だんだん景色が開けてきます。なぜか廃屋が1軒。それもだんだん下に見えるようになると、頂上近く、やはり韓国です。立派な八角形のあずまやがありました。頂上まではもう一息です。

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2011年9月 3日 (土)

2011年9月3日 台風によるフェーン現象で猛暑復活の新潟県

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 今日の午前はたいへん忙しく、ばたばたしてしまい、ちょっと遅れ気味の進行、お待たせした患者さんにお詫び申し上げました。

かなり遅れてお昼休み、12時半過ぎに食べに出ましたがものすごい暑さ。サウナの中のような熱風です。先ほど気象情報を見たら新潟県、お昼頃の最高気温は36度とかそれ以上、暑かったわけです。

 午後はスタッフが研修のため、早上がり。院長一人で留守番していましたが、予約変更の電話が一件あったっきり。まだまだ外は暑くエアコンを強めに効かせないといけない状況ですが、節電のためもあり、早めに閉めて上がろうかと考えています。

 明日も当院は診療。本日同様、朝の更新はできないかもしれませんが、時間がある時に新しい記事、紹介できればと考えています。毎日見に来ていただいているたくさんの方々に御礼申し上げます。

 写真は韓国の消火栓。ここでも今までに何度か紹介していますが、道路の端に設置されたものは、車がぶつけて壊さないようにか、こんなふうに頑丈なガードが施されているのをよく見かけます。いざという時のホースの接続、大丈夫なのでしょうか?

  これも、「元が何だったのか飼い主も知らない小型の雑種犬」、「複雑なガスの配管」、「ナイトクラブ(ディスコ)のポスター」なんかと同様、それだけの写真を集めてみても面白そうな題材です。

 それでは皆様、よい週末をお過ごしください。

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普通の韓国を探して3422 明洞「地区」を南へ

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 5号線鍾路3街駅付近の宿から鍾路3街、清渓3街、乙支路3街と南下。まさに3街歩きです。乙支路の次に出会う大通りはちょっと狭めnマルンネキル、固有語の名前です。ただ、この道、有名な明洞のメインストリート、ロイヤルホテル前の通りの続きでもあります。

 前に書きましたが、旅行社の区分けでは、ホテルPJもセントラルホテルも、みな明洞「地区」。当院の昔の医院旅行でも豊田ホテルに泊まったことがありますが、明洞地区のプンジョンから明洞までは約800mというところでしょうか?一本道ですしオフィス街の道で不安はありませんが、「何とか歩ける距離」という程度です。明洞、南大門市場、ロッテと新世界で買い物なんて旅行にはやはり明洞の宿は便利ですが、もっと広く歩こうという方であれば、高い上に狭い古いホテルが多い明洞はあまりお勧めできないような気がします。

 1~3枚目、3街の道とマルンネキルの交差点、1枚目はホテルPJ方向です。すぐ右に白病院という有名な病院がある十字路です。2枚目、「白病院」の建物の一部が見えています。

 4枚目は渡った先。もしかして日本建築?とも思える煉瓦造りの古い建物、今は「ユファンオリ(硫黄アヒル)の店になっています。5~7枚目は明洞聖堂と同じくらいの規模を持つ永楽教会。明洞聖堂と通りはさんですぐの場所ですが知名度は低いかな。それを過ぎると中部警察署。警察も自衛隊も正門正面からの中の写真は基本的に禁止されているようですので、余計な嫌疑を受けぬよう、通り過ぎてからの1枚です。

 ここを過ぎるともうすぐ忠武路。地下鉄駅のが有名ですが、明洞が明治町だった時代からの古い、少し曲がって東西に続く通りがあり、この先左手一帯が住所上の忠武路になります。

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普通の韓国を探して3421 江景 錦江閘門から錦江の岸へ

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 旧江景川と錦江を隔てる閘門の脇を錦江のほうへ歩きます。家の脇とか、あまり片付いていないのが韓国らしい風景。えらくいい加減な犬小屋なのかもしれません。

 閘門に日帝時代の名残など何か無いだろうか?と想いつつ歩きましたが、特に何もありません。かつての川船がたくさん行き来した時代を偲びつつ進むと錦江が見えます、当たり前ですが。 ここから本日第2の登頂、江景タワーからも遠くに見えた小さな山、玉女峰に上ります。どうやら公園のようになっている様子。かつては江景の神社があっただか、いかにもそんな感じの見晴らしの良さそうな小山でした。

 8枚目、朝に上った江景タワーのある山が遠くに見えています。

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2011年9月 2日 (金)

2011年9月2日 フジ ファインピクスF550EXR 試し撮り写真

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 休みだった水曜日、新しいコンパクトデジカメを持ってちょっと車で出かけてみました。GPS、面白いです。

 最初に充電して医院で電源を入れた時は室内だったせいか受信できず、機能しませんでしたが、この日、車から降りての撮影、後でみてみたら「サンジョウシ ニイガタケン ニホン」なんて文字が液晶表示に出てきます。前にも書いたとおり外国ではどう表示されるのでしょう?「サンジュシ ケイショウナンドウ カンコク」なんて出るのでしょうか?次回の訪韓が楽しみになりました。

 8枚の写真、いずれも三条市の旧下田村地区。7月末の水害で被害があった地域です。1、7、8枚目、流されたガードレール、がけ崩れで倒れた杉の木、そんな様子が写っています。

 新潟市から出発して旧新津市。国道402号線で加茂市。そこから山に入って国道290号に入り、峠越えで三条市下田。また山を上って梨の木峠の短いトンネル(7、8枚目に見えています)を抜けて長岡市栃尾という、前に自転車で走ったコースです。ぐるっと遠回りして長岡へ行ったのですが、最近乗っていないので、よく走れたものだと自分に感嘆したドライブでした。

 3枚目、会津との県境の山々です。標高はないけど個性的な山容の魅力ある山が多い地域です。5、6枚目は名峰守門岳。古い火山で、半分がふっとんだ格好。こちら側に急な火口壁の崖が見えているのですが、わかるかなぁ?

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普通の韓国を探して3420 鍾路3街 色っぽいソウルの夜景

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 鐘岩洞のタンゴルカゲ「プルティナ」の最後の日に偶然行けた夜の帰りです。ホリディイン城北ソウルの前からバス1本で鍾路3街。チョンアム洞もけっこう人がいますが、やはりソウルの心臓部、鍾路の夜はまだまだこれからという感じです。

 この時はソウルの安いホテルに泊まって1日1日、早起きして地方へという旅行でしたので、この後はコンビニでマッコリを買って早めに宿へ帰りました。鍾路3街、昔からのそうるの繁華街、まだまだ知らない事ばかりの私です。

 

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普通の韓国を探して3419 江景 江景川錦江閘門

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 神谷丹路さんの本にもある江景の閘門です。江景の邑内を流れていた江景川、現在は新しい水路が町の北を流れていますが、80年代まで盛んだったという錦江を利用した水運が盛んだったころの名残で、塩辛の店がたくさん集まる町にはゆったりした水路とこの水門が残されています。

 しかしこんな内陸にまで潮の満ち干の影響があったとは、ちょっと日本の川の感覚で行くと考えられません。もともと世界でも最も干満の差が激しい韓半島の西海だからこそかもしれません。

 今朝の新聞で見たのですが、新潟市江南区の酒屋町というところ、やはり昔の信濃川の水運で栄えた街だとか。記事に寄れば60年代前半まで、信濃川、それと、小阿賀野川という2つの大河を結ぶ運河のような川によって材木だのもたくさん扱っていたとか。この江景でも製材所がいくつか目立ちました。まさに、神谷さんの言う「近い昔の歴史」です。

 1枚目はけっこう大きな亀です。釣り好きなもので、川があると魚はいないかな?とじっくり探してしまう私ですが、亀がいました。

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2011年9月 1日 (木)

すばらしい韓国の食事620 清涼里 ユッケ専門店 250g10000W

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 最近、検索ワードで「韓国 ユッケ」、「ソウル レバ刺し」なんてので探してこちらへ来てくれる方が多いのですが、「姉妹チプ(チャメチプ)」という店名は知らないままに広蔵市場のユッケ専門店を最初に日本に紹介したのは自分。2番目が芸術新潮の韓国特集(すごくいい本です)での食通韓国ハラボジだと思っているのです。

 その後、前記の雑誌を多分、元ネタにしての取材でさらに観光HP、雑誌、本などで有名になってしまい昔からの常連のハラボジ、アジョシ達は嘆いているのではないかなぁ。小さな店に日本人観光客がおしかけてしまって。

 ということで、こちらは最近よく行く清涼里の店、ここでの記事も3度目か4度目です。乳牛の雄の子牛の肉デ、250グラム10000W。マッコリが3000Wで、しめて13000W。今のレートだと1000円ちょっとの嬉しいメニューです。ここも夕方早い時間から、ハラボジ2人とか、アジョシ1人とか、ユッケ好きが集まってにこにこしながら肉を混ぜて楽しむ店です。なぜか女性客は少ない感じ。韓国では生肉は男性の食べ物なのかもしれません。

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