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2011年5月14日 (土)

普通の韓国を探して3264 大好きな韓国を1枚の写真で語る1

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 変更があって30分空きができました。外はいい天気、風は強めですがけやき通りの欅の木の若葉が本当に目に眩しい、きれいな緑色です。強風で黄砂も少しは飛んで行ったのかもしれません。なかなかの青空が見えています。

 何度かここで、このブログの白眉とも言えるのは最初の1年って書いています。少ない写真で、でも、なかなか珍しい写真で、韓国のこと、特に地方のことと食べ物のこと、自分でもなかなか上手に書けたなと思うことができる文章でした。 最近はメモリーも安くなったので写真もバシャバシャ、湯水のようにシャッターを切って、失敗作は消去して、それでもネタは整理しきれない状態です。でも、なんだか肝心の文章の方はややおざなりになってしまうこともしばしばあること、反省しています。特に昨日とか。

 もともと、自分が好きで始めたこちら、無理なく、楽しみながら続けたいと考えています。今回の写真は、行き先表示ですぐにわかる人はわかる、東ソウル市外バスターミナルです。ソウルにいくつかある大きなバスターミナルの一つで、主にソウルの北と東、それと、南東かな、そんな方向へ行くバスが発着する場所です。

 向こうに見える建物の1Fがターミナル。上はいろんなテナントが入っています。L字型に並ぶ乗車口は全部で、、、30くらいもあったかな?全体の敷地もそんなに余裕が無いので出るバス、到着するバスでとにかく昼間はいつもぎっしり状態。この辺、江南の京釜線ターミナル、湖南、嶺東線ターミナル(セントラルシティ)、南部ターミナルなんかと比べるととにかくバスだらけ、そんな場所です。

 ボディに書かれた文字は「注文津 江陵 優等 無停車」。これで、このバスは東ソウルから江陵・注文津線専用の優等高速タイプのバスであることがわかります。韓国の高速バス、中長距離の市外バス、日本とは違って同じ車両が毎日同じ路線を行ったり来たり、たくさん走っているので、こんなふうに車体に直接書いてしまうことができるのです。

 かなり車体側面が汚れていますが、これは口蹄疫の防疫の消毒薬が田舎の方ではそれこそあちこちで散布されているためです。たとえば高速道路の出入り口、郡と郡市の境界、そんな交通の要所数百か所、もしかしたら1000か所以上で通る車全部に噴射されているからなのです。ですので昨年からこの冬の韓国の車、とにかくバスも乗用車もトラックも、こんなふうに側面が汚れている状態で走っていたのでした。

 地方から戻り、ソウルで乗った個人タクシーの技士さんも家が加平にあるだかで、やはり毎日消毒薬を浴びないといけないからしばらく車を洗っていないと話していました。日本のタクシーは毎日乗務ごとに洗車すると聞いていますが、ま、その辺、一種の非常事態だからしょうがなかったのでしょう。とにかく昨年の韓国の田舎は口蹄疫一色という感じでした。

 この東ソウルから私が行った場所を挙げると、新鉄原、史倉里、二東、華川、春川、洪川、束草、江陵、チョンソン、栄州、原州、ヨジュ、長湖院、忠州、清州、鎮川、ケサン、報恩、海雲台くらいでしょうか。

 ちょっと珍しい釜山海雲台行き市外バスは、釜山大の先生に会う場所が海雲台だったので、ここから市外バスに飛び乗ったのですが、ウルサンだのを経由していくため、やはりソウル市内で江南の京釜線ターミナルに移動して普通に高速バスに乗った方が早かったようです。ソウルから海雲台まで乗った客は私くらいしかいなかったですから。

 あとは史倉里も珍しいかな?二東からもう少し北へ行ってから右(東)へ、急な峠を越えた先の山の中の町です。華川郡になるのかな?普通の人はあまり住んでいなくて、、、と、そんな場所でしたので、到着もそこそこ、次のバスで普通の場所へ戻りました。

 さて、仕事です。

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とうちゃんの自転車日記489 旅行の神様 三条の市

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 えちごワンデーパスで県内を歩くなんてのをけっこうやっています。1500円で新潟県の中心部が乗り放題。この時は降りたことが無い弥彦線の北三条駅で降りてみました。自転車では何度かここへきていますが、歩きは初めてです。駅を出て、北の方を見ると、なんかテントが見えます。どうやらこの三条の五日市のようです。確率は5分の1、わざわざこのために観光でやってくると言うほどの市でも無いのですが、その土地土地の産物、食べ物が見られるのは楽しい物。これも旅行の神様のおかげです。 写真のとおり、韓国のオーイルジャンに比べれば寂しいもんですが、定期市の見物、ネットで日にちなどすぐにわかる時代、新潟観光に加えるのもいいかもしれません。

 3枚目は古い病院の建築のよう。このあたり、弥彦線というローカルな線ですので、わざわざ来ないと行く機会も無い場所ですが、昔からの三条のまちの中心はこの辺、古い繁華街もあります。車ではわからないものが自転車や歩きだと見えてくる、絶対そんなこと、ありますよ。

 市をちょっと見て、これも初めてなのですが、歩きで三条駅へ向かうことにしました。昔からの特急停車駅は東三条、それとは別に、三条駅もあるのです。

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普通の韓国を探して3263 順天の宿で久々の失敗 

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 前に慶全線の汽車が事故で遅れた時に韓国人の親子連れとお菓子をやりとりして話をして写真を撮らせてもらった話を書きました。30分くらい遅れて順天に着いたとき、順天で安くてきれいないい宿は無いか?とお母さんに聞いてみたのです。モテルは知らないというし、それがまぁ普通なのでしょう。結局、わからない、で話が終わったのですが、その後ホームに降りてから、わざわざ私を待って順天ローヤルホテルというのに泊まりなさいとアドバイスしてくれました。 新しいめのモテルを考えていましたが、まぁ、その土地の人の話に従うのもいいかなと思い、1,2枚目の順天駅からタクシーでそのロイヤルホテルに向かいました。

 3枚目はそのホテルの正面写真。地方の観光ホテルによくありますが、万国旗がかざられています。新しくは無いけど古くもない、そんな建物です。でもちょっと、ちゃんとしたホテルのようです。値段を聞いて高かったら他を当たろうと思いつつ入ると、ロビーにもフロントにも誰もいません。 こういう時、何て言って人を呼べばいいのでしょう?「ヨボセヨ?」かな?「ヨギヨ」かな?これは食堂とかで見える所で言う言葉かな?などと思いつつ確か前者を叫びました。するとフロント脇の大きなドアから若くてちょっときれいなお姉さんが出てきて、応対してくれました。後はお決まりで、「オヌルパム、ピンバンイッソヨ?1泊オルマエヨ?」で話が進みます。1泊8万だったかな?ちょっと高いですが荷物はあるし、外は寒いしで、泊まることにしました。ちゃんとした観光ホテルですので、宿帳を書いて、カギをもらって部屋へ上がります。

 部屋の写真を続けて準備しようと思いましたが、朝は温まっていないのかコンピュータの調子が悪いのでここまででアップします。続きはまた。どなたかこの「順天ロイヤル観光ホテル」、泊まったことある方、おられますか? ちゃんとしてましたか? 実はこの晩、私の部屋というか、このホテル、お湯が出なかったのです。そして、恐ろしいことに、このホテルにいるのは私とフロントアガシ、たったの2名だったような気がするのです。はたして今も営業しているのでしょうか?たぶん客が1人なのでボイラーを停めているのかな?と思いつつ、いつまでたってもお湯が出ない浴室で思いました。

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 部屋はまぁまぁ広く、清潔です。浴室の電話など、最初はなかなかの設備を持った順天一流のホテルだったのでしょう。観光ホテルというむくげ印をもらうには、レストランだの客室数だの、一定の設備が必要ですが、とにかく、人がいません。フロントアガシも、いつまで給料が出るのだろう?と心配してるのではないかな?と思いつつ、脚と顔だけ洗って酒飲んで寝ました。8万出してお湯が出ないのは、、、ねぇ、、、ちょっと私にしては失敗した一夜でした。

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2011年5月13日 (金)

とうちゃんの自転車日記488 競馬場踏切と越後線関屋駅

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 連休のウォーキングで行った越後線の関屋駅です。1枚目の踏切、「競馬場踏切り」という名前です。私が新潟に来たのは51年。もうすでに新潟競馬場は豊栄市に移転していましたが、昔の競馬場、この駅の北側の海岸近くにあったのです。町の名前は消えたけど踏切に競馬場という名前が残っているのがちょっと嬉しかったです。

 2枚目は内野、柏崎方向。すぐに関屋分水の鉄橋です。3枚目は関屋駅。数年前に橋上駅になりましたが、昔は暗く小さな平屋の建物でした。4枚目、8枚目、昔はもっともっと線路があった名残が少し残っています。4枚目にちょっと見える北口の駐車場も昔は線路でした。鉄道で馬を運んだ時代だったのでしょう。昭和50年代はまだDE10が引く貨物列車が少しだけ走っていたと思います。5枚目はその貨物駅の名残かな?

 駅前ではちょうどお祭りだったのか、おじさん、じいちゃんが集まっていました。これも軽い旅行運です。最後の2枚は駅の中ですが、地震の影響で電車も間引き運転です。

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普通の韓国を探して3262 인사동 冬の朝

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 宿のある仁寺洞に戻ってきました。日本、そして新潟より天気がいい日が多い、そう感じる韓国、ソウルです。自分なりにカッコつけて撮ったと思われる写真もありますね。でも、6枚目は、何を撮ったのだろう?どの辺だったかなぁ。

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2011年5月12日 (木)

2011年5月12日 いい天気の新潟です

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 おはようございます。大学の同期会の仕事でちょっと出てきました。いい天気ですが午後は崩れるという予報ですので、午前中はちょっと自転車に乗れたらと考えています。

 先日の小学校の学校歯科健診で立ったりしゃがんだりしての筋肉痛、昨日今日とけっこう出てしまいました。思うに大学の教養課程までは体育がありましたから週に数回身体を動かす機会があったのです。でも、それ以後は、自分で意識しないと体育はありません。ここ数年は自転車に乗っていますが何度か書いたように椅子に座っての運動。脚に体重がかかる運動も必要だなと感じる今日この頃です。

 でも、急に運動をすると年齢の点からの心配もあるので最初はウォーキングくらい。しかし自転車に比べると景色がなかなか変わりません。どうもそこら辺が「面白くない」ってのの理由になってしまってます。たとえば、まず、新潟から新津まで歩く、電車で戻って、次の機会は電車で新津まで行って新津から加茂まで歩いて、、、と、そんなのも面白そう。とにかく、今年は汗を書かいて運動する、そんなふうにしたいものです。

 写真は連休中にウォーキングで歩いた時の万代橋です。ここも、歩きだと50分以上かかりますが自転車なら10分ちょっと。自転車、すごいです。何を言いたいのかわからなくなってしまいましたが。

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2011年5月11日 (水)

普通の韓国を探して3261 ソウル 孔徳市場写真の残り

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 夕方の訪問、5号線孔徳駅の北東にある孔徳市場です。ちょっと空きもみられはしますがまだまだ元気な在来市場の一つなのでしょう。結局、ぐるぐる歩いた後、マポ宮中チョッパルでテイクアウトしてタクシーで鐘岩洞のホプへ移動、そこで他のお客さんと一緒に食べたのですが、チョッパル、美味しかったです。この後2度ほど有名な奨忠洞ハルモニチプでもテイクアウトで食べましたが、何だかこの麻浦宮中チョッパルのが味付けが上手なような気がしています。まぁ、好みの範囲でしょうけど。

 昔から買いためた韓国本なんかだと奨忠洞の平安道ハルモニチプというのの評判がなかなか良さそう。でも、結局は豚の前足、後ろ足の煮たのですので、大差は無いのかなぁ。ともかく、自分のうんこだのを踏んでいた豚の脚とかいうイメージでダメと言う人で無ければ韓国式の豚の脚の蒸し煮、健康にも美容にもいい美味しいメニューです。

 ティギムの店の「青鶴洞」は、儒教の伝説的場所の名前だったかな?河東のそば、花渓だのの当たりの山奥にそれを名乗る村があり、子供が合宿して修養するだの聞いたことがありますが、青い鶴、韓国の伝説的動物なのかも。映画「YMCA野球団」でも、シングハラボジが勉強している場所に鶴が出てきてソンガンホと出会うようなシーンがありましたが、あれももしかしたら青鶴だったのかもしれません。中古で集めたVHSのカセットの起き場所にも困っている私です。

 3枚目、青鶴洞と並ぶ有名店だという麻浦ハルモニピンデトッkのようですね。どうもしかし、ジョンとかの類、あまり好きではない私です。野菜だのひき肉に薄い衣を付けて焼いて、、、お祝の時にも出るメニューですが、なんか韓国の方にはすみませんが貧乏くさい感じを受けてしまいます。実際、あれこれ材料が無かった時代、あり合わせの物を少しでも料理っぽくするために衣を付けて焼いたり揚げたり、そんな事情で発達したメニューのように思えます。食べられなくは無いけれど、積極的に食べたい料理ではありません。

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普通の韓国を探して3260 やっぱりストレートで気性の激しい韓国の人?

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 慶全線の汽車からの写真です。晋州の手前あたりだったかな?進行方向左手の1棟だけ建っているアパートの外壁に何か書いてありました。あまり人が住んでいる感じではなかったので取り壊しの退居命令とかに反対する言葉かもしれません。「我々は最後まで争うぞ」なんて、そんな言葉が読み取れます。「設計者」?とも書いてあるかな?危険な場所とか、違法な構造とか、そんな問題なのかもしれませんがマンションの外壁にでっかく反対運動の文言を書きこむってのはやっぱり韓国らしいなと思いつつシャッターを切りました。

 しかし、けっこう高い所まで、上からぶら下がって書いたのか?それともわざわざ足場を組んで書いたのか?その辺のナゾも深まる韓国風景です。

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2011年5月10日 (火)

2011年5月10日 韓国の観光交通時刻表の古いの、いりませんか?

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 少し前に書いたのですが、韓国の鉄道、汽船、航空、高速バス、市外バスの時刻表である「観光交通時刻表」の古いやつ、ご希望の方に差し上げます。着払いの宅配料だけご負担ください。

 古いのは1999年、新しいのは昨年2010年の秋のものになります。全部で20冊、実際に旅行に持って行ったものが多いので書き込み、ページ折れなどがあるものが多いですがほとんど未使用の美品もあったと思います。統一号が走っていた時代のものから、KTXの開通、群山線、長項線の連結、そんなあたりまでの20冊、いかがでしょう?

 厳正を期すため、希望される方はこの記事にコメントください。先着1名です。送り先の連絡方法などは追って決めましょう。

 午前中は小学校の学校歯科健診。小さな1年生から大きな子もいる6年生まで、椅子は用意してありますがしっかり診るため、立ったり座ったり。2時間くらいスクワットを続けたみたいな感じで脚が疲れています。筋肉痛が出そうですが、明日明後日の休みもできるだけ運動したいと考えています。

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 この写真、どこでしょう?ソウル市内です。

 手持ちのストロボ無しで、手前のタクシーにフォーカスが合ってしまっていますけど、ブレは少なめです。ヒントは大通りの向こうに見える看板の大きな文字。 同じ業種の店が集まりがちな韓国、そんな専門店の看板で、ここらへんにはそれを売る店がたくさん並んでいます。

 あまりマニアックでもなく、意地悪でもなく、ソウルをあちこち歩いている方には適度な難易度だと思います。ヒントは、「同じ大通り、近い所にもう一つ、とある業種の専門店が集まっています」かな。

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普通の韓国を探して3259 京釜線から慶全線へ 三浪津

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 京釜線の「京」は日帝時代にソウルを「京城」と呼んでいたときの名残でしょうか?でも、「キョンgソンg」という読み方もあるからいいのかな?ともかく、ソウルと釜山を結ぶのが京釜線です。 慶全線は慶尚道と全羅道を結ぶ韓半島南岸に沿った路線で、京釜線の三浪津駅の辺で京釜線から分かれます。

 この三浪津の分岐、ソウル方面から来た列車も直接慶全線に入れるように線路が三角になっているのです。嶺東線のペクサンとかもいっしょですが、鉄道好きにはこんなのもちょっとワクワクすることなのです。

 1枚目は沙上駅。バスターミナルの辺は大繁華街ですが、鉄道駅はいたって静かです。2、3枚目は三浪津駅です。赤レンガ風の外壁、似ていますね。

 そして、4枚目の線路がソウルへ向かう京釜線。私が乗った慶全線の汽車は左へ、慶全線に入って行くところです。そして5枚目、緑の鉄橋がソウル方面から慶全線に入る線路。6、7,8枚目のようにだんだん近づいて、慶全線に合流というわけです。1月に乗った馬山直通のKTXはこの5~8枚目の線路を通って慶全線に入ったわけですね。6枚目には釣り人が写っています、ちょっとラッキー。

 9枚目はオマケ、のどかな農村風景を、と思っていたら無粋な迷彩色に塗られた建物が飛び込んできました。この後はすぐに長い鉄橋にかかります。大田の手前にもありますが、まだまだ休戦中の国、間諜、工作員と間違われないよう行動には注意が必要です。

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普通の韓国を探して3258 仁寺洞へ戻ってきました

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 初めてのソウルが95年、当時からぽつぽつ、特に江南のほうにコンビニができ始めていましたがまだまだクモンカゲとかシュポとか言われる家族経営の小さな店が主流でした。その後この15年くらいで便宜店(コンビニ)はどんどん増えてやはり過当競争気味です。1枚目、楽園商街裏手から仁寺洞へ行くマウルボスの道のコンビニです。ここから仁寺洞キルへ出たあたりにもあったし、、、韓国、何もかもたくさんある国です。

 2、3、4枚目は硯と筆の店。韓国では書道と言わず、書芸と言いますが、文字だけでなくサラサラッと草花の絵を描いたりするハラボジもおられます。新潟観光教育院で教わったチョデヒョン先生もそんな方の一人で、正月に挨拶に言ったらその場で1枚、書いてくれたのをいただきました。どこにしまってあるかな??

 昼間はいろんな国の観光客でごった返す土産品店の街みたいなインサドンですが、朝は静か。じっくり歩けば私が興味を持つようなものの店もあるのかもしれません。サムジーキルはいただけませんけど。

 5枚目は路地、何で撮ったのでしょ?今の段階では不明です。最後は溶けたり凍ったりでテロンテロンになった氷。冬のソウルではこういうのに注意が必要です。2年前だったかな?清涼里駅前で滑って転んで打った右ひじはやっとよくなりました。替わってこの1月、家の前で雪で転んだ右足首はまだ痛いですけど。50を過ぎるとたぶん、運動神経も鈍るし、怪我からの回復も時間がかかるようになるのでしょう。中高年の皆様、旅行中の怪我など、お気をつけください。

 本日はすぐ近くの笹口小学校の学校歯科健診、午前中はずっと出かけます。

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2011年5月 9日 (月)

とうちゃんの自転車日記487 新潟市 学校町通歩き2

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 1枚目は前にもここで紹介していますが、「三献刑場跡」、「さんこん」と読むようです。けっこうこのキーワードでこちらへ来られる方も多い場所です。前にも書いたとおり、昔は木が生い茂って薄暗く、いかにも刑場跡という感じでしたが、今はすっかり変わっています。

 2枚目は「ことぶきや」という食堂。何度も行っていますが、この向かい、写真だと右手のあたりにあった「八竜」という食堂へもっと行っていました。定食、いくらくらいだったかなぁ。五十嵐の生協の食堂だと、うどん、そばは110円、ラーメンが確か130円。カレーライスが170円で、定食は190円、260円、320円、そんなだった時代です。

 3枚目も食堂だった家、上は学生アパートで、ほんの短い間でしたが左上の窓の部屋に住んでいたこともあります。4枚目はそのすぐ前の新潟中央高校の入り口、5、6枚目はもう少し先ですが、ずいぶん寂しくなってしまっています。でも、懐かしい通りです。

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普通の韓国を探して3257 ソウル 仁寺洞へ

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 鍾路トクチプの前から仁寺洞へ向かう道です。3枚目の黄色い車は外国人学校のスクールバスのようで、白人の初等学生が乗り込んでいました。5枚目に見えていますが、ここ、レジデンスというのかな?ホテルでもあり、中長期の部屋貸しもする施設です。

 ソウルの街、まだまだ知らない場所もたくさん。でも、昔歩いた町をまた見に行くのもありかな?と最近感じています。2泊3日とかで地方へ出かけるのはちょっと時間が足りない、そんな時、こちらで前に紹介している貞陵洞、中渓本洞、下月谷洞、新林洞、奉天洞、黒石洞、鹿川マウル、、、また行ってみたいです。

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普通の韓国を探して3256 慶全線無窮花号DC列車のミニミニカペ

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 前回の続き、4両編成の小さめの列車ですので1両の5分の2くらいを使ったミニミニカペです。また、すでにコメント頂いていますが5枚目のような小さな部分がロングシートの、ということはたぶん座席指定されていない客室になっています。日本だとあれこれ考えてもう少しどうにかするのでしょうが、韓国、とりあえずこれでいいや、ケンチャンタ、という感じでこうしてあるのでしょう。

 4枚目、拡大すると高得点者のランキングが出ているのですが、機種の中で「震電」があったのが面白かったです。興味ある方は検索してみてください。第2次世界大戦末期の新型機で、ちょっと面白い格好の戦闘機です。10数年前に亡くなった父が軍人だった時、実際に見たことがあると言っていました。もっと戦争のこと、話を聞いておけばよかったと後悔しています。

 6枚目は、釜田を出てすぐのあたり、やはりロッテが大きく目立ちますね。鉄道好きにはこんなのも嬉しい風景なのです。

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2011年5月 8日 (日)

2011年5月8日 また黒い雲が出てきました 新潟

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 メールチェックをしたり、まだぐずぐずしていたらまた雲行きが怪しくなってきました。

 ずいぶん前に、古い時刻表をいかがですか?とこちらで呼びかけたことがありましたが、この春、韓国関係の書籍とか資料、ソフトの整理をしています。

 またまた韓国の観光交通時刻表なのですが、1999年くらいのものから昨年の10月号まで、実際に旅行に使ったものも多いので書き込みや折りがあったりのものも多いのですが、美品も少しあったかと思います。20冊まとめてご希望の方に差し上げます。着払いの宅配料はご負担ください。

 コメント欄への先着1名、連絡方法はまたその後で決めましょう。どうぞ御遠慮なく。

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とうちゃんの自転車日記486 新潟市 学校町通を歩く2

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 新潟市中央区の学校町通です。国道116号の路線変更で大きく変わりましたが、古い道であるこの通りは健在です。新潟大の教育学部の古い卒業生、医学部、歯学部の卒業生の方には懐かしい写真だと思います。

 1枚目は古い蕎麦やである「むらた」。藤の木がなかなか風流で歴史を感じさせます。今時流行りの能書きの多い「高級っぽい蕎麦」ではなく、普通の昔からの町内の蕎麦という感じのものを出します。出前もよく食べました。盛りそばの大に天ぷらをつけた「天付き大盛り」、夏の時期だけあった「天付き大麦(冷麦)」など、懐かしいです。

 2枚目のような行き止まりの路地もたくさん。3枚目は昔小山病院という小さな病院があったあたり。今は代が変わってか、普通のお医者さんになっています。4枚目は水道町のほうへ登る道です。古い街ですので、道路は複雑です。

 5,6枚目は昔「花月湯」という銭湯だった建物。私も一時はこの学校町に住んでいましたので世話になりましたが、ずいぶん前に閉めて、一時は八百屋になっていましたが、今は空き家のようです。入口上のぶぶん、「花月湯」という看板の跡がうっすら残っています。

 学校町散歩、もう少し続きます。

 今日は休み。ウォーキングに行くと言って家を出ましたが雲行きが怪しく、医院へ。しかし今は青空も見えています。下り坂という予報ですので午前の内だけでも運動するつもりです。

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普通の韓国を探して3255 慶全線の始発駅 釜田駅

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 1枚目、改札にあった立て札です。大きな駅であれば、今の韓国、いつでも出入りできるのですが、本数の少ない釜田駅、事故防止のためか、15分前にならないと改札口が開きません。女子職員の多いKR、この日の釜田駅では出札も、改札を開けたのも女性職員でした。

 さて、日本の時刻表だと、列車番号でディゼルカーか客車列車かわかりますが、韓国の時刻表だと列車番号は数字だけ。さて、客車だといいな、と思いつつホームに降りましたが、残念ながら新しい無窮花型のDCでした。順天までの区間で何本か交換がありましたが、わずかにDL牽引の客車列車も残っています。

 南側のホームには東海南部線経由のセマウル号。これも、いつまで見ることができるのでしょう。韓国のDL.DC,かなりの区間で架線の下を走っているのですから。でも、昨日の写真でも、また、この初春の順天駅の写真でも「これからは鉄道時代」というキャッチフレーズが見られました。電化、高架化、複線化、直線化、韓国の鉄道、大きく変化しつつ生き残りをはかっているのでしょう。

 4両編成だったと思いますが、真ん中辺のかなりの部分がカペ列車として使われています。他の路線のカフェ列車でもあるようにゲーム機、自販機が置かれていました。でも、1両全部ではないので小規模ではありました。もうすぐ出発です。

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