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2011年9月17日 (土)

普通の韓国を探して3450 黄鶴洞 中央市場北口あたり

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 清渓8街のEマート前からウォンハルモニ本家前、小さな峠を越えて黄鶴洞、馬場路へ出て中央市場北口への道です。やはり目立つのは1、3枚目に見えるロッテキャッスルの威容。上層階からの眺めはどうなんでしょう?かなり見てみたいです。

 4枚目からが馬場路へ出ての歩行。東大門市場からずっと往十里の北、馬場洞まで通るそんなに広くないけど大事な道です。「往十里コプチャン」という言葉の通り、この東にはコプチャンクイの店が集まる場所がありますし、さらに進めば大都食堂本店のあるあたり。大昔、田豊観光ホテルに泊まった時、ずっと寒い中歩いたことがある道です。

 5枚目の車はダイナスティ。最終型デボネアのニューグレンジャーをベースに、無理に大きくしたという話を聞いたことがありますが、90年代後半の高級車です。李準圭先生も一時乗っていましたが、FFのため、後席は広大でした。

 7、8枚目が中央市場の北口。この辺の路上にも午後8時くらいからコプチャンクイのポジャンマチャがたくさん並びます。何度か書いていますが、私の韓国語、この辺で覚えたと言っても過言ではないでしょう。

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普通の韓国を探して3449 尚州で出会った韓国縦断ウォークの学生たち

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 慶北尚州の市外バスターミナルの南側の交差点です。最近ソウルでも横断歩道が復活してきて助かっていますが、やはり車優先のという感じがしてしまう韓国、歩行者用の青はなかなか来ない、そんなふうに思います。しゃがみこんで信号を待つハルモニがいたので1枚です。

 と、その直後、南の方、市庁のほうからおそろいのTシャツを着た若者のグループが続々歩いてきます。信号待ちの間に話を聞くと、韓半島を南からずっと歩いてきたとか。スタートは鎮海だとのことでした。何日目か聞くのを忘れましたが、ずっと北との軍事境界線目指してのウォーク、私も時間が許せばやってみたいと思いました。

 挨拶しながらすれちがって、次の目的地は市内中心部にある石仏です。なるべく古そうな、曲がった道を探して歩きました。6枚目はすれ違った後。地方都市の昼間はまぁこんな交通量です。

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2011年9月16日 (金)

2011年9月16日 바쁜 주말 먼 곳에서 오래된 친구 온다. 

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 こんにちは

 お昼を食べてきました。今日は夜間診療。午後からの仕事です。通常なら最後の受付時間は8時なのですが、遠来のお客さんがいらっしゃるので、少し早く上がって会食の予定が入っています。「朋遠方より来たる」というところ、楽しみです。

 明日明後日は超多忙。大体の患者さんの予約は4週間おきが普通なのですが、なぜか日曜もやる週末に予約が集中してしまっています。忙しいのは喜ぶべきことなのでしょうけど、約束の時間にスタートできず、お待たせしてしまうのがちょっと心配な私。自分も待たされるのが好きじゃないのでかなり気にかかってしまうのです。その辺、もう少し気楽にしていたほうが良いのかなと思ってます。

 そんなわけで、しばらく更新を休むことがあるかもしれませんが、悪しからず。写真はF550のテストのために撮影した「定額券」。Tマネーのさらに前の交通カードができる以前は皆が便利に使っていた地下鉄の切符です。これを知っている人は結構昔からの韓国ファンだというのがわかる物の一つでしょう。それでは皆様、よい週末をお送りください。

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普通の韓国を探して3448 これも日帝残滓??

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 地図が大好きです。一時は個人では並ぶ者はいないのでは?と思うほどの地図帳を集めていましたが、あげたり、泣く泣く処分したりでかなり減りました。少し前に書いたように地図と時刻表でかなり楽しめますし、いい酒の肴、また睡眠薬にもなります。

 営利目的ではありませんし、ごく部分的な、地図としては役立たない程度の範囲の引用なのでご勘弁ください。1,2,6枚目は1987年初版発行の中央地図文化社の「韓国道路地図」、3,4,5枚目は1999年発行n成地文化社の「7500分の1釜山道路地図」の一部分です。

 1枚目、「高遠見山」という山があります。なんか3文字です。韓国の地名も「院」がつく場所と東西南北が付く場所以外は大抵2文字。飛鳳山とか月岳山とか、天冠山とかの韓国の山の名前っぽくないなぁ、、、日本の山の名前みたいだなぁ、と思っていました。2枚目ではアルファベットの読みが出ていますがこれは韓国式で、「고원견산」と漢字そのまま。 ところが、比較的新しい3枚目、別の地図帳では「엄광산」。ほぼ同じ場所の同じ標高の山、東義大学校のそばのそこら辺では一番高い山なので一緒なはず。山の名前が変わったのです。

 思うに「たかとおみやま」と日帝時代に日本側が名前を変えてしまったのを元の名前に戻したのでしょう。「厳光山」かな?予想ですが。これも、神谷丹路さんの本からの知識ですが、日帝時代に村の名前など、勝手に日本が「西面」だの、「南面」だの、昔からの地名をなくして簡略化してしまったのを90年代に元の名前に戻したという話があります。山の名前でもそういうのがあるのだなぁ、とちょっと面白く感じた一件です。

 5枚目6枚目はおまけ。珍島に「高頭山」という山があります。ちょっと行って、見てみたいです。6枚目は「韓新中工業」。これは多分漢字の誤訳か誤植。韓国語では「重」も「中」も「중」ですので、「ハンジン重工業」が正しいのでしょう。「中工業」なんて漢字語、聞いたことありませんから。

 さて、新デジカメである富士のF550ですが、欠点が一つ。「バッテリーがすぐ無くなる」こと。メインを入れるとストロボが出るし、画面はやたら賑やかです。また、設定で枚数だけ考えて決めたら16:9、細長いフレームでした。そんなの変更できなくていいのになぁ、と余計な機能で失敗です。手ぶれ防止は流石で、この写真、みな明るい窓際でのマクロ自動(発光なし)、すごいカメラですけど。

 昼間はG10,夜と室内はF550というふうにしようかな。

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普通の韓国を探して3447 パワーレイド まだまだ暑い9月です

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 ちょこっとずつ書いていますが、江景の町をさんざん歩いて駅へ戻る途中、右足がつってしまって歩けなくなりました。玉女峰を上り始めたあたりから汗がぽたぽた垂れる状態、できるだけ水を飲みながらの行動でしたが、日本人町を抜けて現在の江景の中心部に戻ってきたあたりです。その前から指が痙攣しかけたり、肋間筋が痙攣しかけたりで、おかしいな?と思ってはいたのですが、とても歩けるような状態ではなく、色街の片隅の敬老堂で30分ばかり休ませてもらいました。

 わざわざ数十m先のヨインスクから駆け寄ってきてくれて、ここで休めと勧めてくれたアジュマはたぶんピキアジュマ。次回行ってお礼に遊んで行くというわけにはいきませんが、嬉しい韓国の普通の人の親切でした。

 写真はパワーレイドという韓国のイオン飲料。少し歩けるようになってからすぐに買ってちびちび飲みました。帰国後にたぶん、、、と思って調べたら、やはり熱痙攣というやつだったようで、「激しい運動時、ナトリウムやカリウムを考えず、水分だけを大量に摂取したために、体液の塩分(広い範囲での)が希薄になって発症する」とのこと。

 水をたくさん飲んでおけばいいと思っていた私の失敗でした。後で、自転車の先輩の先生にこれを話したら、やはり夏場は塩分の補給も考えないととのことでした。50過ぎて、少し賢くなりました。

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普通の韓国を探して3446 江景 日本建築が残る町4

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 6枚目の写真に韓国の新住居表示、通りの名前が出ていますが、今は小さくて読めません。江景の旧日本人町、かなりたくさんの日本家屋が表通りだけでも残っています。神谷さんの本の後、こちらは塩辛関係で韓国の方が日本語の本で紹介しているので訪問した日本人もけっこういるでしょう。私も「行く甲斐がある場所」、「行ってみて良かった場所」として推薦できる町です。

 湖南線の汽車の窓から何度も見ていた江景タワーへ行ってみようというのがここを歩くきっかけでしたが、タワーからの風景、玉女峰、この日本人町、最近稀にみるヒットでした。

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2011年9月15日 (木)

2011年9月15日 괜찮아요 綴り、あってるかな?

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 これは機能の記事の再掲。忠烈祠の一つ下の段、下から上がって行くと右側の建物、この写真では左の建物が尚州 壬乱北川戦績地の資料館です。韓国のこういう場所のいいところとして、フラッシュ、ストロボを焚かなければ写真オーケーのところが多いこと。かの国立中央博物館だってオーケーです。

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 それほど大きくない資料館は無料で見学できます。私が興味を持ったのはこんな昔の地図。尚州、聞慶という地名はありますが、今の聞慶市の中心である店村という地名はありません。後になって、もしかしたら日帝時代あたりにできた名前なのかもしれません。有名な鳥嶺はしっかり載っています。また、嬉しかったのはその北の方、小白山のほうに竹嶺という名前の峠が載っていたこと。今年の初めに店村→醴泉→栄州→丹陽の大崗面長林里へと越えた峠の名前でした。やはり朝鮮時代から大事な陸の道だったのでしょう。

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 尚州市民が本当に大事にしているこの北川戦績地。何度も書いているように多分毎朝の清掃が徹底的に行われているのだと思うのですが、唯一、この資料館の展示物、こんなふうになってしまっていました。ストロボ無しでの撮影ですのでちょっとフォーカス甘めですが、まぁ、写真も、展示パネルもケンチャナヨということで、本日の記事は〆させていただきます。これから宅配便の営業所へ荷物を受け取りに行き、帰宅。今日も留守番の時間が多くなりそうなとうちゃんです。

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2011年9月14日 (水)

2011年9月14日 本日休診 午前がとうちゃんの休みです

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 おはようございます

 今日は休み、しかしながら今年の9月は連休が1つの週に重なって、給料日がえらく早くなる上に「3営業日前までに」という要請があるのです。このため、早めの給与計算、手続きに出てきました。9時に銀行へ行って提出し、あとは雑貨の買い出し、そして沐浴湯(スーパー銭湯)、早めのお昼を食べて帰宅し、家で留守番です。

 写真は韓国の時刻表、正しくは「観光交通時刻表」といいますが、韓国の地方歩きには欠かせない1冊です。なぜか前の月の名前を冠したのを売っているので、これは7月下旬に買った私が持っている中での最新号。次回、どこをどう歩くか?地図とともに見ているとアッという間に時間が過ぎてくれます。

 韓国最大の名節の一つ、秋夕休みも昨日まで、ソウルのみんなもきっと今日から普通の生活。いろいろ連絡もとってみるつもりです。まずは釜山大学校の先生からかな、、、

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普通の韓国を探して3445 慶北尚州 壬乱北川戦績地 一番奥へ

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 やはりこの北川戦績地の一番大事なものは、「충렬사」という、壬辰倭乱で国のために戦って亡くなった方を祀るお堂でした。尚州の町を見晴らせる小高い山の中腹にあるこの戦績地公園、何度も書いているように整備清掃が徹底され、尚州の人がいかに大事にしているかがはっきり感じられる場所です。神谷丹路さんが訪問された日にはちょうど年に一度の儀式が行われた日だったとか。旅の神様の恵みでしょう。でも、私が行ったこの日も気持ちの良い晴天、私にだって神様はついています。こんなにいい場所に来ることができたのですから。

6枚目、8枚目に見える注意書きは「静粛」、儀式のとき以外でも騒ぐ場所じゃないぞ、ということでしょう。8枚目のお堂の芳名録に記帳して、見学を終えました。

 次回、資料館についてちょっとふれて、あとは尚州の普通の街、2度目の町歩きになります。

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普通の韓国を探して3444 江景 日本建築が残る町3

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 大正、昭和の時代の江景、たいへん栄えた町であったことがうかがえますが、いったいどんな日本人が住んで、商売をしていたのでしょう?どうしても「朝鮮人」を下に見てしまう傾向があった我々の父母、祖母の時代、公平に、平等に接する日本人だってたくさんいたはずと信じたい私です。

 しかし、今の観光客でさえ、あまり韓国語朝鮮語を学ばず、韓国人の日本語力のおかげで旅行している人が多いのに、70年前、80年前、言葉はどうだったのだろう?やはり強制的に教え込み、使用を押しつけた日本語で暮らせた時代だったのかと思うと、ほんとうに申し訳ない気持ちになってしまいます。

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2011年9月13日 (火)

普通の韓国を探して3443 江景 日本建築が残る町2

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 5、6枚目は再掲になります。2枚目の2階建ての建築もまず日本建築。壁の店名を消した跡があります。3枚目の2階建も日本統治時代、日帝時代の日本建築でしょう。表通りだけでもこんなにあります。

 ソウルはだいぶ減ってしまっているでしょうが、地方都市の日本建築を尋ねてゆっくり歩いてみたいものです。日本人が作った街である新馬山というのにちょっと興味を持っています。また、21日、昌原で開催されるロンドンオリンピック男子サッカー2次予選、韓国対オマーン戦20時より、も見てみたいのですが、どうなることでしょう。

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普通の韓国を探して3442 ソウル 黄鶴洞歩き1

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 ソウル地下鉄2号線新堂駅の北に広がる中央市場北口で馬場路を越えたあたり、食器とか厨房機器、はては鉄板や屋台のオーダーメイド、そんな「食」の商売に関係する店が多い街が黄鶴洞です。90年代からの知り合いである、アジュマも多い街、夜になるとコプチャンポジャンマチャが並ぶ町です。

 いつもは新堂駅から行くのに、この時はチョンゲチョン路のEマート側からの訪問。ロッテキャッスルの麓のような町ですね。ロト6が当籤したら、このアパートの小さめの部屋を一使って別荘にするつもりなのですが、もう少し先になりそうです。

 6枚目はトルソッパプ、石がま釜飯の機械かな?日本の釜飯屋でもそうですが、圧力をかけて早く炊きあがるようにした専用の機械があるのです。

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普通の韓国を探して3441 江景 日本建築が残る町1

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 玉女峰を降りた場所の教会から日本人がたくさん住んでいたという町に入ります。案外広い道路ですが、不規則な感じがします。スイカ売りのトラックの後を歩いて行きました。

 本来韓屋は平屋だったそうで、古い家で2階建てというのは日本建築の特徴です。日韓併合の前から一旗揚げようという日本人が集まる場所→大きな市場があった商業の中心地のひとつだったということによるのでしょう。

 6枚目、韓国でもほとんど見られなくなった「角グレンジャー」です。日本ではデボネアの最後の一つ前の型。80年代の車です。デボネア最終型の「ニューグレンジャー」は今でも結構走っています。黒くて大きい車が好きな韓国人、最近はちょっと意識も変わってきたためか、グレンジャーもいろんな色のがありますね。

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2011年9月12日 (月)

普通の韓国を探して3440 清渓8街の先も再開発中

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 清渓9街ってあるのでしょうか?1枚目、清渓8街の再開発でできたEマートの前です。この写真だけで場所がわかったら大したものです。その先、右へ曲がった場所が2、3枚目。ここは有名店、通称「清渓8街のポッサム屋」だった「ウォンハルモニ本家」ですが、その向かい側(2枚目)すでに建物が撤去され、工事用のフェンスに囲まれていました。ちょっと見ないうちにソウル、どんどん変わります。2枚目の看板を拡大してみると「往十里2区域」だのいう文字が見えます。となると、この通りの先は清渓9街ではなく、往十里と町名が変わるのかもしれません。

 4、5、6枚目はその先を右へ、黄鶴洞へ向かう小さな峠の道で、厨房機器、食器類の店がたくさん集まる場所。Eマートの裏手にあたる街ですが、私としてはずっとこのままであってほしい、そんな町です。90年代から見てきた場所の一つです。

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普通の韓国を探して3439 尚州 壬乱北川戦績地 さらに奥の階段へ

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 1枚目は壬辰倭乱の慰霊塔、前回の続きです。さらに奥へ進むと、この公園のメインの建物でしょうか、階段の上に立派な門を備えた建築があります。ここで、神谷丹路さんの本を読んでおいてよかったな、と思うことがありました。

 韓国のこういう施設の階段、3つに分かれているときは、上がる時は右手、下る時は左手を通るのだそうです。要は右側通行ということ。これ、ちょっと前にがらりと変わった地下鉄駅の階段の規則とは別です。真ん中は「神位」と呼ばれる、このお堂に祀られた亡くなった方の霊が通る道で、生きた人間はその両側の階段を通るのだとか。別に誰も見ていなかったのですが、その通りに上がって行きました。もし、これを知らなかったら、失礼な日本人になってしまうところでした。

 何度も書いていますが、ここ、本当にきれいに整備、清掃されています。昔は韓国のお寺だの、みな秀吉の戦争、韓国戦争で焼かれて再建したものばかり、そんなふうに思ってしまっていましたが、最近はすなおにいいなぁ、きれいだなぁと感じることができます。

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普通の韓国を探して3438 江景 玉女峰からかつての日本人町へ

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 大汗かいて上った玉女峰、錦江の絶景を楽しんだ後は昔日本人がたくさん住んでいたという町の方へ下ります。

 赤い階段は新しく整備されたものですが、中腹に建つお宅への階段、そして石垣は昔のままのよう。韓国の古い街を歩く時の楽しみの一つです。6枚目、9枚目、私が子供だったころには日本にもあったのではないかな?というちょっとした風景も嬉しいものです。

 東京よりすごいのではないかとも思える江南の新しい街、仁川新都市だのの周囲に建つアパート群、そんなのとともに、私が40年前に見たような風景、そんなのが混在するのは韓国の魅力の一つです。

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