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2011年10月29日 (土)

とうちゃんの自転車日記525 東藤原から伊勢治田 歩いて阿下喜駅へ

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 前回書いたようにけっこう大きな川を挟んだ両岸に並行して走る三岐線と北勢線、一つ戻った伊勢治田駅から歩いて北勢線の阿下喜駅へ向かいます。

 1枚は切符、やはり嬉しい硬券です。たったひと駅の間ですが車窓右側に猿の姿を見ることができました。けっこう大きなオスのようでした。まぁ、そんな田舎を走る路線です。

 4~7枚目は伊勢治田駅。廃車になったEL、電車がいます。5枚目のような小さな駅ですが女性の駅員さんがおられましたので、阿下喜までの道を聞きました。大人の足なら30分かからないとのこと。駅前の観光案内図を確認して7枚目、教えられた踏切の道を進みました。下って、大きな国道を越えるときれいな川の橋。それを渡れば8枚目、ちょっとした町になっている阿下喜駅はすぐでした。さて、こんどこそ762mmゲージの北勢線です。

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普通の韓国を探して3494 清涼里バス換乗センター

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 同じ漢字文化の国である韓国、単語の70%は漢文由来だといいますが、日本の漢字語、韓国の漢字語、相違点はやはりけっこうあります。やっと私も中級?なんてころ、自分の判断で日本語の漢字語をそのまま韓国式の音で読んだ言葉を使おうとして通じない、そんな経験がしばしばありました。すぐに思い出すのは「上達」、「サンダル」なんて韓国語は無く、「向上」というのが似たような意味の漢字語なのでした。

 今回の写真は清涼里駅前のロータリーの南半分をつぶして造られたバス換乗センター。4つくらいのレーンがあり、頻繁に市内バス、座席バスが発着しています。この「換乗」というのも日本では使われない漢字語で、日本語で言えば「乗り換え」。「カラタダ」という固有語の言葉もありますが、韓国語の「乗り換え」は「換乗」です。

 西に傾きかけた夕日がとても眩しい、でも、きれいな時間の撮影でしたが写真になると大したことありません。やはり人間の目にかなうカメラは無いなぁ、って思う一連の写真です。

 3枚目、空港リムジンが見えていますが、一方通行で走ります。仁川から市内へ入り鍾路を進み、この清涼里が終点ですが、空港行きは前は大通り、現在は新しいロッテの駐車場側の通路を走って駅の東側に出て、ソウル市立大学、典農洞、東大門区庁あたりを経て新設洞で鍾路に出ます。一度、タクシーの技士さんにこの帰りの空港行きのリムジンバスの経路、どうやって東大門へ行くか?を説明したことがありますが、うまく通じてかなり嬉しかったです。

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2011年10月28日 (金)

2011年10月28日 秋ですね

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 今日から月曜まで忙しく働いて、火曜日はオープンデイ。スタッフの希望もあって午後は休みにして、東京へ出かけます。

 新潟空港からのソウル仁川空港行き、韓国へ行く人だけでなく、仁川乗り継ぎでアメリカやヨーロッパへ行く人もたくさんですので、秋の旅行シーズン、行きの切符が取れませんでした。というわけで、前にも書いたように周遊パスカル航空券、行きは羽田から、帰りはいつもの763便で新潟へと言う変則の出張になりました。新潟大の同級生と1期上の先輩の医院の旅行にたまたま重なった上、行きの飛行機も同じ便。懐かしい顔に会える上に、空いている1日、案内をおおせつかりましたので、二つ返事で了解。この休み中もバスの乗り継ぎなどあれこれ効率のいい移動を探したりしていました。楽しみです。

 写真は昨日の夕食のおかず。新潟とか、関東で言う「アラ」です。小さめで適当なサイズのが珍しく出ていましたので、即購入。対立候補はこれもまた珍しいキジハタでしたが、こちらを選びました。それほど大きくないにもかかわらず、適度の脂もあり、その身自体に味がある美味しい白身を焼き魚で味わいました。美味しいものを食べるといい脳内ホルモンが出て身体にいいといいます。ちょっと効果があったかな?と思う魚でした。

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普通の韓国を探して3493 アルムダウン江山 中部内陸高速道路から

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 決まり文句みたいになっていますが「아름다운 강산」(アルmダウンカンgサン)、という言葉、韓国でしばしば目にします。「美しい山川」みたいな意味ですが、天気のいい夏の日、慶北尚州からの帰りの中部内陸高速道路はすばらしい景色が望めました。

 前に1枚だけ主屹山(チュフルサン)の写真をアップしていますが、韓国の名峰の一つと言って差し支えないでしょう。方向により姿を変える特徴のある岩峰で、念願が果たせた、そんな風景でした。

 この道、何度か通っていたのですが、冬の早朝だったり、帰りは雪だったり、また、夜の移動だったり。写真でしか見たことが無かったこの山を見るべく、右側の座席に座っていた甲斐がありました。旅の神様のおかげでしょうか、雲ひとつない晴天。次回の訪韓の時も、いい天気になりますよう。

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とうちゃんの自転車日記524 三岐鉄道三岐線 東藤原駅

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 近鉄富田を出てすぐから見えていた山、たぶん藤原岳ですが、山の3分の1ほどが削り取られたような状態でした。秩父の武甲山、筑豊田川の香春岳もそうですが、石灰岩の採掘のよう。私有地なのでしょうが、山好きにはどうも残念な風景でした。乗っていた電車の終着駅はこの東藤原。折り返しの電車の時間を確かめて駅の周囲を歩きました。

 踏切には貨車の入れ替えの時間についての断り書き。小さな電気機関車と大きなホッパー車。鉄道好きには嬉しい風景です。しかし、目的の軽便鉄道規格の路線はここから川を挟んだ反対側のほうを走るのがわかりましたので、次の行動を練りました。前に家で見た地図では、この谷の両側に三岐鉄道線が走っています。この三岐線はもう少し北まで伸びていますが、もう一つの北勢線は少し短く、この東藤原駅の一つ手前、伊勢治田(いせはった)駅の対岸の阿下喜駅が終点。そこで、戻る電車で一駅だけ乗って、そこから歩いてあげき駅へと考えました。

 しかしこんな田舎なのに、けっこう近接して私鉄が走っているのにはちょっと驚きです。流石私鉄王国関西、と、まぁ、東海地方かもしれませんが、ちょっとうらやましく感じる新潟県人でした。

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2011年10月26日 (水)

普通の韓国を探して3492 ソウル 孔陵洞 ホプ・プルティナコンヌン店

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 90年代後半、中央市場北口の馬場路沿いに今も集まるコプチャンポジャンマチャで韓国語を学びました。8時9時の暇な時間に行くと、周囲の市場のアジュマも集まっておしゃべりしていたり、そんなこんなで今も黄鶴洞には知り合いがたくさんいます。

 中でも一番仲がいいのはちょっと前まで鐘岩洞でホプ「プルティナ」をやっていたアジュマ。ここでも何度も報告しています。ほぼ同時期に知り合ったもう一人のアジュマの店が、この同じチェーンの「プルティナ孔陵店」です。場所は泰陵入口駅というか、そっちのほう。ソウル女子大学校のそばなのですが、ちょっと遠いのでなかなか行く機会がありませんでした。鐘岩洞なら清涼里とかからもすぐですからそっちばっかり行っていました。

 たまには、ということで開店前に挨拶に行った時の写真です。今はなくなった中央線の踏切を越えて少し北へ行ったサムゴリ(三叉路)を右へ入った場所にあります。チキンと、今はやっているかな?ドゥンカルビとビールの店です。

 旦那の浮気で離婚、若いころは銀行員だったアジュマが女で一人で子供2人を育てていました。最初はやはりコプチャンクイの幌張馬車。次は歌謡酒店の厨房アジュマ、その後、チョンアム洞のとほぼ同じ時期にここを開業。もうすぐ10年くらいかな?夕方から夜明けまで一人で頑張っている寡婦アジュマの店、お勧めします。日本語は通じませんが、ソウル女子大学の学生さんと仲良くなれるかもしれません。

 しかし、行きやすかった鐘岩洞の店が無くなって、、、居心地のいい店、また開発しないとかな?黄鶴洞に戻るのも考えています。

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普通の韓国を探して3491 ソウル 鍾路3街 楽園商街から鍾路ビズ(旧エメラルド荘)あたり

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 2度ほど泊まったことのある鍾路3街の裏通りにあるエメラルドモテル(エメラルド荘)、ここの古い記事にも室内の写真がありますが、典型的な古いモテルという感じでしたが、数年前に経営が変わり日本人観光客相手になかなか上手な経営をしてるホテルビズの系列になりました。中は見ていませんがまぁまぁの宿のようです。

 ところが、観光HPの掲示板なんかで周囲の町の治安が~だのいう話がちらほら。私の考えですが、まず問題はありません。モテルだの飲み屋だらけの場所で、確かに大昔、60年代とかの鍾路3街はなかなかの街だったと聞いていますが、今の鍾路3街、別に寄るだろうが何の不安も無く歩ける町です。女性から、男性から、いろいろ根拠の無さそうな、見ただけでの判断による意見が出ていたり。この鍾路ビズ旅館と韓国に対して失礼だな、って感じました。

 1枚目は楽園商街の脇。露店の商売ですが、売っている人が見当たりません。商品は「木酢」のよう。アトピーにいいだの、効能書きが見えます。誰も持って行ってしまう人がいない、それが韓国です。

 2枚目は、前にちょっと写真をアップした鰻屋。풍천장어とあります。「プンチョンジャンオ」、プンチョンはどんな字なのでしょう?1人前2万Wくらいでけっこうな大きさの鰻が食えます。美味しかったですよ。

 3~9枚目は鍾路ビズとその周辺。ネットで知り合った新潟の方との待ち合わせでした。道は複雑、確かに飲み屋、モテル、食堂、そして古い韓屋。そんな雑多な街ですが、それがまたソウルの、そして鍾路の魅力です。けちけち安さばかりを求めての旅行なのに、過大な期待をしてはいけません。外国なのだし、そのままのその国を見て、歩いて楽しむ、そんな方には全く問題の無い町です。

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とうちゃんの自転車日記523 三岐鉄道の代行バス

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 さて、初めての代行バスです。富田駅を出て、ぽつぽつお客さんも途中駅で下車。乗り換え駅で降りた人数は10数人だったかな? 改札をフリーパスで駅前に停車中のバスに乗ります。 乗り損ねる客が無いようにか、必要以上とも思える鉄道会社の方が誘導してくれます。全員が乗り終わったのを確認してバスが出発します。

 面白かったのは、2駅の不通区間の間、途中駅にもかなりの遠回りをして律儀に寄ること。まぁ、途中駅で乗る予定の人がいるいないにかかわらず、ちゃんと電車は停まるのですから寄らないわけにはいかないのでしょう。駅員さんと思われる女性が一人立っていて「乗車する人がいない」と身振りを交えて伝達。すぐに次の、電車に乗り換える駅へ急ぎます。けっこう時間がかかってしまうのだなというのが感想です。電車の優位性を感じる代行バスでした。

 5枚目以後はまた電車に乗る駅の様子。高校生のスカートが短かったです。一時は我が新潟県が一番短いという話でしたが、三重県も負けていないようでした。こちらの電車も西武のお古でしょうか?しかし途中の鉄橋で普通になってしまった三岐鉄道三岐線、ちゃんと不通区間の両側に電車があってよかったです。それでまた、こんなふうな真ん中だけバスという乗り継ぎになったのですが。

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2011年10月25日 (火)

2011年10月25日 霰かな? もうすぐ上がります

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 今日は少し早く終わります。明日明後日は休診ですが、9時から18時までは「なるべく」ではありますが転送電話で予約変更、トラブル処置、初診相談などをお受けいたします。

 雨が降ったりやんだりの今日でしたが、先程は窓に堅いものが当たるような音も聞こえました。軽い冬型なのかもしれません。もうすぐ11月、後半にはスタッドレスタイヤへの交換もしないといけません。そろそろ家内の車も私の車もタイヤ自体を新品に交換しないといけない年数を経過しています。雪国と言うほどでもない新潟市ですが、余計なお金がかかってしまいますね。

 写真は先日の名古屋出張、帰る日のお昼は駅西口地下街でこんなのを食べました。目の前の鉄板で作ってもらうと余計に美味しく感じられますね。それでは、また。

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とうちゃんの自転車日記522 ナローゲージかと思ったら狭軌だった電車

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 近鉄電車の近鉄富田という駅です。コメントですでに書いていますが、うろ覚えの記憶で軽便鉄道規格、762mmゲージの電車に乗るつもりでやってきました。  この駅に入る前、右手から合流してきた単線の線路、確かに乗っていた電車の線路の幅よりずっと狭く見えました。初めての軽便規格、ナロウゲージの鉄道に乗れる、と思って胸が熱くなりました。

 ところが、停車して右端の三岐鉄道のホームにいたのは、どうも見たことのある6枚目の写真の電車です。私がまだ東京にいて鉄道関係の雑誌を購入していた頃に西武鉄道に導入された新型の電車にそっくり、というか、そのままです。「あれ?!何で??」と思って気がついたのですが、名古屋から乗ってきた近鉄電車の線路の幅がJR在来線などの狭軌よりも広かったため、普通の狭軌の線路が狭く見え、軽便の762mmと見間違えてしまったのでした。この2時間ほど後に念願の軽便鉄道規格の電車には乗ることができましたが、その話はまた後で。

 4枚目が切符。今時珍しい硬券です。昼間は1時間に1本くらいで、本来の終点の西藤原行きは次の次。しょうがないので、次のに乗るつもりで東藤原行きを購入。でも、これも「旅の神様」のいたずらか、夏の台風で鉄橋が流されてしまってて、途中は代行バスでの輸送だとか。こういう時、「面白くなってきたぞ」と思わないといけません。

 2、3枚目はまぁ、普通の近鉄特急の写真ですが、濃い黄色というかオレンジ色と濃い青の塗装、日本で私が一番好きな塗装の電車かもしれません。次点は旧181系のやはり濃い肌色っぽい黄色と鈍い赤のものでしょうか。たまにその色の183だか185だかを見かけると嬉しくなります。

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普通の韓国を探して3490 ソウル 黄鶴洞の裏通り

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 ソウル、中央市場西側の町の写真でスタートです。4枚目からは東側です。勝手知ったる裏路地を歩いていつもの店へ行ってアジュマに挨拶してコギアンジュを切ってもらって夕方のマッコリを楽しむ。そんなソウルが大好きです。

 2枚目の手作り階段、非常に上手に作ってあるほうですね。もっともっと手作り感のあるものがソウルにはたくさん。犬の足跡などがコンクリについているとさらに味が出る、そんな韓国の風景です。

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普通の韓国を探して3489 慶北尚州の普通の町16 ミルミョン食べて市外バスターミナルへ

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 尚州南山公園の弓道場である「尚武亭」で韓国弓道の試技を見物した後、アジョシの中の一人に車で町の中心部、尚州初等学校前まで送ってもらいました。韓国の普通の人、けっこうそれくらいの親切な行為、ごくごく当たり前のようにやってくれます。

 尚州初等学校裏の伽耶ミルミョン専門店で初ミルミョンを楽しみ、日本人花嫁アジュマ4人組との会話を楽しみ、尚州の話を聞いて辞去。ぶらぶら歩いてバスターミナルに戻りました。

 自転車都市として有名な尚州、確かに市街はほぼ平坦で、道も広め、車も少なめですので、自転車には適した町です。歩行者と自転車と、塗り分けられた歩道、韓国らしい箒を売ってる雑貨店、ナイトの宣伝軽トラックなんかを見ながら最後の1枚、尚州市外バスターミナルに戻りました。

 ほぼ半日の遠足。高速道路ができたのでソウルからも2時間半くらいだったかな?北川戦績地はキレイですし、私にとってのヒットでした、このサンジュ散歩。

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2011年10月24日 (月)

とうちゃんの自転車日記521 名古屋で目に付いたもの

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 1枚目と2、3枚目、別の場所なのですが、焼きそばという看板が多いなぁって思いました。関西に近いせいか「お好み焼き文化」があるようで、「喫茶お好み焼き」という看板や、「だんご お好み焼き」なんてのもあります。素焼きそばでもいいくらいの焼きそばファンの私、軽いお昼に食べてみましたが、3枚目のとおり鰹節がたっぷり。遠くへ来たなぁ、と実感する一食になりました。

 あとは、「ひち」という看板が目につきました。質屋のことなのですが、新潟ではほとんどありません。しかし「しちや」が「ひち」、何かこれも関西の文化なのかなぁ?と感じました。

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普通の韓国を探して3488 ソウル 鍾路3街点描

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 できるだけ理髪は韓国でします。前回は新宿職安通りのパリ美容室。やむなく日本の韓国美容室でのカット。その前は釜山、釜山大学校前の美容室でのカットでした。1枚目、読めますよね?理髪3500W、染色5000W。学生街を除けばソウルで最も物価の安いのがこの鍾路3街、タプコル公園の周辺でしょう。4枚目は北のほうへ開けた場所。まだまだ韓屋が残っている地域です。もともと韓屋は平屋が普通ですので、こんなふうに遠くが見えます。

 いよいよ来週に迫った次回の出張。台湾通の同級生と頻繁にメールで連絡を取り合っています。彼と先輩のご夫婦にできるだけ面白い韓国を見てもらいたい、また食べてもらいたい。あれこれ計画を練っています。今回は学会もあるので江南に宿をとってしまったのが、ちょっと問題ではありますが、朝は7時集合、麻浦屋のソルロンタンでスタートの予定。楽しみです。

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普通の韓国を探して3487 慶北尚州の普通の町15 南山公園と尚武亭

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 車が入れる道があったのは1枚目、尚州気象台があったせいかもしれません。韓国の気象台、見学したことはありませんが、パスしてしまいました。今思うと、行っておけばよかったかな?と思います。日本だと連絡も無しに訪れた外国人など相手にしてもらえそうにありませんが、韓国のこと、多分快く見学させてくれたのではないかと思うのです。

 少し行くと気持ちのいい広場に出ます。きれいに整備されています。やはり自転車の意匠があります。韓国一自転車が盛んな都市がこの尚州です。今後ももっと注目されるのではないかと思われます。

 しかしその脇には、、、抗日独立運動の記念碑がありました。秀吉の戦争、さらには日帝支配の46年?あれれ?36年でしたっけ?歴史のある尚州のがんばりの名残です。

 地図を見ると、この南山から東へ下ると郷校があるはず。でも、かなり歩いていたので尚武亭というほうへ行ってみました。6枚目、弓道競技の的がありましたが、この時はどこから射るのかわかりません。その後、歩いて公園事務所のような建物の方へ行ったらば、それが尚武亭、弓道場です。前にも少し触れましたが、韓国の弓ん、125mだか、そんな距離で競うのだとか。すごい距離です。当然、まっすぐ射るのではなく、少し上を向けてとなるのでしょうが、日本の弓道とはだいぶ違います。秀吉の戦争なんか、日本が強かったのは白兵戦、たぶん刀とか槍で近い距離で殺しあう方法だったのでしょう。自国から戦争を始めたことが皆無。通常時は軍隊が無かったという韓国です。できるだけ戦いたくないということで、こんな長距離の弓があったのかな?と思います。

 韓国の時代劇でも、日本の秀吉軍の強さ、快進撃が出てきます。ただ、日本軍は「禽獣」だなんて言われてしまっていました。戦国時代の直後、戦い、殺しあいに慣れた日本軍の蛮行、「自分たちが弱すぎた」という言葉も聞いたことがあります。主に「王の女子」というドラマからの話です。わからないのは主人公の光海君という王様がこのドラマ以外ではあまり評判が良くないこと。まだまだ韓国の歴史、よくわかっていない私です。

 急に訪問した外国人の私に弓の試射を見せてくれたアジョシたちに御礼申し上げます。

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