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2011年2月12日 (土)

普通の韓国を探して3145 地べたビュー 「鍾路2街夜景」

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 地べたビュー、堅めの薄いスポンジとか、柔らかめのゴムとか、下に敷いて固定しやすくするベースを用意すると上手く撮れると思います。私自身は準備してはいませんけど。

 ソウルの鍾路、賑やかな街角、対角線に当たる建物を撮ろうと思いましたが退勤時間でどんどん車やバスが来ます。シャッターを切っても切っても車が入りますので、こんなシリーズになりました。かえって結果としては面白い写真になってくれた感じです。

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2011年2月12日 「구주(クジュ)」ってオディヤ? 

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 大韓航空の機内雑誌「Morning Calm(モーニングコーム、モーニングカーム)」は持ち出し自由。チェックインカウンターにも置いてありますので、面白い記事があると1冊もらってきます。ですので、家だの医院だの、何冊かあるのですが、次はどこに行こうかな?なんて、たまに引っ張り出してmmいたり。で、その機内誌、先日マイレージのページを見ていたら見慣れない単語にぶつかりました。

 インチョン空港からのマイル距離の項、「구주.중동(クジュ・チュンgドンg)」とあります。後半は日本でもよく使われる「中東」ですが、前半の「クジュ」はどこだろう?と思い数秒考えた後、「欧州」のことだと気付きました。しかし「オウ」がどうして「ク」になるの?とまた思って出てきたのが昔の字。日本でも昔は「欧州」ではなく、「歐」の時だったはず。韓国語だとヨーロッパのこと、「歐州」で、「クジュ」になるのでした。なんとなく、「ク」と読むのが日本式でも正しいような気がする漢字です。

 少し前の記事、「嘔吐」も韓国語だと「구토(クト)」になります。「구타(殴打)」=「歐打」も確か「クタ」だったし、何だか韓国の方が昔の漢字を正統的に維持しているような気がした一件です。

 だいぶ話が飛んでしまう感じですが、先日KBS寝床視聴の中で、「공정거래위원회(コンgジョンgコレウィウォネ)」という言葉が聞こえました。これはすぐにわかりましたが、「公正コレ委員会」。韓国では商売含む取引のことを「コレ」と呼びます。小学館の辞書に寄れば「去来」と書いて「コレ」。これも、どっちかと言えば日本が漢字語の間に訓読みの言葉を挟んだ名前です。

 気付いたこと、できるだけ韓国語ノートにメモするようにしていますが、韓国語の勉強、ハングルの壁さえ乗り越えれば、日本人の脳にはすごく優しい(Brain friendly)、かつ、易しい外国語だと感じています。

 新年度、韓国語工夫(勉強)、始めてみませんか?

 忙しい土曜日です。お昼にでも新しい記事をアップします。

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2011年2月 8日 (火)

2011年2月7日 私が考える理想のブログ

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 おはようございます

 いつもたくさんの方に見に来ていただけていること、感謝します。

 ここでも何度か、このブログの一番良かった時期は2005年の秋のスタートからの1年間くらい、と書いています。できるだけ他に無い記事、情報をと思っていますが、最初の頃の、珍しい1枚の写真でじっくり語る、そんなふうにできたらと考えています(右の「バックナンバー」で行けますので時間のある方はご覧いただければ幸いです)。

 ただ、これだけ記事の数が増えると、どうしても同じことを書く機会が出てきて、その辺自分でちょっと残念。もちろん、全部の読者の方がここの記事全部を読んでいるわけではないので、そのまま書いてもいいとは思うのですが、自分の頭の中では「ああ、またこれ、書くのか」って想いがよぎります。

 写真の使い回し無しというのは可能、実際、一部の特別な記事以外はそう徹底していますが、文章というか記述では、同じ韓国、同じ場所、一緒になってしまうのもしょうがないのかなぁ。かえって「前にも書きましたが」が頻出するのもカッコ悪いですよね。

 上の1枚の写真。鍾路で見かけたちょっとたくさんは走っていないバスですが、この写真1枚で読者の方に「ふぅん」とか、「へぇ~」と感じてもらえるブログ、それが理想です。ちょっと休んで構想を練ろうかなって考えています。

 それじゃぁ、今週もカッチ、がんばって行きましょう。

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普通の韓国を探して3144 夕暮れ時の孔徳市場歩き

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 孔徳駅そば、孔徳市場です。大昔、一度来ていますがじっくり見て、チョッパルを包装でというのは初めて。前にも書いたとおり「漏電による火災の危険性」なんてニュースでも出てくる古い在来市場です。2階部分とかはほとんど空きなのかな?1Fでも、空きが目立ちますが、全体としてはまだまだ元気、そんな雰囲気です。

 前に紹介したティギム専門店、6,7枚目あたりに見える「青鶴洞」、「マポハルモニピンデトッk」なんかは大賑わいですし、4枚目の「クンジュンチョッパル」もどんどん大きくなった巨大人気豚足店です。

 狭い通路を歩いたり、また外の道を歩いたり。韓国の市場歩き、楽しいものです。魚屋も一日中零下の冬は冷蔵設備が必要ない、そんなソウルです。

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普通の韓国を探して3143 Over eat 韓国と日本くらいだという話

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 このブログでは2度目でしょうか? 韓国でのオーバーイート、食べ過ぎという意味ではなく、吐瀉物のことです。前は仁川の月尾島のフェリーボートの着く埠頭でした。

 Over eat というとなんか上品な、奥ゆかしい表現のようにも聞こえてしまいますが、飲み過ぎてのこういうの、困ったものです。 どこかの本で読んだのですが、夜の町でぐでんぐでんに酔った人がたくさんいる国は日本と韓国くらいだとか。実際、日本も韓国も酔っ払い天国。夜中や朝方、そこらで寝ている人を見かけたり、まぁ治安がいいからというのもあるでしょうが、そんな点でもよく似た2つの国です。

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2011年2月 7日 (月)

2011年2月7日 新潟市 かなり雪も消えてくれました

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  先週、新潟で、釜山大に留学している先生と食事をする機会がありました。ご両親を含む友人です。大学は新潟ではないのですが、韓国の国費留学に応募、合格されて、最初は韓国語の研修で益山の円光大で半年くらい学ばれた後、釜山大の大学院で研修をしてきた方です。ずいぶん前からの付き合いなのですが、彼も韓国好き。韓国人の友人も多く、韓国を愛する日本人の一人です。 たまに日本で会うと、飲みながらの韓国話、楽しい時間を持てる人です。一緒に韓国居酒屋なんかへ行くこともしばしばで、でも、言葉が上手なのは私の方。「連れて行ってあげる」感覚というか、「私が主役」という感じだったのです。

 しかし今回久しぶりに会って、食事して飲んで最後にちょっとだけと思って韓国居酒屋へ行ってみたら、彼の韓国語、完全に私を追い越してしまっていました。語学研修の時期を含めると韓国生活も3年目になるという若い友人ですので、まぁ、無理もありませんが、うらやましさと、ちょっとの悔しさが混じった気分で彼と韓国人のご主人の会話を横で聞いていました。私も、韓国好きの日本人の中ではがんばっているほうだと自認してはいますが、やはり現地で長く働いている方には敵いませんね。

 写真は2002年冬の釜山。まだ新しい建物ができる前のチャガルチの夜明けの写真です。釜山もまた行ってみたいけど、短い日程だとやはり交通機関に乗っている時間ばかりが長くなります。次はどこへ行こうかな?なんて、昨夜もベッドの中で地図と時刻表を見ながらあれこれ考えていましたが、~市とかいう場所は大抵は行って、歩いています。唯一手薄なのが慶南の海辺のほう。巨済島とか南海島とかあっちのほう。できれば1週間とかの日程でのんびり韓半島南部をたどってみたいものです。

 脚は3週間経ちましたがまだ痛い状態で、普通には歩けません。捻挫部分をかばっての歩行でか、少し上のあたりが最近痛くなってきたり。また、インフルエンザではなさそうですが、先週後半からちょっと風邪っ気も出てきた感じ。韓国の地方都市、田舎を自分の足とバスでずんずん歩く私のスタイル。もう少し回復を待たないと難しそうです。

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普通の韓国を探して3142 忠清南道洪城郡廣川邑の塩辛市場

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 長項線廣川駅前から線路に沿った道に並ぶ塩辛専門店の話は前に書きました。昔から長項線の汽車に乗る度に驚いていたのですが、その奥にある市場も半分以上は塩辛の店だったのです。江景とかの塩辛市場は有名ですが、その他にもこの廣川含め、塩辛の店が数十も軒を連ねる場所、韓国にはありそうです。韓食研究は私のライフワーク、まったくもって韓国の食事に占める塩辛の重要性を認識させられる光景でした。

 メインはセウジョッ。アミの塩辛です。正月前に紹介した新潟は阿賀野川河口付近で獲れる「アカヒゲ」は小さめですが、けっこうな大きさの、釣りをする人はコマセにするのでおわかりでしょうが、殻の薄い、ほとんどエビに近い大型のプランクトンがアミ。全南木浦市、木浦漁港の衰退は近海でのアミ漁の不振が原因だといいますが、とにかく、韓国の食事に欠かせない材料の一つです。

 忘れてしまいましたが、まったく同じように見えるアミの塩辛でも、3種類だか、4種類だか、重要な区別があるとか。また、セウジョッ(アミの塩辛)だけでなく、他の小魚の塩辛、ものすごい種類があります。中にはとろけていてかなり臭いのもあったり、小さい魚は何でも塩辛にしてしまう、そんな国が韓国です。

 1斤は400gでしたっけ?最低の単位がそんな感じ。瓶詰もしてくれるようですが、塩辛文化後進国の日本アジョシにはとても使いきれそうにありません。自家製のアカヒゲ塩辛で充分だなぁ、と思いながら市場を歩きました。

 4枚目はそんな市場の端の方、「洋装」という看板が何だか昔風の言葉のように感じての1枚です。

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普通の韓国を探して3141 ソウル特別市鍾路区仁寺洞入口あたり

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 昼間の雑踏は敬遠してしまいたくなるインサドン。入口からまた戻ってみました。冬の晴れた朝の散策、もう少し続きます。ソウルの町、町ごとの顔もありますし、こんなふうに時間ごとでも違った風景を見せてくれます。朝食を兼ねての散歩、暖かくして出かけてみるのも旅行の楽しみのひとつでしょう。

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2011年2月 6日 (日)

普通の韓国を探して3140 5号線孔徳駅から孔徳市場へ

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 目覚めが悪い我がオンボロコンピュータのせいか、それとも、まだ掴めていないニフティブログのせいかわかりませんが、写真の順番が逆です。6枚目が孔徳駅の出口あたりから見上げた金色に輝くロッテキャッスルアパートの威容。そこから、5,4,3,2,1とマポチェデポの前を歩いて孔徳市場の方へ向かう途中の写真です。

 また後で、文章を追加しますが、韓国人、金色が好きなのでしょうかね?IMF通貨危機の時に国のためにと各家庭から供出、買取された純金の亀だの鍵だの、そんな装飾品の量はすごかったと聞いていますし、今でも貴金属の店へ行けば、これ、どこに置くのだろう?と理解に苦しみそうな純金でできたいろんなもの、売られています。ロッテのウルチロ本店の地下からロッテホテルへの通路あたりでもそういう店、あります。

 5枚目、4枚目、大通りに挟まれた三角形の場所を左に見て歩きました。「マポチェデポ」の看板が見えます。こちら側は間口も狭いけれど、細い路地の入口から入れば本当に「展開図のように」周囲を買って大きくなった店であることがわかります。看板の大きな「マポカルメギスップルカルビ」ももしかしたら、次に行ったらチェデポチプになっているかもしれない、そんな感じの盛況です。

 2、3枚目は実は同じ看板を撮ったのです。やはりストロボ無しのが自然に写ります。「セクシクラブ ティップ50000W」とあります。ここも遊興酒店の一つ、団欒酒店というかビジネスクラブというか、ルームサロンまで行かないけど、高い男性のための酒の店でしょう。「セクシ」というのは색시で、若い年頃の女性のこと。昔はちょっとぎくっとしましたが、SEXYは 섹시って書きます。まぁ内容は似たようなものかもしれませんが、アイとオイの区別ばかりはそのまま覚えるしかありません。一度そういう店、行ってみたいと思っていますが、一人で入る韓国人はいないでしょうし、ルームだと最低でも1人当たり100万とか、そんなお金がかかると聞いています。

 1枚目はそのマポチェデポの隣の焼肉屋。カルメギサルというのは豚の特殊部位ですが、それだけ売る店ではなさそうです。この麻浦、そして孔徳、昔の水運が大事だった時代のソウル第一の港町。昔から美味しい店、男性の遊ぶ所がそろっていたのかもしれません。

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普通の韓国を探して3139 仁寺洞早起き散策4

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  朝のインサドン歩き、もう少し続きます。昼間は人だらけのこの道、この町、こういう時間だとじっくり見て歩けます。朝ごはんを食べられる店とかはほとんどありませんが、また、外国人観光客向けのお土産屋さんも閉まっていますが、私なんかにはこういう時間のほうが快適に感じられます。 午前中は忙しいので画像を見て、また午後にでも文章を追加するつもりです。

 1、2枚目は仁寺洞ネゴリの続きです。前の項では2人で何か話していたヤクルトおばさん、別れてそれぞれの担当区域に移動でしょうか。マウルボス、早い時間から運行しているようです。

 3枚目は「安房」という漢字に気づいての一枚。韓国の居間のこと、「アンバン」というのは知っていましたが、こんな漢字なのかな?千葉の人もちょっとぎくっとしそうな漢字の看板です。

 さて、南の方、鍾路の大通りの方へ歩きました。4,5,6,7,8枚目です。街路樹の周囲の枠にも「ウェルカムトゥソウル」とあります。まぁ、この辺、日本人だけでなくいろんな国の人が歩く町ですので、がんばっているのでしょう。昔は梨泰院が外国人の町ってことになっていましたが、米軍もほとんどいなくなり、その他の外国人もそんなに目立たなくなった感があります。ソウルの町で新たに大きくなってきた外国人街は九老とかあっちのほうの中国人の町ではないかと思います。

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