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2012年4月22日 (日)

とうちゃんの自転車日記562 歩きマラソン6 旧和島村の島崎へ

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 和島村の中心部に入っていきます。左は山を越えて与板へ向かう道、急16号は道なりに右へ曲がり、踏切があります。


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 ちょっと拡大トリミングしたのですが見えるかな?踏切の名前「富山街道踏切」となっていました。大昔の新潟から富山へ行く道、今の国道8号線よりもこちらがメインだったようです。


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 振り返って、弥彦山のほう。弥彦は雲がかかって見えませんが、遠くの丸い山が五合庵のあった、、、えーと、、、国上山(くがみやま)です。良寛さんが住んでいたという山です。晩年、そんな山暮らしをやめて、この島崎の町に住んだという話ですが、お金持ちの援助を受けて暮らしていたとか。江戸時代とか、お金持ちが絵描きや文化人、そんなのの世話をするとかが多かったのでしょう。


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 このあたりの農業、商業、交通の中心地が島崎でした。今は大河津分水ができて島崎川は小さくなってしまいましたが、昔は船が行き来したという水運の町でもあります。川に下る階段がそんな時代の名残なのでしょう。 良寛さんの記念施設がいくつかある島崎、訪れる価値がある町だと思うのですが、町自体も歴史好きには面白いと思います。

 かつては大型トラックがたくさん通った国道も今はがらがら。でも、この町の先で振動とまた合流するのです。車が多い道はあんまり歩くのには適していませんね。

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