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2012年6月30日 (土)

2012年6月30日 暑い日、蒲原祭りが始まりました

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 前に書いたように、今日から蒲原祭りです。当院ではいくつかの駐車場のサービス券を用意してありますが、お祭りの人出で駐車場難が予想されたため、予約をセーブしていたので混乱はありません。のんびりの午後、ちょっと今、外出してきましたが新潟駅周辺のコインパークはどこも満車。たぶん夜遅くまでこんな状態が続くものと思われます。

 

 柏崎のえんま市、この新潟市の蒲原祭り、そして7月になってからの村上大祭、たくさんの露店が並ぶ祭りが続く新潟県です。昔は1000軒以上とかいう話もありましたが、祭り期間中、自家用車を全く使えなくなってしまう地域住民の訴えもあり、日数も1日減少、範囲も少し狭まりましたが、かなりの広い地域で露店が並ぶ様子は壮観です。

 まぁ子供が大きくなった以後はお祭りとはあまり関係ない我が家ですが、90年代前半に子供が蒲原祭りの金魚すくいでもらった中の1匹、まだ玄関の水槽で健在だったり。もうすぐ15歳になる美人犬よりも金魚のが兄貴というのは大したものです。

 ということで、本日は院長はスタッフに片づけを任せて少しだけ早上がり。たまたま知人にもらった招待券でアルビレックスのサッカーのゲームを見に行きます。サッカーの試合、今回が4回目か5回目ですが、いずれも応援したチームが勝っています。今年は成績不振のアルビレックス、このままいくと2部に降格という危機。私が応援した方が勝つというジンクスが通じるといいなぁというところです。

 写真は万代橋東詰めに建設中の新潟日報新本社ビル。比較的新しい時期に市内の東中通りから旧黒埼町に移転したというイメージがあるのに、また市内に戻ってきます。ずっと値上げもしていないのに、電力会社とともに社員の待遇が最高と言われる新聞社、儲かっているのかなぁ。


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とうちゃんの自転車日記616 旧栄町(現三条市)吉野屋集落のため池

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 三条と見附を結ぶ一番山に近い部分を走る旧街道、北陸工業の小さな峠を越えると左手にこんな池がありました。当日持って行った地図には名前がありませんでしたが、医院にある詳しい地図での名前は蓮池とあります。向こう側、小さな堤のように直線部分がありますので人工的なため池のようです。見えるかな?写真の左奥にはどうやって行くのかわからない位置に小さなお堂がありました。車で、また自転車で通ったことのある道ですがじっくり景色を見られるのはやはり歩きが一番です。


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 左の山裾に歩いてきた旧街道が走っています。振り返っての写真です。


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 急ぐ旅でもなし、堤の上の未舗装の部分を歩くと余剰の水の排水口がありました。いつの時期にできた池なのか?ちょっと興味がわきます。


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 対岸、森の木々の中で見えにくいですが、お堂があります。これも持参した地図には記載がありませんでしたが、今見ている地図では弁天堂とあります。しかしこの後、右側を回って行こうとしましたがあまりはっきりした道はありません。いつか行きたい場所としてとっておきましょう。


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 堤の端のあたりです。ここで弁天堂への道を探しました。


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 結局、弁天堂は置いといて吉野屋集落の中の道を奥へ進みました。知る人ぞ知る新潟の細いトンネルの一つ、旭隧道(旭トンネル)を見に行きます。こんな寄り道をしているので長岡までは行けなかったのですが、ケンチャナ。歩きでないと行けな居場所があるのですから、そっちを優先です。

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普通の韓国を探して3843 韓国の歯科医院

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 瑞草区瑞草洞、ムジゲ綜合商街にある李準圭歯科の中、相談コーナーです。娘さんが延大の歯科大を卒業されて研修中。数年前に内装を改装してピカピカの新品医院のよう。もうすぐ後を継がれるのだと思います。次回の出張でもお会いする予定。また釜山大の大学院生だった若い友人も結局ソウルで就職。その辺の連絡、来週になったらやらないといけません。李歯科も、友人の勤務する会社も江南です。宿もそろそろ予約しておきましょう。普通の観光+歯科の研修、私には珍しく計画的な旅行になるかもしれません。

 忙しい土曜日ですが今日の午後から始まる蒲原祭りの混雑のため少しセーブしてあります。午後に時間があれば自転車日記の続きでもアップしましょう。

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とうちゃんの自転車日記615 旧街道歩き スタート

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 三条市と見附市の間の山沿いの道です。車が無かった時代の道ですので、馬とかがすれ違えれば充分。こんなふうに狭く、曲がっていたりします。


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 左は100m~200mくらいの山で、右手は広大な平野の田んぼ。洪水の心配がなく、また湧水も得やすい山の麓に人々が住み着き始めたのはいつごろでしょう?


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 振り返れば弥彦山が見えます。新潟平野のどこからでも見える山です。昭和30年代の記念切手、佐渡弥彦国定公園だか、そんなのにも弥彦山のシルエットがあったと思います。


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 空地の奥に小さなお堂。ちょっとお地蔵様とか、そういうのとは違う雰囲気です。


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 何かわかるでしょう?普通じゃない感じ。個人のお宅の裏にあったものなのかもしれません。でも、手を合わせて道中の無事を祈りました。


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 ちょっとした峠に差し掛かると左手に北陸工業という中くらいの工場があり職員の方の車がたくさん。結構な数の人が働いているようです。何を作っているのかな?機械の部品とかでしょうか?鍛造の大きな槌音も聞こえましたので人里離れた山中に工場を作ったのかもしれません。右手は森で、上り坂です。クマに注意という看板もありますね。


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 この先、峠の頂上でしょうか。つぎにどんな風景が開けるか?楽しみです。

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2012年6月29日 (金)

とうちゃんの自転車日記614 田んぼの中を歩いて山沿いの旧街道まで

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 最初の集落の最後のあたり、またこんな石造物がありました。


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 お墓でもないと思うのですが、昭和一桁の時代のもののよう。南無妙法蓮華経とあるので日蓮宗?新潟には日蓮宗のお寺、あまり無いと思うのですが。でも、ともかく、新しいこういうのはほとんど増えないと思いますので貴重です。


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 三条の奥の山を望んだ1枚。粟ケ岳が見えます。あの辺まではヤマビルがいると聞いていますが今日歩く山はどうかな?などと思いつつ山裾を目指します。


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 この道をまっすぐ行くと三条から見附への旧街道に出るはず。日陰のない田んぼの中は涼しいうちに通りたいものです。


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 これは来た方というか右後方。昔は島だったという弥彦山が見えます。新潟平野、ほとんどまっ平らで、ほとんどが田んぼです。稲もだいぶ伸びてきています。緑がきれいです。


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 もう一息、突き当りが旧街道のはず。


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 やっと山沿いに少し曲がって走る旧道です。朝の通勤時間なのかけっこう地元の人の車が通ります。場所によっては車のすれ違いが難しかったり。やはり自転車か歩きに適した道だと言えましょう。最後の1枚はお寺の入り口。お地蔵様のお堂がありました。地図で見ると少し曲がっていて、でもずっと続いていて集落ごとにお寺とお宮がある、そんなで古い道であることがわかります。楽しい旧道ウォーキングの始まりです。

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2012年6月29日 歳月は速い(セウォリパルダ)

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 새월?  세월? ま、「 새월이 빨다.」という言葉は韓国の言葉、ことに人生後半戦に入った私なんかは切実に感じることです。2012年ももう半分過ぎてしまいました。「~しまいました」というとちょっとマイナス思考?まぁ、自分を責めることなく、今をできるだけ楽しく生きたいものです。

 写真は先日のウォーキングの際に見つけたアマガエル。写真を撮りましたがこの後歩行を続けるにつれ本当にたくさんいるのでした。鳥に食われてしまうものもいるでしょうし、車にひかれてしまうのもたくさんいそう。干からびて死んでしまうのもいるかもしれません。生き物の命なんてはかないものです。

 われわれ人間も一緒。いつコロっと死ぬかもしれません。先日見た「道・白磁の人」の1シーン、葬式の場面で「空手来空手去」という幟を持った参列者がいましたが、人間、裸でこの世に生まれてきて、死ぬ時も何も持って行けません。法頂さんも言うように、あまりモノやお金とかに拘ると人生つまらなくなります。できる範囲で楽しく、これが私の生き方・・・にしたいです。


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 がんばれカエル君。チュルゴpケサルジャ。

 午後に追加です。少し前によかったとここでも紹介した映画、「道・白磁の人」ですが、韓国では7月12日開封予定。ということであれこれ韓国語のサイトを調べていましたが、副題が違うのですね。韓国での題名は「백자의 사람 조선의 흙이 되다」だったかな?「土」の固有語はは4つ組み合わせで自信なしですが、「白磁の人 朝鮮の土になる」でした。

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普通の韓国を探して3842 ソウル 忠武路あたり

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 ホテルPJ前のコルモク市場、イニョン市場を抜けたあたりです。地図だと新盛商街ってなっていますが、とにかく南北に走る古い、でも巨大な商街ビルの南端にあたります。


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 車の通路が見えますが、2階部分が広い歩道になっていたり、地下にも駐車場があるし、大昔にできた割にはかなり大胆な設計の建築だったのでしょう。退渓路の1本北の通りになりますが飲食店、遊興酒店もたくさんある繁華街です。


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 退渓路に出たところ、大韓劇場のシネコンビルです。夜遅くまで若者がたくさん、そんな映画の町なのでしょう。裏手は筆洞の町で南山のすそ野になりますが古い町の面影があまり残っていません。この辺は前にも歩いた記録、アップしてあります。


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 大韓劇場の向かい側にあたる空港バスのバス停です。6015、あまり利用したことはありませんが、乙支路を東大門まで走って折り返して退渓路を明洞南まで。日本人には一番馴染みがある路線かもしれません。奥の建物、かなり古そうです。ガラスが貴重だった時期のものは窓が小さ目。もしかしたら日帝時代のものかもしれませんね。


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 牛の焼き肉屋。ガイドブックに出ていない店でもこの忠武路界隈、美味しい店はたくさんあるはず。まぁ日本語が通じる店というと限られてしまうのはしょうがないでしょうが、ちょっと話せればどこでも大丈夫なはず。地元の人でにぎわっていればまずハズレはありません。かえって、新しい店が短期間でできては消える明洞あたりよりも長くやってるここらの店のがいいと思いますよ。

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とうちゃんの自転車日記613 三条駅からスタートです

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 東三条ならぬ三条駅、ウォーキングを始めて、乗降し始めた駅です。駅前には古い小さなボウリング場。それと、昔は三条高等学校がありましたが、最近駅裏に新しく移転新築されました。そんあな高校生とともに、歩きだしました。1枚は駅を出てすぐ左へ入ったところ。旅館がありました。昔は駅ごとに、こんな仕事の人のための旅館があったものですが、だんだんそういうのも少なくなってきています。


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 少し長岡方面に歩いて、川に沿った道を左折。小さな踏切を渡って山沿いを走る旧道の方向へ歩きます。田圃の中のまっすぐな広い道。新しい道のようです。


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 ちょっと歩き始めたら踏切の音。急ぐ旅でもないのでカメラを出して待つと新型のELが引く貨物列車でした。天気もいいし、暑くもないし、ちょっとラッキーな気分でのスタートです。


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 最初の集落の入り口、お地蔵様だったかな?小さなお堂が作られています。となると古い道を拡幅した道路なのかもしれません。まずは山の麓まで、田圃の多い平地を歩かないといけません。

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2012年6月28日 (木)

とうちゃんの自転車日記612 新潟長岡ウォーキングつづき

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 朝の新潟駅です。休日の朝、いつもどおり早起きして簡単に朝食をとり自転車にのって駅へ来ました。


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 信越線の2番列車、6時5分の長岡行きです。


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 電車はいつもの115系。かなり古い近郊型の電車です。

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 降りたのは三条駅。特急停車駅の東三条の次の駅です。7時少し前の到着ですが高校生がたくさん乗っていました。

 連休の新潟市から歩いての護摩堂山登山。その後、田上駅から旧道をたどっての三条駅までのウォーキングの続きです。できれば長岡までと思っていましたが、結局寄り道したりで見附駅までになりましたが、なかなかいいウォーキングができました。ぼちぼち報告していきます。

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普通の韓国を探して3841 2種類の時刻表を売っていました

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 前に、ダイヤ改正したのに古い時間のやつを売っていた記事を紹介した全州駅の売店ですが、今回は2種類、連続した2月のやつが置いてありました。買うつもりはなかったので見てみなかったけど、ダイヤ改正があったにしろなかったにしろ、ちょっと不思議です。常に遅れて出る韓国ですので、日本のように改正後のを前から販売なんてことはないでしょうから。たぶん同じ内容なのだと思います。

 古い方は半額、とかだったらさらに面白いのですが、聞いてみればよかったですね。

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とうちゃんの自転車日記611 니가타에도 있는 옥답방

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  옥답방は「屋塔房」でいいのかな?オkタpバンgと読み、ここでも何度か紹介してますが建物の屋上に建て増しした部屋というか家のことです。けっこう前に広州市で、そんな建物にあった学院(予備校)が火事になり学生が何人も亡くなったという事件がありましたが、まぁ、違法建築なわけです。

 この写真は新潟市の新潟駅前のとあるビルから見た風景なのですが、日本の新潟にもそんなオクタプバンがあったのでシャッターを切りました。古いビルの屋上にまた家というか部屋を作っています。


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 これと、


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 これ。


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 香港の九龍城砦というのは見たことありませんが古い古い雑居ビル。行きつけだった蕎麦屋があった建物ですが一目何匹という感じでチャバネがいた店も無くなりました。最近若い人が新しい店を安い家賃で、なんて動きもあり、少し息を吹き返した感じもありますが、一度も行ったことのないちょっと怪しい横丁です。

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2012年6月26日 (火)

普通の韓国を探して3840 고객대기실 これも日本語排斥運動?

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  ここんとこ続いている全州駅のホームでの写真です。一番よく使うホームの真ん中あたりにこんなガラス張り(アクリル張り?)の待合室がありました。駅舎のほうの待合室の表示がどうだったかは確認していませんが、「顧客待機室」とあります。たぶん「待合室」という言葉は訓読み+訓読み+室ですので、日本でできた言葉のよう。今の韓国では韓国式の音読みで대합실と割合一般的に言われていますが、これも日帝残滓を捨てようという動きの一環なのかな?と思いつつシャッターを切りました。

 韓国、ちょっと日本人には硬く感じる「顧客」ということばを日常、よく使います。デパートでもどこでも、お客さんの事、「ソンニム」という言葉が日本人には有名ですが「顧客ニム」という言葉のが公的な場合にはよく使われる感じ。発音は「コゲンニm」ってなります。「顧客待機室」、多分韓国の人にとっても堅いのではないかなぁ?定着するのでしょうかねぇ。

 昔、民団の教育院に通っていた時に毎号もらえた在外僑同胞向けの雑誌に「パルンマルコウンマル」というコーナーが毎号あって、正しい言葉を使いましょうという記事なのですがその多くは日帝時代の残遺日本語をやめて、韓国式の言葉を使いましょうという内容でした。今はもうその本、ありませんが、「半袖(ハンソデ)」ならぬ「パン(半)ソメ(=袖)」だの、「ソラセク(空色)」だのの混ざった言葉など、へぇ?!こんな言葉があるのか?という感じのものもありました。有名なのは建築用語とか、撞球用語がありますが、今の若い人がそのまま使ってる言葉もたくさん。私の予想では韓国語にまざってる日本語を全部なくすのは多分無理ではないかな?ってところです。

 そうそう、ちょっと前にメモした「ウルサニョンスロプタ」だったか、「ウルシニョンスロプタ」も、日帝時代の始まりのころの不平等条約締結の年の十干十二支が語源です。

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2012年6月26日 行きたい場所一覧

 いつも持っている大判の大学ノートがメモ帳代わり。表紙の裏に行きたい場所をメモしています。今のやつは3月9日から使い始めてもうすぐページがなくなる状態。年に数冊、そんなふうに使っています。

*伊勢神宮

*諏訪大社

*伊奈村(4月12日に行った)

*八丈島

*館山市

*水戸市

*大阪

*秋田、青森、岩手

*高興半島

*香港

*延辺

*ニューヨーク イントレピッド博物館

 そして最近のページには韓国の観光旅行関係で

*昌徳宮・秘苑

*清渓川

*民俗村

*ソウルタワー

*オドゥ山統一展望台

*南大門市場で眼鏡

*カジノ

*映画「道 白磁の人」観覧

 あとは典型的な観光だとどこへ行くのでしょう?東大門の洋服とかはあんまり縁がないし梨泰院のニセモノだのも縁がないし、あ、日本人向けカラオケとか、ちょっと行ってみたいですね。映画はコエックスのシネコンにすれば一緒にコエックス観光もできる! 

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普通の韓国を探して3839 江南の회전초밥집 

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 ソウル、江南は江南大路沿い、良才からベンベンサゴリへ行く途中での写真です。

 いまだにあちこちで韓国語の勉強を勧めていますが、単語の70%が漢字語ですので、ハングルの読みという垣根を越えてしまえば日本人の脳には優しい、学びやすい言語です。タイトルのハングルだって、最後のほうの「パp」と「チp」を除けばみんな漢字です。「回転酢밥집」、もしも雑誌などにこう書いてあれば、、、あれれ、浮かばないかな?回転寿司店なのでした。

 回転寿司、私が韓国に行き始める少し前、90年前後に日本から機械を導入し、けっこう流行ったと本に書いてありました。でも、90年代後半はかなりが閉店し、ぽつぽつ残っているという感じで、2度ほど回転寿司の店で食べたことがあります。そんなに大きくない、この写真の店クラスの規模でしたが、1000Wの皿、2000Wの皿とか、100円=700Wくらいの換率でしたから、あんまり安くないなぁと感じました。生き残った店がわずかに、という時代だったのでしょう。 でも、最近また、今度は日本の大型回転寿司チェーンの導入が、なんて韓国観光サイトの記事であったように、また寿司ブームが起きているのかもしれません。そうなると、こんな小型の個人経営(フランチャイズ)の店もまた息を吹き返し、新しいチェーンができたり、第2次寿司ブームなのかも。

 韓国で寿司、というと、どうしても刺身店、日式店のツキダシなんかを思い出してしまいますが、食事の基本は飯と汁という共通点がある日本と韓国、食べ物の流行、嗜好も似てて当たり前だと思います。最近書いているように一度観光旅行らしい旅行をしてみようかと思ってる今日この頃、韓国で寿司も面白そうです。今日のお昼は寿司にしてみるかな?

 写真を見てみました。2階は教会みたいですね。またビルの壁の265は新しい住居表示。何とか「江南大路」と、通りの名前が読めます。

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普通の韓国を探して3838 중구구청근처 냉면집 모이는 곳

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 ホテルPJの前の通り、狭くはないけど広くもないマルンネキルです。明洞のメインストリートから白病院前を通り、ずっと続く道、この先、オートバイ商街あたりで南に曲がって広い大通りである退渓路に合流します。しかし「合流」というよりも分断かな?どなたかに教えていただいたように新しい計画道路である退渓路が後にできてこの忠武路(明洞あたりから地名の上では忠武路だったりします)を貫くマルンネキルを断ち切ってしまったのでした。

 

 タイトル、合ってるかな?中区区庁近処 冷麺チpがたくさん集まってる場所、のつもりですが、3つだったか、大きな冷麺の店がかたまってあります。1枚目は五荘洞興南집。昔の地名が오장동なのでしょう。


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 こちらは五荘洞栞함흥冷麺。ここの水冷麺はすばらしい韓国の食事で前に紹介しています。昼食時間を過ぎても常ににぎわう大型の店で、マイクで注文を通していました。お客もたくさん、店の人もたくさん、そんなイメージがあります。冷麺って普通のチゲや白飯よりも少し高いくらいなのにパンチャンは少ししか出ない、そんな高い食事というイメージがあり敬遠気味でしたが、最近は好きになってよく食べています。ミルミョン含め、これからの夏には嬉しい一食になります。


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 3つめの冷麺店は撮影しませんでしたが、すぐそばの有名店の写真がありました。黒田福美さんが最初に日本の本で紹介した店だと思うのですが、「釜山カルビ」というそれほど大きくないカルビチプです。一人でしたのでカルビタンでしたが、この店のハルモニが発明したという「왕자(丸子)」という、肉の端切れを集めて作った肉団子入りのカルビタン、美味しかったです。行ったことある日本人もけっこういるのではないかな?

 最近、ウォーキングも始めた私ですが、サイクリングの時代から旧道が好きです。急ぐ道じゃないのだし、車が少ない、少し曲がった旧道を行くのが好きなんです。このマルンネキルも明洞から退渓路5街まで続く旧道、印刷関係の工場だのが多いごちゃごちゃした通りですが、歩いてみるのも一興かと思います。普通のソウルを垣間見ることができる道だと言えます。

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2012年6月25日 (月)

2012年6月25日 망우리공동묘지 203363호  流石は私

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 昨日の浅川巧さんの映画の最後、神谷さんの本にもお墓の詳しい場所は書いていなくて、車で案内してもらったなんてあったけど、広大な墓地公園、探すのに苦労しそう、と思って夜間診療の今日、いろいろ検索してみました。けっこう日本人、行っています。昨年あの映画の製作が始まってからさらに増えた感じです。

 地図とサイトを見比べながら大体の位置は掴めたと思いますが、映画の最後のあたり、お墓が出てきたところで、墓地の番号が記された標石があったので、たぶん・・・と思って暗い中でメモしておきました。それが203363号という数字です。グーグルでタイトルのように入れると、やはり当たりです。

 高村某さんではないですが、「僕のあとに道ができる・・・」というのが好きなスタイルなのだけど、忘憂里共同墓地公園はほんと、行ってみるかもしれません。住所に相当する番号、「忘憂里共同墓地 203363号」がわかればもう行けたようなものですから。

 

 追記ですが、少しだけこの203363という数字、いくつかのサイトで見かけられます。謙虚にならないといけませんな。

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とうちゃんの自転車日記610 新潟西港の巡視船

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 前の項に書いたように昨日の休み、自転車で新潟市内をポタリングして早いお昼を食べて映画「道 白磁の人」を見てきました。

 この写真は映画館へ行く道の途中のもの。栗の木バイパスの終点の先、本来の栗の木川の河口部分は前にも紹介しましたが、巡視船がいたのでちょっと見物。「やひこ」の他にも遠くに1隻停泊しています。最後の写真のように不審者が入れないように厳重に鉄条網付きのフェンスがあります。

 前に、若い女性2人がここで巡視船の写真を撮っていた話を書きましたけど、韓国だったらこういうのも禁止なのでしょうね。通報されたら取り調べに丸一日なんてことになるかもしれません。平澤軍港へも行ってみたいのですが注意しないといけません。

 「道」の浅川巧さんですが、 神谷さんの本などで朝鮮を愛し、日帝支配下の朝鮮の人たちにも公平に、平等に接し、亡くなられた後もソウルの林業試験場の方がお墓を大事に守ってくれているという話は聞いていましたが、ちょっと検索してみると故郷の山梨には資料館もあるし、その関係でマンウ里のお墓へ行く人も多数だとか。何度か書いているように、差別なく公平に朝鮮の方と接し、慕われた日本人が少しはいたこと、私にはとても嬉しいことです。韓国ノート「行きたい場所」欄に書いておきましょう。

 しかし私が「ここへ行ってみようか」という場所、ことごとく神谷丹路さんの足跡があります。そう感じている韓国ファンも多いはず。すごい方だなぁ。

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普通の韓国を探して3837 鍾路の大通り

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 タプコル公園東通りから鍾路に出ました。ソウルの昔からの大通りです。昔はここを市電が走っていたのですが、面影は皆無です。映画「将軍の息子」なんかでも鍾路の市電は登場しますが、60年代末くらいになくなったのでしたっけ?坂の多いソウル、どんな路線があったのかなぁ。 正面のビルは時事YBM。知らぬ人はいない外国語学校の建物です。


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 左手の建物は国一館。有名なナイトクラブ(=ディスコ)の名前がついています。まだ何フロアかはナイトとして使われているのかな?

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 早朝ですので車はまだ少なめですが、次から次へとバスがやってきます。この後は江華島へ行くべく、新村までバスで移動しました。

 鍾路の写真を出してきたのは昨日の休み、「道 白磁の人」という映画を見たからです。韓国と日本の近世の歴史の勉強になる映画でした。映画として話を面白くするための脚色はもちろんありますが、見に行ってよかったと思いました。ちょっとマイナーなので上映館、上映本数が少なめですがすべての韓国ファンの方に見てもらいたい映画です。前記、「将軍の息子」、あとは、、、「YMCA野球団」なんかの時代のソウルの話です。

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普通の韓国を探して3836 全羅線全州駅

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 韓国、何回も書いているように地方交通の主役は市外バスだと思います。時刻表でも旅客列車は少なめ。また通勤通学のための汽車というのも90年代に比べるとかなり減っています。でも、貨物列車は案外多い感じ。旅客列車に近い本数がある、地方へ行くとそんな風に感じることもあります。


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 KTX開業に向け線路の付け替え、高架化、電化、複線化が行われた全羅線ですが、まだDLが現役でがんばっています。


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 韓国の貨車の多くはボギー式の台車で、日本で見られるような2軸の小型の貨車はほとんどないように思えます。もっともコンテナ車が増えているのは一緒ですが。

 向こう側、無蓋車にコンテナをそのまま乗っけてるのは珍しいかな?


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 作業車も面白い。まぁ、鉄道好きの者だけかもしれませんが。


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 日に5本しかないKTXの入線です。速いのはいいけれど乗っていて楽しいのはやはり在来線の普通の列車です。のんびり1週間くらい汽車やバスを乗り継いで韓半島を旅行したいものです。

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2012年6月24日 (日)

普通の韓国を探して3835 全州 東信初等学校前の文房具店

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 前に校舎と校庭で遊ぶ子供たちを紹介した初等学校の前、校門のすぐ前にある店です。東信だったか東新だったか、ちょっとうろ覚え。ご勘弁ください。右手の店も同業者のようですが、日本同様、小学校、中学校、高等学校の前には文房具の店があり、一緒におもちゃっぽいもの、かわいい系のものなんかを売っています。

 左の赤い看板は「即席タンスユク(酢豚)専門」とあります。間口の狭い店がそうなのかな?油を入れる鍋、一斗缶なんかが見えますが、「酢豚専門店」というのはソウルでも見たことがありません。 複数で韓式中華の店へ行くと各人のチャジャン麺と一皿のタンスユクを皆でつついて、というのはごく当たり前の韓国ですけど、持ち帰りのタンスユク専門店、ちょっ珍しいと思いませんか?

 その脇には朱色の鳥のマーク。韓国郵便の印で、「郵票取扱」だか、そんなのの印でしょう。これも日本と似ていますね。店頭右手にはフラフープとボール。ガチャの器械があり、シールみたいなのがたくさんぶら下がっています。店名は「学校앞(前)文房具」。そのまんまのストレートな名前の店です。右側はムジゲ(虹)文房具店かもしれません。

 上の看板の右、ちょっとわからない部分があります。下から「事務」、「ファンシー(ペンシ)」、「文具」、とありますが、一番上の「화방」はどういう意味でしょう?無精者で不勉強な私も小学館を引いてみました。「火防」というなんか昔の塀のことしか出ていません。最初に浮かんだのが今はあまり聞かなくなった単語である「画板」ですが、これだと화판のはず。「画房」なんて言葉があるのかな?どうもまだまだ分からない韓国語がたくさんありますね。

 本日は休み。自転車乗って街歩き。教会へ行くか?繁華街へ行くか?佐渡のホンマグロのニュースを朝のNHKで見たのでそれも食べてみたいし。天気は良好。出かけてみます。

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