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2013年10月 6日 (日)

普通の韓国を探して4478 天安市 日帝時代の痕跡

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 天安の南山中央市場、南山公園前から北へ伸びるアーケードは少しずつ上るようになっていました。南山公園へは京釜線に沿ったバス通りを歩いたので、帰りは市場を通り抜けたまま、小高い丘のようになった古い町を行くことにしました。1枚目、市場の北、すぐの商店がいですが、道が不規則に分かれてて古い町であることがわかります。商店街だからというのもありますが、古い韓屋は全然なく、古い2階建ての商店が多い感じでした。もしかしたらここら辺が日帝時代の天安の日本人が多く住む地域だったのかもしれません。


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 さらに駅の方へ進むと、どこか日本でも見たような風景。小高い丘の頂上の平地が初等学校になっています。韓国でも「勉強、修行は山で行う」という風習があるのか、大学校はたいてい山にあります。寄り道になりますが、校門の方へ行ってみました。


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 門は新しいもののようですが、両側の石造りの門柱、どうも日帝時代の国民学校の時からの石柱です。学校名は外されていますが、ここ、きっと日帝時代につくられた天安市でも一番古い小学校の一つなのではないかと思いました。

 日帝はいいこともやった、という説もあるにはありますが、人の家に土足で乗り込んでそこに住んでいた人を追い出して改築したようなもの。決して肯定はできないと考えていますが、ソウルから長項線の分岐点であったこの天安。湖南線の分岐点だった大田、昔からの朝鮮の大きな町だったテグ、そして釜山、京釜線が走る都市にはきっとどこか、日帝時代の名残があるのだと考えています。 昔は天安神社だった天安南山公園の訪問、残念ながら前に来た時のような「神社の名残」は、消えてしまっていましたが、にぎやかな市場、そして、この昔の日本人町であったであろう場所を見ることができてよかったと思います。

 

 昔、井邑に泊まってタクシーを借り切って、あの辺の田舎、神谷さんの本にあるような、日帝時代の名残を残す町を歩きました。昨年には群山シティツアーで、日帝残滓めぐりをしました。私の韓国地方旅、これからもそんな旅を続けるつもりです。

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