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2013年10月12日 (土)

普通の韓国を探して4484 愛校心の表れ

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 「豊田歯科」、忠武路のホテルPJ(旧豊田ホテル)の入り口階段わきにあった看板はホテルの中に入っている歯医者さんのものでした。しかし一番大きく描かれているのは延世大学校の校章。地方都市でも歯医者、医者の看板、さらには医院名に大学校の名前を入れたところがけっこう見られますが、一番多いのが延大のような気がしています。愛校精神の現れもあり、ちょっと「えっへんっっ」という部分もあり、というところでしょう。

 自分も歯医者になってずいぶん経ちますが、大事なのは経験しつつ習得した技術と診断の力、それに、「ちゃんと患者さんに話せること、患者さんの話を聴くことができること」だと考えています。出身大学≒「高校3年の時にどれくらい勉強ができたかどうか」は、あまり歯科医師の質には関係ないということがわかりました。

 忙しかった土曜日の仕事、おしまいです。片づけて2連休。楽しみです。

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普通の韓国を探して4483 慶北善山を歩く6 

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 韓国の地方旅、町を歩くときはできれば市場を見ながら町の中心へ。その後は好きな道を通って宿、もしくは次の町への移動のための市外バスターミナルへ、ということが多いです。韓国戦争(朝鮮戦争)の激戦地でもあったこの善山、古い町は少ない、と前に書いたと思います。でも、できるだけ古そうな、普通の家々が並ぶ道に入ってみました。細くてゆるやかに曲がっているのがそんな町の目印になります。


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 道路の状態もいろいろ。私道なのでしょうか?ソウルの山の町なんかもそうですが、素人仕事のように見えるセメントの階段とかもたくさん。そんな所にも古い町の味があると考えています。


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 塀の状態も、各家ごといろいろ。やはりここ、石を埋め込んだ古いタイプとかはない感じで、戦争の影響があるのかなとも思いました。

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 こんな路面もありますし、


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 そこにまたいろんなマンホールやら下水孔やら。


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 急に広い場所に出てきました。水色に見えてるのはおなじみ水道のメーター。きっちりしているようで、実はバラエティ豊か、新しい家もそんなふうになってるのが韓国です。

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2013年10月12日 忙しい土曜日です

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 先日の北国街道ウォークの時の写真です。直江津から旧北国街道を歩きましたが、前半は上越市でも最も元気な町という感じで大型店が並ぶ道でした。ちょっと興醒めしつつ後半の田舎道歩き、稲田の古い町を見て、高田市内へ。ここでもけっこう曲がってた旧北国街道を歩いて高田駅。その後高田の本町、仲町を歩きました。1枚目、「みあり」という店。わかるひとはわかるソウルの地名です。韓国アジュマがやっているのでしょうか?


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 これが仲町通り。飲み屋、料亭など飲食店が並ぶ通りです。高田へは80年代からバイトで毎月行っていましたが、夜の仲町通りはあまり知りません。「サラン」というのは韓国スナックでしょうか?行ってみたいです。


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 これは駅前を過ぎて北の方。焼肉屋さんですね。


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 ずっと仲町を北上。新しい道ができていたのでここで右手、東の方へ行き、新しい大通りを歩いて行きたかった中華の店を訪問。ちょっと贅沢して鮑と紹興酒を楽しみました。

 今日は午前は大忙し。午後はゆったり。がんばりましょう。午後に時間があれば新しい記事をアップしましょう。それでは皆様、よい週末をお送りください。

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普通の韓国を探して4482 秋夕前の中央市場から黄鶴洞へ

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 90年代末から何十回行ったでしょう?ここの裏手のポジャンマチャで韓国語を覚えたと言ってもいいかもしれません、中央市場です。夕方などは混んでいますが、こんなに人が多いのは初めて。やはり韓国の人にとって秋夕は特別な時期なのだと感じました。


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 北の端、馬場路近くになると少し歩きやすくなります。この屋根ができたのはいつだったかなぁ。一緒に、地面の排水溝も作られたのですが、その前のここ、雨が降ると大変でした。天幕にたまった雨水を、アジュマが棒を使ってざーっと流す風景、今ではあまり見られなくなっているのでしょう。わかる方、おられますよね。思わぬ方向から大水しぶきが飛んできてびっくりしたこと、昔は何度もありました。


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 北口に出て、馬場路です。正面、ロッテキャッスルができてだいぶ風景が変わりました。昔の清渓川高架道路の両側、古い雑居ビルというかアパートというか、あれもまぁ、ソウルの一つの景色ではありましたけど。古い時期にソウルの市内中心部からタクシーでウォーカーヒルカジノへ通った人は覚えておられることと思います。


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 馬場路の東大門市場方向。この景色はあまり変わっていません。


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 往十里方向。こっちも、相変わらず食器、食堂家具、厨房機器、屋台のオーダーメイド、ガス器具、水道関係、そんな店がたくさん。食堂をやる前には黄鶴洞へ、そんな街です。

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2013年10月11日 (金)

とうちゃんの自転車日記731 前から行ってみたかった場所へ

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 昨日は午前中、遊びに出てもいいということになり、早起きして柏崎と柿崎の境界にある大清水観音堂という所へ行ってきました。車で柏崎を過ぎ、もうすぐ柿崎というあたりで左へ。高速をくぐって山に上る細い急坂を行くとあります。標高200mとか。車も機械もなかった昔に、よくこんな場所に作ったと驚くような場所でした。

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 今は道も通じなくなってしまってるようですが、もともと柿崎の人たちがお参りしたお寺のようで、西側の風景が大きく開けています。北陸自動車道と柿崎の町がよく見えました。天気がよければ妙高とかもよく見えると思います。


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 車止め、とあるのは柿崎からの道の終点です。でも車も、歩く人もいなさそうな細い道でした。比較的整備された柏崎側からの道ばかりが利用されているのでしょう。

 飯綱神社というのも境内にあり、石仏などもたくさん。昔は神様仏様の展示場みたいなものだったのかもしれません。

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 本堂の前の石塔。かなり立派なものです。左の明るいほうが柿崎方面。2枚目の写真のように景色がよく見える方向です。





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 帰りは自転車で走りたいと思ってる刈羽郡の山道を通って国道17号に抜け、新潟に戻りました。写真は柏崎のコンビニ。やはり北陸道が見えています。

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とうちゃんの自転車日記730 松本市 西堀

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 旅行の時はいくら遅くまで飲んでいても早く起きてしまいます。ホテルの朝食券を捨て、外で食事というのもよくやります。この日は松本駅から大糸線で島内駅。交換する列車に乗り換えて北松本駅。そこから歩いてお城の手前、西堀というあたりまで行き、南へ曲がると、「西堀」という、古い繁華街があります。「うら町」というのも古い繁華街なのですがどちらもさびれ気味だとのことでした。


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 自転車の師匠である坂下先生がいますので2年に1度くらいは行っている松本市。この西堀でも飲んだことがあります。外国人の店が多いのです。ベトナムの店だったかで、カンボジア人だか、ラオス人だか、ものすごい美人に会ったこともあります。


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 昔はもう少しこんな雰囲気の店、もっと広い範囲にあったと思うのですが、今はこの一角だけになってしまったのかもしれません。


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 やってるの?と思うような建物に小さい店がたくさん。


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 外観です。3階建て?


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 上の1枚でも写っていますが、町角の椅子。韓国みたいですが、夜の客引き用なのでしょうか?濡れると困る布の椅子のようにも見えますね。夜はどんななのでしょう?この辺。

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普通の韓国を探して4481 慶北善山を歩く5

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 善山の邑内のそのまた中心部、農協銀行の並びにはテグ銀行の支店がありました。日本だと都市銀行と地方銀行なんて区分がありますが、テグ銀行、釜山銀行、そんな地方銀行らしい会社は少なめに思えます。


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 これは農協銀行の左手。でも、そろそろバスターミナルに戻ろうかと思います。


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 農協銀行T字路の角、おもちゃだのの店です。最近は韓国でもアウトドアブームが起こりつつあるようです。昔から人口の多かった登山でなく、家族で屋外で楽しもう、そんななのでしょう。


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 結局右へ、旧国道の方へ戻り、ターミナルへ向かおうと歩きはじめました。角の店の縁台にハラボジ。町角の椅子もそうですが、近所付き合いとかは韓国のが盛んなようです。よいことです。

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 ベートーベンピアノ教室、かな?


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 右へ入るとこんなバイク。ソウルでもいくらでもありますが、どこで改造してもらうのでしょう?車検とかが甘いのかなぁ。

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2013年10月 9日 (水)

とうちゃんの自転車日記729 松本市へ行って来た

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 昨夜戻りました。大会だけでなく、同級生のオフィスを訪問、夜は昔の医局の同僚と会って仕事の話をしながら歓談、有意義な2日間になりました。長野県の松本市、最近は1年に一回も行かなくなってしまいましたが、からっとした感じのいい地方都市です。新潟市よりはだいぶ規模が小さいのですが、周囲はすべて山、扇状地に発達した都市です。また、山からの水が豊富で町のあちこちに水路があります。それが、澱んだ感じがなく、みなサラサラ流れている、そんなのが印象に残りました。

 もう一つ感じたのは外国人が多いこと。欧米人、中国人、駅の他、町のあちこちで目につきました。観光資源という点では長野県、日本でもかなり恵まれた県であるのでした。おいおい写真を含め紹介します。

 写真は昨日のお昼に食べた蕎麦のときのもの。タクシーの運転手さんに松本城のそばで美味しい蕎麦の店を推薦してくださいと頼んで行った「こばやし」という店のものです。私たちの後からも学会関係、また一般の観光の人が続々来て、店を出るときには外に行列ができていました。この運転手さんの件でも、非常に稀な偶然の出会いがあったのですがそれもまた稿を改めます。

 本日も休みですが、わたしが留守番を務めます。2日間やってくれていた家内に感謝しましょう。

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 こちらは、早起きしてちょっと乗りに行った大糸線島内駅。筏橋駅のように、ホームの端に駅舎への通路があるため、通常とは逆のホームに入って列車交換するのでした。写っているのが下りの有明行きで、これに乗ってきたのです。急いで右手の駅舎で帰りの切符を買い、またホームに戻るときの写真です。松本行きの電車は左のホームに着くので、左側通行のJRとしては例外的な交換なのでしょう。言ってること、お分かりかな?

 実は松本電鉄に乗りたかったのですが、ちょうどいい時間の電車が無く、比較的本数のある大糸線で180円+140円乗って往復しました。帰りが140円なのは、北松本で降りて早朝松本の古い町を散策したからです。松本市、天気がよかったのもありますが、雲がきれいだなぁと感じた出張でした。

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2013年10月 7日 (月)

2013年10月7日 新潟駅から高速バスで出発予定

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 おはようございます

 写真は新潟駅、東側跨線橋からの1枚です。左の高架部分が新幹線の新潟駅、下は在来線ですが、前にも紹介したように、高架化工事が始まって、すでに左側の5、6、7番線は撤去され、この写真の右後方(見えません)に新しく仮の8、9番線ができました。「ミニ大宮駅」のようになるという話ですが、まだまだ相当時間がかかるようです。

 今日は出張。嬉しくて早く起きてしまいました。医院の駐車場に車を置いて、万代口へ歩き、長野行の高速バスに乗って長野駅。そこからはお昼ご飯を優先するか、JRに乗るか、また高速バスに乗るか、まだ未定。交通機関の接続やお腹のすき具合で決めましょう。

 目的地は松本市。明日の日本矯正歯科学会大会に参加します。時間があれば、新潟大の同級生、自転車の師匠でもある坂下さんのオフィスを訪問するつもり。夜は懐かしい医局仲間と食事します。2日間、のんびりリフレッシュ、そして少しだけお勉強、と考えています。

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とうちゃんの自転車日記728 上越名物? を食べてみました。

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 上越市はかなり前に城下町だった高田と港町だった直江津が合併してできました。父方の田舎が新潟県だった東京人としては、ついつい上越線のほうが頭に浮かんでしまい、なんだか違和感がありましたが、数十年が過ぎ、やっとこそんなイメージが消えた感があります。南口から出て関川の方へ。堤防沿いの道に出ると簡素な建築の店があります。ネットで見て前から来たかった店です。


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 店名は「かけそばつかだ」。製麺所がやっているのでしょうか?手軽なそばやとしてネットでも有名な店です。


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 ゆで麺のそば、うどん、そして、これは珍しい中華の3種の麺があるのです。伸びてしまいやすい中華そばはあんまりゆで麺って無いと思います。一番高い天玉中華の食券を買いました。それでも300円。よく利益が出るものだと思うし、お客さんがたくさん来る人気店なのだろうなと思いました。 すでに茹でてある中華めんをデボに入れて湯がき、丼に入れてつゆを注ぎ、生卵とほとんど玉ねぎのかき揚げを載せて薬味の葱を振って出来上がり。つゆはそばうどん共通の和風だしですが、違和感なく食べられます。予想通り麺は柔らか目で、コシが、なんてのは言えませんが、あったかい一杯、美味しく食べることができました。しかし周囲を見るとあまり天玉は食べてる人がいません。もっとあっさり系のわかめうどんだのが目立ちます。私も、この後3時間も歩いたのですが前半はちょっと胃のもたれが気になりました。次回はわかめうどんに卵入りくらいにしておきましょう。でも、ほんと、8時からやってて200円台であったかい一杯が食べられるいい店です。感謝感謝。

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普通の韓国を探して4480 慶北善山を歩く4

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 善山のメインストリートです。古い町だと、ソウルはじめ風水に基づいた町づくりがなされています。小高い山を北に、というのが基本でしょう。ここも中央通りの先は突き当りのT字路で、その後ろは少し高くなっています。


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 亀尾漆谷農協の動物病院がありました。韓国の地方を歩くと、犬や猫でなく、豚や牛のための動物病院、ちょっとした町にも見かけられますが、ここは農協の病院、立派な建物でした。でもここに牛や豚が来るのかな?それとも往診するのでしょうか?


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 左手の脇の道ですが、モテルが見えてて、ずっと家が並んでいます。昔の釜山から漢城へ行く街道沿いの町ですから、このあたりの中心地だったのでしょう。何度も書いた通り、日帝時代になり京釜線が交通の主流になってからは発展がゆっくりになった、そんな街です。


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 上の標識は「南門路」となっています。やはり城郭都市だったのかもしれませんね。昔の地図がある方はご覧ください。また、突き当りも農協関係の施設のようですね。右の黄色い看板は子供保護ゾーン。初等学校も町の中心にあることが多いです。


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 柳歯科さんがありました。ついつい同業者は気になります。


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 メインストリートの突き当り、やはり農協でした。南門の方に、ハナロマート、真中へんに「動物病院」、そしてここも農協で、「農協銀行」とあります。日本の「郵貯銀行」みたいな感じのネーミングですね。さて、ここから右へ行くか左へ行くか?

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2013年10月 6日 (日)

2013年10月6日 今日はのんびり

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 午前午後とも働きますが、ゆったりの日曜日、時間をとっていい仕事をしましょう。

 写真は2年前のもの、やはり矯正学会で行った名古屋市の風景です。水がある風景、やはり心が和みます。明日は松本、水のある風景というと、、、松本城のお堀でしょうか?

 心が和むと言えば、座禅? お寺へ行って坊さんにぶたれなくても、自分の家で一人でやるのも座禅です。大仏様のように下で手を組まず、合掌して座るのが好きな私ですが、一人で座して合掌、そして目をつぶると、やはり心が落ち着きます。ほんの数秒でもいい気持ちになれると思います。皆様もお試しください。

「座って、合掌して、目をつぶる」です。

 これって日本人だけでしょうか?韓国の方、いかがでしょう?やはり手を合わせて目をつぶる、それだけで、心が和む感じ、ありますでしょうか?

 さて、洗濯ものの整理、そして掃除を始めましょう。

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普通の韓国を探して4479 慶北善山を歩く3

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 善山、新潟市の古い繁華街、古町にある焼肉屋の名前の町を歩いてみました。お昼は尚州でミルミョンを食べて、夜までにソウルに帰る、そんなことだけ決めての韓国地方旅です。看板は「チャムセパンアッカン」、チャムセって雀のことでしたっけ?「パンアッカン」は、唐辛子を挽いてもらったり、大豆をきな粉にしてもらったり、ごま油を作ってもらったり、そんな業種で、日本にはそんな業態はありません。新潟韓国教育院、そんなことも教えてもらったいい学校だったなぁ。


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 5・16食堂。朴大統領の軍事革命の日でしたっけ?済州島に516道路というのがありましたね。8・15は光復節という名前がありますが、6・25だの、あとは、、、馬山事件は何日でしたっけ?済州4・3とかは不幸な話なのであまり出てこないみたい。あとは、光州民主化運動(光州事件、光州事態)も数字があったはず。ともかく、そんな名前の店がありました。


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 脇道の古い長屋は、、、ガラス部分が多いのは日本式でしょうか?戸の上に装飾があります。まぁ、こんなふうに、寄り道しながら知らない道を歩くのが私のスタイルです。


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 コチュと、、、緑の茎というか皮みたいなのは何でしょう?


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 どこの町にもタバンはありますね。


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 日本製の品物の店?ソウルの下町なんかにもありますが、商売になるのかなぁ?昔はともかくこれだけ簡単に個人で往来できる時代ですからね。


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 モテルニューソウル。平屋かな?なんか、こういうの好きです。だから地方歩きはやめられません。


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 パンチプ。これも教育院の昔の教科書にありましたが、パンの店が洋菓子店も兼ね、喫茶店も兼ねていたのです。90年代、韓国のパンとかケーキとか、ちょっと失礼ながら遅れていました。コーヒーもそうですね。わざわざ「生クリーム」と表示していたのがちょっと前のように感じますが、今は地方でも美味しいパンをそこで焼いてという店が増えているのでしょう。コーヒーショップも一緒。とにかく、変化の速い韓国、やるとなったらすぐにやる韓国。流行するとみな追いかける韓国。いい点でもあり、短点でもあります。

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普通の韓国を探して4478 天安市 日帝時代の痕跡

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 天安の南山中央市場、南山公園前から北へ伸びるアーケードは少しずつ上るようになっていました。南山公園へは京釜線に沿ったバス通りを歩いたので、帰りは市場を通り抜けたまま、小高い丘のようになった古い町を行くことにしました。1枚目、市場の北、すぐの商店がいですが、道が不規則に分かれてて古い町であることがわかります。商店街だからというのもありますが、古い韓屋は全然なく、古い2階建ての商店が多い感じでした。もしかしたらここら辺が日帝時代の天安の日本人が多く住む地域だったのかもしれません。


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 さらに駅の方へ進むと、どこか日本でも見たような風景。小高い丘の頂上の平地が初等学校になっています。韓国でも「勉強、修行は山で行う」という風習があるのか、大学校はたいてい山にあります。寄り道になりますが、校門の方へ行ってみました。


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 門は新しいもののようですが、両側の石造りの門柱、どうも日帝時代の国民学校の時からの石柱です。学校名は外されていますが、ここ、きっと日帝時代につくられた天安市でも一番古い小学校の一つなのではないかと思いました。

 日帝はいいこともやった、という説もあるにはありますが、人の家に土足で乗り込んでそこに住んでいた人を追い出して改築したようなもの。決して肯定はできないと考えていますが、ソウルから長項線の分岐点であったこの天安。湖南線の分岐点だった大田、昔からの朝鮮の大きな町だったテグ、そして釜山、京釜線が走る都市にはきっとどこか、日帝時代の名残があるのだと考えています。 昔は天安神社だった天安南山公園の訪問、残念ながら前に来た時のような「神社の名残」は、消えてしまっていましたが、にぎやかな市場、そして、この昔の日本人町であったであろう場所を見ることができてよかったと思います。

 

 昔、井邑に泊まってタクシーを借り切って、あの辺の田舎、神谷さんの本にあるような、日帝時代の名残を残す町を歩きました。昨年には群山シティツアーで、日帝残滓めぐりをしました。私の韓国地方旅、これからもそんな旅を続けるつもりです。

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