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2014年4月26日 (土)

普通の韓国を探して4732 倭館北部バス停留場

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 倭館という地名をご存知の方はどれくらいおられるでしょう?韓国戦争(朝鮮戦争)に興味をお持ちの方は激戦地として有名な場所として知っているかな?洛東江の橋があるところで、交通の要衝でもあり、軍事上の重要な場所でもあるのでしょう。前にアップしたように今でも米軍の輸送部隊があるみたいです。

 馬山に泊まって、昌寧、玄風。五日市を探してうろうろした後にテグ。時間があったので念願の星州。星州からどこでもいいから京釜線沿いの町へと考えたらこの倭館へ来ることになりました。終点まで乗らず、洛東江の橋を渡ってすぐのこの小さなターミナルで降りてみました。駅まで歩くことになりますが、それほどの距離でもなさそう。向かい側には市場もあります。「寄り道」も旅行の楽しみの一つでしょう。

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 ここから近所の大きめの都市へ行くバスがあるかなぁと思いましたが、いずれも市内バス。漆谷郡だから郡内バスかな?そんな路線しかないようです。結局初めての倭館の町を歩いて京釜線の倭館駅へ行きました。

 掘れば銃弾、砲弾も出てくると言われるこの倭館。本来の倭館は向こう岸、右岸になったと聞いていますが、戦争で何もかもなくなった後、こちら側に新しい倭館ができたのでしょう。町の写真はまたあらためて。

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普通の韓国を探して4731 新馬山3 かつての日本人町

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 路地をのぞくと、、、何となく統一が無い感じ。この写真は完全、韓国の風景ですが、新馬山、なかなか面白いところです。

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 丸やひし形の窓。かなり凝った、立派な建築です。日本家屋かどうかは微妙な所ですが。

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 明らかな日本家屋そのままのお宅もあります。

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 向こうの瓦屋根は明らかに日本家屋です。煙突は沐浴湯のもの。慶尚道ではこんなふうに白と他の色に塗り分けられたものが多いです。

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 こちらもかなりの敷地を持つ豪邸。煉瓦塀もすごくお金をかけている様子。日本の豪商の館という感じですね。

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 同じお宅の門。振り返れば教会。やはりここは韓国です。日本人町というとちょっと古くうらぶれた感じを考えていましたがこの新馬山。馬山でも指折りの高級住宅街という感じ。来てよかったなと思う散策です。

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2014年4月25日 (金)

2014年4月25日 筋肉痛

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  こんにちは

 すでに書いたように、昨日の午前は小学校の歯科健診に行ってきました。小さい1年生から大きな6年生まで、児童の身長は様々。同じクラスでもかなり差があったりもします。一応椅子は用意してあるのですができるだけよく見て、虫歯ではない所は極力チェックしないようにと立ったり座ったりでの奮闘でした。このため今日は筋肉痛。登山の後のようにいつも使わない筋肉を使ったせいでしょうか、太ももが痛く、特に階段などの下りがつらいです。 できるだけ早く回復するよう、積極的に歩いてお昼を食べてきました。

 今日は夜間診療。うちにしては忙しいほう。明日も仕事で、次は月曜が仕事。ゴールデンウィークのしわ寄せもあり、診療する日は忙しい日が続きます。「よく働き、よく遊ぶ」で行きましょう。

 うちの連休は29、30、5/1の3連休と、5月5~8の4連休。新潟にもやっと春が来た感じですので、できる範囲で楽しく過ごしたいと考えています。

 写真は朝の新潟駅。会津若松行きの快速あがの号が9番線に停まっています。東北、新潟地区ではおなじみの110型DCですが、Nゲージとかの鉄道模型では他の電車もそうですが、やけに細長く見えてしまうのは何ででしょう?

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普通の韓国を探して4730 ワイルドな韓国

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 ソウル近郊の大都市の駅前ろーたりーです。駅前へ車をつける場所、進入禁止のポールがなぎ倒されています。誰かパイオニアがいたのでしょうが、韓国の人、少なくとも日本人より交通ルールに関してはワイルドな人がいます。

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 それがまた放置され、他の人もこの通路を利用しているのでしょうか。前に鞍山市での同じような写真をアップしたことがありますが、我が道を行く人、ケンチャナヨがちょっと行き過ぎる部分もありそうです。 また、それがけっこう長い間放置されるのも日本ではちょっと考えられません。

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普通の韓国を探して4729 新馬山2 中央通りを上る

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 日帝時代、馬山港の整備のため、鉄道が引かれ、馬山港の駅ができ、そこを中心に馬山市南部に新しい日本人町ができた。それが新馬山なのでしょう。山の斜面にある町ですが、区画はしっかり、道路も広め。下の方にもぽつぽつ日本家屋の遺残がありましたが、まず上へ行ってみることにしてとりわけ広い道を山の方へ歩きます。

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 これも古そうな建物です。けっこうな傾斜があるのがわかります。

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 石垣がきっちり組まれています。建物は日帝以後でも、土地の造成は昔のまま、そんな家が多そうです。街路樹はみな桜。これも日帝の町の名残なのでしょう。

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 振り返っての風景。なかなかきれいな町です。

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 ハルモニがここでも古紙、段ボールの回収をしていました。お年寄りのアルバイト、韓国どこでも見ることができます。

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 上へあがると一戸一戸が大きめになり、高級住宅街の雰囲気。城北洞みたいになってきました。

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 びっくりしたのはこれ。3~400坪はありそうな大豪邸。生け垣だけでなく、庭のかなり大きな木まで植木屋さんが仕事をしています。日本だとここまではやりません。車の大きさと比較すると生け垣の高さ、庭園内の刈り込んだ木の大きさがわかります。韓国独自に発展した造園技術があるのかもしれません。ともかく、すごい立派なお家のようでした。

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2014年4月24日 (木)

2014年4月24日 休みですが学校歯科健診です

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 おはようございます

 

 写真はすでにアップしてると思いますが、上往十里の닭내장탕の煮る前の状態です。美味しく食べる、人生でも大事なことの一つです。でも、ちょっと前に、「食べる」でどうなんだろう?と思うことに気付きました。どうでもいい話とも言えますが、書いてみます。

 マラソンでも自転車でも、何時間も食べないで走るとハンガーノックアウトだか、力が出なくなってしまってもう走れない状態になると言われています。

 一時的な飢餓と言えますが、そんなのを防ぐため、レース前には炭水化物を多めに摂るとか、レース中に糖のタブレット(錠剤)を舐めるとか補給所でバナナを食べるとか言う話があります。でも、お腹がすいて力が出ないとき、何かを食べるとそれがすぐにエナジィに変わってくれるのかなぁ?と思うのです。

 例ですが、旅人が食事を食べられずに歩いていて、お腹がすいてもう歩けない。このままだと行倒れ(行路病者)だ、というピンチになったとします。

 やっとのことでたどり着いた一軒の家で、「何か食べるものを」と乞うたら、あいにくご飯も無く、食べられるものは玉蒟蒻の煮たのしかありません。幸い温めなおしたばかり、これで良ければどうぞたくさん召し上がれ、と言うことで玉蒟蒻の煮たのを美味しく食べたとすると、どうなんでしょう?また歩けるのかな?

 蒟蒻はほぼ0カロリー、でも、昨日家でやったのですがワタリガニやイカと一緒に薄い醤油味で煮たのは美味しいです。お腹がすいてもう歩けない旅人、「美味しいなぁ。助かった」と思って玉こんの煮ものを食べると、多分数時間はさらに歩くことができるようになりそうです。

 ゼロカロリーのものを食べたのに、また歩ける元気が出るということは、「食べたものがすぐにエナジィになるのではなく、何か食べると身体のどこかに貯蔵してあったエナジィが使えるようになる。」そんなんかじゃないかと思うのです。

 「食事は身体に貯蔵したエナジィの元を押し出すというか、回転させるためにある。」、そんなふうに思うのです。まぁ、どうでもいい話でした。

 今日は近所の小学校の歯科健診。9時から3時間弱、大きい子も小さい子もいるので立ったり座ったり、けっこう日頃の診療よりも体力を使います。家でしっかり朝飯を食べて出てきましたが、終わったら美味しいお昼を食べることにしましょう。

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2014年4月23日 (水)

2014年4月23日 今日は休みです

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  おはようございます

 今日は休み、午前中がとうちゃんの休みで、午後は家内が運転免許の書き換えだので出かけます。これから少しウォーキングして食事、雑貨の買い物をして日帰り温泉か沐浴湯。お昼を食べて戻り、午後は電話番、そんなふうにのんびり過ごします。

 明日も休みなのですが、学校歯科健診があり、出かけることはできません。子供たちと接してリフレッシュ、そんなふうに考えましょう。何でも楽しい仕事にしてしまう、そんなのって一つの大事な才能のように思えます。関ジャニ∞の安田さんでしたでしょうか、うらやましい能力です。

 写真は仁川空港でやった麹純堂の殺菌マッコリ。やはりマッコリは生に限りますね。

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2014年4月22日 (火)

2014年4月22日 韓国人にとっての国立墓地のこと

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  昔は韓国へ行く度に清渓7街あたりにたくさんあった中古ビデオの店へ行き、VHSの映画ソフトを5本くらいずつ買って帰り、聞き取り練習をしていました。

 5本のうち、当たりは1本、2本はまぁまぁ、2本はハズレ、そんなでしたが、面白くて何度も見たものもあります。そんな1本が朴重勲、崔眞實の「マヌラチュギギ(日本題「女房殺し」 )」です。その中で脱走兵か強盗か?とにかく銃を持って逃亡中の犯人(よくコミカルな犯人役で出るアジョシ俳優권용운さん)に最初は奥さんのチェジンシルが人質になります。警察、軍も出動してのドライブインでの銃撃戦。その後、犯人が女性に替わり男性の人質を要求。陸軍の小隊長が朴重勲に行くように勧める時に「もしものことがあったらあなたは国立墓地に埋葬されます」だかいう台詞がありました。

 韓国の人にとって国立墓地に納められるというのは相当の名誉なのかなぁ?とずっと思っていたのですが、今朝の地方紙の記事で、今回のフェリー沈没事故で、最後まで高校生の避難、救助を助け、自分は救命具も着けずにいて亡くなられた若い女性船員さんを称える声が大きく、国立墓地に~という記事がありました。「ナラ(国)를為해,목숨(命)을捧げた(バッチン=発音はわかるけど綴りがわからない)英霊」の一人というわけです。やはり戦死者以外で、というのはすごいことなのでしょう。

 昨日の記事で書いた馬山事件の中学生、金朱烈さんも烈士として国立墓地に祭られているそうです。「自由韓国のために命を奉げた人物」ということでしょう。

 自分の危険を顧みず、職務を励行し、亡くなられたというと2011年の地震の時に最後まで住民へ避難指示の放送をしていた町役場の女性が思い出されます。自分もそうでありたいと思うし、そういう人が増えるといいなぁと考えています。やはり大事なのは家での、また学校での教育かなぁ。

 写真、銅雀の国立墓地の写真があればと思って探した早朝のテレビ放送開始前の愛国歌の画面です。

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普通の韓国を探して4728 古墳がぽこぽこある慶南昌寧付近

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 丸い草の山のような古墳が見えています。馬山に泊まった翌朝、駅前の市外バスターミナルから昌寧行きのバスに乗りました。南旨で一度高速を降り、防疫の薬液シャワーを久々に見てターミナル。また高速に入って昌寧へと走る道の左手です。

 目的地はテグ市ですが、昌寧のちょっと先。市外バスと言っても高速道を走りますのでテグ西部行きに乗ってしまうと、南旨、昌寧、次はたぶんテグ西部。そんなですので、昌寧まで行ってもっとゆっくり走るバスで慶北に入ってすぐの玄風へ行き、そこから市内バスにまた乗り換えという計画です。

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 どうも古墳というと嬉しくなってしまいませんか?慶州行けば飽きるほどあるけど、あれもたいへん幸福になれます。でも、もっと嬉しいのはこんな慶南の田舎にある名も無い古墳。時には子供が上に登って遊んだり、そんなのが好きです。

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 韓国の高速道路網、本当にすごいです。どんどんできています。こんな田舎に必要なの?と思うくらいすいてる路線も韓半島南部にはありますけど。

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 昌寧インター出口です。ここでもなんかの鳥のマスコット。右は牛浦ヌp(沼)という標識も見えます。地図マニアの私の考えですが、韓国最大の自然の湖水がウポ沼です。

 ここでも他から来た車への消毒液シャワーがありました。鳥類毒感(鳥インフルエンザ)か、口蹄疫か?韓国の田舎の風物詩。時にはずるして他へ移動して売ってしまうのを取り締まるトラックの検問もあったりします。だから韓国地方旅、やめられません。

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普通の韓国を探して4727 팽목항に 영목항、 목って?

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 목って、目、木、それと喉とか首(ソンモk時計)いう意味の固有語なんかが浮かびます。 今回の事故で、救援基地となっているのが珍島のペンgモk港。数日前に初めて聞いた時から「モk」という言葉に港とか、船着き場という意味があるのかな?と感じていました。

 ずいぶん前、2000年より前後でしたでしょうか、ソウルから夕方の高速バスで群山。ターミナルそばののモテルに泊まって翌朝の渡船で長項。まだ旧線だった長項線の汽車で保寧。駅前から市内バスで大川海水浴場経由、大川港。ずいぶん待って小さな開けっ放しのフェリーでひよこや子豚と一緒にいくつかの島の船着き場を経由して安眠島南端の「ヨンgモk」という港に着きました。

 珍島のペンgモk港、安眠島のヨンgモk港、목という言葉に「港」という意味があるのかなぁ?と思って久々に小学館の辞書を見たら、近い意味に「要所」というのがありました。でも、これも、「細くなってる大事な場所」ということで、「首」に由来する意味のよう。

 はたして목という韓国語、小さな港の名前に使われているケースが他にもあるのでしょうかねぇ?写真は新潟県の寺泊港。小さな船なので欠航が多いですが、佐渡の赤泊との間に高速船が運航しています。線路や港があると、何か走って来ないかな?期待する乗り物好きの私。この時も神様がプレゼント?ちょうど佐渡からの船が入ってきました。

 最後の段落を打っていて、あれ?!と思ったんですが、日本語の「泊」も小さな港という意味がありそうですね。まったくもって外国語工夫、面白いものです。

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2014年4月21日 (月)

普通の韓国を探して4726 馬山3・15事件 金朱烈

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 ちょっと空いてしまいました。8時に最後の予約の方が来られます。

 これは馬山のアグチムコルモク、オドン洞のそばの通りにあったプレート、1960年3月15日、4月19日の馬山事件のことが書いてあるようです。デジカメですのでいらなければ後で消せばいいやと思って撮りました。

 馬山事件、ご存知の方はどれくらいおられるでしょうか?ネットで調べたり李準圭先生に教えてもらったりして大体わかったのですが、不正選挙糾弾のためのデモに参加した15歳の少年が警察か軍隊か、とにかく政府側の鎮圧部隊に殺されてしまい、後で目に催涙弾の弾が刺さった状態で馬山港に上がった事件。これをきっかけに、不正選挙、李承晩政権の独裁、不正に対する運動が全国で起こった。そんな話です。

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 あとで写真を整理していて、ん?!と気付いたのがレリーフの次の写真。馬山港で発見された目に弾が刺さって亡くなった金朱烈烈士の遺体の写真です。海に浮かんできたそのままの写真のよう。ハングルで検索できる方は김주열열사で調べてみてください。たくさん出てきます。

 こちらの古い記事に、議政府のほうで米軍の装甲車だか橋梁車に轢かれて死んでしまった女子中学生2人の写真がありますが、日本では出さないと思われる遺体の写真、ちょっとショックでした。

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 私がすでに生まれていた1960年に不正選挙。ちょっと文明国家としては恥ずかしい話です。でも、それに抗議するデモが全国でというのは大したものだと思います。

 さらには私が学生だった70なん年に光州民主化運動(光州事件、光州事態)。韓国はいろいろあって、それに抗う人のデモもすごいなぁと感じる一件です。

 

 あれ?!と思ったのですが、五木寛之さんの「青春の門」は1969年。重要な登場人物である徴用朝鮮人の炭鉱夫の名前が奇しくも金朱烈。五木さんは果たしてこの馬山事件のデモで1960年に亡くなった15才の少年の名前を知っていて小説を書かれたのかなぁ?なんて思っています。単に新聞とかで読んで、典型的な韓国朝鮮人の名前として憶えていて使っただけかもしれませんが。

 

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普通の韓国を探して4725 新馬山1 イントロダクション

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 仁川港、釜山港に続く大事な港だった馬山港、釜山を半分にした感じで、深い湾があり、家々は斜面に。そんな感じの都市で、3度目の訪問になります。数年前に昌原市と合併しましたので、今は昌原市の馬山ですが、歴史的には馬山のがずっと大事、そんな都市です。

 昔は港まで鉄道が入っており、そっちの馬山港駅もあったようで、その周囲には日本人町が広がっていたようです。その一帯の別名が新馬山です。今は鉄道も無くなり、普通の古い町になっているという「新馬山」、日本人町の面影が残っていないかな?と期待して訪問してみました。

 ソウルからKTXで馬山駅。バスで馬山南部市外バスターミナルまで行きました。駅近くの市外バスターミナルとは別に南海沿岸の島の町などへ行くバスの出るところのよう。その周囲で、まずは宿を確保、と思いましたがあまりモテルはありません。ええいと思い、大きなカバンを担いだままで新馬山歩きをすることにしました。魚市場周辺は新しいモテルも多いのを前の2度の訪問で知っていましたので先に新馬山見物です。

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 賑やかな馬山南部市外バスターミナルからまたバスに乗って少し戻り、病院のあったあたりで下車。そこから山の方へ歩きます。すると、すぐに焼肉屋になっている立派な建物がありました。信用金庫とか、そんな金融機関の小さいのみたいな建物。日帝時代の建築にほぼ間違いありません。この道を山のほうへ歩いてみることにしました。 古い町の名前が新馬山、面白いと思いませんか?

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普通の韓国を探して4724 大韓歯科技工士協会等

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 祭基洞駅からスタートした清渓川歩き、お昼になったので黄鶴橋(清渓8街)で上へあがり、ソウル風物市場へ行ったけどこれという食堂が無く、新設洞駅のほうへ歩いて行くとこんな建物がありました。

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 看板を見ると大韓歯科技工士協会、大韓歯科衛生士教会、そしてソウル歯科技工士会が入る建物です。一番上は個人の技工所のようですので、資産を持ってる会員が提供しているのかもしれません。歯科ファミリーの施設、偶然でしたが嬉しい発見でした。

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2014年4月20日 (日)

2014年4月20日 어디나 여행 가고 싶다.

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  こんにちは

 仕事の日曜、午後は少なめでちょっと空いてしまいました。朝の気温は低めでしたが今はいい天気。どこかへ遊びに行きたい気持ちが起きてしまう日曜日です。

 どこへ行っても混んでいる ゴールデンウィークは長岡へお墓参りに行くぐらい。でも、スタッフの希望で5月後半に連休ができました。3日間の休みはなかなかできませんので有効に使いたいと考えております。

 もちろん韓国も候補の一つですが、「日本の全部の県に足跡を印す」もありました。残るは徳島、高知、愛媛、そして島根県。交通費のかかる遠出はなかなか思い切りも必要です。前もって買えば割合安い飛行機とか、早めに予約してしまうのがいいかなぁなどとも考えています。

 写真は亀尾駅に着いた京釜線セマウル号。客車セマウルも無くなっていくという話もあったり。韓国も電車国になってしまうのかなぁ。

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普通の韓国を探して4723 ヒルトン第2おけら街道

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  ソウル駅前、南山の中腹に聳え立つミレニアムヒルトンの脇に、こんな施設があります。韓国人は遊べませんので日本人と中国人、あとはどこかわからない国の船員さん風のおじさんなどが遊ぶ場所です。ここで遊んで、大抵はすっからかんになった後、今まではヒルトン正面玄関から右へ回って職員用の入り口を過ぎてカボチャの植えられてる階段を下って、右へ。旧陽洞遊郭を見ながらソウル駅の4号線の入り口へ、というのがMyオケラ街道(博打で負けて帰る道)でした。

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 ところが、左へのなかなか変わってくれない信号を渡って南大門市場の方へ行くこともできるのでした。昨日の「ここはどこでしょう?」の写真です。第2オケラ街道です。

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 元写真を切り取って拡大。正面、黒いビルは市庁前の韓火生命のビル。真ん中の茶色い四角はころころ名前が変わるプラザホテル。ずいぶん前に一度だけ泊まりました。そして遠くの茶色はソウルファイナンスセンタービルでした。その先、高いビルが無いのは慶福宮と青瓦台があるからです。

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 日本家屋は左の引っ込んだ場所なので見えませんが、ここまで来るとロッテホテル旧館の上の方が望めます。

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 降りるにしたがって飲食店が増えて行きます。

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 出てきたところは南大門市場の南大門寄りの向かいの退渓路です。右へ行けば4号線の駅はすぐ。テゲ路の向こうには地下鉄入口の標柱も見えていますね。

 最初のヒルトン前の信号がほんとうになかなか渡れませんが、案外こっちも便利な道です。次回はこっちから帰ることにしよう、、、と思ったのでした。

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普通の韓国を探して4722 ホテルPJ506호실

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 忠武路駅のそばにあるホテルPJ、旧豊田ホテルの時代から個人で、団体で、時には飛び込みで何度も泊まっています。元が分譲マンションの予定だった建築だか、部屋が広めでベランダがあるので気に入っています。数年前に改装して1級から特2級に昇格したのに値段は安め。ソウル初めてなんて人でなければお勧めできる宿です。

 先回泊まった部屋はこんなふうに、一段高くなったお茶のコーナーがありました。ネスプレッソも2杯分無料です。

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 テーブルの上には灰皿があって、でも禁煙。建物の端にある庭園で吸えだか書いてあります。最近ソウルでも増えてきた全館禁煙のホテル。どうせならこんなの置いとかない方がいいのに、って思いました。 反対側、東大門側の部屋はベランダがあり、外のテーブルの上に灰皿があったかな?部屋は西側、明洞側のが少し奥行きが大きく、広かったはずです。また、マルンネキル側の端の部屋はジュニアスイート。前にダメもとで「早く来たし個人なんだからいい部屋に付託ハmニダ」と言ったら割り当ててくれたことがあります。ここももしかしたらグレードアップされてるのかもしれません。

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