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2016年3月27日 (日)

普通の韓国を探して5924 ロータリー交差点

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 忠南の百済最後の都、扶余の中心部です。高層建築が制限されているため、どこかのびのびした感じを受ける街。その真ん中にロータリーがあります。

 自動車学校の教科書には載っていますが実際には日本ではほとんど無かったロータリー交差点、徐々に増えてきていると昨年の免許更新の講習の際に聞きました。

 我が新潟県でも南蒲原郡の田上町にできたとか。信号無しで左折左折で通る交差点、ちょっと行ってみたいと思っています。

 中央の銅像は百済の王様かな?百済の偉人と言うと階伯将軍が思い浮かびますが軍人の姿ではないようです。

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コメント

たかとうさん、こんにちは。

像は、百済の聖王だそうです。百済の第26代の王(在位:523年 - 554年)で、先代の武寧王の子とのことです。
このロータリーの約1㎞南にも同様のロータリーがありますが、そちらにあるのが階伯将軍の銅像です。Daumのロードヴューで見ると馬に乗った将軍の像でした。

投稿: コスモス | 2016年3月27日 (日) 23時43分

教えていただきありがとうございます。

武寧王陵ってのが公州にあったと思うので、一代ごとに南へ逃げていたのでしょうかね。

江景のフグ料理の店の名が黄山屋。映画「黄山ボル」というのが百済と新唐連合軍の戦いを描いたコメディ映画。階伯、金ユシン、どっちの人気が高いのかな?

投稿: おとう | 2016年3月28日 (月) 06時45分

聖王の代、高句麗や東隣の新羅などの圧迫によって、538年に熊津(公州)から扶余に遷都しました。そして、百済滅亡の660年までのこの地で踏ん張っていたですね。

投稿: コスモス | 2016年3月28日 (月) 10時22分

先週、10数年ぶりにプヨに行ってきました。このロータリーも歩いてみてきました。
 頑張って、扶蘇山城にも登ってきました。還暦をとっくに過ぎた体には、ちときつかったです。
 扶余を追われた王族たちは、イクサン市の「王宮里遺跡」に逃げて、規模の小さな王宮を作ったのではないでしょうか?この「王宮里遺跡展示館」にも、バスに乗って行ってきました。

投稿: shunshun | 2016年3月29日 (火) 17時09分

コメントありがとうございます

 扶余、何となくきれいになって明るくなったような感じがしましたが、高い建物が無いのでよかったです。
 歴史にはあまり詳しくないのですが、黄山原で負けて、イクサンのほうへ逃げたのですか。王宮里へも行きましたが、まだ整備中で、除草、整地された空地の中に大きめの五層石塔だけがすっくと立っていたのは良かったです。
 その後行ったミルク寺址も工事中。「百済文化都市」として整備していたのでしょう。

投稿: おとう | 2016年3月30日 (水) 06時36分

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