« 2016年11月6日 晴れてきました | トップページ | とうちゃんの自転車日記1156 初めての県徳島県へ »

2016年11月 6日 (日)

普通の韓国を探して5996 こんな地図が欲しいんです

461

 慶煕宮そばのそうる歴史博物館の展示です。日帝時代?昔のソウルの地図。こんなのが、できれば今の詳細地図のように1万分の1くらいのが欲しい私です。

 追加です。東大門から往十里経由で漢江沿いのトゥクソムまで市電でない電鉄がありました。あと、今の江南はソウルではなく「廣州郡」だったんですねぇ。面白い。
 あと、左の方、永登浦はソウル市だったよう。それと、龍山から新村の貨物線、西橋洞の辺で左へ、漢江の方への支線があり、終点は火力発電所で有名な「唐人里」、燃料輸送用の鉄道だったのでしょう。

047

 赤い線は市電、町名がみな漢字ですので日帝時代のものでしょうか?でも、ソウル旧市街の道路はあまり変わっていないはずです。

 真ん中南北に走る道で、本町で突き当りになってるのが現在大林、三豊、新盛商街のビルになってる道。黄金4の停留所は今の乙支路4街駅のある交差点です。

 乙支路から現忠武路駅あたりまで走ってる斜めの道も掲載さえrています。


048

 こちらは鍾路3街。楽園商街はまだありませんが、現タプコル公園のところに「パゴダ」とあります。中央から左へ斜めに走る道は今の5号線鍾路3街駅の北のあたり。何となく私もイメージできる道です。

 益善洞、雲泥洞だの、今も韓屋が多く残る鍾路の裏通りの地名は今も残っています。4街の一方通行の通り、苑南洞という文字も見えますね。

 こんな地図を持って今のソウルを歩きたいもんです。欲しいものはほとんど無い私ですが昔のソウルの地図は欲しいです。

  アップしてから1枚目の写真の原版を拡大してみました。退渓路が無いんですね。右下の解説を拡大すると1943年の「京城案内」というのが元のようです。人工的に造られた道路と言われる退渓路ですが、いつ頃あの大通りができたのでしょう?

|

« 2016年11月6日 晴れてきました | トップページ | とうちゃんの自転車日記1156 初めての県徳島県へ »

コメント

○○3街のような地名,今となっては懐かしいですね。
韓国全土で一斉に変わってしまった住居表示,どうも
以前の方がわかりやすいと思います。あと,地方に
行くと,日本と同様に地名の所以(由来)のような
名称の住居表示があったので…。ソウルにある,
中央地図出版あたりには売っていませんかねえ。

投稿: さいとう | 2016年11月13日 (日) 23時12分

なんとか路(もしくはなになにキル)何番のなに、どうも私も馴染めません。大体頭に入ってるなんとか1洞○○番地のがありがたいです。

投稿: おとう | 2016年11月14日 (月) 07時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/145741/64451855

この記事へのトラックバック一覧です: 普通の韓国を探して5996 こんな地図が欲しいんです:

« 2016年11月6日 晴れてきました | トップページ | とうちゃんの自転車日記1156 初めての県徳島県へ »