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2016年12月25日 (日)

とうちゃんの自転車日記1179 古代朝鮮語、扶余語、日本語

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 午後は暇でした。プレ大掃除で捨てるものを捨てたり。もうすぐ片付け。予約の無い日曜日は5時に上がっていい事になっています。

 ちょっと興味があって調べたら、大昔の朝鮮語とは別に扶余語というのがあったらしいですね。

 扶余というと昨年にも行った百済の最後の都。忠南の盆地の静かな「町」ですが、今年後半になって新潟でやっている韓国ドラマ「朱蒙」の話が、扶余という「国」の話です。

 何で大昔、中国が漢だった時代に扶余国があったの?と思いながらぽつぽつ見ていますが、韓半島の西側中部から北にかけて扶余という国があったみたい。それと別に高句麗と新羅の元祖があった。

 そして、言葉が、扶余とあとの2つでは違っていて、古代日本語もどっちかと言えば扶余語に近かったので、滅亡しかけた扶余の後の百済から日本への渡来人がたくさん来ただか。日本の米作文化の弥生式時代人はこの半島からの扶余族だったという話もあるみたいです。

 国が危ういので外国へ、言うのは簡単ですが、昔の船で日本へ渡るのは相当危険だし苦労も多かったはず。おまけに言葉ができないと、行った先でも働けないだろうに、なんて考えていましたが、むかしの日本語と扶余語が似ているとしたら。何とかなったのかもしれません。

 ハングルができたのはずっと後。それ以前、漢字文化だった昔の朝鮮、どんな言葉を話していたのでしょう?買ったきりでざっとしか見ていない韓国の歴史の本。今夜ちょっと開いてみましょう。

 写真は韓国の25000分の1地形図の注意書き。90年代は旅券を見せて、書類を書かないと買えなかった地形図、最近はかなり簡単に手に入るようになりましたが、何か厳しいことが書かれている、、、みたいです。よくわかんないけど。

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コメント

扶余語ですか!扶余は2005年に行って、韓国がとっても好きになったところです。今年秋昔の韓国語友達と再訪する予定ですが、おとうさんのご報告によればかなりきれいに立派になってるみたいですね。でも楽しみです。予定ですがなんとか行きたいです。
 最初の訪問の時は五月でしたので綿のような柳のなんでしょうか、柳絮と教えて貰いました。それが土手を歩く私の肩に雪のように降っていました。忘れ難いです。
 

投稿: kagari | 2016年12月26日 (月) 06時59分

コメントありがとうございます
 百済歴史地区だか、高い建物を制限してるので、90年代も今もあまり変わっていません。是非行ってみて下さい。
 空を飛ぶ木の花、私も不思議に感じた経験があります。日本でも地域によってはあるのでしょうが、珍しいことでした。

 扶余と扶余国、だいぶ時間的に差があるようですが、日本人もいろんな系統があるように、韓半島でもいくつかの民族が別々に国を作っていた、何だか不思議です。
 だからこそ、李氏朝鮮による統一とハングルの出現が現在の韓国にとって大きな意味を持つんだと思います。

投稿: おとう | 2016年12月26日 (月) 07時26分

 河霜さんからカカオで連絡いただきました。
 「よくわからない」は、「キャリー アブロード~」のあたりの意味を濁した表現です。
 普通の韓国を探して2927だったか、大冊「5000分の1ソウル航空写真地図」のあたりで厳しい制限があるのを知りました。

投稿: おとう | 2016年12月26日 (月) 07時28分

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