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2017年3月10日 (金)

普通の韓国を探して6141 日本人の町と朝鮮人の町

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 昨日の休み、けっこう多くの時間を自宅で読書して過ごしました。買っておいて、全部読んでなかった本を読んだり。その中で川村湊さんという方が韓国について書かれた本で、2つ心に残ったことがあります。

 1つは日帝時代、鍾路は朝鮮人の町で、その南は日本人の町として発達したということ。写真は乙支路4街あたりのものですが、2階建ての古い建物、多分日本家屋です。

 最近鍾路3街あたりの町歩きの写真をけっこう載せていますが、確かに鍾路の北には日本家屋がほとんどありません。あっても会社のような石造りの建築だったり。逆に乙支路3街、4街あたり、さらに退渓路の南側の町にも日本家屋が多い感じを受けます。

 昔のソウル、写真でもいいからたくさん見てみたいものです。

 もう一つはちょっと前に書いたと思いますが、サンジャ(箱)という韓国語が「箱子」という漢字語であったこと。李箱という有名な詩人の話で、「箱」の韓国語読みを知ったのでした。

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